世界でもっともダウンロードされている教育系アプリ「Duolingo(デュオリンゴ)」を提供するDuolingo,Inc.の創業者兼CEOであるLuis von Ahn(ルイス・フォン・アーン)氏が来日し、東京大学にて特別講演が行われました。Duolingoは世界5億ダウンロードに到達。幅広い層に活用され、米国では公立学校で言語を学習する人よりも同アプリで言語を学習する人口のほうが多いなど、勢いそのままにGAFA超えを予感させているグローバル・スタートアップです。
ルイス・フォン・アーン氏/「Duolingo」の創業者 兼 CEO
人間判定システム「CAPTCHA」「reCAPTCHA」の開発者。マッカーサー・フェローシップ(別名「天才賞」)など多くの賞を受賞。出身地グアテマラのための非営利団体「ルイス・フォン・アン財団」も持つ。
Duolingo CEO ルイス・フォン・アーン来日 東京大学にて「教育分野におけるAI活用」講演会 8月28日開催より
グアテマラ出身の創業者ルイス氏は、どのような視点でサービスをつくり、世界で展開しているのでしょうか?
本記事では、約90分の講演と個別インタビューでルイス氏が語られたことの中から特に「グローバル・スタートアップの着眼点」に迫りうる部分を抽出し翻訳、下記に紹介します。
もし日本の総理大臣なら、何に取り組むか?
――もしルイス氏が日本の総理大臣なら、日本からグローバルなスタートアップを輩出するために何に取り組むか?
私が考える日本の問題点は、「大きな市場だが、世界に比べれば大きくなく、非常に閉鎖的であること」です。
私がもし日本の総理大臣なら、米国の投資家に日本で活動をしてもらうよう働きかけると思います。また、アメリカの投資家がついている会社を多く取り入れます。それは資金が不足しているからではありません。アメリカの投資家が日本の投資家より優れているということでもありません。単純に、彼らがグローバル・スタートアップを立ち上げるノウハウを持ち、よりグローバルな視野を持っていると思われるからです。これは、私が日本で成長したいと思う際も同様のことが言えます。日本で通じるためのノウハウや視点を持ち学ぶ必要があります。
具体的に日本のスタートアップにとってどのようなノウハウが必要か?それは私にもわからない。私たちデュオリンゴも日本にきて日本のカスタマーを知りながら必要なノウハウを学んでいるところです。日本のスタートアップもずっとここ日本にいるだけでは「グローバルにおいてどのようなノウハウが必要か?」はわからないでしょう。
教育への情熱の原点。出身国グアテマラでは「教育とは不平等をもたらすもの」だった
――なぜ、教育のなかでも「語学」を選んだのか?
まず、私の情熱は常に教育にありました。でも、何を教えたいのか、教えるべきなのかはわからなかった。とにかくただ教育に関することをやりたいと思っていました。
私はアメリカで生まれたわけではありません。私が生まれたのはグアテマラでとても貧しい国でした。教育とは何か?と聞かれたら、多くの人が「教育とは平等をもたらすもの」と答えるでしょう。しかし私が生まれた貧しい環境においては、常にその反対で、「教育とは不平等をもたらすもの」でした。というのも、グアテマラのような貧しい国では、貧しい人たちは、良い教育を受けることができず、それゆえに貧しいままなのです。一方で、お金を持っている人は、とても良い教育を「買う」ことができ、その結果、お金を持ち続けることができる。だから私は、誰もが平等に教育を受けることができ、誰もが同じ土台で社会に参画したり暮らせる社会階層のない未来をつくりたかった。
そこで私たちが考えたのが、「無料で語学を学べる方法」を立ち上げることでした。それがDuolingoです。はじめは、数学を教えるべきか?コンピューター・サイエンスを教えるべきか?と色々考えましたが、結局、言語から始めることにしました。理由はいくつかありますが、最大の理由は、世界のほとんどの国において、英語の知識さえあれば収入の可能性が大きく広がるからです。
さらに英語の素晴らしいところは、「直接的にお金を稼げる」ということです。例えば数学の場合は、ただ数学を知っているだけではお金を稼ぐことは難しい。数学を学んでから物理を学んでエンジニアになるなど、複数の掛け合わせが必要なんです。英語は英語だけでいい。たとえばウェイターだった人が英語を学べば、ホテルのウェイターになりもっと稼げるようになる。こういうことがたくさんあるんです。そこで私たちは、まず初めに、英語を教えることから始めようと考えました。
――一番初めに取り掛かったこと、一番初めにぶつかった問題は?
私はスペイン語のネイティブでした。母国語です。そして共同設立者のセヴリンはドイツ語のネイティブでした。そこで私たちがはじめにとりかかったのは、お互いの言語を学ぶためのコースをつくることでした。私はスペイン語コースを、セヴリンがドイツ語コースです。そこで、さっそく最初の問題にぶつかったんです。
コースをつくって互いに提供し合い、帰宅をして翌朝9時に出勤してから、彼に「レッスンはやったか?」と聞くと、「いや、やらなかった」と。「つまらなかった」と彼は話したんです。それは私も同じでした。ドイツ語を学ぶだけでもとても退屈だった。それが私たちが最初にぶつかった問題です。
この時、独学で語学を学ぶ上で最も難しいことは「モチベーションを維持すること」だと気づいたんです。そこで私たちはできるだけ楽しいものにして、私たち自身も楽しく使えるようにつくり始めました。こうしてDuolingoはゲーム仕立てになりました。ゲームのように退屈せず楽しく感じられ、しかも無料で学べる語学学習のアプリです。
他社との3つの差別化要因。「ネイティブアプリで、無料で、とても楽しかった」
――他の教育サービスや他のゲームも多くある中で、Duolingoのユニークな点は?
Duolingoをはじめたときには既に競合はたくさんいました。心配もしましたが、当時、ウェブからアプリへとプラットフォームがシフトしていく真っ只中だったことがとても助けになりました。
Duolingoを創立したのは2011年、ちょうどiPhoneアプリが大流行した頃です。それ以前はほとんどの競合がウェブサイトでした。私たちがDuolingoを立ち上げる頃には、多くのサービスが「ウェブサイトのようなアプリ」を作っていました。つまりアプリとは思えなかったんです。小さな画面に多くの情報が詰め込まれていて見ることも読むこともできないものばかりでした。Duolingoはアプリに最適化した形でローンチされました。これが大きな違いを生みました。
もうひとつ大きかったことは、他社がすべて有料で提供していたのに対して、私たちは完全に無料で学べることでした。そして最後に、本当にゲームのように感じられたこと。他社はすべて非常にドライな学習方法でした。この3つの組み合わせが、あっという間に競合他社を追い抜いたのだと思います。ネイティブアプリで、とても楽しく、無料なんです。
また、(企業向けBtoBで収益化を図る企業も多いが)私たちはB to Bでのサービス開発を全く考えていません。Duolingoを立ち上げた背景からも、私たちはB to C、エンドユーザーである学習者のためにのみサービスを開発したいと考えています。彼らは私たちを使ってくれる張本人であり、私たちにお金を払ってくれる人たちです。
もしB to Bでサービス開発をしていたら、エンドユーザーでなく企業が喜ぶものをつくることになるでしょう?それは悪いことではありませんが、私は個人的にそれに興味がないし、エンドユーザーにとって良いサービスをつくることに面白さや重要性を感じています。それがユーザーにとって最も良いシステムに繋がると強く信じています。
ビジネスモデルは必要か?
――収益モデルについて、どのように考えているか?
最初の頃はビジネスモデルは何もなかったです。ただ単に「語学を教えよう」、ただそれだけです。とにかく無料にして、あとで何とかしようと。当時、ベンチャーキャピタルはそれをとても応援してくれました。当時の彼らは「いいね ! やってみよう、あとでなんとかなるよ」と快諾してくれましたが、あとになった今では違います。そのやり方ではベンチャーキャピタルは応援し続けてはくれないんですね。結果的に私たちはなんとか収益モデルを形にすることができましたが、私たちと同じような時期にスタートした企業の多くは見出すことはできないほど難しいことでした。
その後、2016年頃、当時のDuolingoが収益はゼロ、儲けはゼロで評価額が約6億ドルだったときに、当時最大の投資家であったグーグルと会いました。グーグルのリードインベスターだった女性が私たちを訪ねてきました。彼女は私をバーに連れて行き、お酒を次々に注文をして、私が3杯目を飲む頃には酔っぱらっていました。そして彼女はこう言ったんです。「このままではいけない。誰も資金を出してくれない。お金を稼がなければ、サービスをやめなければならない」と。私は酔っ払っていてOKをしてしまいました。
翌日オフィスへ行き、どうやってお金を稼ぐか?を考えました。Duolingoは無料で語学を学ぶアプリでした。社員のほとんどは、「無料の教育を提供する」というミッションのためにDuolingoで働くようになった人たちです。今では、幸いなことに、私たちはビジネスモデルを見つけることができましたが、当時はそれがうまくいくとも思っていませんでした。ユーザーは無料で使うことができる一方で、無料版は広告が表示され、広告を消したければお金を払っていただくモデルです。
今ではスポティファイや多くのサービスのプレミアム・モデルで使われているビジネスモデルとしてよく知られています。その仕組みは興味深く、アクティブユーザーの93%が無料で利用し、7%が料金を支払っています。その7%のユーザーから80%の収益を得ているんです。そしてその収益で無料版を提供することができています。このようなデュアル・インカムのモデルというのは、比較的お金を持つ人たちが、そうでない他の人たちのためにお金を払うという新しいお金の流れをつくることでもあると考えています。
私たちはラッキーだった部分も大きかったですが、これらの経験を経て、いまスタートアップを考えている方々に伝えたいのは、大規模な成長ができると確信していない限り、早い段階で収益化を考えるべきだということです。
一方で、非常に大きなスケールを目指すのであれば、ビジネスモデルは考えなくても良いでしょう。ただ、大規模なアクティブ・ユーザーの獲得を予測するのは非常に困難です。大規模とは1億人のアクティブユーザーくらいの大きさですね。月間アクティブユーザーが1億人を維持できるようになればお金を稼ぐ方法はなんとか見つけることができると今では確信しています。しかし1億人の月間アクティブユーザーに到達するのは非常に難しい。逆に、企業の価値という意味では、例えばビジネスモデルのない100万人のアクティブユーザーくらいでは、大した価値はないでしょう。難しい判断です。
全世界を目指すなら複数の国で同時に始めることが重要。特定の国に特化しない
――グローバルはいつから意識していたか。
はじめからです。初日から全世界を視野に入れていました。しかし、はじめから全世界のすべての国に労力を費やしたわけではありません。私たちは、多くの国で使ってもらえることを目指してアプリをつくり、まずいくつかの言語に翻訳し、英語、スペイン語、ポルトガル語でローンチしました。英語圏、スペイン語圏、ブラジル向けに同時につくったんです。これがとてもよかった。
私の感覚では、複数の国で同時に始めることが重要だと考えています。グローバルでの展開を目指すなら、少なくともいくつかの国でサービスを利用できるようにするべきだと思います。そうでなければ、1つのマーケットに特化したものを作ることになってしまう。
例えば、日本は非常にユニークな国のひとつで、世界とはユーザーの行動がまったく違います。データをとると日本だけ統計からはずれた値になることはとても多いです。つまり、全世界を目指すのであれば、日本市場だけに特化してつくったものは世界では使われません。世界とは全く違う行動をするユーザーのためにつくったものを、世界でつかってもらうのは難しいでしょう?同様に中国やインドもユニークです。
逆に、西ヨーロッパやラテンアメリカなどユーザーが似たような行動をする市場もあります。世界を意識するのであれば、それをふまえてサービスをつくりはじめることが重要です。ちなみに、私たちがアジアの言語にアプリを翻訳し始めたのは2015年のことです。それが最大の失敗のひとつでした。現在、アジアは私たちにとって最も成長している市場で、もっと早く始めればよかったと思っています。
――重要指標にしているKPIはなにか。
Dulingo のすべてにおいて最も重要な指標は 1 つだけです。投資家からは「売上はいくらか」と聞かれることがあり、もちろんそれも重要ですが、1つだけ選ぶとしたら私は「アクティブユーザーの維持率」を選びます。この指標は、今日Duolingoを訪れた人の中で、過去7日間にDuolingoを利用した人がどれくらいいるかを見ます。つまり、今日来てくれた人が明日また来る確率はどれくらいか?これが私たちの重要指標で、今は約80%に達しています。
つまり、今日Duolingoを使った人の80%は、過去7日間にもDuolingoを使ったということです。この数字は、立ち上げ当初は30%でした。この数字を高めていくために毎日いろいろな取り組みを試行錯誤しています。この指標は、他のすべての指標に大きな影響を与えるのです。たとえば収益面だけをみても、1%違うだけで数千万ドルの影響がある。他の全ての指標のコアを示していると考えています。
――今後の展開について。
私たちの主要な取り組みは、英語を教えること、より高度な英語を教えること、この2つです。「Duolingoさえやっていれば、就職できる」レベルまであと少しのところまできています。私たちは、Duolingoを使うだけで英語を通じた仕事ができるレベルに仕上げていきたいと思っています。まだそこに到達していません。なので、「より良い英語を教えること」に取り組んでいきます。
そしてもうひとつは、語学以外の分野の開発にも力を入れています。つまり他の教科を増やすことです。音楽とか物理とか。ただ、特殊相対性理論や一般相対性理論など高度なものを教えることは考えていません。(語学同様に)「必要とするユーザーが多いか?」という視点で次のステップを考えています。
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