DRIVEインターン大学1・2年生からはじめる本気のインターンシップ

長い目で復興を考えた時に、必ずビジネスの出番が来る

稲垣亮太さん

現在の所属:大手IT企業・NPO法人GRA

【プロフィール】
稲垣亮太 1981年生まれ 出身:千葉県八街市 日本大学商学部商業学科卒。 大学在学中に、飲食店経営ベンチャー・ネット広告会社など数社のベンチャー企業でのインターンを経験。NPO法人かものはしプロジェクト立ち上げに参画。新卒で現職の大手IT企業に入社。営業として金融機関向け案件に関わる。2011年の震災を機に、NPO法人GRA(<a href="http://gra-npo.jp/">http://gra-npo.jp/</a>)を設立。先端農業・中学生向けキャリア教育に取り組む。
「インターンを通じて、沢山の魅力的な人達と会いたい」

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稲垣さんのご出身はどちらですか?

私の父親が新聞記者をやっていた関係で、引っ越しが多かったです。千葉で生まれた後、仙台、新潟、名古屋と移り、また千葉に戻ってきました。大学は日本大学商学部に入学して、祖師ヶ谷大蔵で一人暮らしをしていました。

どんな学生生活を送っていましたか?

新聞社で、お給料はいいけれど、体力的にとても大変なアルバイトをしていました。音楽、特にハウスミュージックが好きでたまにクラブに行っていました。その頃はあまり楽しくなかったですね。よく「目が死んでるよ」って言われていました(笑)

なぜ、日大商学部を選ばれたのですか?

あまり深く考えていなかったです。ベンチャー企業に特別に興味があった訳でもないです。私はETIC.に出会った事で、もの凄く人生が変わった人間だと思います。初めてETIC.に足を踏み入れたインターンシップフェアで、今の妻にも出会っていますしね(笑)

インターンシップフェアに参加したきっかけはなんですか?

大学2年生の時のゼミがきっかけです。ベンチャー企業経営論のゼミに所属していました。そこで西野さんという先輩が居ました。今は三和システム株式会社の代表をされている人です。当時西野さんは株式会社ガイアックスでインターンをしていました。インターン自体が珍しかった時代なので、興味を持って色々話を聞いてみました。そうしたら、「気になるなら見に来る?」と言われて、インターンシップフェアに連れて来られました。

なるほど、そうだったのですね。実際に参加してみてどうでしたか。

その場にいる人達がとても面白かった事を覚えています。ベンチャー企業の経営者、インターン生、ETIC.スタッフ、参加する人達は皆これまで自分が付き合ってきた人達と全く違いました。とても楽しかったのですが、知識・経験不足であまり会話も続きませんでした。ですが、経営者の人達と話をして、とても興奮したのを覚えています。「こういう生き方っていいなあ」と漠然と思うようになりました。まだ具体的にやりたい事があった訳ではありませんが、インターンを通じて沢山の魅力的な人達に触れて、これからどうやって社会に関わっていきたいか考えようと思うようになりました。それが大学二年生の時でした。今思うと僕の人生の大きなターニングポイントのイベントだったなと思います。

「どんなに暴れ回っても何も失うものが無いのです」
その後、飲食店の経営するベンチャー企業でインターンをされますが、なぜこの企業でインターンをしようと思ったのですか?

飲食という業態に強いこだわりがあった訳ではありません。ただ当時はITよりも身近で分かり易いビジネスモデルで、経営を学ぶには一番良いかなと思い、飲食店を運営する会社にエントリーしました。

インターン始めたての頃はどうでしたか。

「こうやって世の中って、会社って動いているのだな」という学びがありました。最初は女社長の鞄持ちをやっていました。社長がいろんな所に行って打ち合わせをする様子を横で見て議事録をとっていました。すごく面白かったです。「ビジネス」というものを生れて初めて自分の目で見ることができて、素直に面白いなって思いました。その時はとても純粋でした(笑)本当に何も知らなかったので、どんな仕事も新鮮で楽しかったです。

インターン先の人も、皆さん可愛がってくれたし、頑張ったら少しですが結果が出たりもして、楽しく仕事をしていました。インターンは、言葉は悪いのですが、いい意味で無責任な立場だと思います。本当のビジネスでは、リスクとリターンは常に一定なのですが、学生がインターンの立場で入ると、どんなに暴れても何も失うものが無いのです。すごくお得な立場だと思います。だからこそ思いっきりやりたい事ができて、楽しかったのでしょうね。

「お客様のためになるものを提案する、それが社会をよりよくしていく、というのが営業という仕事の醍醐味」

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インターンの業務は、鞄持ちから始まって、どういうことをされていったんですか?

社長の鞄持ち、店舗の皿洗い、プロモーション企画まで色々とやらせてもらいました。自社経営のレストランが5店舗あって、新しいメニューを考えたりとか、どうやったら少ない資金でメディアに取り上げられるかを考えて、プレスリリースのFAXを送ったりという事をしていました。例えば、狂牛病が大きな問題になっていた時、焼肉店を短期間で業態変更した事をメディアに取り上げてもらい、逆に客足が伸びた事がありました。

もちろん、店頭での地道なチラシ配りなどもしていました。今思うと稚拙でしたが、商圏がこのくらいだから、ここでどのくらいの頻度で、チラシを撒くと、どのくらいの人がチラシを取ってくれて、その内何%の人が来てくれるか、という、マーケティング的な事に取り組んでいました。

その後、社長が期間限定のスポーツカフェを立ち上げる事になったので、「やってみないか」と言ってくれました。そこからは100%、そのカフェ立ち上げの仕事に専念しました。

カフェの立ち上げは、何人くらいでやっていたんですか?

当時、私以外にいたインターン生は期間が終わってしまったので、新たに大量の募集をかけて、20名が集まりました。その後も何度か募集をかけて、最終的にアルバイトも含め150名くらいの学生メンバーで運営していました。

最初に入った20名がコアメンバーとなり、表参道のオフィスにパソコン持参で集まり、プロジェクトがスタートしました。「カフェを立ち上げる」といっても、場所とオープン日しか決まっていない状態だったので、まずは、これからやらなければならない事を洗い出しました。今思い出すと信じがたいのですが、飲食経験者がほとんどおらず、最初は全てが手探り状態でした(笑)

ある程度何をやるべきかが見えてきたら、次にそれを実行するための組織を作りました。フードチーム、ドリンクチーム、コントロールチーム、ホールチームに分けれ、それぞれのチームで動き始めました。

飲食経験者は一人もいなかったのですか。

はい。最初は本当に誰も何も分からなかったので、業界経験者や業者に大量に会ってヒアリングしました。それである程度やるべき事が分かったら、次にそのために必要な人・モノ・カネと、スケジュールを整理しました。オープンまで時間も無く、ほとんど寝ずに何ヶ月も働いていたので、本当に死ぬかと思いましたよ(笑)

カフェの仕事で学んだ事は大きかったですか?

もの凄く大きかったです。何もわからないところから、プロジェクトのゴールから逆算して、必要なヒト・モノ・カネは何かを考えて、スケジュールをひいて、という、プロジェクトをやり遂げる力を身につける事ができたと思います。また、非常に関係者が多い仕事だったので、多くの人を巻き込む面白さと難しさを知る事ができました。

カフェの運営後はどういう事をされたんですか?

プロジェクトの中で、沢山の取引先の方と折衝する機会が多かったのですが、そこで広告代理店や企画会社の営業の方と接する機会があり、営業という仕事に興味を持つようになりました。そこで、カフェプロジェクトが終わってから、再度ETIC.のコーディネーターの伊藤さんに相談し、広告代理店の日広(現・GMO NIKKO株式会社)という会社で二回目のインターンを始めました。

そこではどんなことをされていたんですか?

ひたすら営業をしていました。ビル倒しもしました。すごく辛そうなイメージを持たれるのですが、とても楽しかったです。社長が営業としてとても優秀な方で、非常に勉強になりました。

最初は先輩が電話しているのを横で聞いて、それを書き起こして台本を作る。その台本を上司に確認して頂いて、その台本を元に自分で電話。アポが取れると、メンターの社員の人と一緒に営業に行く。営業の場でまた、社員の人が話しているのを聞いて、勉強して…。そういう事を繰り返して、メンターの方同席で今度は自分が営業トークをする。最後は自分一人で営業に行く。

とても運が良かったのですが、ネット広告が認知され始めた頃だったので、ちょうどネット広告に関心を持ち始めた大手のお客様を開拓する事ができたりして、結果を出す事ができ、非常にやりがいがありました。

営業の仕事を通じて、どんな学びがありましたか?

営業と言う仕事への考え方が変わりました。当時は広告の効果測定がとても難しかったですが、ネット広告であれば容易に効果測定ができました。今では当たり前の事なのですが、当時は「広告業界がこれから大きく変わっていく、自分達が変えていく」と社員全員が強く信じていました。売りつけるのではなく、お客様のためになるものを提案する、それが社会をよりよくしていく、というのが営業という仕事の醍醐味なのだと、思うようになりました。

他にも、ミスでお詫びに訪問したお客様とお話しするうちに仲良くなってお仕事を頂いたり、非常に苦労して提案したものが受注できたり、色々な泥臭い経験を積み重ねていく中で、営業という仕事がとても好きになりました。

「長い目で復興を考えた時に、必ずビジネスの出番が来る」

就職活動はどんな観点を重視されていたのですか?

「営業」×「IT」×「規模」で就職活動をしていました。ITで社会の仕組みをつくるような、より規模の大きな企業は無いか探していたところ、SIerという業種に興味を持ちました。いくつか企業を見ていく中で、今の会社を見つけ、内定を頂き就職しました。

簡単に仕事の事を説明していただけますか?

入社してから一貫して金融業界のお客様向けの営業担当をしています。当初は自分の中で勝手に3年間で学びきって辞めて起業するつもりでいたのですが、実は一人前になるまでに10年くらいかかる非常に難しい仕事でしたが、向き合えば向き合うほど、面白くなっていきました。

震災が契機となって、現在の活動を始められたのことですが。

30歳を前にして、これからどうやって働いていきたいのか、学生の時のように起業したいのか考えてくうちに、ロールモデルである先輩がちょうどそのようなタイミングで大学院に通学していた事もあり、これまでやってきた事を整理しこれからを考える機会を作ろうと思い、夜間の大学院に単科で通い出しました。大学院には様々な業界・年代の志を持った人が集まっていて、非常に刺激的な環境でした。そして、入学する直前に、ちょうど東日本大震災が起きました。

私は東北には何のゆかりもありません。地震発生時は品川のオフィスビルで働いていました。自分に限った話ではありませんが、自分がやれる事をやらなくてはという気持ちで、大阪発のイエローバンドを東京で広める活動のお手伝いをしていました。

ある時、大学院の講師の方が、都内でIT企業を経営する被災地出身の同級生を紹介してくれました。彼は故郷が消えてなくなった事に憔悴しきっていましたが、同時に強い使命感を持って、これからの人生をかけて、これまでのビジネスの経験を活かして、復興に取り組んでいくと語っていました。この彼の思いに強く共感しまして、一歩踏み込んで復興に取り組んでいこうと思うようになりました。長い目で復興を考えた時に、必ず「ビジネス」の出番が来ると思っていました。

「出身地ではないが、出身地に限りなく近い感覚」
今の活動であるNPO法人GRAはどのように立ち上がったのですか?

4月に初めて彼の故郷である宮城県の山元町へ行きました。昼はボランテイア活動をして、夜は政治家・地元経営者等様々な町の方と意見交換を続けました。議論を続ける中で、これから必要なのは雇用・教育だという結論に至り、参加者も増え、活動も本格化していったため、NPO法人化しました。

NPO法人GRAではどのようなプロジェクトに取り組まれていますか?

山元町産イチゴのブランド化と、中学生向けのキャリア教育プログラムに取り組んでいます。東京・大阪・仙台・山元町で総勢600名以上のメンバーと、多くの企業や公的機関の方々からの協力で成り立っています。

イチゴのブランド化プロジェクトについて、教えてください。

震災前からの山元町の特産品だった苺を、生産方法から抜本的に見直し、高付加価値化する取り組みです。「MIGAKI-ICHGO」(http://www.migaki-ichigo.jp/)というブランドを作り、今シーズンより関東の伊勢丹等で取り扱って頂いています。このブランドをさらに確立し、山元町の苺農家の共有資産としたいと考えています。そして農業による地域活性化のモデルケースを作り、それを他地域に展開していきたいと考えています。

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稲垣さんは山元町に対してどういう思いを持っていますか?

自分の出身地ではありませんが出身地に限りなく近い感覚です。山元町の皆さんは昔からの友達とか親戚に近い存在です。なので、なぜ出身でもないひとつの町のためにそこまでやれるのかとよく言われますが、自分にとってはとても自然な事なのです。

学生時代にも、東南アジアの社会問題解決に取り組むNPOをお手伝いしていた事がありましたが、最後まで自分事にならなかった事を覚えています。今回のGRAの活動は自分事になっています。「これは自分がやるべき事なのだ」と感じています。なぜそう感じるようになったのかは、自分でも正直よく分かりません。

「インターンを考えているならすぐやってほしい。考えているだけなら意味がない」
これからインターンや、起業に挑戦しようと考えている学生へのメッセージをお願いします。

一度の人生の中で関わる事ができる組織や人は、とても限られています。インターンは、多くの企業やNPOの中に飛び込んで肌で感じる事ができる、とても貴重な経験です。興味があれば、是非チャレンジする事をオススメします。

繰り返しになりますが、学生がインターンの立場で入ると、どんなに暴れても何も、受入企業が失うものはあっても、あなた自身は何も失うものがありません。思いっきりやりたい事をやってみて下さい(笑)

最後に、ETIC.を知らない学生に紹介するとしたらどのように紹介しますか?

魅力的な人が多い。自分のやりたい事が分かっていて、それを思いっきりやっている人が多い。自分のロールモデルになりそうな人が沢山いる。ETIC.はそんな場だと思います。

僕は流されやすい性格なので、影響を受けたい人の近くに身を置くようにしています。今私が関わる人や組織も、一緒に働きたい人、影響を受けたい人、ロールモデルとなる人がいるからです。その結果、少しずつですが、いつかなりたかった自分に近づく事ができているのかもしれません。ETIC.はその最初のきっかけをくれた場所です。

(2012年8月取材)

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