DRIVEインターン大学1・2年生からはじめる本気のインターンシップ

僕らは本当に世界を相手に戦っています

前澤隆一郎さん

現在の所属:株式会社リクルート ポンパレ編集長

インターン先:ランセプト

【プロフィール】
1981年生まれ。出身:埼玉県所沢市。早稲田大学社会科学部卒。大学2年次にシステムインテグレーターのランセプトにてインターン。大学3年次に宿泊予約サイト「トクートラベル」を運営するクーコムにてインターンに従事。2004年より富士総合研究所(現:みずほ情報総研)にてSEを経験したのち、2005年よりリクルートへ転職。宿泊予約サイト「じゃらんnet」の集客、サービス設計、事業計画の立案などに携わった後、2010年9月より共同購入サイト「ポンパレ」編集長に着任。
1社目のインターン先は解散、2社目のインターン先は会社がちゃんと大きくなった、それが面白かったです。
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インターンを始めたきっかけは何だったんですか?

僕がインターンを始めたのは、学生時代のリゾートホテルの住み込みバイトがきっかけです。親戚のおじが経営していたホテルが白馬にあり、スノーボード好きだったこともあって、高校3年生の冬から3年連続で、冬の季節になると3ヶ月くらい泊まり込みでアルバイトをしていました。

そこで3年くらい働くと分かったのですが、平日は、部屋がガラガラで、空室が多く、土日は満室で死ぬほど忙しいのです。こんなに平日が空室だったら絶対儲からないと思って、何とか平日も満室近くにできないかなと思っておじに話を聞いてみると、「今、専務がツアー客獲得の営業で大阪行って、旅行会社を回ってるんだよ。それで旅行会社に話したら、もしかしたらツアーのバス1台獲得できるかもしれない。それで1台来てくれれば平日埋まるから。」と、日々ツーアウト満塁みたいな感じの経営に思えました。これは結構しんどいだろうなと思いました。春になって白馬から東京に戻って、何か僕にできないのかなと考えたら、インターネットが普及し始めた時代だったので、宿泊予約サイトをつくろうと漠然と思って、色々勉強しました。すると、どうやらHTMLが必要らしいとわかって、専門的に勉強しなきゃいけないと分かってきました。そこで色々調べていたら、ETIC.へ行くと、そういった開発に関われそうなシステムの会社で働けるらしいと知りました。それで、色々な会社を紹介してもらえると思って、ETIC.に行きました。

ETIC.に行ったら、プログラムの開発、システムインテグレーターを事業としている会社を紹介され、ここなら良いんじゃないかなと考え、インターンしようと思いました。よく分からないけど行ってみようと。それで、実際に行ってみると、そこの会社のホームページが不十分だったので、ホームページの制作を任せてもらい、HTML、JAVAスクリプトなど勉強しながら作成しました。すると、インターン開始から1年後くらいに、会社が解散したんです。その会社自体は素晴らしい会社でした。ある日会社行ったら、「前澤君、会社を解散するから。もう来なくてよくなったから。」と言われ、「まじで、会社ってなくなるんだ。」と衝撃的な思いをしました。

会社の解散を経験されて、その後はどうされたんですか?

それで、インターンが終了し、やることも無くなり、白馬のホテルに行きました。行くと去年に増して、経営が厳しそうで、「やっぱこれダメだな。これやばいな。」と思いました。そこで東京に戻り、次は旅行会社のコールセンターで働いてみようと思って、アルバイトで働いてみたんです。そしたらその旅行会社が、また大変そうでした(笑)。電話を受けて、旅行者へ提案できるものが、4プランぐらいしかないんですよ。Aプラン、Bプラン、Cプラン、Dプランという風に。「良いのかな、こんなもので」と疑問に感じましたね。これが比較的大きな旅行会社だったんですけど、僕はこのサービスでは満足できないと思いました。それで次はどうしようかと思って、旅行者が好きな日に、好きなプランを予約できる世界を創ることが、お客さんにも、ホテルにも、良いことだなと思い、それなら次は宿泊予約サイトを運営する会社で働こうと決めました。

そして、ETIC.を訪ねて、2社目のインターンとして、格安宿泊予約サイトを運営していた、クーコム株式会社(以下クーコム)を紹介され、インターンが始まりました。1社目より2社目のほうが僕は記憶がすごくあるのですが、クーコムでのインターンはすごく印象深いですね。僕がインターンを開始した当時、10人ぐらいのスタッフがいました。代々木八幡の駅前にあったオフィスは狭くてすごくきつきつで仕事をしてました。古いオフィスデスクを詰め込んで、みんなで仕事しているんですけど、仕事していてすごく楽しかったです。それは、ホテル業界が集客に困っているのは、わかっていたので、困っている中で、平日空室のあるホテルにお客さんを送り込む仕事(送客)についたからだと思います。送客するためにはできるだけホテルの課題を聞き出しました。

例えば「平日も休日も1万円で売っていて売れないなら、平日を安くしませんか。」「この料金じゃ売れないから下げましょう。」という感じです。コンサルじゃないですけど、そういう営業的な仕事を電話でしていました。金曜日の夜10時くらいになるとホテルに片っ端から電話して、「こんなに部屋空いてるじゃないですか、このままだと土曜日赤字ですよ。僕らは11時から宿泊情報メールを配信するので、まだ間に合います。今値段下げてくれれば、僕ら売りますよ。」とひたすら営業電話を掛けてました。極めていくと「一室109円で売りませんか。」と営業してました。そうすると、売れるようになります。それでスタッフも増えて、対象になるクライアント(ホテル・旅館)も増えて。僕が入社した時600社くらいしかなかったのが最後3000社くらいまで増えていました。業績が上がり、新宿のすごくきれいなビルに移転することになって、前回のインターン先は解散したけど、今回は会社がちゃんと大きくなった、面白いなと思いましたね。会社ってこうやって大きくなるんだなと実感したのが2社目のインターンでした。その後、社員としてそのままのクーコムに残るか、別の会社に新卒で就職するかすごく悩んだのですが、このままクーコムに残ると、他に何も経験しないことになるから、別の会社に行こうかなと思い、就職活動をしました。それで銀行のシステムなどを開発する会社に就職することにしました。

何でそんなにインターンにのめり込んでいたのですか?

すごくがむしゃらに働いていたんですよ、だって、楽しいんですよ。あの当時、社員の人も含めて、3日に1回くらいしか家に帰ってなかったです。ダンボール敷いて、寝袋持ち込んで寝てたりとか。冬は床で寝るとすごく寒いからテーブルの上で寝てたりとかして(笑)、すごく頑張ってました。深夜2時くらいまで仕事をして、みんなでご飯食べて飲んで、会社に戻って、寝るみたいな。すごくアットホームな雰囲気で、仕事していてすごく楽しかったですよね。その時の人たちとは今でも付き合いがあって、結婚式に行ったりするくらいの仲良しです。クーコムでは、結局2年ほどインターンをしてましたね。当時2年近くやるのも珍しいと思うんですけど、インターンを続けた理由としては、宿泊業はもっと良くなるんじゃないのかという気持ちが根底にあったので続けられましたね。それとやっていて楽しい。営業していてもどんどん受注するし、事業も大きくなるし、会社も大きくなっていく。併せて世の中のためにもなっているから、すごく面白い。「みんな良いことじゃん」と思えたので、2年もやってしまいました。

やったことがないことにチャレンジするのは、すごくストレスですが、それを経験したからこそ仕事の幅は広がったと思います。

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社会人1年目、システムの開発会社に入社されますが、その話を聞かせてください。

1000人規模の会社に入社したんですが、入社してびっくりしたのが研修をたくさんやることですね。正式に部署に配属されるのは、3ヶ月後で、クーコムの時なんて入っていきなり電話してたのにと思ってびっくりでした。それで実際配属になったんですが、物足りなさも感じました。プログラムを書いてるだけなのでしょうがないんですよね。それで社内新規事業提案の公募があったので、応募したら審査に通ったんですけど、その事業は、部署内の調整ができず、上手くいかなかったんです。その後も、プログラム開発の仕事とかをしてたんですけど、やっぱり自分でサービスを創りたいとふつふつと思いました。もっとこう面白いコトがあるんじゃないかなと。加えて、その会社の仕事場が銀行のサーバーセンターだった時期がありました。空調は効いているんですけど、窓がないんですよ。光が入らないので、真っ暗。何時まで働いてるかよくわかんない。朝出社して、ちょっと終わったなと思って出ると、もう夜の9時とかになっていて。さっきまで陽が出ていたのに、なんだこれみたいな感じじゃないですか。これをずっと続けているのは難しいかなと思い、それで転職活動を始めて、リクルートに入社することにしました。

リクルートでは、最初どんな仕事を担当されたんですか?

リクルートは営業の仕事が多いんですが、営業は1度も経験せず、システム系の部署にネットメディアプロデューサーとして配属されました。インターンでの旅行系サイト運営の経験と前職のシステム開発の経験が買われたのか、ネットメディアプロデューサーという職種で、じゃらんnet(旅・ホテル予約サイト)を担当してました。

ネットメディアプロデューサーという職種ではあったのですが、5年間その部署に在籍したので、担当する業務はいろいろ変わり、様々なことを経験しました。お客さんを集客するために広告を買い付けたり、テレビのCM企画を考えたり、それだけでなく事業計画も考えて、営業計画、システム開発、機能開発など、ありとあらゆることを経験させてもらえた5年間でした。最終的には来期の事業計画を考えるところまで担当してました。その後、他の業務も経験し、2010年の9月にリクルートの新規事業である「ポンパレ」の編集長になったという感じですね。

じゃらんnetでの5年間は順風満帆だったんですか?

1年目にもう速攻で辞めたい気持ちになりました。すごい挫折です。大学も卒業して、1社目で銀行で開発を担当して、思うようにやってきたし。転職も無事上手くいっていたから、今思えば、ずっと自分の思うようになっていたので、どっかで天狗になっていたんだと思います。それがリクルートに入ったら思うようにならないのです。自分より仕事が出来る人もいっぱいいるし、自分が知らないことを知っている人もたくさんいる。「俺って別にそんなでもないんだな。」と入社してまず思ったんですが、それを認めずに強がって、「いや僕できますよ」という風に大見栄切っていました。そして、転職1年目に、新しいサービスを作れないかと言われ、その仕事を任されることになりました。しかし、全然うまくできなくて、リリースできませんでした。サービスが開始できなかった。その時に、自分に力がないんだっていうのを認めなきゃいけないけど、認めることがまだできなかった。人のせいにもしたくなるし、上司が悪いんじゃないかとか言いたくなる。それでこの仕事向いていないのかなと思うようになりまして、転職して1年目の年末くらいには、辞めようかなとまで思いました。上司に「この仕事向いていないので、辞めたいです。」と伝えたら、「ここで負けたら本当に永遠にこのままだぞ。ずっと何かから逃げ続ける人生を送るか、ぶつかってここで一回り大きくなるか、どちらかだぞ。」というような言葉を頂いたんです。その通りだと思い直して、もう一度頑張ってみようと考え直して残ることにしました。それで最後だと覚悟して任された仕事が、大幅なじゃらんnetのサイトのリニューアルです。事業部としても営業方針まで変えていくような大きな仕事でした。

そのサイトリニューアルのプロジェクト責任者が、今のポンパレ事業の上司となる人なんですが、その上司と一緒に仕事するようになってから視野がすごく広がりました。例えば、自分1人でできないことがあった場合、外部のコンサルタントの人に相談しても良いし、わかんないことは営業にも聞いても良いし、別に上司に聞けば良いという「当たり前」のこと教えてもらったのです。マーケティング分析の仕方、課題の抽出の仕方など全部その人から教えてもらいました。今思うのが、その上司が、いろいろ我慢してくれたおかげで、僕の視野は広がったのだと思います。今、僕が同じ仕事をあの人と同じポジションでやったら、たぶん僕は、耐えられないと思います。当時の自分が今の僕の部下になると言われたら、どうなんだろうと思いますね。相当忙しいのに、こんなに仕事ができない新人を付けられたら、大変なだけなので。その上司には、本当に有難いことに、僕に労を惜しまず付き合ってもらえました。

仕事に手ごたえを感じるようになったのは、どのような時からだったんですか?

「絶対この人の言っていること正しいだろ。」と思っていたので最初は上司に意見も言えませんでした。自信もないですし。そんな意見も言えない中で、上司と一緒に仕事をするようになって、3ヶ月経った頃、手掛かりが見えてきました。上司に仕事の確認だったり、意見を聞きにいくと「違うな。それ、俺が代わりにやるからいいよ」みたいなことを3ヶ月言われ続けてきたのが、あるタイミングで、「じゃあそれで良いよ。」となり始めたんです。Yesの返事が増え始めてからは、ますます自信が出てくるので、そうなってからは、すごく早くて、間違っていても大丈夫だと思えるようになりました。Yesの返事がもらえない時は、たいがい自分の考えがない時と、考えがまとまってなくてダメだと言われる時の2つだったと気付きました。できない当時の僕は、今思えば、みんなが考えるようなことを意見していただけなので、ある意味オウム返しに近かった。でもそれでは、「前澤はどう思う?」と聞かれた時に何も言えない。それでは仕事を任されている価値がないんですよね。そこから一歩進んで「みんなの意見はこうなんですけど、僕はこう思います。どうですか?」という風にコミュニケーションができるようになってから「それ確かに合っているかもしれないからやってみれば。」というような話ができるようになっていきました。すると視野が広がっていきました。

このプロジェクトは最終的に1年半くらいかかった大幅なサイトのリニューアルだったのですが、外部の開発会社さん、WEBデザイナーさん、コンサルの方が入って、最初の案を2ケ月ぐらいかけて作成して、「これだったらいけますよ、前澤さん」とみんな自信満々でホテルや旅館などのクライアントさんに訪問しました。結果は惨敗。「全然使えない。使い勝手が悪い。」と言われて、帰りの駅のカフェでみんなで落胆しました。「またやり直しましょう」と話して再度作り直し。そのトライ&エラーを1度や2度でなく何度も繰り返して作り上げていく。そうすると「失敗して普通だな」と思えてきました。最初からうまく行った方が気持ち悪いなという風に思えるようになった。それからは気持ち的にはすごく楽になりました。できないことを受け入れる方が楽だと気が付いたんです。最初から仕事はできないんですよ。仕事ができない前提で仕事をすることを覚えたのが2年目ですね。仕事ができないことを受け入れられると、自然と、仕事の進め方を教えてもらえるようになります。仕事がちょっとできるようになると、教えてもらえなくなります。できないことを受け入れ続けた方が絶対に良いと思います。

逆に最近の悩みは教えてもらいにくくなってきていることです。仕事を教える立場でもありますし、5年もいて新人ではないですから期待値が上がっているので。このプロジェクトの後、じゃらんnetで中長期の事業計画の作成も任せてもらい、一通り仕事は経験させてもらいました。今思えば、こういう経験がなかったら、開発のサポートみたいな1つの仕事しか出来ない人になっていたと思います。自分から何かを作ったりするとか、全然できなかったと思います。いろんなことを経験できて有難かったです。インターンもそうだし、社会人からの仕事もそうだと思います。やったことがないことにチャレンジするのは、すごくストレスですが、それを経験しないと仕事の幅は広がらないと思います。システムの設計担当として入社したつもりでいましたが、今では経理や法務とかも勉強したりしています。

5年間のじゃらんnetでの経験を経て、ポンパレの編集長という立場になるわけですが、なってみての面白さや苦労などありますか?

何が一番大変なのかというと、今までは決裁してもらう上司や、相談をする人がいました。今はどちらかというと僕がそういう相談を受けて、指示・判断を伝えなくてはいけなくなっています。だから今までは、相談する上司が決めた指示に沿えば良かった部分もありましたし、責任も最終的には上司に委ねられましたが、今は自分自身がその責任を負っていかなければなりません。そのことに対して、正直やっぱり不安がありますが、これも新しいチャレンジだと思ってやってます。

TwitterとかFacebookとかあるけど、上等だと。なんで日本市場を守ることができないのか、悔しく思います。
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ポンパレの事業に関して簡単に教えてください。

ポンパレは、リクルートが運営する日本最大級の割引チケット共同購入サイトです。人気ホテルの割引チケットや有名飲食店の特別商品などグルメ、レジャー、リラクゼーション、レッスンなど様々なジャンルの割引チケットを販売しています。割引チケットが購入できるのは、1~3日間の短期間内に、一定数以上購入希望者が集まった場合のみとなっていて、ポンパレを含む、こういったサービスをフラッシュマーケティングと俗に呼ばれています。

ストレスの中で、頑張れる原動力は、何ですか?

負けず嫌いなのはあるものの、やっぱり海外のIT企業が何でもかんでも上手くいくのは、何でだよと思うわけですよ。別に日本企業が勝っていいじゃないかと。TwitterとかFacebookとかあるけど、上等だと。日本の企業として立ち向かっていった時になんで日本市場を守ることができないのか、悔しく思います。例えば、eBay(米国のインターネットオークションサイト)が日本に参入したときに、ヤフオクはそれを押し返しています。それでeBayは日本に入れなかったんですけど、そういうことは最近見なくなっている。携帯電話もガラパゴス化と自分たちで言っていて、マイナスなイメージが強いけど、でもよくよく考えてみれば、ガラパゴス携帯と言っているのは日本人だけですし、ガラケーで出来ることは、スマートフォンで出来ないことの方が多いので、全然日本のガラケーの方がイケてると思える。後は、僕らには、広告主さんとの接点が多くあります。毎日コツコツとお客さんにサービスしていただいた結果として、収益で得たものを広告で還元してもらっているので、この収益を預かるのが、僕らなのか、外国企業の方がいいのかといったら、僕らの方がいいんじゃないのか、みたいなことも考えることが多いです。

世界を意識されているのは、インターネットの業界でグローバル競争が進んでいるからですか?

それはすごく感じます。日に日に進んでいます。僕が5年くらい前にじゃらんnetの部署に入った時は、競合は国内企業しかなかったんですけど、今は、全然分からない状態ですよね。例えば、競合相手がロシアのベンチャーキャピタルから投資されていたり、それだけでなく、中国のインターネットサイト企業から投資されていたり。なので、僕らは本当に世界を相手に戦っています。一方で僕らが国内でやっていることと、世界で日々動いていることは、全然違っているのも事実です。僕らは実業で、例えば今日、街で出会う飲食店さんが明日ちゃんと商売が上手くいくことを考えている。一方で海外のIT企業はキャピタリズムの中で戦っている。それは全然違いますよね。でも、そういう人たちと一緒に戦わないといけないというのが、今の時代です。それは、すごく難しいです。お互いの最初のゴールが違うんですよね。飲食店どうにかしようとか、旅行業どうにかしようと考えてるもの同士の戦いだったら、まだ分かります。上場して、株を売却して、というゴールを目指している事業者とも戦っているのが、今の日本のIT企業のジレンマだったりする。だから負けたくないですよね、大変なんですけど。でも勝ち方はあるはずで、それをあきらめた瞬間に、ほとんど終わってしまうかなと思ってますね。あきらめたくはない。負けず嫌いなんで(笑)。

ポンパレ編集長としての今後のビジョンを教えてください。

事業としてではなく業界としてはやっぱり、正月にお節の騒動(2011年正月、他社の共同購入サイトで買ったお節が購入時の情報と違っていて問題)とかもあったりして、今、共同購入に対して風当たりが強いことが課題だと思います。とはいえ、マーケティングの手法としてはすごく優れていると思います。日本の商業活性化のためにも、日本の消費者の人達が安心して使えるようになるためにも、ずっと事業を育てていきたいと思っています。その結果、事業が信頼されていけば、共同購入サービスを使う人が増えていくので、その過程で、僕らの収益がしっかり出せるようになるのがベストだと思って毎日やってますね。個人としては、この事業に関わり始めた頃は、4、5人で始めた仕事が、今は自分の周りだけでも30人程にはなってます。営業のスタッフを含めたら、ありえないくらいのスタッフが関わっているので、関わっている全ての人たちが、世の中のためになっていると確信でき、自信を持ってお客様(広告主)に紹介できるようなサービスに育てていくことが僕のミッションだと思っています。

事業を展開していることで意識をしていることはありますか?

競争に勝つというのにも、いろいろ種類があると最近思っているんですよ。売上で勝つのか、何で勝つのか。売上だけで全部決めていくと、きっと先もないのかなと思っています。例えば1人のお客さん(ユーザー)に適切な価格で販売して、クライアントさん(広告主)にも満足する価格であれば、サービスとして販売する意味があると思いますが、すごい安い値段で大量のお客さんが来ても経営が圧迫されたら、クライアントさんにとっては、全然良いことではないと思います。ですので、売上だけで単純に競うのではなく、サービスに関わる人たちを幸せにできる価格で商品を提供することに挑戦したいと思います。

そういった意味では、関わる人全てを幸せにしたいということですか?

そうですね、カスタマーもクライアントも、社内の人間もそうですし、全員幸せじゃなければ、たぶんやっていてみんな辛い。その手がかりも見えてきています。例えば、今日タクシー乗ったら、席の後ろに、家事代行とか、掃除やりますよっていう広告が入っていたのですが、タクシーの中でそのチラシをもらってわざわざ電話する人はそう多くはないのではと思います。でも広告主もどこに家事代行サービスの広告を出せばいいか分からなくて、タクシーに出したと思うんですよね。一方で僕らの時代って、共働きでないとやっていけない時代で、だから部屋の掃除や家事をやったりする人がいないので困っています。仕方なく、女性が、家事や子育てのために仕事をあきらめたりする現状があるわけです。

そういう問題を本質的に解決しようとすると家事代行サービスとかの広告はもっと彼らに届かなくてはいけなくて、ポンパレはそういう広告主が広告を出せて、届くべきカスタマーにそのサービスが届けられるのです。これは、本当に社会のためになっているなぁと思います。カスタマーもクライアントも我々も幸せになるサービスだなと思っています。こういう事例は、まだまだいっぱいあると思っていますし、この辺をもっともっと拾っていきたい。もしかしたら、僕らがやることによって、家事代行サービスが年間で200億、300億くらい大きな事業になるかもしれない。そしたらそこに需要が生まれて、産業になって、雇用問題も解決できるかもしれない。そういう風になっていけば、すごく楽しいことですよね。

仕事での「成功」より、「挫折」を早く経験した方がいい。そういう挫折経験をインターンで出来たのが、一番幸せなことだったと思います。
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前澤さんの中で学生時代のインターン経験が今の人生や仕事にどのような影響を与えていると思いますか?

影響は大きいと思っています。二社目のインターンで、西村社長にすごい怒られたことがあったんです。クライアントさんからアンケートを取る業務を任せられていたんですが、アンケートを全部回収するのがスゴイ大変で、このままだと期日に終わらないと思ったので、社長の確認なしに、「アンケート受付終了しました。これ以降のアンケートは受付けません。」とファックス送ったら、めちゃくちゃ怒られました。「なんでこんなファックス勝手に送っているんだ。」と。その時は、期日に終わらないと先に進めないと思って、良かれと思ってやったんですけど。そもそも社長が何で怒ったのかと考えると、多くの人たちがアンケートに答えようとしているのに無碍(むげ)に断るなんて今から考えればありえないことだったんですよね。それで翌日、社長に謝りに行きました。

このことは、やっぱり仕事上で挫折を経験するのがすごく大切だと思えるきっかけですし、大きな挫折を早く経験できたのはすごく良かったと思います。逆に言うと仕事での成功より、挫折を早く経験していた方が、後々が楽ですね。そういう挫折経験がインターンで出来たのが、一番幸せなことだったと思います。成功体験ももちろん良いんですけど、僕はやっぱり、怒られたことの方がすごい価値のあることだと思います。そうしないと、本当に取り返しつかないこともあると思います。この歳で初めて仕事が上手くいかないというのに直面したら、会社を辞めちゃうかもしれない。

でもそれはすごいもったいないことで、もしかしたらこの山を越えたらいきなり視野が広がることもあるかもしれない。そういう経験を早い段階でした方が良いから、チャレンジして、できるだけ僕はたくさんの失敗をしておいたほうが良いと思っています。チャレンジの回数が多ければ多いほど、失敗に遭遇する確率は高まるのですが、その失敗がとにかく必要だと思います。そうしないと成功を1回しても、その成功が奇跡でしかないかもしれないですし、2回目、3回目って上手くいかない。ですので、早いうちの失敗や挫折が必要だと思います。

だから、チャレンジするんだったら、徹底的にチャレンジして、提案して、無碍に断られ、挫折するのも重要です。人によってその感じ方も違うかもしれないですけど、敢えて挫折を受け入れることができれば、そのあとは強いですよね。失敗すること、前進しないこともあるというのを、前向きに受け入れた方が良いと思います。

これからETIC.のインターンに挑戦しようと思っている学生にメッセージをお願いします。

大学生のときに働くということをすごく好きになれたので、すごくそれは良かったかなと思っています。根本的には仕事は、楽しいことだと思ってます。インターンの時にあんなに夜中まで働いて、何であんなに楽しかったんだろうと振り返れば思うんですけど、やっぱり仕事が楽しかったからだと思いますよね。傍から見ると、めちゃくちゃ働いてバカじゃないのと思うかもしれませんが、でも楽しいからしょうがないんですよね。インターン先であんなに良い人達に巡り会ったおかげだろうなと思えるし、そういう経験が学生時代にできたのはすごい良かったと思います。それと自分で動こう働こうとする姿勢は大事だと思います。ETIC.のインターンに参加することは、当時の自分としてはかなりの背伸びしたチャレンジ。あの時の自分で考えてみたらインターンは相当なチャレンジだったと思います。人間ってそういう背伸びしたチャレンジをせずに、すぐに楽しよう、楽しようとなりますからね。僕の場合は、大学生の時はETIC.のインターンですし、社会人になったら転職かもしれないですし、今やっている事業を成功させることかもしれないんですけど、常にチャレンジすることというのは大事だと思っています。

(2011年1月取材)

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