DRIVEインターン大学1・2年生からはじめる本気のインターンシップ

「地域×Eコマース」という軸で「埋もれた商品」に光を当てる

角田美紗季さん

現在の所属:ヤフー株式会社 社長室 ソーシャルアクション室 復興支援室

インターン先:ITベンチャー企業

【プロフィール】
角田美紗季/ヤフー株式会社社長室ソーシャルアクション室復興支援室/EIP8期生 1983年、高知県生まれ。高知大学人文学部卒。大学在学中に、「地域×Eコマース」という軸で「埋もれた商品に光を当てる」ことに興味を持ちETIC.で2社の長期インターンシップを経験する。 ヤフー株式会社へ入社後は、ネットショップの売上アップのための講座企画やコンテンツ制作、講師を務め、地方のネットショップ運営者のフォローを行う。 現在は、東日本大震災によって被災した生産者の商品を販売する「復興デパートメント」の企画・運営を行い、「被災地×ブランド」「被災地×被災地」とのコラボ商品の企画も手掛けている。
「地方の人が手間暇かけていいものを作っても、売れない現状が悲しかった」

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地方のものづくりに興味を持つようになったきっかけは何でしたか?

私はずっと高知県で育って、高知大学に通っていました。高知がすごく好きだったので、高知で就職をして、高知のためになるような仕事をしたくて、ずっと公務員になろうと思っていました。ただ、大学1年の時に、学内でプレゼンフェスタという自分が考える課題に対して調査・発表をするという企画があったんです。私が気になっていたのは、栗焼酎を製造している地元の酒蔵でした。高知の四万十川流域は栗が名産なんですけど、当時中国産の栗に押されていて売れない時期があったらしいんですよ。その時、酒蔵の社長が「栗を使った名産品を考えよう」と提案して、焼酎ブランドであるダバダ火振りなどの栗焼酎が出来たらしいんです。 栗焼酎が出来上がるまでの詳しい話を聞くと、栗で焼酎を作ったこともなければ、そのためにお金もかけられないので、魚のすり身の機械を改良したり、色々工夫して作っていたみたいなんですよね。でも手間暇かけて作った割には、全然売れなかったりして。今でこそ栗焼酎は黒字化してますけど、当初は全然採算が合わなかったんです。それは、高知は商圏が狭くて、買ってもらえる人が少ないとことが原因だったみたいなんです。そういったインタビューを聞きに行った時に、本当に手間暇かけていいものを作っても売れない現状が悲しくなったのを覚えています。

ETIC.と出会ったきっかけを教えてください。

高知ではいいものを作っているのに商圏が狭くて販路もないという現状を知った時にちょうど、高知大の先生に、ETIC.が主催する東京ベンチャー留学という地方学生が2泊3日で東京のベンチャー経営者のもとを回るツアープログラムを紹介されたのがきっかけです。 東京ベンチャー留学では、すごくタイトなスケジュールの中で、多くの経営者の方の話を聞きました。その時にいた周りの学生もすごく志も高かったですし、アドレナリン出っ放しというか、「こんな世界があったんだ!」と思いました。その一方で、東京の学生が前向 きでめちゃくちゃ頑張って、キラキラしているのを見て、自分もこのままじゃいけないと考え直す2泊3日でした。

楽天でインターンをしようと思った理由を教えてください。

東京ベンチャー留学をきっかけに、夏休みを使って東京でインターンをしようと思って、ETIC.インターンシップコーディネーターの伊藤さんと相談をしました。私は伊藤さんに、「地元のいいものが売れない理由は、商圏が狭くて、販路が狭いからだ」という問題意識を話したんですよね。でも楽天が扱うECを使ったら、それこそ全国北海道から沖縄の人もお客さんになりうるし、地方にいたとしても、地方の光が当たらない商品にも、商品を買ってもらえる可能性があるという点にすごく惹かれました。そこからネットショッピングや、どういう風に商品を売っているのかに興味がわいてきて、まさにそうしたノウハウを教える部署が、楽天でインターンを募集していた楽天大学という部署だったので、楽天でのインターンを決めました。

楽天ではどのようなインターンをしていたのですか?

楽天大学という、売上を伸ばしたいけど何すればいいかわからない出店者のために、講座 を運営する部署でインターンをしていました。講座は、例えばリピーターアップのための 講座や写真撮影の講座などがありました。インターンの仕事は、楽天大学の運営と、「ワク ワク化計画」という楽天大学に来てくれる出店者の人にとってより楽しいと思える場作り をし、何度も来てもらう場にするための施策を考え、実行するということをやっていまし た。 例えば、全国から東京の楽天大学に来てくれる出店者の人同士をつなげることをやっていました。出店者の人たちは、みんな地方から一人で参加してくるので、見ず知らずの東京に来ることって、相当心細いと思うんですよね。でも、この楽天大学には全国の出店者が 来ていることがお互いに分かることで、出店者同士の仲間意識が生まれて、頑張ろうと思ったり、その出店者同士が直接コンタクトを取りたいと思うといった、この場に来るモチベーションを持ってもらえると思ったんです。そこで、全国各地からいろんな出店者が来 ていることが分かるような地図を作りました。その地図には、来られた方の出身地、名前、顔写真、コメントを冊子にまとめたりして、出店者同士がお互いにつながる仕掛けを作りました。

「単純に楽しく仕事をするだけではない、仕事の数字に責任を果たすために頭がちぎれるくらい考え実行する、真剣勝負の場でした」

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楽天でのインターン後、角田さんは2回目のインターンをしていると思うのですが、もう1度インターンをしようと思った理由は何だったのですか?

楽天大学でのインターンを通して、Eコマースのショッピングモールの仕組みなどは、なんとなく分かってきたんですけど、やっぱり実際に出店し、商品を販売する側が、具体的にどういう作業をして商品を販売しているのかに興味がわいてきたんですね。なので次は、販売主側の視点を得たいと思い、一度高知に戻って、3年生になって早く単位を取って、2月から夏休み終わるまで東京にまた来て、ECサイトの運営をするITベンチャーでインターンをしました。

二度目のインターン先であるECサイトを運営する会社では、どんなインターンをしていたんですか?

インターン先は、こだわりの商品を作るメーカーと提携し、インターネットと実際の店舗を通じての商品の販売戦略を考え、写真撮影や広告作り、キャッチコピー作り、また広告や雑誌・テレビと連動するPR戦略の立案までを手掛ける会社でした。インターン生は、一つのクライアントを担当している上司と二人三脚で、ECサイトを運営するのですが、私の上司が鞄屋を担当していたので、その鞄屋のECサイトの楽天店を二人で、一緒にやることになりました。最初は上司に付いて、色々Photoshop の使い方や、写真の撮影の仕方などを教えてもらうんですよ。徐々にノウハウを教えてもらいながら、やらせてもらえることも増えてくると、最終的に自分でいくら取扱高を増やすのかという目標を決めて、それに向けてメルマガを書いたり、もう本当に色々な施策に取り組んでいました。結果はギリギリでしたが達成しました。

角田さん自身で立てた目標を達成する過程で、苦労したことなどは何かありましたか? また、どのようにして乗り越えたのですか?

ちょうどインターン5か月目くらいの時に、商品ページの作り方でちょっと壁にぶつかっていたんです。主力商品3商品くらいのページを作らなければならなかったんですけど、期日まで日もなくて、でもすごくいいもの作らなければならないという状況でした。その上、何度考えても、何回出しても「考えが浅い」と上司にダメ出しをされた続けたことがあったんですね。その時に、「これ以上やっても出来ない!」と思って、一回気持ちがどん 底まで落ちてしまって、「もう高知に帰ろうかな、辞めようかな」と思った時がありました。ただ、そこまで落ちてしまうと、あとは上に這い上がってくるしかないので、その時は自分が深く考えすぎてしまって、上手く先に進めなかったんですけど、考え方を切り替えて、前向きになるようにしたんです。そのあとは物事がどんどん良い方向に進むようになっていきました。 その後は、いつもの3倍以上時間をかけても絶対終わらない仕事量の時も、どうやって効率よく時間を使って、商品ページを魅力的に作るかを、すっきり考えられるようになって、シンプルにページを作るようになったら、売れるようになりました。

インターンではどんなことを学びましたか?

スキル面はもちろんですが、目の前の仕事にただ取り組むだけではなくて、その後どれだけの成果があったのかを見直したり、振り返って次に生かすことがすごく大事だと気付かされました。それを繰り返すことで、ただ単純に売ることに満足せず、既存のものにさらに付加価値を付けて販売するために、どうしてこのバッグが良いのかとか、どういう時に使うのかという「なんで?」の問いを頭がちぎれるくらい考えました。ECサイト運営の仕事では、その仕事の効果が金額でいくらなのかなど、実際の数値データで全部出てくるので、自分の仕事の数字に責任を持つという経験を出来たのは良かったですね。 また、私の仕事は、クライアントである鞄屋で働かれている方のお給料の一部を自分が担っていたので、これを落としてしまうと関わっているすべての人のお給料にも影響が出ますし、ブランディングにも傷がつく可能性があったので、期日を守ることや売り上げに責任を持つという仕事における重要なマインドも学べたと思いますね。

「地域にダイレクトに携わり、一からサービスを作り上げたいという想いが、復興デパートメントと上手くマッチしたんです」

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就職活動はどんなことを考えて、ヤフーに就職することを決めたのですか?

ECサイト運営のインターンが終わった後、いったん高知に戻って、残りの単位を取って就職活動でまたこっちに度々来させてもらっていたんです。 就職活動はやっぱりインターネット関係に絞っていましたね。IT業界にしか興味がわかなかったんですよね。インターネットって、私が特に田舎者だからかもしれないけど、一瞬にして地理もこえて、商圏も越えて、海も山も越えて、すごく可能性を感じていたんですよね。 なので、ITを使って、地方と地方を繋ぐとか、地方と首都圏を繋いだりとか、そういう地方に何か役に立てるような仕事がしたいなと思って、インターネット関係を全般に見ていました。その中でもやっぱりECに興味があったのでヤフーに就職を決めました。

今の復興事業に携わる前は、ヤフーでどんな仕事をされていたのですか?

最初はヤフーショッピングの中のファッションのカテゴリーのストアを見て、売り上げを上げる部署で、そこにいたのは、3か月くらいだったんです。そのあとは、スクールというヤフーの中の楽天大学のような、出店者の人に対してノウハウを教えたりする部署に異動になったんです。もともとそこに行きたいとずっと言っていたら、上手く入社3か月後くらいで移れて、タイミングがすごく良かったんですよね。そのあとは、スクールでずっと 地方の出店者の方たちと一緒に「頑張りましょう」とか言いながら、講座をやっていましたね。 講座の仕事も、最初は、先輩から教えてもらったことをしゃべるだけだったのが、もっとこうしたほうが良いんじゃないかと思って、講座内での自分が喋る内容を工夫したりとか、あと講習会自体も自分で作ってみたりするようになりました。 その後、ヤフーオークション、ヤフーショッピングに出店したいという企業様に向けたセミナーを実施する部署に異動しました。そこで説明会の運営や集客、出店案内のパンフレットなどを作ったりという仕事に移りました。

ちなみに、震災の時は何をしていたのですか?

震災当日は、60人位のお客様が参加している出店セミナー中でした。当日11階で説明会をやっていて、最初は軽い揺れだと思ってたんですけど、全然おさまらなくて、立っていられないくらい揺れたんです。地震の時はて外に出てはいけないという訓練を受けていたので、ビルの安全性や、身の安全を確保するために机の下もぐって頂くよう促していました。しかもその後も揺れは止まらず、今度は館内放送で、「ただ今地下1階と35階から火災が発生しました」とアナウンスがあったので、みんなパニックになって外に出ようとするので、渋滞してしまって、なかなか外に出られなかったんです。出店セミナーに参加されていたお客様を誘導しながら、一緒に避難しました。セミナーに来て下さったお客様には申し訳なかったですね。帰れなくなるし、電車も止まっていて。その日はちょうど寒かったので、コンビニに行って、あったかいお茶やコーヒーを買ってせめてでもと思ってお配りしたんです。私は、家に帰っても一人なので会社の人たちと一緒に会社に泊まりました。

震災後のヤフー全体の震災復興への取り組みについて教えてもらえますか?

震災直後から、ヤフーではすぐに各プロジェクトチームが作られ、ヤフーオークション事業の方では、チャリティオークションをすぐに立ち上げ、ヤフーショッピング事業の方でも、被災地に物資を送ろうという話になっていました。被災地に社員が何度も足を運んでいると、2011年の夏ぐらいから震災で販路が断たれてしまった生産者の方々から自分たちの商品を販売したいと要望を頂き、ヤフーにはショッピングの仕組みがあったので、2011年12月に復興デパートメントという今私が関わっている事業を立ち上げたんですよ。 全社で募集を募っていて、そこから選抜をして、営業とかマーケティングとか人を集めていました。私も手を挙げたいなと思っていたんですけど、ちょうど出張中で申し込みできず、立ち上げ当初は、私は参加できていなかったんですよ。

復興デパートメントについて簡単に教えてもらえますか?

復興デパートメントっていうのは、東北の被災した地域で、ものづくりをしている生産者が、手間暇かけて作った、本当に美味しい商品、よい商品を多くのお客様に広めるために販売するECサイトです。東北の中でも、石巻フロア、会津フロア、浜通りフロア、中通りフロアとかフロアごとに分かれていて、商品ありきというよりかは、それぞれの生産者にフィーチャーし、毎月季節の旬に合わせた商品を販売しています。

角田さんがこの復興デパートメント事業に関わることになった経緯を教えてください。

最初は、今のヤフー復興支援室の室長が声をかけてくれたのがきっかけです。ちょうど当時のメンバーがチームをまたいで横断的に10人いたんですけど、その10人が社内の大きなプロジェクトで別の部署に配置されることになったんですね。そういう事情があって、人数が減ってしまったので、入ってくれると嬉しいと言われたんです。その時は、みんな担当の業務を抱えつつ、復興デパートメントに関わっていたんですけど、私も出店セミナーの仕事をやりながら、2012年1月末くらいから徐々に復興デパートメントに関わるようになりました。

復興デパートメントに参画しないかと声をかけられた時は、どう感じましたか?

声かけてもらった瞬間、「やった!」と思いましたね。嬉しかったです。当時のセミナーの仕事も楽しくてやりがいはあったんですけど、やはりもう少しダイレクトに地域に関わりたいなという想いがありました。復興デパートメントは、そういう仕事の代表例だったので、興味はありましたし、チャンスだと思いました。

あとは、小さなサービスでもいいので、最初の開発の段階から企画をして、リリースをして、サイトの運営・改善という一連の流れを把握したいなと思っていた時期だったんです。なので、地域にダイレクトに携わりたいという想いと、小さなサービスでも、開発から自分で回すところまでに関わりたいという想いが復興デパートメントの事業と上手くマッチングしていたので、即答で「やります」と返事をしました。 その後は、4月に社長が変わり、会社のミッションが、「ライフエンジン」から「課題解決型エンジン」に変わって、その最たる例が、東日本大震災だということで、もともと私たちの上司だった社長が4月に復興支援室を作ってくれて、専任として思いっきり仕事ができるようになりました。そして、7月に石巻に事務所を開設することになり、いまは全員住民票を移して仕事をしています。

復興デパートメントを今後どのように発展させていくかを教えてもらえますか?

大きくは5つあります。1つは、復興デパートメントの取り扱い高をもっともっと上げることです。業績を黒字にしないと、事業を継続できないですし、これから一緒に関わりたいと言ってくれる人もなかなか出てこないと思うので、まずは利益をみんなで上げるために、取扱高の最大化を目指しています。 2つ目に、石巻発の商品開発をしていきたいねっていう話をしています。地元にいい素材や商品はたくさんあるんですけど、生かし切れて いないのが現状なので、もう少し既存の素材や商品に付加価値を付けて、流通させるようにしたいですね。 3つ目は、鮮魚のB to Bビジネスです。石巻って、漁業でお金を稼いでいたんですけど、獲れた魚の半分は捨てられちゃうらしいんですよね。規格外とかで捨てられる のはすごく勿体ないので、魚を加工するなり、付加価値をつけながら、ITを使って、B to CとかB to Bで売る仕組みを作りたいなと思っています。 4つ目は、現地の情報発信ですね。 最後の5つ目は、人材育成というとちょっとおこがましいんですけど、石巻の皆さん自身で経済を回していけるようにちょっとでも一緒に関わりながら、この事業を進められればという想いがあります。

今地域に関わって仕事をされている中で、角田さんが将来的にやってみたいことはありますか?

今後、理想は地域活性に関わりたいなとは思っているんですけど、私自身に先のことまで考えて動くタイプではないんですよね。今は仕事すべてが楽しくて、やることもいっぱいあるんですけど、将来、ここでのノウハウや経験を生かして、最終的には高知の地域活性に関わりたいというのはすごくありますね。やっぱり地元が好きなんですよね。

今はこの仕事があるから、地元にすぐ帰ることはできないとは思うんですけど、何かしらこっちで働きながらも、地元に関われる機会があったら、関わっていきたいなという気持ちはすごくありますね。ただ、まだまだ本当に経験不足で、勉強している途中なので、今すぐに帰るのは難しいけど、精一杯こっちで修業をしながら、ある程度自信がついたりとか、関われるきっかけとか、チャンスがあれば地元の活性化にも関わっていきたいと思っています。

「人生は1回きり。学生時代は短いので、本当に自分が興味のあること、やってみたいことっていうのはどんどんしていかないと勿体ないなと改めて思ったんです。」

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インターンの経験が、今の人生にどのような影響を与えていますか?

やっぱり、インターンをするまでは本当に地元志向が強くて、地元にずっといようと思ってたんですけど、きっかけがあれば変われるんだなっていうことを、インターンで気付けました。目の前にチャンスがあったら迷わず、興味のあることはどんどん率先してやって いくのが良いんだなというのを自覚できましたね。 インターンでは、自分が楽しいことや興味のあることにチャレンジするべきだけども、単純に働くだけではなく、そこに伴う対価に責任を持って、自分のコストパフォーマンスを発揮しなきゃいけないし、そうでないと仕事を継続できないということを叩き込まれました。

高知から東京に来てインターンをされた角田さんから、地方から東京に出て来てインターンをしようかどうか考えている学生に対してメッセージを頂けますか?

私も地方から東京に出て来てインターンをしていると落ち込むことも多かったですけど、ETIC.のコーディネーターの伊藤さんとの面談などでサポートしてくれたので頑張れましたね。ETIC.のインターンは、単純に職場体験だけじゃなくて、インターンを通してどうなりたいのかとか、ゴールを設定させられますよね。そうした目標がしっかりあるので、それに向かって頑張れるし、終わった後もすごく達成感がありました。インターンをする前は全然自分に自信なかったですけど、最終的には自信が持てるようになりました。

地方大学の子や、特に高知大の子とかってあんまり外に行きたがらなくて、内向的な子が多いと思うんですよね。私もそうでしたし。でも、本当に学生時代は4年間という短い時間しかないので、少しでも興味のあることをやらないと損だと思うんですよ。仕事もなんでも興味があるものはやってみたらいいと思います。私の場合はどんどん興味がわいてきたものに対して行動してきたので、興味のあることはどんどんやっていくのが良いんじゃないかなと思います。震災の時、特に思ったんですけど、いつ死ぬかもわからないなと本当に思って。その時、人生一回きりだし、本当に自分が興味のあることとか、やってみたいことっていうのはどんどんしていかないと勿体ないなと改めて思ったんです。 私自身も東京でインターンをして考えが180度変わりましたし、「出来る限り多くの経験をどんどんやった方が良いよ」とお伝えできればと思います。 (2012年9月取材)

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