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#経営・組織論

日本の若者自立支援の活動を、次のステージへ(前編)~NPOが企業経営の視点を強くもつことが、成長の壁を越えていく突破口になる

2017.05.29 

 

前回の認定NPO法人ACEに引き続き、今回のインタビューは認定NPO法人育て上げネット(以下育て上げネット)とデロイト トーマツ コンサルティング合同会社(以下デロイト)による、「ソーシャル・イノベーション・パイオニア(以下パイオニア)」プログラムでの協働についてお伝えします。パイオニアプログラムは、国連が採択した持続可能な開発目標(SDGs)に関連する特定の課題分野において、高いビジョンを掲げ、革新的な取り組みを行っている非営利団体に対して、デロイトが通常のビジネスと同等の品質とコミットメントを持ち、専属チームによるコンサルティングを無償で提供する取り組みです。

プログラムへの応募当時、育て上げネット理事長の工藤啓さんは、組織が次のステージに進んでいくうえで、何を成長の置き所とすべきかを模索していました。デロイトによる約4か月間のコンサルティングを経て、その突破口は見えたのでしょうか。工藤さん、育て上げネット事務局長の石山義典さん、そしてデロイトのコンサルティングチームより執行役員/パートナー・ストラテジー リーダー 藤井剛さん、豊田聖宇さんに伺いました。

今回の前編では、主に育て上げネットのお二方に焦点を当ててお話を伺います。

若者支援業界全体がぶつかりうる「経営」の壁

--- パイオニアプログラムに応募された際の課題意識について教えてください

 

育て上げネット工藤さん(以下、工藤):育て上げネットは、仕事に就いていない無業の若者が経済的に自立し、「働く」と「働き続ける」ことを支援するNPOです。主に15歳から39歳までを対象とした就労支援プログラムを運営するほか、高校でのキャリア教育や進路・学習の指導、小中学生に学習支援、また子どものことで悩みや不安を抱えている保護者の方への支援を行っています。

 

応募のきっかけは、創業10年を経過して感じていた、成長に対する「頭打ち感」です。年間約5億円に到達した事業規模を、あと数年で倍にすることはできるかもしれない。しかし、支援を希望する若者、多様で複合的な課題を抱える若者からのご相談が増えるなか、では10倍、100倍にしていくためにはどうすればいいのだろう?という問題意識がありました。おそらく自分たちの組織だけでその規模をカバーすることは難しくて、同じように若者支援をしている仲間の団体と関係を築きながら、業界一体となって成長をしていくことが求められるだろうとも考えていました。

 

若者支援団体の多くは、支援者が組織を立ち上げています。そのため、目の前の「おぼれている人」や「おぼれそうな人」を支援するプロフェッショナルではあっても、支援する組織を経営し、職員をマネジメントしていくことについては、やりながら学ぶことになります。私も専門職ではありませんが現場で支援しながら経営をしてきました。若者の問題に取り組むうえで、支援組織の経営基盤をいかに強くしていくかは、私たちを含めて、みんなが今後ぶつかりうる壁なのではないかと感じています。

 

このパイオニアプログラムがいいなと思ったのは、本業のビジネスコンサルティングと同等のコミットメントがあることです。一般的なプロボノは、定時間外や休日を活用することも多い。それだと、経営の一部の機能をよくしていくことはできても、全体を俯瞰して5年10年先の未来を一緒に描いていくために十分な時間を互いに確保することは、やはり難しい。そこを本業として支援が受けられるプログラムであるということだったので、すぐに応募しました。加えて、経営基盤の強化、特に財務面に着目しており、デロイトさんがお金回りに強いファームであったこともポイントでした。

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育て上げネット理事長の工藤啓氏

妥協なき経営分析からみえてきた、ビジネス視点でモノを見ることの重要性

 

--- コンサルティングの内容としては、どのようなことを実施されたのでしょうか。

 

デロイト藤井さん(以下、藤井):今回のプロジェクトでは、育て上げネットさんの事業全体を、社会課題解決のバリューチェーンの視点と財務の視点で棚卸しして整理することをまずは取り組みました。更に、財務基盤の安定化を目指し、資金調達のポートフォリオの分析にも取り組みました。

 

NPOをはじめ社会課題解決をしようとしている団体の大きな特徴として、団体に所属する個々人が起業家精神を持って目の前の社会課題解決に傾注するあまり、事業の種類や数が多くなり、団体全体の事業構造が複雑化することが挙げられます。例えば育て上げネットさんの場合、そのサービスの範囲は、無業の若者に対するものもあれば、その親に対するもの、高校や小中学校など教育機関に対するものなどが、相互に関係しあって存在しています。

 

これらの事業を(1)解決しようとしている社会課題の種類と対象者と(2)その解決策としての育て上げネットさんの事業群の2軸のフレームワークで整理して事業全体を俯瞰したうえで、本来育て上げネットさんが目指していた社会課題解決によるソーシャルインパクト創出をより加速し、かつ団体としての収益を最大化していくうえで、何を事業の軸とし、それぞれの事業をどのように位置づけるべきかを明らかにしました。これを、あえてビジネスセクター観点の用語で、育て上げネットさんの「勝ちパターン」とおきました。

 

また、特に事業別の財務構造に関して工藤さんや石山さんと何度も対話を重ねる中で生み出されたアウトプットのひとつが、事業全体の「ヘルスチェック」を行うための指標群です。育て上げネットさんは既に、いわゆる中小企業と同等の事業規模・組織規模にあります。従って、育て上げネットさんの事業構造・財務構造が、同じくらいの規模の民間中小企業と比較できるようビジネスセクターの観点とソーシャルセクターの観点を組み合わせたシンプルな指標体系を定義し、いま自分たちがどのくらいの水準に位置しているのか、何が青信号(強味)で何が赤信号(弱み)なのかを見えるようにしました。同様の指標を用いて、他の若者支援を行っているNPOとの比較ももちろん可能であり、ビジネスセクターとソーシャルセクターの双方の視点から「ヘルスチェック」を行えるようにした試みでした。

 

工藤:育て上げネットでもともと置いていた社会性の指標(例えば、就労支援プログラムへの参加者数など)に加えて、経営面では何を成長の置き所とするかを、ずっと試行錯誤してきていました。去年よりどこがどのくらい良くなっていれば、自分たちは組織として成長できているのか。職員も170名を超え、効率的な組織運営も求められる中、経営財務面の成長性を把握できる指標が必要でした。

 

今回得られた示唆の一つは、「稼ぐ力」と「続ける力」の指標をきちんと見えるようにして追っていくことの重要性です。社会性、つまりできるだけ多くの若者に質の高い仕事への道筋をつくること以外にも、こういった経営面の指標が必要だということです。

 

藤井:工藤さんが冒頭におっしゃっていた、多くの若者支援団体がぶつかりうる壁を越えていく突破口の一つとして、このようなヘルスチェックの体系を基にベンチマークをつくって、みんなで共有することによって、業界全体の経営面での底上げが図れるのではないか、というのが、今回工藤さん、石山さんとともに私たちがたどり着いた到達点なのではないかと思います。きっとそれぞれの団体に強みと弱みがあり、お互いに学び合うこともできるようになる一助になればと思います。

 

「営業」という言葉が組織内で自然と使われるようになった

 

--- 育て上げネットさんの社内はどのように変化してきましたか。

 

工藤:4月の終わりに、団体の職員に向けて、今回のプロジェクトの成果と2020年を見据えた組織のアクションプランについて発表しました。想定していなかった変化でいうと、「営業」という言葉が社内で頻繁に飛び交うようになり、行動が活発化しました。もともと、企業への寄付営業を積極的に行う団体ではありませんし、営業経験者や営業が好きという職員が多いわけでもありません。それでも、インターンシップの受け入れや寄付のお願いなど、職員自ら営業プロセスをみんなで可視化・共有しよう、データを集めてパッケージ資料をつくろうという話が出てきている。今日も、午後から渋谷に営業に行くようです。

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デロイトとの合同で実施された育て上げネット職員さんへの報告・方針共有の場

デロイト豊田:先ほどの「勝ちパターン」の分析の結果、第二顧客である企業からの収益が、収入基盤を太くするために必要ではないかという議論になりました。人件費などのコストを大幅に削減することは、若者を手厚くサポートする事業の性質上、考えにくかったんですね。そうであれば、もっと企業からの収入をあげていこう。そこで、営業が大切なキーワードになりました。

 

※第二顧客:ここでは、支援を必要としている若者などの「第一顧客」に対して、お金や人手の面で支援をサポートしてくれる組織や個人のことを指している。

 

--- 何がいちばんそのような変化を生み出したとお考えですか。

 

工藤:やっぱり、数字を見たことじゃないですかね。

 

育て上げネット石山:これまで自分たちの活動のプロセスや結果、各事業の財務ポートフォリオを具体的に数字で共有することはしてきませんでした。そのため、持っている情報も、役職や部署によって違う。当然、これらの指標がすべてではないのですが、こういった共通指標を組織として持ち、広く共有することができたのは大きいです。「じゃあどうしよう」という会話が、組織のそこらかしこから生まれています。

 

今回、財務分析を自分たちで実行できるツールも作っていただき、4月が締まった段階で、初めて使ってみました。あれで今後数か月間、具体的に数字を追っていく中で、見えてくる景色もまた変わってくるんだろうなという気がしています。

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育て上げネット事務局長の石山義典氏

業界全体でひとつの絵を描くことで、大きな支援を呼び込むことができる

 

--- 今後の展開、デロイトさんとの協働としては、どんなことを考えておられますか。

 

工藤:大きな問いとして、資本市場を含めて社会のお金を、どうすれば若者支援領域に良い形で呼び込んでいけるか、を考えています。アクションプランの中にも「第二顧客の重層化」という項目があります。個人や企業、あるいはクラウドファンディングなどを通じた寄付などの積み重ねのみならず、ダイナミックな動きを仕掛けていくことも必要です。さまざまな資金呼び込みの形を模索するうちの可能性のひとつとして、例えば昨年度はSIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)のパイロット事業も実施してみました。

 

※SIB(ソーシャル・インパクト・ボンド):社会的課題の解決と行政コストの削減を同時に目指す手法で、民間資金で優れた社会事業を実施し、事前に合意した成果が達成された場合、行政が投資家へ成功報酬を支払う。(引用元:Social Impact Bond Japan)

 

さまざまな取り組みを通じて、資金を受け入れるNPO側の力量が強く問われるようになり、仮にいま、数十億円の資金が入ってきたとしても、ひとつの団体で取り扱うことは現実的に困難です。そこで、今回若者支援の問題や団体のことを深くご理解いただいた、例えばデロイトさんのような企業が、業界全体としてパートナーとなっていただき、若者支援団体が相互信頼とガバナンスを基盤に、柔軟で強固な連携・協働をしていくことで、大きなうねりを創り出すことができるかもしれません。

 

藤井:業界で一丸となってお金を回すとなると、その使われ方の適切性や、透明度が求められます。そこでは、先ほどのヘルスチェック指標のようなものを業界の中できちんと浸透させていくことが、より重要になってくるはずです。SIBのスキームだけをつくっても、NPOなどサービス提供者の経営基盤が強化されなければ、業界はついて来れないはずです。

 

工藤:現場支援者は、お金のことを気にすることなく、ひとりでも多くの人を支援したいんです。制約を取り払い、支援に集中できる環境を本気でつくろう。そういうビジョンを描く経営者同士が集い、現状の経営課題をともに乗り越えていくことで、透明度高く資金を運用するということも可能になるかもしれません。今回のプログラムは、そのように視点を上げて考えることができる非常によい機会になりました。

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後編のインタビューでは、主にデロイトチームの視点からみたプロジェクトにおける学びと、5/25に公募が開始された第2回プログラムへのメッセージをお話しいただきます。

 

>>「日本の若者自立支援の活動を、次のステージへ(後編)~For NPOからWith NPOへ。変革のパートナーとして進化する」

この記事を書いたユーザー
山崎 光彦

山崎 光彦

三重県出身。日系企業勤務を経て、英国マンチェスタービジネススクールに留学。在学中にETIC.でインターンシップを経験し、「自らの意志で人生を切り拓いていく人を応援する」仕事は意義深く、尊いものだと感じる。このご縁をきっかけとして、2015年よりETIC.に参画。起業家の創業支援や企業とのプロジェクト開発、リサーチ業務を担当

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