リジェネラティブやネイチャーポジティブの領域に挑戦する起業家、研究者、企業人のインタビューをお届けする「【特集】PLANET KEEPERS 〜住み続けられる地球を次世代へ〜」。
今回は、北海道の知床国立公園で森林再生の研究をしている東京大学 先端科学技術研究センター 森章研究室 特任研究員の鈴木紅葉(すずき くれは)さんに、原生の森林生態系を再生する「知床モデル」や、NPO法人ETIC.(エティック)ら4団体が共同設立する「一般財団法人ネイチャープレナー・ジャパン」について、お話を伺いました。
この記事は、リジェネラティブやネイチャーポジティブの領域での起業家・研究者支援、次世代人材育成を柱にしながら、推進に必要なリソースが集約され還流するエコシステムを、企業・地域・アカデミア・環境団体と共につくっていく「PLANET KEEPERS」プロジェクト(事務局NPO法人ETIC.)が発信しています。
鈴木 紅葉(すずき くれは)さん
東京大学 先端科学技術研究センター森章研究室 特任研究員
東京都出身。専門は森林生態学、生態系管理学。人と自然との共存を多角的に学びたいという思いから、東京農工大学農学部地域生態システム学科に入学。在学中に、流氷が美しい2月の知床にて知床財団での1か月間のインターンを経験。その後、自然撹乱(台風や斜面崩壊など)の面白さに魅かれ、生態系管理に繋がる研究がしたいと考え、横浜国立大学大学院の森章研究室に進学し、博士号(環境学)を取得。現在まで7年間、知床をメインフィールドに研究活動を実施。フィールドワークとリモートセンシング、森林動態モデルにより、環境変動が森林の樹種組成や構造に与える影響を評価・予測している。特に、基礎生態学の知見を応用科学として知床の森林再生に還元すべく、知床財団と協働して研究活動を実施。知見・人材・資金が多地域で適切に共有され、各地での生態系管理を加速させるプラットフォーム作りに向けても活動中。
人が手を入れることで、取り戻せる自然がある。生態系管理をきっかけに進んだ研究者への道
──鈴木さんのこれまでの歩みについて教えてください。
森林や環境問題に関心を抱いたのは、小学校高学年のときでした。地球温暖化の問題やクールビズが取り沙汰されていた時期で、関心を持つようになったことがきっかけです。
転機となったのは高校生のときの課外学習でした。「自分を見つめ直そう」というテーマで木の下に寝転がって静かに想いを巡らせる時間に、「この森、そしてここにある生態系を守りたいな」と感じたんです。大学は東京農工大学に進学し、森林科学と生態系保全学の両方を多角的に学びました。
大学2年生のときには、指導教官だった森章先生が編者をされている『エコシステムマネジメント』(共立出版)という本に出合って、「生態系管理」という概念を知りました。それまでは「自然な状態の森林を守りたい」という感覚だったのですが、ある程度人間が手を入れていくことで自然をより良くしていったり、人間が手を入れないと取り戻せない自然があるという学びは、現在の研究につながっています。
修士は「生態系管理」分野での研究を深めようと横浜国立大学大学院に進学して、博士号(環境学)を取得しました。現在は東京大学大学院の森章研究室で森林生態学と生態系管理学、特に森林の生態系で起こる「自然撹乱」(※台風や、地震などで斜面が崩壊するなどの環境変化)について研究しています。
「自然撹乱」は、一般的には災害だと捉えられがちですよね。過去には私自身がそう捉えていたのですが、強風で木が倒れるというようなイベントでも、その木が倒れることで光環境が良くなって、樹木の芽生えが成長できたりします。このように、一見「破壊」のイベントであると同時に「再生」のイベントでもあることを学んで、研究への関心が芽生えました。
ネガティブなイメージの「破壊」だと捉えられがちな強風などの自然撹乱は、実は「再生」の契機になる
実務と科学が両輪で、自治体、実務者、アカデミアと、多様なステークホルダーが共に試行錯誤する「知床モデル」を全国に広めたい
──知床で研究を始めたきっかけを教えてください。
きっかけは大学2年生の冬に参加した「公益財団法人 知床財団」でのインターンでした。学部生のころは学びたい気持ちがあったので修士には進もうと思っていたのですが、まだ研究者になろうとは決めていなかったんです。
人と自然の共存に貢献できる職業には、環境省や林野庁の国家公務員からコンサルタント、知床財団職員のような特定の地域に根ざす実務者、研究者まで、さまざまです。そのうちの一つとして現場での活動に触れてみたい、経験してみたいという思いからインターンに参加しました。
雪深い2月の知床の森
──知床では現在、どのような研究をされているのでしょうか。
知床は世界自然遺産のイメージが強いかと思いますが、入植者による開拓が行われた歴史をもち、高度経済成長期は、不動産会社による土地買取で乱開発の危機にあいました。それをきっかけに、1977年、全国から寄付を募り、開拓跡地の保全と原生林の再生のために「しれとこ100平方メートル運動」が始まりました。
現在は土地の買取を終え、開拓跡地にかつてあった原生の森と生態系を再生する活動が進められています。私たち森章研究室は、約50年のこの活動が、実際に森林生態系をどのように復元できたのか、科学的に評価する研究をこれまで行ってきました。
現在、特に力を入れているのが、国立研究開発法人科学技術振興機構のプロジェクト「地域ガバナンスに基づく自然資本の適応的管理:地域とセクターをまたいだ共助の創出へ」の研究です。知床財団と私たち森章研究室で一緒に進めています。
知床での森林再生の活動は、科学的知見に基づいて試行錯誤を繰り返す「アダプティブマネジメント(適応的管理)」というアプローチを用いています。これは森に限らず様々な生態系で通じる生態系管理の方法です。
このプロジェクトでは、知床の森林再生で培われてきたノウハウや知見を「知床モデル」として他地域に展開し、生態系管理や生態系復元をしようとしている方々と連携していきたいと考えています。
具体的には、知床では、斜里町役場、実務を支える知床財団が森づくりを進めています。森づくりの進捗や管理方法を評価する役割を担うのが私たちアカデミアの研究者です。委員として会議体にも参画しています。
このように、実務と科学を両輪にして、自治体や実務者、アカデミアと、いろんなステークホルダーが一緒に試行錯誤しながら行う生態系管理を全国で展開したいと考えてきました。
日本各地で、森に住む野生動物の数や行動と、森林の構造との関係を評価する調査もしている
一方、課題も抱えていました。全国に展開するうえで必要になってくるのが、人と人とをつなぐコーディネート業務です。しかし私たち研究者にとって、コーディネート業務の役割を担う難しさを感じていました。
そんなとき、アドバイザーとして出会ったのがNPO法人ETIC.(以下、エティック)の山内幸治さんでした。山内さんとお話しする中で、エティックといろんな共通する想いがあることがわかって、山内さんとエティックスタッフの倉辻悠平さんらと一緒に、2024年に「PLANET KEEPERS」をスタートしました。
「PLANET KEEPERS」は、リジェネラティブやネイチャーポジティブの領域での起業家・研究者支援、次世代人材育成を柱にしながら、推進に必要なリソースが集約され還流するエコシステムを、企業・地域・アカデミア・環境団体とエティックが共につくっていくプロジェクトです。
現時点でモデル地域として上がっているのは6地域ほどで、岡山県西粟倉村(にしあわくらそん)や、一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンの活動現場である宮城県石巻市(いしのまきし)などがあります。さらに2025年7月には、「一般財団法人ネイチャープレナー・ジャパン」を立ち上げようともしています。
アカデミアと地域、それぞれで活動する人たちの専門分野、関心やニーズを見える化してマッチングしていきたい
──「PLANET KEEPERS」の活動の中で課題に感じていることや、「一般財団法人ネイチャープレナー・ジャパン」立ち上げなど今後の展望について教えてください。
まず、各地域の実務者の方とアカデミアをつなぐことに課題を感じています。科学的知見に則って活動していくことを考えたときに、私たち森章研究室のように持続的に地域で研究できるような研究者や専門家が参画することが望ましいのですが、そのマッチングが難しいです。
というのも、博士の研究者の人口がどんどん減ってるのが日本の現状で、研究者、特に有力な若手研究者をいくら集めようとしても、そもそも仲間が見つからない状況になっているんです。
それはつまり1人の研究者に仕事が集中するということでもあって、新しい地域で関係を築く余裕がない状況になっていたり、論文を出すことが若手にとっては特に重要な仕事でもあったりするので、地域での社会実装と論文執筆を両立していくのは難しいことだなと痛感しています。
また研究者だけでなく、人材や資金も適切にいろんな地域に巡らせていきたい、そのための仕組みをつくりたいという思いで活動する一方で、自然、特に森林はすごく長い目で見ていかないといけません。
例えば知床の森づくりは、300年先を見据えて活動しているのですが、そうなると私たちは誰も森の姿を最後まで見届けることはできないことになります。「森づくりとともに、人づくりもしなくてはいけない」ということを私たちはよく言っています。
そこで、アカデミアと地域、それぞれで活動する人たちの専門分野や関心、ニーズを見える化するという意味で図鑑のように一覧を作成してマッチングしていく取り組みを、新しく立ち上げる「一般財団法人ネイチャープレナー・ジャパン」で挑戦していきたいと個人的には思っています。
例えば森研究室には、専門を問わず、様々な地域や企業の方からいろんな悩みごとの相談が来ます。それを「これはこの先生のほうがいい」とか、「この先はこの先生と一緒にやったほうがいい」とか、適切に人材をめぐらせていくようなことをしたいと思っています。
一方で研究者も、「こういうテーマで研究したい」「木をこんなふうに伐る実験がしたいが、それができる場所はどこだろう」と探している人もいると思います。そこで地域側のニーズも見える化して、受け入れ体制が双方に整うことで、スムーズな連携が生まれるといいなと思っています。
──最後に、ネイチャーポジティブに関心を持っている読者の方たちへメッセージをお願いします。
自然は、長期的に考えて向き合っていかなければいけないものです。私たちの世代で絶対に完結しない関係性だと思うので、若い世代もしっかり考えて、次世代につないでいくことが必要だと思っています。
──ありがとうございました!
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