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「ジャスト・トランジション(公正な移行)」の現場から見えた新たな道筋──地方の中小事業者が挑んだ試行錯誤の1年半

2025.03.04 

「ジャスト・トランジション」あるいは「公正な移行」という言葉を聞いたことがありますか。

 

これは、気候変動対策を進める際、それによって不利益を被るセクター・地域にも配慮し、公正なやりかたで脱炭素社会へ移行しよう、という考え方のこと。もともと、2009年の気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)において国際労働組合総連合(ITUC)が提唱した概念です。急速な気候変動対策が進む欧州では認識が広まっていると言われますが、一般の日本人にはまだ馴染みが薄い概念かもしれません。

 

そんな「ジャスト・トランジション」をキーワードに地方の中小企業を支援する、という野心的な事業が、2023年4月~2024年9月に実施されました。その名もジャストラ!プログラムNPO法人ETIC.(以下、エティック)がJPモルガン・チェースの支援を得て主催したもので、日本全国から14の中小事業者が参加しました。

 

国内外の視察や数々のワークショップなど1年半にわたる本プログラムの成果をまとめ、このたび公開された「成果報告書」がこちら。各事業者の取り組みを「公正な移行」の観点から指標化し、それぞれが目指すトランジションをロジックモデルの形で整理したものです。

 

 

といっても、「公正な移行」と地方の中小企業支援がどう結びつくのか、すぐには分かりづらいかもしれません。参加者たちはこの概念をどう捉え、本プログラムに参加することで何を得たのか? 詳細は報告書本文をお読みいただくとして、今回の記事では、報告書に記載しきれなかった主催者側の率直な「思い」を掘り下げ、本プログラムの真の意義を探ります。

 

プログラム責任者を務めたエティックの松本未生と、外部アドバイザーとしてプログラムに関わった松崎光弘さん(株式会社エーゼログループ 創発推進本部長)に聞きました。

 

※記事中敬称略。プロフィール詳細は記事最下部に記載。

 

プログラム開始直後に実施したデンマーク・コペンハーゲンとロラン島の視察(2023年5月)。見学や対話を通じて多くの刺激を得る機会となった。

 

多様な参加者と、このプログラムならではの「公正な移行」を模索

──日本では「公正な移行」という言葉はまだあまり流通していないと思われますが、なぜこのテーマを掲げたのでしょうか?

 

松本 : 私はこれまで環境問題、特に気候変動の解決を模索すべく、大学院ではエネルギー政策と熟議型民主主義の研究をしていたのですが、大学院時代にとある発電所立地地域の雇用喪失やコミュニティの分断を目の当たりにした経験がありました。10年ほど前のことです。気候変動対策は進めなければならない一方で、その裏で仕事を失う人たちがいる。火力発電所でもガソリンスタンドでも、それまで誠実に取り組んできた仕事の意義を否定されるような経験は、誰だってしたくないはずです。

 

そこをきちんとケアする形で物事を進めていく方法を模索したいと考えていたなかで、JPモルガン・チェースから、日本における「公正な移行」推進に寄与するプログラムをつくりたいという提案をいただいたのです。私が10年かけて探し求めていたのは「これだ!」と思いました。

 

──プログラムの対象は、なぜ地方の中小事業者だったのですか?

 

松本 : 中小事業者は地域経済の変革の担い手であり、また、産業構造の変化の影響をいちばん強く受けるのも彼らである、という考えに基づいています。初めての試みであるため、公募ではなくこれまでご縁のある方を中心にお声かけしたところ、主に地方部において地域資源を生かした持続可能な事業づくりやまちづくりに取り組む、14の事業者の皆さんに参加していただくことになりました。

 

■「ジャストラ!プログラム」参加事業者

  1. 北海道下川町 下川町ジャストラ研究会
  2. 青森県八戸市 株式会社バリューシフト
  3. 岩手県洋野町 株式会社北三陸ファクトリー
  4. 岩手県洋野町 一般社団法人Moova
  5. 宮城県石巻市 一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン
  6. 宮城県東松島市 ひがまつ空シェア倶楽部
  7. 三重県尾鷲市 一般社団法人つちからみのれ
  8. 兵庫県神戸市・芦屋市 株式会社アルタレーナ
  9. 島根県隠岐郡海士町 交交株式会社
  10. 島根県雲南市 雲南市役所
  11. 島根県雲南市 NPO法人おっちラボ
  12. 徳島県上勝町 合同会社RDND
  13. 熊本県阿蘇地域 NPO法人阿蘇あか牛研究会
  14. 大分県臼杵市 うすきエネルギー株式会社

 

松本 : ただ、当初は最終的なアウトプットの形がまだ見えておらず、その意味で対象者像が明確に絞り込めていなかったのも事実でした。結果として参加者は業種も規模も形態も大きく異なる面々となり、そのことが事務局としてプログラムの「軸」をなかなか定められない一因になったと思います。

 

──プログラムの「軸」は、シンプルに「脱炭素で仕事を失う中小企業の業態転換を支援する」ことではなかったのですね?

 

松本 : 当初はそういう想定もあったのですが、プログラムが始まってみるとそのストーリーがうまく機能しないように思えてきて。

 

松崎 : そもそもITUCが提唱し、ILO(国際労働機関)が2016年に指針を出したことに始まる「公正な移行」は、国策として、また大企業レベルで気候変動対策が進む中で負の影響を受ける人をケアしよう、という概念。でもそういう権力勾配のあらわれ方、受け止め方は日本と欧米では異なるわけですね。それに、今回の参加者はすでに能動的に活動している方々ばかり。権力勾配の中で生じる不公正とか不利益とか云々する前に自分たちで動く、というスタンスでしたから。

 

松本 : それで、参加者がすでに取り組んでいる事業・活動に「公正な移行」のコンセプトをどう取り込んでいくか、という観点で設計し直そうとしたのです。

 

でも、オリジナルの文脈では中小事業者はむしろ「不利益を被る側」。私がそこに固執してしまったため、被る側が公正な移行を考えるってどういうことか?という違和感からなかなか脱せずにいました。

 

三重県尾鷲市でのフィールドワーク(2023年10月)。後ろに見えるのは60年にわたり地域経済の柱だった火力発電所が撤退した跡地。地域全体がトランジションの最中にある。

 

──その違和感はどう解消していったのですか?

 

松崎 : まず、このプログラムにおける「公正な移行」の定義を明確にする必要がありましたね。参加者個々の取り組みは素晴らしいものばかりですが、あまりにバリエーションが多すぎた。気候変動政策への対応ではなく気候変動そのものへの対応に迫られているところもあるし、業界慣行の変革に取り組んでいても、その根底にある積年の課題は気候変動とは無関係と思われるケースもある。それらをすべてオリジナルな「公正な移行」の枠にはめて議論するのはムリがある、と感じました。

 

松本 : それで、途中から「公正な移行」の意味を拡大解釈したらどうか、と気づき始めたんです。参加者は、事業領域やアジェンダは違うにせよ、みな「このままでは立ち行かない状態から、『立ち行ける』状態への移行」を目指して活動しているわけで、それぞれの文脈で「公正な移行」のモデルを作る意味はあると。つまりこのプログラムでは、「公正な移行」の考え方のエッセンスをビジョンや構想に取り入れることが、持続可能な地域・産業づくりに役に立つ、という仮説を検証するのだ、と整理しました。

 

実際どのように役に立ったのかは、「成果報告書」に参加者の感想の形で記載されているのでぜひご覧いただきたいですが、自分たちの文脈に合わせてうまくエッセンスを活用できた事業者が多かったと思います。

 

北海道下川町でのフィールドワーク(2024年3月)。下川町では行政と住民が「ジャストラ研究会」を結成してプログラムに参加。フィールドワークに合わせ、地域の将来を考える住民参加フォーラムを開催した。

「公正な移行」のエッセンスを取り出して指標化

松崎 : 別の言い方をすると、このプログラムで扱う「公正な移行」は、地域の中小事業者が「どう考えても自分たちの力だけでは対応できないような環境変化に対して、地域・商圏全体の構造を適応させていく取り組み」であると整理できたと思います。一企業の経営者がどうがんばってもどうしようもない、地域経済全体が大きなダメージを受けるような変化が起きたとき、その経済構造を自分たちで変えていこうとする取り組みの支援には、大きな意義があったと考えます。

 

松本 : 最終的には、参加者の取り組みのビジョンや方向性をロジックモデルで表し、その成果について3つの指標で数値化を試みました。この3つの指標、①経済のグリーン化(環境配慮)、②働きがいのある仕事づくり(労働移動)、③取り残される人を出さない(包摂性)は、おおもとであるILO提言から取り出したキーワードで、私たちなりに抽出した「公正な移行」のエッセンスと言えます。ただ、数値化についてはプログラム終盤に成果をまとめる段階で議論したため、全参加者を同じ指標で測ることはできませんでした。

 

松崎 : 後付けだったとはいえ、この「3つの指標」の提起には意味があったと思います。参加者にとって自分たちの活動が社会の中でどんな意味を持つのか、改めて整理しやすくなったはずですし、彼らはそれを対外発信にも使えます。発信すれば必ず反応があり、その反応にきちんと向き合うことで、より望ましい方向へ近づくことができますから。

 

徳島県上勝町でのフィールドワーク(2024年5月)。20年前の日本初のゼロ・ウェイスト宣言で知られ、リサイクル率80%を達成した同町でも、「ゼロ・ウェイスト」の再定義を通して地域の将来像の模索が続く。

 

──あらためて、「ジャストラ!プログラム」の意義はどこにあったと思いますか?

 

松崎 : ひとつは、今回の参加者のような事業者たちの存在を、こうして世の中に知らしめられたことでしょう。地方の中小事業者といえば一般に、自分たちが食べていくだけで精一杯のところが多いはず。それなのに、地域全体のトランジションとか、その際の公正さとか、そんなことまで考えて行動するのは、進んでイバラの道を選ぶようなものです。そこまでする意味はどこにあるか? それを個別のストーリーとして描くとどうしてもウェットな精神論になってしまいがちですが、このプログラムの文脈で整理することで客観的に可視化できたのはよかったと思います。

 

さらに、参加者の多種多様なストーリーの中から、ある程度共通のメカニズムが見えてきた。つまり持続可能な社会・産業への移行の現場には、政策的なトップダウンだけでなく地域住民からのボトムアップの仕組みが存在する、ということが見えたのも収穫だったと考えます。

 

松本 : 最初の定義に戻って考えれば、エネルギー政策や気候変動対策などマクロの取り組みは当然必要である一方、その裏でいろいろなリスクを一方的に背負わされる人たちがいると。今回は、その問題の解決をミクロなレベルで考えるため、「公正な移行」を各地域の実情に合わせて“拡大解釈”し、地域のプレーヤーの活動に落とし込む実験をしたと言えるのではないでしょうか。その試行錯誤にこそ意味があったかなと思います。

 

都内で行われた「ジャストラ!プログラム」最終成果報告会(2024年9月)には公募による約60名の一般参加者が集い、発表に耳を傾けた。後半はブースに分かれて交流も開催。

 

──次のプログラムとして環境省との事業が始まっています。

 

松本 : はい。環境省の「令和6年度地域循環共生圏に係る地域トランジションモデル構築及び情報発信業務」を受託しました(いであ株式会社と共同実施)。今回は、より明確に「気候変動対策により負の影響を受ける側のケア」にフォーカスしており、これも「ジャストラ!プログラム」の学びがあったからこそ的を絞ることができたと言えます。

 

松崎 : 各地域に存在する社会構造を変えようとするとき、そもそもその構造はどうやって出来上がっているのか、政治的・経済的なものも含めてその構造を維持しているメカニズムを理解し、そこに働きかける必要があります。「ジャストラ!プログラム」ではそこまで切り込めませんでしたが、次はぜひそこにも挑戦できたらと思います。

 

松本 : これからもいろいろな方々と協働し、日本における社会経済構造の「公正な移行」のあり方を模索していきたいと思いますので、関心のある方のご連絡をお待ちしています。

 

──ありがとうございました。

 

<登壇者プロフィール詳細>

松本 未生(まつもと みお)

NPO法人ETIC.ローカルイノベーション事業部コーディネーター / NPO法人ER.代表理事

京都大学大学院卒。専門は環境・エネルギー政策。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)、アクセンチュア株式会社を経てETIC.に参画。また、環境問題の解決に向け、NPO法人ER.を立ち上げて独自の活動を行っている。

 

松崎 光弘(まつざき みつひろ)さん

株式会社知識創発研究所 代表取締役 / 株式会社エーゼログループCRO(チーフ リサーチ オフィサー)兼創発推進本部本部長

神戸大学大学院博士課程修了。私立大学経営学部教授や公立施設の館長を経て、44歳で株式会社出藍社(現・知識創発研究所)を設立。経済産業省、内閣府、外資系企業等のプロジェクトで経営革新と組織・人材開発のためのカリキュラム開発、コーディネーター養成を担当 。現在は、 地域や社会のシステムの変革に向けた介入プログラムを自治体などに提供している。

 

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中川 雅美(良文工房)

福島市を拠点とするフリーのライター/コピーライター/広報アドバイザー/翻訳者。神奈川県出身。外資系企業で20年以上、翻訳・編集・広報・コーポレートブランディングの仕事に携わった後、2014~2017年、復興庁派遣職員として福島県浪江町役場にて広報支援。2017年4月よりフリーランス。企業などのオウンドメディア向けテキストコミュニケーションを中心に、「伝わる文章づくり」を追求。 ▷サイト「良文工房」https://ryobunkobo.com