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「役場の中だけで考えていたらいいものは作れない」。外部の声を取り込み、“とことん振り切る”関係人口創出に取り組んできた南相馬市役所の馬場仁さんに聞く

2021.04.23 

本記事は、東北リーダー社会ネットワーク調査の一環で行なったインタビューシリーズです。

 

長く原発事故の避難区域を抱えてきた南相馬市において、斬新な切り口で観光交流・移住促進に挑んできた経済部観光交流課係長*、馬場仁さんのお話をお届けします。(*所属は2021年3月現在)

 

1馬場仁さん

馬場仁(ばば・じん)氏プロフィール

南相馬市出身。東京の大学を卒業後、南相馬市役所へ入職。税務をはじめとする窓口業務、用地買収等を担当したのち、2010年に財政課契約担当に配属。その翌年に東日本大震災を経験する。2015年度から2年間、東京都杉並区役所に出向し、企画課で地方創生総合戦略の計画策定等の業務担当。2017年度より、移住促進のため開設した定住推進課に異動。組織再編で2019年度より観光交流課へ異動し、引き続き移住促進を担当。観光と移住施策を融合した広報や関係人口創出事業として「南相馬市サポーター」制度を構築し、南相馬市のファンづくりに取り組む。(2021年3月現在)

何が「刺さる」か?様々な切り口でまずは地域のファンづくり

 

――南相馬のファンづくりを目的にさまざまな新事業を立ち上げてこられましたが、その中の「南相馬市サポーター」制度について教えてください。

 

東日本大震災後、ボランティアやふるさと納税といった形で南相馬を応援してくださった方がたくさんいます。そうした皆さんとのつながりをこれからも維持していきたいと考え、サポーター制度を始めました。南相馬出身で離れた場所からふるさとを想う方、通学や通勤などで南相馬市と関わる方なども対象で、いわゆる関係人口の創出が目的です。募集開始から3年間弱でサポーターは1,200名を超え、その6割は首都圏の方です。サポーター登録された方にミナミソウマガジンという会報誌(年2回発行)やノベルティを作ってお送りしているほか、市内外で交流イベントを開催しています。2020年度はコロナのため、首都圏での現地イベントが思うようにできなかったのは残念ですが。

 

ミナミソウマガジン

民家の庭先に馬がいる風景が珍しくない南相馬市。広報誌ミナミソウマガジンでも馬がフィーチャーされている

 

――南相馬現地での交流イベントは「体験系」が多くて楽しそうですね。

 

市内の農園でブドウの木の剪定、トウガラシ収穫、酒米収穫とかですね。2020年11月にはサポーターの方の企画で小高区村上海岸のビーチクリーン活動も実施しました。こうしてテーマを決めて、サポーターと地元住民が一緒になって、身体を動かしながら交流するイベントは、参加者の満足度がとても高いんですよ。私たちは、(移住を考えてもらう前段階として)まずは地域のファンになってもらうことが大切と考えています。その際、人によって「何が刺さるか」はさまざまなので、いつもいろいろな切り口の仕掛けを考えています。

 

3ブドウの木剪定(市HPより)

小高区でワイナリーづくりに挑む事業者にて開催された、ブドウの木の剪定のボランティアイベント

 

――もともとそういう市の広報やプロモーション的なことに関心があったのですか?

 

いいえ、まったく。私は市役所への入職以来ずっと、行政の仕事の本分は福祉や税務にあると考えていましたから。もちろん市としては以前から観光PRや移住促進も普通にやっていましたが、そういう施策にはまったく興味がなかった。(伝統ある神事であり、かつ市の一番の観光コンテンツでもある)相馬野馬追だって、昔はどうでもいいと思っていました(笑)。考えが変わったのは東日本大震災以降のことです。

 

――大震災と原発事故のとき、市はどういう状況だったのでしょうか?

 

南相馬市は福島第一原発から一番近いところで十数キロの距離です。大震災の翌日から原発が危ないという情報が錯綜し、住民の大部分が市外へ避難する事態となりました。当時、鹿島・原町・小高という3区に合わせて7万人が暮らしていましたが、それが一時は約1万人まで減りました。そのときの自分の本音を言えば、職員も避難させてほしいと思った。でも、当時の桜井勝延・前市長の「ここに留まり、地域を守る」という決意は固いものでした。

 

その後も段階的に帰還ができる環境にはなってきましたが、小高区と原町区の一部が避難区域として残り、それらの地域に再び人が住めるようになったのは震災から5年以上たった2016年7月です。それでも当時「(避難指示解除は)早すぎるのではないか」という声がありましたが、「一日でも早く解除すればそれだけ帰還者が増える」というのが桜井・前市長の考えでした。現在の小高区の居住人口は元の約1.3万人に対して現在3,700人余りですが、もしあの時点で解除していなければ、今頃もっと帰還人口は少なかったと思います。

外に出て初めて客観的に見ることができた自分と南相馬

 

――馬場さんご自身にとって、その後の転機はどういう形で訪れましたか?

 

未曽有の経験をして、自分は公務員として何を大切にすべきなのか、ずっと考えていました。この先南相馬はどうなるのか?漠然と不安を抱えつつ、この地域の再生のために何かしなければいけない。でも、何をどうしたらいいのかわかりませんでした。そんな中で、東京都杉並区へ出向する機会が訪れました。杉並区と市は以前から災害時相互援助協定を結んでおり、職員の相互派遣も行われていました。震災で中断していましたが、4年後の2015年に派遣が再開。このとき初めて公募になったので、いろいろ迷いながらも手を挙げました。外に出て初めて、南相馬市のことや自分自身について客観的に見ることができ、大きな転機となりました。あのとき出ていなかったら、現在のように新しい仕事を立ち上げていくという考えにはならなかったと思います。

 

4南相馬x杉並区

 

――杉並区で2年間、具体的にどんな業務をされたのですか?

 

出向先の企画課で、地方創生総合戦略の計画策定や自治体プロモーションという、それまでとはまったく違う発想が求められる仕事に携わりました。東京一極集中を是正しようというのが地方創生ですが、杉並区ではもともと、東京から地方へ人の流れをつくることで、双方がwin-winとなるような「都市と地方のあり方」を模索されていたのです。そのときも地方移住ニーズのアンケート調査などを通して、東京から地方への様々な関わり方が検討されました。そこで私は地方の側にも、テレワークや二地域居住といった新しい働き方・暮らし方に対応していく必要があると感じたのです。また、そのころ出向先を訪れた桜井・前市長から聞いた「南相馬をチャレンジできるまちにしたい」というビジョンにも、大きな影響を受けました。

 

――そして南相馬に戻り、現在のポジションに付かれたわけですね。

 

杉並区への出向は、いかに東京で南相馬のことがほとんど知られていないかを痛感する2年間でもありました。帰るころになっても「(南相馬全体が)まだ住めないんでしょう」と言われたこともあります。情報発信がまったく足りていない。ならば、まず自分からやらなければと思いました。

 

そして、出向から戻って、偶然ではありますが移住促進の担当をすることになったのです。といっても、全国的な人口減少の中でいきなり移住者数だけ増やそうとしても至難の業です。まずは情報発信を通じた地道なファンづくり、交流人口・関係人口づくりが大切と考え、いろんなトライ&エラーを重ねてきました。初めてのことばかりで、まずはやってみないと分からないですからね。ここでも前市長の「今までと同じことをしていてはダメだ」という言葉が力になりました。

 

――試行錯誤の中で失敗例もあったのでしょうか?

 

私自身、大きな勘違いをしていたときもありました。たとえば相馬野馬追の知名度がイマイチなら、広告代理店等を活用してブランディングをしたらいいんじゃないかと。結果を出そうと先走ってしまったんですね。でも、それは違った。外へ売り込む前に、肝心の市民は相馬野馬追をどう思っているのか?まずは市民自身に相馬野馬追を好きになってもらう、また地域の馬事文化を知ってもらうことが先ではないか。地域の人やモノ、文化が好き。そういう人を増やしていくことが、とりもなおさず「まちづくり」なのではないか。この気づきが、後のサポーター制度の創出にもつながったのです。

 

5野馬追

千余年の歴史を持つ相馬野馬追(そうまのまおい)は国の重要無形民俗文化財に指定されている。毎年7月下旬の3日間にわたって行われ、戦国絵巻さながらの騎馬武者たちの姿が見られる。地域の馬事文化を象徴する祭り

外部の声を取り入れてチャレンジし続ける。とことん振り切る

 

――「起業型地域おこし協力隊」の導入も担当されましたが、これも「チャレンジできるまち」というビジョンを具現化したものと言えそうですね。

 

避難指示解除後の小高区の復興に資する目的で2017年度から募集開始した起業型地域おこし協力隊は、同区で活動している小高ワーカーズベース社とともに「ネクストコモンズラボ(NCL)南相馬」という名称で展開しています。市として初めての協力隊採用でした。彼らはいわば人生を賭けて移住してくるわけで、こちらもそれなりの覚悟で受け入れる必要があります。また、実際に起業して結果が出るまでにはある程度の時間がかかりますが、その間、彼らの存在が地域にとってどんなプラスになるのか市民に対して明確に説明できなければなりません。腰が引ける理由はいくらでもありましたが、それでも当時の田林信哉・副市長が「できない理由はいらない。何ができるかを考えろ」と檄を飛ばしてくれて、官民が連携した本事業が始まったのです。

 

――協力隊の採用にあたり、行政として留意したことはありますか?

 

起業型地域おこし協力隊の担当者として、その当時の係内の職員には協力隊員の話をとことん聞くようにしてもらいました。移住してきた協力隊は、表面的な議事録だけではわからない不安や課題をたくさん抱えています。それらを乗り越えてはじめて地域に定着してくれるわけですからね。事務局は民間(小高ワーカーズベース)に委託していても、そこは行政からのフォローが必須だと考えたのです。現在NCLでは7名の協力隊員(ラボメンバー)が活動していますが、まだ彼らの存在が地域にどう貢献しているのか具体的に見えづらいこともあり、地域住民へのNCLの浸透度はいまひとつだと感じています。ただ、本来こうした事業の効果は5年10年という長いスパンで考えるべきで、行政としても辛抱が必要だと思っています。

 

6Horse-Sharing(NCL南相馬サイトより)

NCL南相馬ラボメンバー(起業型地域おこし協力隊員)の一人、神瑛一郎さんは一般社団法人Horse Valueを立ち上げ、「市民と馬がもっと身近になれるまちづくり」や「馬の社会価値を高める」ことを目標に活動中

 

 

――地域づくりにおける行政と民間の役割分担は、どうあるべきと考えていますか?

 

こうした移住促進事業や観光交流事業はいずれ、まちづくり会社や中間支援団体などの民間に移していくのが理想だとは思っています。行政がこれらの事業を担うとどうしても制約がでてきてしまい、実施に向けてスピード感がなくなることが多いので。また、南相馬には、全市一体的な市民活動が生まれづらい背景もあります。3区は2005年まで原町市、鹿島町、小高町という別々の自治体でした。それぞれ歴史も違えば原発事故後の避難状況も異なる。そのため、地域づくりもそれぞれの実情に応じて考えなければならないのです。

 

――震災後のお仕事の中で、心がけてきたことを教えてください。

 

とにかくチャレンジを続けることですね。もちろん、すぐには数字に表れないことのほうが多いです。NCLなんて誰も知らないぞとか、東京のサポーターに会報誌やノベルティなんて送って意味があるのか?などと言われることも多々あります。それでも諦めず、結果がある程度見えるまでトライし続ける。でも、そこに強い「思い」がなければくじけてしまいます。だからチームのみんなが同じ方向を向けるよう、同じ職場の仲間と一緒にビジョンを描くことを意識してきました。

 

まちづくりは結局アイデアの勝負です。役場の中だけで考えていたらいいものは作れません。ダメ出しを恐れず外部の意見もどんどん取り入れて、とことん振り切ることが大事です。そうやって次々にアイデアが生まれるような土壌をつくりたい。コロナ禍でできないことが増えた今だからこそ、まさに今までにない新たなアイデアが必要だと感じています。

 

――ありがとうございました。

 


 

バナー画像DRIVE

【イベント情報】6/25(金)、入山章栄さん(早稲田大学)、菅野拓さん(大阪市立大学)、高橋大就さん(一般社団法人東の食の会)によるオンラインセミナー『イノベーションと社会ネットワークとの関係を考える ~「東北リーダー社会ネットワーク調査」分析結果から~』を行います。参加は無料です。ぜひご参加ください。

 

※東北リーダー社会ネットワーク調査は、みちのく復興事業パートナーズ (事務局NPO法人ETIC.)が、2020年6月から2021年1月、岩手県釜石市・宮城県気仙沼市・同石巻市・福島県南相馬市小高区の4地域で実施した、「地域ごとの人のつながり」を定量的に可視化する社会ネットワーク調査です。

調査の詳細はこちらをご覧ください。

 

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この記事を書いたユーザー
中川 雅美(良文工房)

中川 雅美(良文工房)

福島市を拠点とするフリーのライター/コピーライター/広報アドバイザー/翻訳者。神奈川県出身。外資系企業で20年以上、翻訳・編集・広報・コーポレートブランディングの仕事に携わった後、2014~2017年、復興庁派遣職員として福島県浪江町役場にて広報支援。2017年4月よりフリーランス。企業などのオウンドメディア向けテキストコミュニケーションを中心に、「伝わる文章づくり」を追求。 ▷サイト「良文工房」https://ryobunkobo.com

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