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日常を離れ、肩書を外して、仲間とつながる―社会起業家がウェルビーイングを取り戻すための3日間【1】

2023.08.07 

当メディアを運営するNPO法人ETIC.(エティック)は、これまで社会起業塾をはじめとするさまざまな社会的事業向けのプログラムを通して、多くの社会起業家の成長を後押ししてきました。プログラムの卒業生からは、実際に社会に大きなインパクトを与える事業がいくつも輩出されました。社会課題解決の必要性が高まる中、社会起業家の価値はますます重要になってきています。

 

一方で、起業家や経営メンバーが、変革の実現に向けた想いを人一倍強く持つため、大きなストレスを感じ、バーンアウトに陥ったり、社会課題の複雑性や困難さに直面する中で仲間同士が深い葛藤を抱える場面を少なからず目にしました。こうした、過度なストレスや組織内の葛藤は、他者や外部に語られることはめったになく、また語られても、まれにしか対処されてきませんでした。

 

いま、欧米を中心とした社会起業のコミュニティでは、社会起業家のウェルビーイングを取り戻すプロジェクトが次々とはじまっています。そして、日本でもそうした気運が高まりつつあります。社会課題に取り組むひとりひとりを大切にすることが、よりよいインパクトを持続的に生み出すために不可欠だと考えられるようになってきました。

 

私たちも、成長を後押しすることに加え、社会的事業にコミットする人たちが、まず自分自身をケアし、新しいつながりを取り戻すことが大切ではないかと考えています。このスペースが、個人としても組織としてもあらたな視点を得ることにつながります。

そこで、2022年11月、千葉県いすみにて18人の社会起業家が集まる3日間のプログラム「ラーニングジャーニー」を実施しました。

 

プログラムの企画運営に携わった、藤村隆さん(前SVP東京代表理事)に企画の意図や開催によって実現した成果について執筆いただきました。

 

藤村さんトリミング後

藤村隆(ふじむら・たかし)さん

大学院在籍時にASEEDJAPANにてNPOバンクの全国ネットワークの支援、立ち上げに関わる。日本IBM入社後、ソリューションセールスとして大手金融機関様を担当。並行して2011年からSVP東京にパートナーとして参加し、NPO法人難民支援協会の協働チームにてリードパートナーを務める。2012年日本IBMプロボノプロジェクトにてTeach For Japanを支援。その後、2013年よりSVP東京に事業統括として参画。2017年6月から2021年6月まで代表理事をつとめる。難民起業サポートファンド理事。ETIC.社会起業塾 外部コーディネーターも務める。現在は、フリーランスとして、ソーシャルベンチャーの経営支援、リトリートプログラムの企画運営、Equityに関するブログを執筆している。

 

※2023年9月29日に記事内容の一部を更新しました。

社会課題解決に持続的に関わり続けるために―プログラムでフォーカスした3つのこと

 

SVP東京での8年間のキャリアの中で、わたしはたくさんの起業家の伴走に関わってきました。起業家のメンタルヘルスの問題は、非常に深刻でありかつ、多くの人が抱えているにもかかわらず、表面化しづらいという認識を個人的にも持っていました。ひとりひとりを個別にサポートすることに徐々に限界を感じはじめ、長年社会起業家支援に取りくむエティックとともに、このプログラムをあらたに企画したのです。

 

今回のプログラムでは、社会課題解決という長い旅路に、組織と個人が持続可能に関わり続けるために、3つのことにフォーカスしています。ひとつめは、日常業務を離れ、おだやかな環境の中でふだんの肩書を外して「減速する」ための時間を持つこと。そして、身体的な休息や、精神的な安定性をとりもどすだけでなく、より深いところにある「痛み」や「葛藤」をみつめ、今まで考えることさえ避けていたような物事の観方を試し、新しい選択肢を見つけること。さらに、そうしたネガティブなことも含めて安心して語り合い、ともに歩んでいく仲間に出会うこと、です。

 

3つのフォーカス

ラーニングジャーニー2022資料より

 

この取り組みに期待される成果は、バーンアウトを予防できるだけではありません。個人と組織のウェルビーイングのバランスを図ることで、チェンジメーカーたちの視野が広がり、あらたな選択肢に気づくことができるのです。研究によると、ウェルビーイングへのフォーカスは、ストレス軽減や関係性の改善に加え、ステークホルダーとのより良いコミュニケーションや効果的なコラボレーションに資するとされています。

 

3日間の大きな流れとして、まず参加者が日常の業務を離れ、安全安心な空間のなかで仲間と繋がりながら、しだいに自分の内側にフォーカスを向けていく、という流れになっています。そして徐々に内面から、ともに居る仲間や組織、社会へとそのフォーカスを広げていきます。こうすることで、ふだんひとに話せないようなネガティブなテーマを取り扱うことができ、あらたな視点や選択肢を得ることができるようになります。とはいえ、これはカウンセリングやトラウマ治療とは異なり、あくまで「I=わたし」の中にある痛みと、組織・社会にある痛みとのかかわりを理解することを目指しています。そこから得られた新たな視点からもう一度、いま置かれている環境や自分自身をみたとき、別の観方やアプローチが見えてくる可能性があらわれるのです。

 

スケジュール差し替え

ラーニングジャーニー2022資料より

 

今回、ゲストファシリテーターとして、リクルートじゃらんリサーチセンター 三田愛さんとアメリカからニューストーリーズのボブ・スティルガーさんがプログラムの一部に参画してくださいました。

 

三田愛さんは、研究所における10年に渡るコクリ!プロジェクトの実践を通じ、全国の企業、政治、行政、NPOなど幅広い分野を横断するリーダーのコミュニティをつくり、地域そして全国のコ・クリエーションを生み出してきました。

 

そして、ボブ・スティルガーさんは、世界中でソーシャルイノベーションや社会課題解決の現場に携わるファシリテーターです。日本にも長年つながりを持ち、とくに東日本大震災の際に被災地の起業家を支援するためにエティックと協業した経緯もあります。今回、三田愛さんからのご紹介をうけ、このプログラムの主旨をお伝えしたところ、ちょうどボブさんの数年ぶりの来日期間であることが分かりました。忙しいスケジュールの合間を縫って、全日程に寄り添うようにアテンドしていただきました。

 

お二人は、当日のファシリテーションだけでなく、プログラムのデザインにも多くの示唆を与えてくれました。

1日目 ~日常を離れ、肩書を外し、お互いが安心して語り合う

 

プログラム当日、初日はあいにくの雨模様となりましたが、全国各地から無事に参加者が集まることができました。事前に開催されたオンラインのオリエンテーションを通じ、参加者の間には緩やかな関係性があります。参加者の多くはプログラム前にはほとんど知り合いがいませんでしたが、集まるころには数名の顔見知りがいるという小さな安心感をもっていました。

 

今回の開催地は、千葉県いすみ市のブラウンズフィールド。国内でも最先端のマクロビオティックの研究で知られるこの場所は、豊かな森と海に囲まれ、食べることと暮らしの隅々に哲学が染みわたっています。開催会場は大きな古民家を改装した通称「サグラダコミンカ」。屋外に広がる畑や林の雰囲気を肌で感じながら、静かな空間で時を過ごします。

 

森と羊

写真 : ブラウンズフィールドウェブサイトより

 

畑

 

古民家

会場となったサグラダコミンカ(写真 : ブラウンズフィールドウェブサイトより)

 

雨の中はじまった1日目の午後は、ゆるやかなチェックインからはじまります。日常を離れこの場に集中するために、PCを閉じ、スマートフォンを目の届かないところにしまいます。ふだん休息や睡眠を削りながら全速力で走り続けているリーダーの多くは、これだけ長い間仕事と離れることはめったにありません。数名のグループに分かれて話すうちに、早速グループの中に肩書を外したフラットな雰囲気が生まれはじめます。

 

つぎに三田愛さんのワークがはじまります。2020年よりいすみに移り住み、ブラウンズフィールドにもゆかりのある三田さん。早速、瞑想を通じて、参加者がこの土地と空間をしっかりとつながれるように、緩やかに導いていきます。さらに、ご自身が取り組む「地球コクリ!」の世界観を表現した映像作品「Re-member」を上映し、その後、それぞれが肩書を外し、自分の深いところにある根っこにつながるため、そして、他の人とその根を通じて繋がり合うためのワークをファシリテートしてくださいました。はじめてリアルに顔を合わせる人どうしでありながら、参加者は肩書や役職を超えた人としての深いつながりを感じ、やすらぎを感じはじめました。

講座

 

1日目の夜、参加者のひとりである起業家がその歩んできた人生の旅路を語ります。それは、苦労しながら成功した物語ではなく、今まで表立って語られることのなかった苦難と葛藤の日々。それはよくあるリーダーの成功事例ではなく、いまもまだ尾を引くなまなましいトラウマでもありました。この心の奥底をさらけ出すような語りの中で、この場ではどんなことも判断なく受け止めてもらえそうだ、という雰囲気が作られていきました。

2日目 ~行き場所のない痛みを見つめ、あたらしい場所から世界を見る

 

大雨の1日目から一転し、2日目は好天に恵まれました。降り注ぐ秋の日差しの中で、緩やかにプログラムははじまります。昨晩のプログラムから引き続き、午前中のワークのテーマは「痛み」を取り扱います。システム変容の中で用いられる「I-We-It」モデル。このモデルでは、I(わたし)、We(わたしたち)、It(社会)は、この3つが別々のものではなく、相互に影響を及ぼし合っていると考えます。社会の課題解決のための活動であっても、組織や「わたし」が疎かにされた状態は持続可能とは言えません。今回はこのモデルを「痛み」の観点から応用していきます。I(わたし)、We(わたしたち)、It(社会)それぞれに感じている痛みを、グループごとにシェアします。

 

数十分後には、フリップチャートには溢れそうなほどたくさんの痛みが書き出されます。不思議なことに、ふだん人前に晒すことのないそれらの痛みを分かち合うことで、なにも解決さないにもかかわらず心が落ち着いてくる、という感想が聞かれました。起業家として経営を担うリーダーとして、そうした痛みをできるだけ表から見えないようにし、自分の痛みだけでなく、組織や社会の問題まで、ひとりで解決しなければならないというプレッシャーが重くのしかかっていたことが伝わってきました。

畳

 

男の人2人

 

重苦しくも希望の感じられる午前のプログラムを経て、午後はボブさんのファシリテーションのもと、もっとも重要な「新しい視点を得て、前に進んでいく」ためのワークからはじまります。ボブさんはおもむろに、ご自身がチェンジメーカー達とたどってきた旅路を語りはじめます。そのうえで、ジョアンナ・メイシーとともに創り上げた「Spiral of Active Hope」のなかに参加者を導いていきます。

 

大勢

 

このSpiral of Active Hopeは、午後のプログラムだけでなく3日間全体のフレームワークでもあります。社会変容を目指すすべての人にむけてつくられ、あらゆる分野において、あたらしい変化を具現化するための道しるべとなります。Spiral of Active Hopeの4つの要素である「感謝の気持ちを感じる」「世界にたいする痛みを大切にする」「あたらしい目で見る」「前にむかってすすむ」をこの時間の中で体験していきます。

 

ブラウンズフィールドの畑のスペースを活かしたワークでは、2人がペアを組み、一人が目をつむり、もう一人が寄り添いながらガイドします。これは、ふだんリードすることが多い人たちにとって、「リードされるという経験がどういうことか」を、考える機会となりました。周囲が見えない不安の中で、声をかけ、手を引かれることがいかに心細く、また心強いことかを体感することができるのです。

 

女の人2人

 

サグラダコミンカの会場に戻り、今度はボブさんが開発した「Enspirited Leadership Framework」を体験します。深い根っこと繋がり、痛みをさらけ出し、それぞれのなかに生まれつつあるあらたな視点、そして可能性に身をゆだねていきます。ボブさんは、意思や意図を超えて人を動かす「Calling」について語ります。誰もが呼びかけられているかもしれない小さな呼び声を身体で表現していくというユニークなワーク。言葉を使わずに手足全体を使って表現していく中で心も開放的になり、お互いのポーズをみながら、自然と笑みがこぼれていきます。

 

午前中に痛みを観察し、午後のプログラムを経て、より身体を通じてあらたな可能性に目を向けていく中で、ひとりひとりが自分の深いところにある願いや希望について気づきはじめますこのころになると、プログラムの前半を占めていた静かな深い沈黙から、心身ともに解き放たれた雰囲気へと移り変わっていきます。

 

焚火

 

3日目 ~仲間とともに、前に進む

 

最終日の朝、2日間を一緒にすごした参加者は古くからの友人のように朝食をともにします。最初のワークは「オープンスペーステクノロジー」を下敷きに、この3日間のなかで少しづつ見えてきた新しい可能性を言葉にしていきます。プログラム終了後に取組んでいきたいことや、試してみたい変化をシェアし、他の人はそれをどんなふうに応援していけるかを語り合います。ここでも解決策や前向きな後押しをするだけでなく、まず静かに耳を傾け、気持ちに寄り添うことを大切にしている様子が印象的でした。

 

このプログラムは、いつでも悩みや葛藤を話すことができる仲間と出会う、ということを大きな目標に掲げていました。3日間をともに過ごしてきたグループはすでになんでも語り合えるような関係性の土台を共有していました。このつながりが持続していくことを願いながら、お互いに3日間をともに過ごした感謝のメッセージを贈りあいます。

 

プログラムはおわりの時間へと近づいていきます。チェックアウトでは、この3日間の間に起こった内的変容をひとりひとりが語ります。すべての参加者が、必ずしも深刻な葛藤を抱えながら申し込んだわけではありませんでした。忙しい年末にむけて一息ついておきたい、少し自分の時間をとってこれまでのことを振り返りたい。そんな参加者であっても、家族との関係性についてもう一度向き合いたい、さらには子どものころをの記憶や両親との関係性に想いを巡らせた、など参加する前には予想もしなかった変化の兆しを感じていました。痛みや葛藤が少ない状況だからこそ、1日目には想いもよらなかった深いところまでたどり着けたのかもしれません。

 

印象的なチェックアウトの時間を終え、ラーニングジャーニーは終了しました。別れ際、いつまでもお互いに別れを惜しむ姿がとても印象的でした。

 


 

【2023年プログラム開催と参加者募集のお知らせ】

記事で紹介した「ラーニングジャーニー」の続編となるプログラムが10月11日から10月13日まで北海道で開催されます。ご興味がある方は詳細をご確認のうえ、お申込みください。

 

■日程:2023年10月11日(水)~10月13日(金)

(11日13時現地集合、13日13時現地解散:空港までの送迎車を用意しています)

■会場 : 滝野自然学園 https://syaa.jp/takino/

■参加費 : 現在、参加費は50,000円を予定しています。

(こちらには、会場費用、食事費用(7食)、現地コーディネート費用、宿泊代、保育スタッフ(予定)、が含まれています。また、現地までの交通費(送迎車代は除く)、旅行保険、会場外で泊れるコテージ費用(希望者のみ)、外部ファシリテーター費用、準備委員会の人件費や活動費は含まれていません)

■問い合わせ先 : learningjourneyoffice@gmail.com

 


 

続きの記事はこちら

>> 進むことと立ち止まることのバランスを模索する―社会起業家がウェルビーイングを取り戻すための3日間【2】

 

参考情報 :

>> 「わたし」を犠牲にせず社会を変えよう | スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版

>> The Wellbeing Project

>>  I-We-It

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ETIC.ウェルビーイング社会起業家
この記事を書いたユーザー
藤村隆

藤村隆

大学院在籍時にASEEDJAPANにてNPOバンクの全国ネットワークの支援、立ち上げに関わる。日本IBM入社後、ソリューションセールスとして大手金融機関様を担当。並行して2011年からSVP東京にパートナーとして参加し、NPO法人難民支援協会の協働チームでにてリードパートナーを務める。2012年日本IBMプロボノプロジェクトでにてTeach For Japanを支援。その後、2013年よりSVP東京に事業統括として参画。2017年6月から2021年6月まで代表理事をつとめる。難民起業サポートファンド理事。ETIC.社会起業塾 外部コーディネーターも務める。現在は、フリーランスとして、ソーシャルベンチャーの経営支援、リトリートプログラムの企画運営、Equityに関するブログ( https://medium.com/equity-journey )を執筆している。

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