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イギリスのキャリア教育は何がすごいの?NPO法人アスクネットの現地視察レポート

2024.07.11 

みなさんは「キャリア教育」と聞くとどんなことを思い浮かべますか?中学校で職業体験をしたという方や、学校に卒業生が来て仕事の話をしてくれたという方もいると思います。しかし、終身雇用制度は絶対的なものではなくなり、働き方や価値観が多様化している今、果たして将来の進路を主体的に選択できるだけの素地を身につけられていると言えるでしょうか。

 

このたび、NPO法⼈ETIC.(以下エティック)は、愛知県名古屋市を拠点に、地域と学校をつなぐ専⾨機関として活動するNPO法⼈アスクネットのみなさんのイギリス視察をサポートしました。今回は、イギリスにおけるキャリア教育の現状と、視察で得られた学びをお届けします。

 

NPO法人アスクネットについて

1999年6月設立(2001年10月法人格取得)。地域を元気にする「学びあいのコミュニティ」を創りだすことをミッションに、愛知県名古屋市を中心に活動。学校と地域をつなぐキャリア教育コーディネーターの育成及び活用や、高校生の探究学習やインターンシップ支援プログラム等に取り組む。

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視察先の1つ、ワイル弁護士事務所の屋上にて

 

<お話を伺った人>

山本 和男さん(写真中央) NPO法人アスクネット 代表理事

櫛谷 彩乃さん(写真左) NPO法人アスクネット スタッフ

仲井 達哉さん(写真右) NPO法人アスクネット スタッフ

 

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イギリスのキャリア教育を向上させるために生まれた、「ギャツビー・ベンチマーク」とは?

アスクネットがイギリスへキャリア教育の視察に行くことになったのは、同じ名古屋市を拠点に活動する教育関係団体との連絡会議で、「ベンチマーク」なるものの存在を知ったことがきっかけでした。

 

ギャツビー・ベンチマーク(Gatsby Benchmarks)」とは、ギャツビー財団という科学技術や教育といった多分野に影響力をもつ慈善団体が、2015年から2017年にかけて実施した国際比較調査を踏まえて策定したものです。2017年からは、イギリス政府によって、キャリア教育の質を向上させるためのフレームワークとして採用されています。

 

ギャツビー・ベンチマークは、一貫性のあるキャリアガイダンスプログラムをもつこと、生徒とその保護者がキャリアに関する最新の情報にアクセスできるようにすること、インターンシップや職場体験のような実践の機会をもつこと、といった8つの基準から構成されています。

 

「Compass」というシステムでは、各学校が50問程度のアンケートに答えることで、8つの基準がそれぞれ何割程度達成できているかをチェックできるようになっており、校内のキャリア教育担当の先生やコーディネーターが、現状把握やプログラムの改善に役立てられるようになっています。

 

アンケート項目は、「あなたの学校では何%の生徒が職場体験をできていますか?」というような、学校が実際にやっていることを客観的に問う、非常に明快なものです。また、各校の回答結果はインターネット上で閲覧できます。

 

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Compass+の利用イメージ

 

生徒向けの「Future Skills Questionnaire」という25問程度のアンケートもあり、こちらはキャリア教育を実施した結果、生徒それぞれにどのようなスキルがどの程度定着したかを計る指標となっています。昨年度は約10万人が回答しました。アップデート版の「Compass+」では所属する生徒個々人の達成状況も各校別に確認することが可能です。

 

このようなベンチマークが生まれた背景には、イギリスにおいてソーシャル・モビリティ(社会的流動性、Social Mobility)の促進が政策の重要な課題となっていることが挙げられます。

性別や人種、家庭の経済状況といった元々のバックグラウンドにかかわらず、多様なキャリアの選択肢に触れられるようにすることで、高等教育への進学や、高賃金の仕事に就ける機会が誰にでも公平に提供される社会を目指しているのです。

日本とは異なる学校の仕組みが、評価指標の重要性を高めている

また、イギリスでは一口に公費で運営されている学校といっても、設立母体や管理者、カリキュラムの自由度等によってアカデミーやフリースクール等様々な種類があり、経営形態が異なります。学校の種類によって構成員は変わりますが、学校ごとに設置された学校理事会が、教育課程や人事等、学校運営における重要な決定権を握っているという点は共通です。

 

具体例を上げると、教員の採用も学校ごとに行っているため、基本的には異動もありません。端的に言えば日本よりも独立採算的な側面が強く、公費が投入されているとは言え、外部からの評価が学校運営に直結しているのです。いわゆる日本の公立学校とは大きく感覚が違う点ですが、こういった制度面の違いも、学校の評価制度の重要性をより高めていると言えるでしょう。

2回の視察で15以上のキャリア教育関係機関を訪問して、キャリア教育の現場を知るメンバーが思うこと

アスクネットのイギリス視察の大きな目的は、冒頭で紹介したギャツビー・ベンチマークの日本版を開発することにありました。エティックによるコーディネートの下、2023年2月に第1回目の視察を、2024年4月に第2回目の視察を実施しています。

 

視察では、イギリスにおけるキャリア教育機関の役割と機能、そして若者が意思決定する際の支援について理解を深めるため、官民のキャリア教育関係者や学校現場等、合わせて15団体以上を訪問。視察で印象的だった点について、お三方それぞれにお聞きしました。

 

山本さん : 日本におけるキャリア教育は、地域や学校によって取り組みにばらつきがあります。ギャツビー・ベンチマークのような共通指標を開発することで、学校間の格差をなくし、全国どこの学校に通っていても一定のキャリア教育を受けられるようにしたいという思いがありました。

 

実際に視察に行ってみて、イギリスでは独立採算で学校運営をしているという点にはやはり驚きましたね。

 

また、僕が印象的だったのは、三菱UFJフィナンシャルグループ(MUFG)のロンドン支店です。日本でも以前と比べると職場体験を受け入れてもらえるようにはなりましたが、まだまだ断られてしまうことも多いんです。ところがロンドン支店では、学校からの依頼は基本的に全て受け入れると仰っていたので、教育関係者だけではなく産業界の理解や協力も進んでいるんだなと感じました。

 

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MUFGロンドン支社にて、現地のコーディネーターとともに

 

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地元の中等学校の生徒と、MUFGのキャリアイベントを訪問。インド系、イスラム系、東アジア系、コーカソイド(白人)など、多様なバックグラウンドの子どもたちがともに学んでいる(写真:ELBA)

 

櫛谷さん : 私は、保護者に見てもらうことを前提として、教育省(Department for Education)がキャリア教育関連の資料を作成していたのが印象的でした。日本ではどちらかと言えば、子どもの主体性を尊重して進路を決定する家庭が多いと感じます。日常的に文部科学省が出している文書に目を通しているという親御さんは少数派なのではないでしょうか。

 

ソーシャル・モビリティを促進するために、イギリスでは保護者もしっかり関わりながら、子どもと将来のことを話し合って決めていくというスタイルが推奨されているんだなと感じました。

機会格差の是正はアスクネットの活動テーマでもあるので、民間企業の方もキャリア教育への理解があって協力的というのもすごいことだと思います。

 

仲井さん : 2023年にロンドン南西部にあるグレイブニー・スクール(Graveney School)という中等学校を訪問したんですが、現場の先生方がキャリア教育を授業の中に入れ込んでいると仰っていたのが印象的でした。外部の人の人生に触れるのは当然といった様子で、話を聞く機会も多くありますし、外部の方が代わりに授業をしてくださることもあるそうです。

 

日本では講演会や研修のように、授業とは切り離されたプログラムとしてキャリア教育に取り組まれているケースも多いので、それとは対照的ですね。

 

国民性なのかもしれませんが、イギリスの先生達は、自分達の言葉で自信をもって授業をされているように感じました。日本だと、「これでいいですかね」という感じで不安げにされている先生も多いので、アスクネットでもっとサポートできたらと思っています。

 

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グレイブニー・スクールの学校長、理事、教員とともに

日本版ベンチマークの開発に向けて、見えてきた新たな課題

アスクネットでは、1回目の視察を踏まえて日本版ベンチマークの開発に取り組み、2024年度はその草案に関する具体的なディスカッションを行うことを目的に、再度渡英しました。2回目の視察では、どのような深まりがあったのでしょうか。

 

仲井さん : 今回は、キャリア教育に関わる人達が共通言語で話していたのが印象的でした。産業界もベンチマークを意識していますし、教育と産業がWIN‐WINになるよう取り組めているのは日本にはない空気感だと思います。日本ではキャリア教育コーディネーターのように、学校現場と企業の間に通訳となる存在がいなければ難しい側面があるので、全員でキャリア教育を推進しているのはすごいですね。

 

櫛谷さん : 2回目の視察では、改めてデータの収集と活用が進んでいるなと感じました。直接データを収集するのは学校ですが、キャリア教育の国家機関であるキャリア・エンタープライズ・カンパニー(The Careers & Enterprise Company)やキャリア・ハブ(政府がキャリア教育を強化するために設立した地域的なネットワーク。学校と地域の雇用主をつなぐ等キャリア教育の実施を支援している)といった外部組織とも共有しています。ギャツビー・ベンチマークに基づいた、質の高いキャリアプログラムを実施するための体制が整っているんです。

 

ベンチマークの開発と合わせて、こういった体制作りの必要性も感じました。また、ベンチマークの達成率や生徒への定着度合いを見える化することで、職業体験の受入れ企業等、民間の協力も得やすくなるのではと考えています。

 

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イギリスのキャリア教育に関する施策・体制

 

山本さん : ベンチマークというものが想定以上に複雑だということがわかりました。ギャツビー・ベンチマークと相互補完的な関係にある、スキルズ・ビルダー・パートナーシップ(Skills Builder Partnership)という別の社会的企業が連携して開発しているものがあるんですが、こちらはコミュニケーション・問題解決・チームワークといった、どの職業に就いても必要な8つの社会人スキルを伸ばすことを目指しています。

 

スキルズ・ビルダー・パートナーシップでは、8つの社会人スキルを伸ばすためのカリキュラムや教材を提供している他、定着度の評価も細かくできるので、多くの学校や企業で採用されています。

 

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スキルズ・ビルダー・パートナーシップでは、8つの社会人スキルを15段階別に定めて育むことを目指す

 

山本さん : 整理すると、ギャツビー・ベンチマークは質の高いキャリア教育を提供するための基準で、スキルズ・ビルダー・パートナーシップは、仕事で成功するための基本スキルの提供に焦点を当てた取組ということですね。両者を組み合わせたキャリア教育は非常に有効だと思うのですが、日本とは価値観も違いますし、複雑すぎるので、日本の教育現場で受け入れてもらうのは難しいだろうなと感じています。

 

日本版に落とし込むには道のりが長そうですが、まずはアスクネットが開発した日本版ベンチマークを発表して、協力してくれる自治体と連携してカリキュラムを作り、効果を調査するといったことが今年度中にできたらと考えています。

 

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ギャツビー財団で指標開発を牽引した担当者と (手に持っているのがギャツビーベンチマークのレポート原本)

 

山本さん : ギャツビー・ベンチマークは2017年にスタートしたものです。意外と歴史が浅く、短期間でここまで全国的な取組になっていることを考えると、日本版ベンチマークが全国の教育現場で活用されている未来もそう遠いものではないのかもしれません。エティックでは、引き続きアスクネットの取組を支援していきたいと思います。

海外視察に関心のある起業家・ソーシャルセクターのみなさまへ

エティックでは2022年にインターナショナルチームを立ち上げ、海外の財団や起業家育成団体とのパートナーシップを積極的に開拓していく動きを進めています。今回の海外視察コーディネートは、こうした背景とつながりをもとに調整・実施が行われました。

 

海外視察や研修にご関心のある方は、こちらからご相談ください。

 

※DRIVEキャリアでは、NPO法人アスクネットの求人を掲載しています。

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キャリア教育海外視察
この記事を書いたユーザー
茨木いずみ

茨木いずみ

宮崎県高千穂町出身。中高は熊本市内。一橋大学社会学部卒。在学中にパリ政治学院へ交換留学(1年間)。卒業後は株式会社ベネッセコーポレーションに入社し、DM営業に従事。 その後岩手県釜石市で復興支援員(釜援隊)として、まちづくり会社の設立や、組織マネジメント、高校生とのラジオ番組づくり、馬文化再生プロジェクト等に携わる(2013年~2015年)。2015年3月にNPO法人グローカルアカデミーを設立。事務局長を務める。2021年3月、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。

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