DRIVEインターン大学1・2年生からはじめる本気のインターンシップ

ホームレスが自ら問題解決できる機会を創る

長谷川知広さん

現在の所属:NPO法人ビッグイシュー基金

インターン先:有限会社ビッグイシュー日本

【プロフィール】
1983年埼玉県越谷市生まれ。慶應大学総合政策学部卒業。2008年に株式会社リクルート入社。2010年に有限会社ビッグイシュー日本に転職。2011年2月よりNPO法人ビッグイシュー基金スタッフ。ホームレスの自立支援として、ホームレスワールドカップ日本代表派遣プロジェクトや、農業体験プロジェクト、若者ホームレス支援ネットワークづくりなどを担当。
工場でのアルバイトがきっかけで、出稼ぎ労働者の人たちと仲良くなって、途上国問題や在日外国人問題に興味を持つようになりました。
pic_tomohiro03
法政大学を中退し、慶応大学に再入学されますが、そのきっかけは何だったのですか?

高校卒業後は、法政大学の夜学部に1年程通っていました。それで昼間は、時間があったのでアルバイトをしようと思い、工場で働き始めました。コンビニなどの接客がある仕事でなく、工場のライン作業のような単純な仕事の方が好きだったので。それで実際に働き始めると工場で同年代の20代の若い人が海外から出稼ぎにきていたんです。アジアの途上国だったり、貧困国の人が多かったんですけど、僕と同年齢の人たちがたくさん働いていたんです。その出稼ぎ労働者の人たちと仲良くなって、自国の状況や、何で出稼ぎに来ているのかと話を聞いているうちに、途上国問題や在日外国人問題に興味を持つようになりました。印象的だったのが、インドネシアの人の家に遊びに行った時、インターホンを鳴らしても出て来ないんです。中にいるのはわかっていたのですが、出てこない。なんで出てこないのかと後で聞いてみたら「労働ビザを持ってないので、警察に見つかれば強制送還される。だから容易に出られなかったんだ。」と言っていたんです。それを聞いてショックでしたね。テレビとか本の情報でしかなかった社会問題がこんなにも近くにあるんだなと思ったんです。そのインドネシアの友人に対して自分では何も出来ないし、漠然と大学生活を送っているだけの自分に疑問を持ったんです。それでそういう途上国問題を学べる大学で学びたいと思って、慶応大学の総合政策学部(以下SFC)を受験し、再入学しました。

慶応大学に再入学してどのような学生生活を過ごされるのですか?

大学に入学してサークルの勧誘とかあるじゃないですか。その時にこういう人になりたいと思える先輩に出会ったんです。その先輩はアジアで医者として働きたいと思っていて、でも医療の知識だけじゃなくて国際問題とか幅広い視野を持つ医療の従事者になりたいと言っている先輩だったんです。「途上国開発の勉強だけじゃなくて、フィリピンとか現地に行って、実際にプロジェクトもやります。それから、国内の身近にあるホームレス問題にも取り組んでいきます。」と、その先輩が学生団体の話をしていたんです。自分で問題意識を持って行動していて、4年間という時間をその先の未来のために使っていて、かっこいいなぁと思ったんです。それで彼と一緒に行動してみようと思って、その学生団体に入りました。入ってからは、その先輩と一緒に途上国開発のプロジェクトの運営をしたり、ホームレス問題のプロジェクトチームを一緒に立ち上げたりしていました。

先輩に、「ホームレスというのは仕事がないことが問題じゃなくて、ホーム(家庭)がないことが問題なんだ。人とのつながりや家族からも拒絶されちゃったり、自ら拒否したり。それが問題なんだよ。」と言われたんです。
途上国開発への関心からホームレスへの問題意識にどのようにつながっていくのですか?

僕は単純に途上国開発の問題に携わりたいなと思って、そういうテーマのゼミに入っていましたし、インドネシア語も勉強したり、インドネシア、フィリピンなど現地にも行ったり、日本でシンポジウムを開いたりして活動していました。それで、SFCのコンセプトが「問題発見、問題解決」なんですね。途上国開発に関して「僕はこんなことやっています。」とプレゼンをして、興味持ってくれたり、共感してくれたりするんですけど、でも、そう言っている自分は毎日の通勤で出会う駅前のホームレスの人たちを通りすぎて学校に通っていたんです。目の前にある「問題解決」でき得る人たちを無視しているじゃないかと思ったんです。それで、まずは途上国問題からではなく、近くて遠い問題のホームレス支援をやっていくことにしたんです。

ホームレスの人といろいろ出会っていくうちに、なんとかしていきたいと思って、生活保護に関する勉強をしたり、行政と連携したり、福祉情報を学んでチラシを配ったり、解決に向けていろいろ試してみました。そういったプロジェクトの中で、実際に生活保護を受けて路上生活から脱した人が現れ、嬉しかったんですよ。でも3ヶ月後や半年後には、また路上に戻ってきてしまうんです。就職できなかったとか仲間がいなくて寂しかったといった理由で路上に戻る。なかなか難しい問題だなと思いましたね。彼らに必要なのは仲間だったり、希望だったり、仕事だったり、路上生活を抜けだすための理由が必要だったり。併せて僕らは学生だったので、卒業すると継続してプロジェクトが展開出来ない。そういったことを悩んでいた時に、学内でソーシャルベンチャーのイベントが開催されていて、そのイベントで有限会社ビッグイシュー日本(以下ビックイシュー)と出会ったんです。ホームレスの人にはたくさん出会っているけど何もできない自分にも気づいていたし、日本にはその当時は3万5000人ホームレスがいるといわれていて、1対1で支援をするんじゃなくて、1つの仕組みを創って3万5000人に広められたら楽しいなと思ったんです。それでインターン生募集のビラが、そのイベントの資料に入っていたので、ビックイシューのインターンにエントリーすることにしました。

近くて遠い存在になっているホームレスの人に問題意識があっても、自らアクションを起こすことは少ないと思うのですが、そこに強い問題意識を持った理由は何だったのですか?

学生団体の先輩に誘われたということが大きかったと思います。ただ、僕自身は早くに母親を亡くしているので、家庭(家族)というものの有難さをよくわかっているんだと思います。途上国支援では、フィリピンやインドネシアの貧困層の人たちを見たんですけど、意外とみんな元気なんです。貧しいけど、イキイキしていたり、目に力がある。何でかなと思ったら「家族」がいるから元気なんだと感じたんです、また、憧れていた学生団体の先輩に、「ホームレスというのは仕事がないことが問題じゃなくて、ホーム(家庭)がないことが問題なんだ。人とのつながりや家族からも拒絶されちゃったり、自ら拒否したり。それが問題なんだよ。」と言われたんです。実際に何人かホームレスの人に話を聞いてみると、本当にそのことが問題だと感じたんです。奥さんを亡くして、仕事が手につかず、自暴自棄になって子どもを置いて家を出てしまったおじいさんがいたんですけど、そのおじいさんは、奥さんを亡くしたことが本当にショックでなんにも手がつかなくて、路上に出てきていたんです。今はもう冷静にそのことを捉えられるんだけど、その当時は意識も朦朧としていて冷静でいられなかった。「子どもを置いて出て来たけど、子どもに会いたいんだよ。」と言うんですけど、子供を置いてきてしまった自分への負い目があって、「きっと子供は自分のこと受け入れてくれないだろう」と家族と連絡を取らないんです。これはなんて大きな問題なんだろうと本当に思いましたね。仕事がないだけじゃなくて「家庭」「家族」との絆を失っていることはものすごくショックなことでした。僕はやっぱり家族を大事にしたいし、他の人にもできれば家族は仲良くしてもらいたいと思っているので、直接そういう言葉を聞いて大きい問題だと改めて実感しました。でもみんな通り過ぎるし、僕の周りの友人もそうだったし、「問題発見、問題解決」と言っているSFCの学生も通り過ぎている。これは自分がなんとかしなきゃいけないと思いました。

高田馬場のマンションの一室を事務所にして、インターン生2人で雑誌「ビックイシュー」の広告営業をしていました。
ビックイシューでのインターンではどのようなことをされたのですか?

インターン生の募集の際に渉外担当ということで募集していたので、主に雑誌「ビッグイシュー日本版」への広告営業を担当していました。ビックイシューがそもそも何をやっているかと話すと、ホームレスの人の救済(チャリティ)ではなく、仕事を提供し自立を応援する事業として、雑誌「ビッグイシュー日本版」の販売をする仕事をホームレスに提供し、応援する事業を行っています。現在では、その他にも、ホームレスの方にパソコン教室を開催したり、ホームレスワールドカップ日本代表(サッカー)のマネジメントを行ったりしています。

当時、東京事務所は高田馬場のマンションの一室にあって、スタッフも1人で、他のインターン生含め、スタッフ3人というような感じでした。インターンが始まって1ヶ月ぐらいは、そのスタッフの方の資料作成を手伝ったり、ビックイシューに興味を持ってくれている企業さんを訪問する際に同行したりしていました。それで2ヶ月目ぐらいに営業を任され、同期のインターン生と2人で営業を担当していきました。ビックイシュー内に営業を担当していた人がいなかったので、2人で試行錯誤しながらやっていましたね。

その後、株式会社リクルート(以下リクルート)に入社されますが、それまでの経緯を教えてください。

インターンを開始したのが大学3年の1月で、大学4年1月までインターンとして働いていたので、就職活動は全然していなかったんです。出来ればビッグイシューに就職したいと思っていたんですけど、営業でも大きな成果を出せていなかったので入社を希望しても、その当時のビックイシューとしては、採用出来なかったと思うんです。それで就職活動を始めて、どういった仕事をしたいかと考えた時に、インターンでは営業をしていたけれどもスキルもないし、基礎を誰にも教えてもらえてなかったので、営業力を最優先で磨きたいと思ってリクルートに入社しました。リクルートには2年在籍していたのですが、1年目は福島県で採用広告の担当をし、2年目は東京で新しいフリーペーパーの企画作成に携わっていました。

ソーシャルベンチャーで営業を経験し、大企業でも営業を経験しますが、そこから見えてきたものはありますか?

そういう視点で言うと、クライアントさんへの提案の仕方、主語が違うというところが大きいと思いますね。ソーシャルベンチャーだと営業する時に「僕たちこんなに素晴らしいことやっていますから、協賛して下さい。」と話しがちで、悪い言い方をすると「こんなに素晴らしい活動しているんだから応援しなさい。」というようなプレゼンをする人がいたりするんです。

でも企業だと「御社がこれを実施する事でこんなメリットがあるんです。」と主語が私じゃなくて、クライアントなんです。そうすることで話がスムーズに進むことをたくさん見てきましたし、自らの営業でも経験したことなので、そういうノウハウは将来、ソーシャルベンチャーで働く際に使っていきたいと思っていました。

代表の佐野さんにビックイシューで働きたいという手紙を出し、採用していただきました。

リクルートを辞めてビックイシューに転職するまでの経緯を教えて下さい。

リクルートの社員は3年で辞める人が多いと入社前に聞いていたので、3年ぐらいたったら営業の基本は身に付くだろうと思って、3年で辞めることを考えていました。リクルートで力をつけてビックイシューに戻ろうと思っていたので、リクルートに入社しても、ボランティアでビックイシューの活動には関わっていました。どのタイミングで辞めようかなと思っていて、リクルート2年目の時にホームレスワールドカップパリ大会があったんですね。そのパリ大会に日本代表の選手(ホームレス)を派遣するプロジェクトにボランティアで関わった時に、選手が日々変わっていくのが、目に見えてわかったんです。本当にビックリするぐらい変わっていくんですよ。人と全く話さなかったような人がチームに溶け込んで、「来週も頑張ろうぜ!」と率先して声を出す。そればかりか、「自主練しよう。自主練!!」とチームを引っ張り出して、次には「本気でパリ行くぞ!」と言い出して、本当にパリに行って賞を取った。

そうすると「みんなに応援してもらったから就職活動を頑張る。」と言って急に普段の生活も頑張り出して、就職を決めて自立していったんです。そういうことを目の当たりにした時に、これは素晴らしいなと思ったんです。毎年選手を送り込みたいし、この活動を通じてメディアにホームレスの人が取り上げられ、この問題には、構造的な問題があるんだということが伝えられたらいいなと思っていました。

ちょうどその頃、入籍して、妻は転職をしたばかりで、自分のやりたいことのためにイキイキと働いていたんです。僕もその頃、少しずつ営業の成績が出てきていて、少しだけ力は付いてきたと感じてはいたんですが、仕事に対して本当に納得感があってやっていたかと言われるとそうではなく、会社から与えられたミッションだからやっていただけで、何で自分にウソついて仕事しているんだろうと思ったんです。営業力をつけたいと思って入社したけど、現実を考えると営業マンとしては、まだいろいろ身に付いていないわけなんです。営業力もそうだし、時間管理とか、マネジメント力とか、リクルートにいる間に身に付けたいと思っていたんです。でも、そんなこと言っていたらいつまでも転職できないし、そうした力なら友人や先輩たちに貸してもらえば良い、頭をさげればよいと思って、ちょっとでも自分に身に付けたいと思っていたことの土台が身に付いたんなら、本当にやりたいことにチャレンジして、そこで失敗した方がいいと思ったんですね。そこでビックイシューで働きたいという手紙をビックイシュー代表の佐野さんに出し、採用していただきました。

今、ビックイシューではどのような仕事を担当されているのですか?

僕はホームレスワールドカップやホームレスの人に農業をする機会をつくるとか、ホームレスから脱出するためのプロセスや、出口づくりに取り組んでいきたいと佐野さんに言ってビッグイシューに入ったんですけど、最初の1年だけはリクルートで学んだ広告営業の知識を活かしてほしいということで営業を担当していました。並行してホームレスの人にIT講座を開いたり、サッカーを一緒にしたり、クラブ活動をしたり、そういったこともやっています。

リクルートの経験は、今の仕事にどのように活かされていますか?

結局僕は、いろいろ力が身に付いてないわけですよ。本来的には失敗することがちょっと身に付いたぐらいで、営業10年目の人とか20年目の人とかより、いろいろスキルは身に付いていないんですけど、別にそんなのは、できる人に相談に乗ってもらえれば良いと思えるようになったことだと思います。自分のできないことがあれば、同期や先輩や周りの人に相談すればいい。そういった意味では、そういう方々にリクルートでお会いできたのは今後も活きると思います。実際に今もやり取りしたり、相談乗ってもらったり、プロボノで力貸してくださいとお願いしたりしています。リクルートに入社する前だったら、そこで頭を下げるのが苦手だったんだけど、今は「すみません」と言って頭下げられるようになったのはリクルートでいろいろ失敗の経験をさせてもらったからだと思います。

僕がやりたいことはビッグイシューのおじちゃんを単に元気にすることではなく、ホームレス問題の「予防」と「出口づくり」をしたいんです。
今後ビックイシューで取り組んでいきたいことを教えてください。

直近だと今年(2011年)の8月にホームレスワールドカップがパリであるので、今まではビッグイシューの販売員(ホームレス)にしかサッカーの機会はなかったけど、販売員以外のホームレスの方々にも声を掛けてサッカーをする機会を提供していきたいと思っています。日本代表入りして、パリでのホームレスワールドカップに行くことを目標にしてもらいます。

それを目指すことでホームレスだった人が仲間や目標を取り戻したりしてもらいたいです。日本代表の枠は8人しかないんだけど、参加したみんなで8人を応援できたらいいなと思っています。最終的には、ホームレスワールドカップを日本でも開催したいと思っています。まだアジアでは開催されたことがないので、日本で開催したいですね。北半球と南半球で毎年交互に開催されているんですが、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカでは開催され、アジアではまだ開催されていないんですよ。

ホームレスワールドカップが、アジアで開催されていない理由は何ですか?

ビッグイシューが出来たのが、そもそもアジアが遅かったということがありますし、日本だとまだビッグイシュー自体にも力がない。ホームレスの人に対する偏見がすごくあって企業協賛が得られにくいんです。特に日本はホームレス問題に関して出遅れているとか、ホームレスの人も頑張っている人がいるとか、そういうことすら伝わっていない。ビッグイシューも全然知られていないですし。だから早く日本でそういったことを知らせる機会をつくりたいと思っています。

販売員だけでなく、他のホームレスの人を巻き込んでサッカーをやりたい理由は何ですか?

それはつまり僕がやりたいことはビッグイシューのおじちゃんを単に元気にすることではなく、ホームレスが生まれない社会、生まれたとしても再チャレンジできる社会を目指したいんです。だからその手段としてベストなものがあるならばそれを横展開したいんです。その1つがサッカーだし、ホームレスワールドカップだと思っています。

問題解決の手段として、農業の機会を提供することも考えられているみたいですが、詳しく教えてください。

人は、食べた物で出来ているじゃないですか。ホームレスのおじちゃんを見ていると栄養が偏っていて、カップラーメンとかよく食べている。自分で作ったものを食べる経験ってすごく減ってきている。作るというのは、料理ということもそうだし、野菜とかを自分で栽培することもそうだし。ホームレスのおじちゃんたちは、圧倒的にそういうことと離れていますよね。だけど実際に自分でやってみると、大根抜くとか楽しいじゃないですか。それで大根抜いて、みんなで皮剥いて食べるとすごくおいしかったりしますよね。それを部分的にやるだけじゃなくて、種を植えるところから始まって、料理つくるところまでやると気分がいいと思うんですよね。

学術的な理由はわからないですが、僕自身はそうした体験にすごく可能性を感じるんです。なにかの成長を見るとか、自分が作ったものが変わっていく姿を見ることは、嬉しく感じることだと思っていて、ホームレスのおじいちゃんとかは家庭的なことや仕事といった様々な体験から自己肯定感がなかったりするので、自分が育てたものが成長するとか、自分でつくったものを食べるとか、ものすごく自己肯定につながると思うんです。なのでホームレスのおじちゃんに農業の機会を提供したいと思っています。

そのためにもまずは、イベント的に種まきと収穫に参加してもらったり、その中で農業に興味をもった人がいたら、どこかパートナーを見つけて、そこに住んで働いてもらうことなどをしていきたいと思っています。ホームレスの人を一般の企業に就職させていくことも大事だと思うんですけど、リストラされた失敗経験とか、自己否定感を持っていたりする人に対して、また同じ職場に戻りましょうとはなかなか言い難いですよね。そうじゃなくて何か自分を肯定できるような体験の場を作ることが、今後のホームレス支援では大事なんじゃないかと思っています。農業は特に自己肯定につながる可能性が顕著にあると思っているので農業体験をしてみようということです。

ずっとホームレス問題に関わっていくだけではなく、ニート支援とか、障害者支援とか、自殺問題とかに取り組んでいきたいと思っています。
長期的なところでは、どんなことに取り組んでいきたいと考えていらっしゃいますか?

今一つ考えているのは、ホームレスの年齢が若くなっていて平均年齢がものすごく下がっているんです。今までのホームレスとも質が変わってきていて、今までだと60歳とか50歳とかで、ほとんど土木作業をやっていましたという人が多かったんです。でも今は、20代30代のホームレスが増えていてビッグイシューもそうだし、ビッグイシュー以外のところもそうです。ネットカフェ難民の人がホームレス化しているとも言われています。ホームレスになりうる可能性のある人がリーマンショック以降に急激に日本社会に増えています。ですから、そのホームレスの人の出口を作るという意味でサッカーもするし、「ビッグイシュー」販売もするし、農業もするし、いろんなことをするんですが、まずは、そもそもホームレスにならない方がいいと思っていて、そのための予防となるような対策は必要だと思っています。 それだけでなく、ニートの高齢化という言葉が今ありまして、ニートの年齢が40歳ぐらいになってきているんです。ニートの両親が亡くなると場合によっては生活保護だし、場合によってはホームレスになりえますよね。それはまずいだろうと思っているので、行政やニート支援団体との連携を今年から強めていこうと思っています。

長谷川さん個人としてのビジョンを教えてください。

個人としては、ずっとホームレス問題に関わっていくだけではなく、ニート支援とか、障害者支援とか、自殺問題とか人に関わる仕事に取り組んでいきたいと思っています。ビッグイシューで実践してみたことをアレンジして他の分野、他の業界に横展開していきたいなと思っています。与えるスタンスの支援でなく、人に寄り添う形でサポートをしていきたいと思っています。

最後にETIC.のインターンシップの魅力を教えて下さい。

メンターとなる人が第三者的な立場でいることは大きいですよね。単なるインターンシップコーディネーターではなく、メンターとしてアドバイスもらえるのはすごく有難かったです。例えば、「こういったことがもっとできるんじゃないの?」と仕事に対しての伸びしろを指摘してもらえる。自分で考えるだけではわからないこと、全然出来ていないことがあるんだとわかる。それは大きいですよね。他にも、「何でホームレス問題に関心があるのか」「何でビックイシューでインターンをしようと思ったのか」と自分の原点を問われたり、確認される。そこがわかった上で活動していると良くも悪くも自分のやりたいこと、やりたくないことがはっきりして、とても良かったです。

(2011年1月取材)

挑戦を続けるOB・OG達TOPへ戻る