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生物多様性をどう回復させるか。実践者たちとの新しい挑戦―ETIC.30周年ギャザリングレポート(1)

2024.02.09 

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「実は、生物多様性は私たちの暮らしと密接に関わっています」と話すのは、東京大学先端科学技術研究センター森章研究室 特任研究員の鈴木紅葉(すずき くれは)さんです。

 

鈴木さんは、続けて「生物多様性の健全性を図る指標」、つまり「生きている地球指数LPI」は「1970年から69%も低下している」と、地球上の生物や人類が置かれた危機的状況について語ります。「“生物多様性が脅かされている”ということは、“私たちの生活も脅かさている”ということなのです」と。

 

今年、こうした現状を踏まえて、新しいプロジェクトが始まります。地球環境の再生や循環を加速させる「PLANET KEEPERS( 地球環境の再生に挑む起業家の育成 )」です。

 

今回、「ETIC.30周年ギャザリング〜つながろう、語ろう〜」(2023年12月開催)で行われたトークセッションETIC.の新しい挑戦① 「地球環境の再生に挑むリーダーを応援するプロジェクト」から、登壇された3名のトークとプロジェクト概要の一部を紹介します。

 

<登壇者>

松崎光弘さん(株式会社エーゼログループ CRO兼ローカルインキュベーション事業部 部長)

鈴木紅葉さん(東京大学 先端科学技術研究センター森章研究室 特任研究員)

関 隆史さん(ミドリクNbS株式会社 代表取締役 )

モデレーター:倉辻悠平(NPO法人ETIC. 事業本部 プロジェクトリーダー)

生物多様性の現在地は?「第六の大量絶滅が起きている!?」と世界が危機感

 

倉辻 : エティックでは、地球環境の再生や循環を加速させるための新しいプロジェクト「PLANET KEEPERS( 地球環境の再生に挑む起業家の育成 )」を2024年度にスタートする予定です。生物多様性と自然の回復、また事業を両立させた“再生型事業”に飛び込む若い起業家、学生、研究家たちが思いきりチャレンジできるエコシステムをつくりたいと考えています。現在、地域と研究者、企業、環境団体のみなさんとチームを組み、準備を進めています。

 

鈴木さん : まず、生物多様性の現在地について。生物多様性にはいろいろな指標があります。その一つ、「リビング・プラネット・インデックス(生きている地球指数LPI)」という報告書が世界自然保護基金(WWF)から公表されています(※1)。

 

(※1)参考  :  WWFジャパン「生きている地球レポート2022―ネイチャー・ポジティブな社会を構築するために―」https://www.wwf.or.jp/activities/lib/5153.html

 

報告書では、1970年代から2018年の間で、「生きている地球指数LPI」の指標が69%も減少していると示されています。このLPIは、哺乳類や鳥類、昆虫類、両生類、魚類の脊椎動物に着目していますが、貝類などの無脊椎動物にも着目すると、現在、「第六の大量絶滅が起きているのではないか」といったこともいわれています。

 

生物多様性_プロジェクト概要

「生物多様性の現在地」について世界中が危機感を抱いている @PLANET KEEPERS

 

実は、生物多様性は私たちの暮らしと密接に関連しています。なぜなら、生物多様性や自然環境から受ける恩恵“生態系サービス”は、食料や水、森を浄化し、癒しを与え、二酸化炭素を吸収するような様々な効果を私たちの暮らしにもたらしてくれているからです。

 

最近は、国内総生産(GDP)の半数以上が、その生態系サービスに依存しているといったこともいわれています。つまり、生態系サービスが脅かされるということは、私たちの生活も脅かされるに等しいといえるのです。

 

生物多様性_現在地

生態系サービスが脅かされることは私たちの暮らしが脅かされることに等しい @PLANET KEEPERS

 

こうした生物多様性の危機に対して、いま、科学や政治経済など世界の様々な分野で、2020年を基準点にして2030年までに生物多様性の回復を進めようといった「ネイチャーポジティブ」(※2)の動きが起こっています。しかし、生物多様性への注目度は高まりつつも、取り組みとしてはまだ不十分な点も見えるのが現状です。

 

(※2)参考 : 環境省「J-GBFネイチャーポジティブ宣言」

https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/j-gbf/about/naturepositive/

 

生物多様性_現在地③

生物多様性の危機に対し、世界で流れを食い止める動きが活発化しているが不十分な点も否めないのが現状

@PLANET KEEPERS

 

「生物多様性の指標が重要」と明確には言えない現状を変えたい―研究者 鈴木紅葉さん

 

倉辻 : 鈴木さんの「生物多様性の現在地」についての話には3つポイントがあります。①今とてつもないスピード生き物が減少している ②私たちの暮らしにも良くない影響が起こり始めている ③世界でこの流れを止めるべきだという問いが出ている、の3つです。こういった問題意識を持つ3名が、なぜ、どんな領域でどんなことを始めようとしているのか、それぞれお話ください。

 

鈴木さん : 先ほど、生物多様性に注目が集まっているとお話しましたが、では、生物多様性とは何なのでしょうか(※3)。現在は、その概念があいまいになっています。

 

(※3)参考 : WWFジャパンでは、地球上に存在するヒトやパンダ、イネやコムギ、大腸菌、様々な形のバクテリアまで、多様な姿の生きものたちの命のつながりのことを「生物多様性」と呼んでいるとしている(2019年)。

https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/3517.html

 

指標には、地球上に何種類の生き物がいるのか、それはどのくらいのボリュームなのか、本来の自然にどのくらい近づいているのか、などたくさんあります。そのなかで、なぜ生物多様性の指標が大事なのか明確な答えを出すのは難しいのが現状です。地域によって重視したい指標が異なってくるからです。

 

私は北海道の知床で森林再生の研究をしていますが、目指すテーマが「知床に本来あったはずの自然を取り戻す」となった場合、重要な指標は、「本来の自然にどのくらい近づけられているのか」になります。こんなふうに対象とする地域によって重視する指標は異なり、「ある生物多様性の指標について、これが絶対的に正しい指標である 」とは言い切れません。

 

そういったなかで私が重要かもしれないと思っているのは、各地域で様々なステークホルダーが協働し合い、地域で活動が活発化し、生物多様性について議論を重ねていき、どんな指標が大事なのか、その指標で何を評価すればいいのかといったことをしっかりと決めていくことです。今回、エティックとの試みではこうした動きを一緒に広げたいと思っています。

生物多様性の低下が前提の社会システムへの問いを追求したい―株式会社エーゼログループ 松崎光弘さん

 

松崎さん : エーゼログループでは、現在、「未来の里山をつくる」という大きなビジョンを掲げています。エーゼロでいう里山とは、鈴木さんが活動されている知床とは少し異なり、人が入ることによって保たれる一つの生態系のことです。

 

近年、里山の生態系は衰退化が進み、西粟倉村は「自然豊かな村」だと言われがちですが、ほとんどが人口林です。生物多様性の観点からいうと、多様性が大きく低下している状態です。この状態を維持し続ける、またはこの状態を前提とした社会システムや経済の仕組みがここ数十年でできあがってしまっているのですが、我々は、「本当に持続可能なのだろうか」という問いを持っています。

 

例えば、「昔いたはずのドジョウを最近見かけないよね」といった会話があります。ドジョウがいなくなったことには気づいているけれど、それが一体どんな意味を持つのか、自分たちの暮らしにこれからどう関わり、自分たちのコミュニティをどう変えていくのか、いまは残念ながらこういったことをはっきりと言語化できている状態ではありません。

 

今回、エティックと一緒に行う生物多様性の取り組みでは、西粟倉村から具体的な事例をたくさん生み出していきたいと思っています。里地里山からどう生物多様性を回復させていくのか、それがまわりまわって地域の人たちの暮らしをどう変えていくのか、こういったことを追求するような場づくりをしていこうと考えています。

 

生物多様性_西粟倉村

株式会社エーゼログループが描く、西粟倉村での生物多様性への取り組みと未来 @PLANET KEEPERS

 

「自然豊かな村」といわれていても、結局は本当の意味での自然ではないのが里山。しかし、そこに人と自然の関係性のようなものが継続する姿を生み出すことができるかもしれないと考えています。我々はそれを「未来の里山」と呼んで、今回のプロジェクトでみなさんと一緒に推進したいと思っています。

ドローン関連の開発技術を活かし、取り組みが起こす変化を可視化したい―ミドリクNbS株式会社 関隆史さん

 

関さん : 私は、長い間、ドローンに搭載するセンサー(LiDAR)を開発し、国内外に普及させることを仕事にしてきました。

 

今後は、これまで自分が得意としてきたドローンなどのリモートセンシング技術を活用して、自然資源や生物多様性を回復させるための取り組みでどんな変化が起きるかをデータで可視化したいと考えています。そのために、継続的なモニタリングの仕組み作りを実現させたくて法人化しました。

 

私自身は、自然に恵まれた地域で生まれ育ちました。ドローンという新しいサービスの世界から転身した理由は、資本主義の渦の中に身を置いていくなかで地元の原風景や心象風景に救われた経験をしたことが大きいと思っています。「自分の心に浮かぶ原風景や自然を保護しよう」という思いからスタートできることもあるのかなと、起業することを決めました。生物多様性や自然への取り組みを可視化することができれば、自然保全が多くの人にとってもっと身近なものになり、意識や行動の変容につながるかもしれない。そんな仕組みを作ることができたら面白いことが起きそうだと思っています。

5年、10年と続く事業を。法人の設立や基金の立ち上げも視野に

 

倉辻 : 今回の新たなプロジェクト「PLANET KEEPERS」では、生物多様性をテーマにした事業に取り組んでいくみなさんのことを「ネイチャーテックベンチャー」と呼び、なかでも若い起業家や学生、研究者たちを応援していきます。

生物多様性_プロジェクト名

新しく始まるプロジェクト「PLANET KEEPERS」 @PLANET KEEPERS

 

生物多様性_ミッション

「PLANET KEEPERS」のミッション @PLANET KEEPERS

 

 

事業の大きな柱は2つです。1つは、特に若い世代の創業期を、資金提供を含めて応援していく成長支援プログラムを展開します。生物多様性の領域で活動しようというプレイヤーはまだ少ないため、ロールモデルをしっかり作りたいと思っています。

 

もう1つは、学生たちを右腕のインターンシップとして、ネイチャーテックベンチャーが取り組んでいる現地、例えば岡山県西粟倉村の現場や最前線に学生や研究者たちを派遣する「ネイチャーテックベンチャー留学事業」の立ち上げです。主に現場での実践に重点を置いたプログラムの提供を行います。

 

生物多様性_プロジェクト概要

主に若い世代のチャレンジを支えることで持続可能な取り組みに育てていく @PLANET KEEPERS

 

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今回のプロジェクト「地球環境の再生に挑む起業家の育成」に参画するメンバーたち @PLANET KEEPERS

 

また、「どんな指標を重視するか」については、どう測るかもまだ確立されていないためとても難しい課題です。しかし、この課題を解決できなければプレイヤーの実践が自然に対してどんな影響を与えているかを可視化することができません。そこで、可視化する役割を持つ「インパクトマネージャー」を新たに養成するプロジェクトも始めたいと考えています。

 

こういった若者たちのチャレンジを求心力に、「彼らを応援したい」と手を挙げてくださる方の資源を集積することで、さらに若い世代の人たちが手を挙げやすくなり、未来へとつながる事例が増え、経済圏も生まれ、その先に自然が豊かになり、自分たちの生活も豊かになるという未来を実現したいと思っています。

 

鈴木さん : 私は、現在、知床について研究していますが、知床で培われたノウハウをほかの地域にも伝えていくことが大事だと思っています。今回のプロジェクトでは、人材、資金、技術などを地域間で共有し合うきっかけを作りたいです。

 

松崎さん : 西粟倉村では、大きな取り組みとして、自然資本を通じて経済資本を豊かにすることにチャレンジしていきます。このチャレンジ自体が、今度は村の社会関係資本を豊かにするのではないかと思っています。こうした資本の循環をつくる大事な入口として、今回のエティックとの生物多様性のプロジェクトに期待を込めながら取り組んでいきたいです。

 

関さん : 法人を作り、事業を立ち上げても、私一人では何もできません。今回の生物多様性への取り組みが与える社会や私たちの暮らしに変化を可視化する事業は、多くのステークホルダーの方々からの力が大きな支えになっていきます。地域の方、自然保全の活動に従事されている方、また自然との関わりを大事にされている企業の方、こうした多くの方たちとの関係性があって初めて事業は活きてくると考えています。知見や人のつながりをもとに、新しい価値をつくりたいです。

 

倉辻 : 今回のプロジェクトは長期にわたる挑戦になると思います。5年、10年と長い取り組みになるように、新しい法人の設立や基金の立ち上げも実現したいと思っています。どうぞ応援してください。

 

生物多様性_メンターたち

プロジェクト検討・推進メンバーたち @PLANET KEEPERS

 

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たかなし まき

愛媛県生まれ。松山東雲短期大学英文科を卒業後、企業勤務を経て上京。業界紙記者、海外ガイドブック編集、美容誌編集を経てフリーランスへ。子育て、働く女性をテーマに企画・取材・執筆する中、2011年、東日本大震災後に参画した「東京里帰りプロジェクト」広報チームをきっかけにNPO法人ETIC.の仕事に携わるように。現在はDRIVEキャリア事務局、DRIVE編集部を通して、社会をよりよくするために活動する方々をかげながら応援しつつフリーライターとしても活動中。いろいろな人と関わりながら新しい発見をすること、わくわくすること、伝えることが好き。

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