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#経営・組織論

「家庭をないがしろにしてまで働いちゃいけない」日本ブラインドサッカー協会・松崎英吾さん―起業家七転び八起きvol.2

2014.09.25 750view 

前回は、株式会社西粟倉・森の学校の牧大介さん(前回の記事はこちら)をとりあげた「起業家七転び八起き」シリーズ。今回は、ブラインドサッカーを通じて、視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会を実現することをビジョンに活動されている、日本ブラインドサッカー協会 事務局長の松崎英吾さんに事業の失敗談について伺いました。 matsuzaki 鈴木:事業を立ち上げていく上で、苦労したことや失敗経験を2つお聞きしたいなと思っています。

松崎:正直に言うと、1番目はやっぱり家庭ですね。身近なスタッフや家族など、事業そのものよりも、近くて大切な人との部分で痛い目にあっています。

なかでも1番の思いはやっぱり家庭なんですけど。まわりからも離婚しないのが不思議だと言われているくらいの感じだったんです(笑)

鈴木:それは仕事に没頭しすぎちゃったってことですか?

松崎:そうですね。基本的に経営のスキルとか知識がなかったし、試行錯誤して失敗ばかりしていました。その右往左往を、何で吸収していたかというと、やっぱり時間なんですよね。

朝は7時8時から翌朝3時4時まで働くことが、3年くらい続いていた時期がありました。そのしわ寄せが、家庭や身近なスタッフにいっていたという感じですね。

鈴木:「あちゃ?、これはまずい」という経験はありますか?

松崎:3日間家に帰らないことがありました。帰れないんじゃなくて、忘れちゃってたんですよね。「帰る」ってことを(笑) 「本当に信じられない」ってよく言われます。普通は夕方に「今日何時に帰るよ」とか「ご飯はいらないよ」って連絡すると思うんですけど…。

当時の僕の場合は、午後3時位に「3時だな?」って思って、仕事して、次にはっと気づくと夜の12時なんですよ。「やべえ、終電あと30分だ」と思って、ちょっと仕事して、次に気づくと、もう夜中の3時なんです。

2007年にいまの立場についたんですが、2008年から2011年あたりはそういう時期でしたね。経営的にも苦境で、型も見つかりそうで見つからず、成果が出せてなくて、模索中でした。労働時間を投下しないと、得られるものも得られないという感じで、不安でたまらなかったですね。

スタッフとも「最近どう?」みたいなコミュニケーションはあまりできてなくて、仕事のことばかりでした。心の余裕がない状態でしたね。スタッフも、家庭のことで困ってたりもしたのに全然気づいてあげられませんでした。

鈴木:いつ頃に気がつかれたんですか?

松崎:本当に最近です。「なんで連絡の1個もできないの」って家庭で喧嘩が続いていて、ずっといろいろ言い訳をしていたんですね。「仕事が…」「タイミングが…」「今週は…」「今年は…」って。「今年は詐欺」って言われてました。自分の問題だとわかっていながら、そこに注意を払うとか努力するとかできなくて、しょうもない言い訳をしてました。

そんななか、パートナーの留学が決まったことが大きいですね。「子どもと一緒にいられなくなるんだ」と。離れてしまうことが、すごく身近に想像できてしまって…。で、誠心誠意謝ったんです。手紙にして。(笑)もう絶対に許してくれないと思ってたんですけど、パートナーは許してくれました。心からの許しを得たこと、それにすごく感激しましたね。

鈴木:松崎さんにリスペクトがあったんでしょうね、きっと。よかったですね!

松崎:いかによいパートナーと出会うかっていう話かもしれないですね(笑) 自分が世の中にたいして大事にしたいことを、こんなにも体現できてなかったんだなあと、心の痛い学びです。家庭をないがしろにしてまでやろうとしてしまうことは、すごくよくない。子どもにも影響しますし。僕の場合は結果として、パートナーのよき理解もあって別れたりしなかったけど、結果論であって、こういう風になるのは避けるべきですから。

どうやってちゃんと家庭と繋がりを持つかっていうのは、起業する上ですごく大事なことなんじゃないかと思いますね。今だからこそ言えることですけどね。「死ぬ気で働け」とか平気で言ってましたから(笑) 劇的にではないですけど、そこから人生観も変わったかもしれません。ちゃんと家に帰ったり、スタッフが休める環境をつくろうと思い始めたり、今はちょっとずつ意識できるようになってきましたね。

鈴木:じゃあもう1つの苦労を話していただけますか?

松崎:お金のことは大変でした。収入構造の話になるんですけど、うちは0か100かという資金調達をしていた時期が長くて。協賛をいただく企業も、大口のところに結構頼っていて、少しずつ積み重ねるような努力をしていませんでした。収入の見込みもたてづらく、キャッシュフローも想定がしにくく、とはいえ事業やスタッフは増えていた。そんなに順調ではありませんでした。

鈴木:どんな風にその苦しみを乗り越えたんですか?

松崎:全体の課題や数字を、スタッフと共有することですね。スタッフに言えてないことも結構あったんですけど、リスクを1人で背負わずにみんなで背負うようにしたりしました。見える化することで、みんなの動きも変わってきましたね。立ち上げた人が1人で頑張ってしまうのってありがちだと思いますが、こんなに一緒にちゃんとかぶってくれるんだなというのは、すごく安心感がありましたね。

鈴木:ブレイクスルーのポイントは何かありましたか?

松崎:自分は次のフェーズに進むのに時間がかかるタイプだと、認識はしています。それでいろいろ失敗もしたけど、痛い思いをするって実は大事なことだと思ってます。痛い思いから逃げないこと。そういったことを通して、心から感謝していくという感覚を得ました。

あと僕は、おばあちゃん的な存在が3人いるんですよ。本人たちに怒られちゃうかもしれないけど、うちの理事長の釜本美佐子、それにケアセンターやわらぎの石川治江さんと、それにプライベートなひとがもう1人。3人とも、僕が苦しいときに同じタイミングで全く同じことを言ってくれるんです。「あなたならできるわよ!」って。

いざという時に、そういう風に心から励ましてくれる尊敬できる存在がいたっていうことは、よかったなと思いますね。尊敬できる人にそう言われると、できる!って思えるんですよね。

鈴木:本当に苦しい時にそれは自信になりますね。ありがとうございました!

編集より:現在、日本ブラインドサッカー協会ではアルバイトを募集されています。締め切りは9/30(火)ということですので、関心がある方はこちらの募集ページをご覧ください。また、11/16-24でブラインドサッカー世界選手権が開催されるそうです。そちらも合わせてチェックしてみてください。

起業家七転び八起きシリーズ

日本ブラインドサッカー協会 理事・事務局長/松崎英吾

国際基督教大学卒。学生時代に、偶然に出会ったブラインドサッカーに衝撃を受け、深く関わるようになる。大学卒業後は、(株)ダイヤモンド社、ベネッセ・コーポレーションに勤務。一般企業での業務の傍らブラインドサッカーの手伝いを続けていたが、「ブラインドサッカーを通じて社会を変えたい」との想いで退社。その後、日本視覚障害者サッカー協会(現・日本ブラインドサッカー協会)の事務局長に就任。「サッカーで混ざる」をビジョンに掲げる。サステナビリティをもった障害者スポーツ組織の経営を目指し、事業型非営利スポーツ組織を目指す。

この記事を書いたユーザー

鈴木 敦子

鈴木 敦子

NPO法人ETIC. 事務局長。1971年生まれ。ETIC.創業期(学生時代)より参画。早稲田大学第二文学部卒業後、 自分で起業→ETIC.事業化により、ETIC.の経営に参画。多くの大学生のインターンシップコーディネート業務、ベンチャー起業、社会起業支援などを通じて、20代の起業家精神の育まれる現場をプロデュース。メッセージ「仕事は面白いと思うことを一生懸命やるべし!」

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