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#ビジネスアイデア

日本酒の未来を紡ぐ、インバウンド向け酒蔵巡りツアーの挑戦と可能性。株式会社イリス 宮内菜奈子さん

2024.04.09 

2022年度には輸出額が475億円(昨対比:118.2%)に達し、輸出量・金額ともに過去最高を記録した日本酒。国内出荷量は減少の一途をたどっているものの、輸出額は13年連続で前年を上回っており、海外からの人気の高まりが伺えます。そんな日本酒と海外をつなぐビジネスアイデアを基に事業を立ち上げたのが、株式会社イリス代表取締役の宮内菜奈子さんです。日本酒にかける熱い想いを伺いました。

 

この記事は、東京都主催・400字からエントリーできるブラッシュアップ型ビジネスプランコンテスト「 TOKYO STARTUP GATEWAY」出身の起業家を紹介するWEBサイト「 TSG STORIES」からの転載です。エティックは、TOKYO STARTUP GATEWAY(以下TSG)の運営事務局をしています。

 

宮内菜奈子(みやうち・ななこ)さん

株式会社イリス 代表取締役 / TOKYO STARTUP GATEWAY 2022セミファイナリスト

千葉県旭市出身。J.S.A. Sake Diploma、WSET SAKE Level3、SSI国際日本酒講師。東京大学・東京大学大学院では、イネの環境耐性機構について研究。大学時代に日本酒にハマり、2018年にミス日本酒茨城代表を務める。ゴールドマン・サックスを経て、地方ツアーを通して日本産酒類消費増に貢献すべく、2022年7月に株式会社イリスを設立。One Young Worldアンバサダー。

公式サイト:https://www.iris-global.jp/

X:https://twitter.com/nanako_miyauchi

Instagram:https://www.instagram.com/nanako_official_

 

聞き手:栗原 吏紗(NPO法人ETIC.)

コロナ禍で酒蔵数の減少を目の当たりに。日本酒が紡いできた各地の風土を次世代に受け継ぎたい

 

―今取り組んでいる事業を通じて実現したいビジョンや活動内容について教えてください。

 

インバウンド向けの日本酒ツアーの企画・提供や、お土産としての日本酒販売、酒蔵さん向けの輸出サポート等を行っています。

 

日本酒だけを見ても、全国各地に1,000ヶ所以上の酒蔵があり、それぞれがその地の風土や歴史の息吹を感じられるような酒造りに取り組んでいます。地元の名士によって営まれてきた所も多く、酒蔵は様々な情報や人が集まる、地域のミクロな文化が詰まった場所なんです。

 

ですから、各地の酒蔵一つひとつが背負ってきた歴史をなくしたくないという気持ちが大きいですね。 ワインツーリズムのように、日本酒を始めとして、醤油や味噌なども含めた発酵文化を巡る旅がもっとメジャーなものになったらいいなと思っています。旅を通じて日本の発酵文化を海外の人にも広く知ってもらうことで、日本酒を取り巻く風土や歴史が次世代にも受け継がれていけばと考えています。

 

日本酒ツアーで参加者に説明をしている宮内さんの様子

日本酒ツアーで参加者に説明をしている宮内さんの様子

 

―ビジネスアイデアを思いついたきっかけは?

 

日本酒は右肩下がりの斜陽産業と言われています。50年前と比較すると、日本酒を醸造している酒蔵の数は約1/3にまで減っていますし、2000年代に入ってからも年間30~40程度のペースで減少し続けています。

 

直接的なきっかけとなったのは、コロナ禍でますます状況が厳しくなる中で、応援していた酒蔵さんがつぶれてしまったことです。このままだと私の大好きな日本酒とそれを取り巻く文化がなくなってしまう、急がないとダメだという思いから事業を始めることにしました。勘違いかもしれないけど、誰がやるかとなったら自分しかいないんじゃないかという思いがありました。

 

日本酒の消費を増やすには輸出だという風潮がありますが、海外の人の立場で考えてみると、飲んだこともないものを欲しいとはなかなか思えませんよね。そこで、まずは日本酒の認知度を高める取り組みが必要だと思ったんです。

 

ではいつ海外の人に日本酒を飲んでもらえるでしょうか? 日本酒の品質を保ったまま海外に届けるには様々なハードルがあるので、酒蔵が望む品質でお届けできるのは、やはり訪日旅行のタイミングだと考えました。 旅先での特別な体験が、日本酒に触れてもらうきっかけになればと考えています。

始めてみるとわからないことだらけ。誰かの力を借りながら一歩ずつ乗り越える

 

―実際にビジネスアイデアを形にするときに、最初に誰に伝えましたか?

 

One Young Worldという、様々なソーシャル・インパクトを生み出そうとしている次世代リーダーの世界的なネットワークがあるんですが、その仲間や先輩に伝えました。実際に酒蔵の方にもアイデアを相談したりしていましたね。話した人の多くは、「まあやってみなよ!」という感じで結構前向きに反応してくれました。

 

―事業を進めていてぶつかった壁や、それをどのように乗り越えたかを教えてください。

 

日本酒好きとは言えただの消費者ですし、旅行業の経験もないし、やってみないとわからないことだらけでしたね。当初は日本酒を輸出する際の品質管理の難しさといった課題もわかっていませんでしたし、どこでキャッシュポイントを作るのか、予約手配をどのようにするのかといった基本的なことすら全くわかっていませんでした。旅行業の先輩を始め、いろいろな人にゼロから聞いて進めていきました。

 

会社の運営の仕方もわからないので、そこにも時間を取られて大変でした。最初は経理も自分でやっていたんですが、めんどうだし、仕訳とか青色申告とか言われてもわからないし……資金調達にしても、どうやったら銀行からお金を借りられるとか、どんな融資が起業初期にいいのかとか、触れてこなかった分野なのでさっぱりでした。細かいことも、自分で全部調べながらやっていましたね。

 

乗り越え方としては、シンプルですが、わかる人に聞くことです。手続き関係は役所の人に聞けば教えてもらえますし、経理的なことは質問をためておいて決算等のタイミングで税理士さんにまとめて聞いて、一気に解決するようにしています。他にも起業家仲間に聞いてみたり、困りごとに応じた相談相手を見つけたりして解決してきました。

 

サービスの運用面で言えば、協力者を見つけることが鍵だと思います。海外で集客できる人とつながったり、国内でガイドできる人を複数人確保したり、自分でできないことや苦手なことは人にお願いした方がいいと思います。「起業は2回目がうまくいく」とよく言われますが、「めっちゃわかる!」と思いながら毎日過ごしています(笑)

 

本当に酒蔵のためになる酒蔵巡りツアーとは?常識にとらわれない提案から見えた可能性

 

―最初にお客さんがついたタイミングはいつですか?

 

かなり遅くて、初めてお客さんに来てもらったのは旅行業免許を取得して半年くらい経ってからです。2023年4月に旅行業登録の許認可が下り、やっと旅行会社として宣伝できるようになりました。その後、5~6月頃に香港で日本酒の輸入業を営む方と出会い、日本で地元のお酒を楽しめるツアーをやりたいということで、その方と11月に実施したのが初めて企画した日本酒ツアーです。

 

―ツアー準備で工夫されたのはどんなことですか?

 

酒蔵が紡いできた文化や歴史を次世代につなぐことをビジョンに掲げているので、酒蔵の負担になるようなことはしたくないと思っています。 今の酒蔵巡りツアーは、観光客が無料で蔵を見せてもらい、気に入ったお酒があれば購入するというものが主流です。裏を返せば、酒蔵側は時間も手間も取られるのに買ってもらえない場合もあることを了承しなければなりません。

 

一方私達が企画したのは、見学だけで1人あたり5,000円程度の対価をきちんといただく分、高いクオリティでおもてなしするというものです。こういったスタイルは一般的ではないので、酒蔵にご相談すること自体のハードルが高かったように思います。

 

1つでも成功例ができれば横展開できますが、最初の1つを作るというのは本当に大変だなと実感しました。特に対価に見合うおもてなしができているかという点は、海外のお客さんを連れて来る香港側とのすり合わせに苦労しました。

 

―ツアーをやってみていかがでしたか?

 

実際にやってみて、購入額は説明の丁寧さに比例するのではないかという手応えもありました。香港の日本酒バイヤーの方10人程を対象としたツアーだったのですが、自分のお店でも販売したいということで、プライベートラベルの依頼も含めて約300本も購入してもらえたんです。酒蔵の方も、「こんなに注文が入るんだ!」と驚かれていました。背景や味わい等をきちんと説明することで、知識も一緒に持ち帰っていただくことができるので、購買意欲につながったのではないかと考えています。

 

こういった形の酒蔵巡りツアーをもっと広めていきたいので、現在はクオリティ重視で2泊3日のガイド付きツアーを中心に提供しています。ただ、それだとどうしても価格設定が高くなってしまうので、もっと裾野を広げていくためには、金額的にも時間的にもより気軽に申し込めるライトなツアーが必要です。

 

酒蔵までは自力で行ってもらう、通訳ガイドをつけないといった対応でなるべく単価を下げ、酒蔵の雰囲気だけでも知れるような1時間程度のツアーを、トライアルで何件かやってみたいと考えています。とは言えこれまでとは方向性が真逆なので、慎重にやっていきたいですね。

 

酒蔵巡りツアーの食事の様子

酒蔵巡りツアーの食事の様子

TSGでの出会いが現在のビジネスモデルにつながった。「逃げ場所」を確保しながら事業と向き合って

 

―TSGに参加したことはどんな価値がありましたか?起こった変化や得たものなどがあれば教えてください。

 

TSGのことを知ったのは応募締切の前日でした。One Young Worldの同窓会で先輩に応募を勧められ、間に合うならエントリーしようと、帰宅してバババっと書きました。

 

想いの部分は今もエントリーした時と変わらないですね。付け加えるなら、冒頭でお話ししたように、発酵文化をテーマとしたツアーが、ワインツーリズムのように世界的な旅の一大テーマとなるような貢献をしたいと思っています。

 

私は冷静さと情熱を併せ持った人が好きなんですが、TSGは正にそんな方と出会いやすい環境でした。夢は大きいけど、それをどう実現するかの道筋まで考えている方とお話しできる機会が多くて、参考になりましたし、自分を奮い立たせることができました。

 

一番よかったと思うのはメンターやOB・OGとの対話です。自分の前を走っている方々の失敗談やアドバイスは非常に役に立ちました。

 

実際に、当初は単価の低いものを一般向けに広く販売しようとしていたんですが、ヒト・モノ・カネの何もかもが足りない中でいきなりそれをやるのはハードルが高いので、まずは関心の高い人向けに高単価でハイクオリティなものを届けた方がいいのでは、というのはとても身になるアドバイスでした。その通りにしたおかげで、スムーズにスタートを切れたと思っています。

 

TSG2022の決勝式の集合写真

TSG2022の決勝式の集合写真

 

―これからTSGにエントリーする方・起業に挑戦する方へ応援メッセージをお願いします。

 

私は「逃げ場所を作っておく」ということをいつも意識しています。この2〜3年、失敗したとしても元の業界に戻れるくらいの実績は積んでおこう、という考えを頭の片隅に置きながら活動してきました。

 

例えば、私自身がよく受ける相談なのですが、家族からの反対があるなら、ある程度の貯金を確保しておいて、このくらい事業に使うけど、家族の生活費としてこれだけは確保しているから、2年間は挑戦させてほしい、という風に説得すれば、挑戦した結果いろいろなものを失ってしまうということは避けられるのではないでしょうか。

 

ダメになった時の心の柱を作るというのはとても大事だと思います。勝手な印象ですが、そういったことを考えないまま悩んでいる人が多い気がします。建設的に逃げ場を用意しているからこそ前向きに挑戦できるので、「逃げ場」をどう作るかと併せて悩んでみてください!

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TOKYOSTARTUPGATEWAYインバウンド日本文化起業
この記事を書いたユーザー
茨木いずみ

茨木いずみ

宮崎県高千穂町出身。中高は熊本市内。一橋大学社会学部卒。在学中にパリ政治学院へ交換留学(1年間)。卒業後は株式会社ベネッセコーポレーションに入社し、DM営業に従事。 その後岩手県釜石市で復興支援員(釜援隊)として、まちづくり会社の設立や、組織マネジメント、高校生とのラジオ番組づくり、馬文化再生プロジェクト等に携わる(2013年~2015年)。2015年3月にNPO法人グローカルアカデミーを設立。事務局長を務める。2021年3月、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。

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