皆さんは定期的にがん検診を受診していますか? 乳がん検診の場合、40歳以上で2年に1回の受診が推奨されていますが、「国民生活基礎調査」によれば日本の乳がん検診受診率は47.4%(2022年)とOECD加盟国の中でも最下位です。マンモグラフィに代表される従来の乳がん検査には痛みや恥ずかしさが伴うため、受診のハードルが高い点も、受診率が低い水準にとどまっている一因かもしれません。
そんな乳がん検診をより気軽にできるものにしたいと、製薬会社で働きながら自分でも会社を立ち上げたのが山上博子さんです。事業を始めた経緯や、これまでの取り組みについてお話を伺いました。

山上 博子(やまがみ ひろこ)さん
株式会社100(ワンダブルオー)代表取締役/ローカルベンチャーラボ第5期生
事業構想修士。フェムケアプラスエキスパート。”次世代スマートヘルススタートアップ創出事業” 総合コーディネーター。製薬企業で長年、医療業界に従事。2019年、直に社長に提案できる仕組みを活用し、採択。その後、経営企画、ベンチャー出向、新規事業推進、アライアンスマネジメントとキャリアシフトしながら、社内にとどまらず、ヘルスケアイノベーターとしてマルチに活動中。
製薬会社勤務だからこそ知っている最先端の医療知識を背景に、がん検診の受診率向上を目指す
山上さんは、痛みがない最新の乳がん検査を、医療機関ではなくカフェやショッピングモールといった日常生活で訪れやすい場所で受けられる「次世代がん検査(New generation Cancer Test : 以下NCT)」を構想しています。スマホから簡単に予約や検査結果の確認ができ、30分程度で買い物などのついでに気軽に受けられるようなイメージです。
「きっかけとなったのは、社内のビジネスコンテストのようなボトムから社長に自身の考えを提案する機会です。もともとはインフルエンザの検査キットを薬局で購入できないかという提案をしていました。新型コロナウイルスをきっかけに、薬局やインターネットで検査キットを購入することは当たり前になりましたが、当時は薬局やネット購入はご法度。その壁を自分が壊したかったという悔しさもありましたが、切り替えて今のような形になりました。
職業柄、医療関係の情報が入ってきやすいなかで、今はがん検査がいろいろと進化していて、自己採血や呼気で検査できるものもあるということを知りました。私は高校生の頃、祖母をがんで亡くしました。また、叔母も乳がんサバイバーです。『100歳まで生きる』が口癖だった祖母を亡くしたことはショックでしたし、親族が複数名がんになったことで『自分も遺伝的にがんのリスクが高いのかも』という意識をもつようになりました。
がん治療には早期発見が重要です。がんによる死者を減らすためには、がん検診の受診率を上げることが重要だと考え、『がん検診の民主化(医療機関以外で受けられる仕組み)』にチャレンジしたいとこの領域を選びました」

心斎橋PARCOでのポップアップ展示の様子
現地に足を運ぶこと、人と出会うことで事業の構想が広がる
山上さんが事業領域を定める前に参加していたのが、地域に特化した6カ月間の起業家育成・事業構想支援プログラム・ローカルベンチャーラボ(以下LVL)です。
LVLの事務局であるNPO法人ETIC.(エティック)が運営する「社会起業塾イニシアティブ」に参加していた「株式会社アッテミー」に半年間出向した際、LVLについて知ったという山上さん。出向を終え、社会課題解決のために自分も何かやりたいというモヤモヤから参加を決めました。
「コロナ対応のために完全オンライン開催だった2021年に参加したのですが、奈良でトマトの生産・販売をしている同期のところに個人的にフィールドワークに行ったり、プログラム修了後に島根県雲南市の株式会社CNCに視察に行ったりと、実際にその場所に行ったからこそ気付くものや得られるものの大切さを学びました。
当時はまだ勤務医の先生の新たな働き方について考えていたんですが、同期から医療関係者向けのリトリートツアーといった新しいアイデアをもらうなど、事業の構想を広げてみるきっかけになりました。リトリートは事業化に至っていませんが、興味関心はあるのでウェルネスツーリズムのリサーチは今も続けています。
事業構想大学院大学に入学するきっかけにもなりましたし、LVLへの参加は今の事業につながる後押しになりました」

滋賀県大津市でのフィールドワークの様子
和歌山市での実証実験で感じた、痛みのない乳がん検査へのニーズ
その後、東大発の医療ベンチャー「株式会社Lily MedTech」が新たに開発した乳がん検査装置について知ったことも、山上さんが乳がん検診に着目するようになった理由のひとつです。同社が開発した装置では、受診者がうつぶせになって乳房をベッドの穴に入れることで、超音波を使った画像を撮影することができます。技師が体に触れる必要がなく、痛みもないことが特徴です。
どんな場所ならニーズがあるのか、そもそも医療機関以外でがん検診を受けるというコンセプト自体が受け入れられるのか、山上さんはこの新しい装置を使った検証から始めることにしました。
「事業構想大学院大学のつながりで、和歌山市長や市職員の方々に事業案をプレゼンテーションさせてもらいました。そこから和歌山でロケが行われた、若年性乳がんをテーマとする映画『あつい胸さわぎ』のPRの一環として、イオンモール和歌山で乳がん検査のリサーチができることになったんです。
ただ、自腹で東京から和歌山まで装置を送ってもらったので、往復で40万円くらいかかってしまいました。毎回そんなことをしていたら破産してしまいますが、やってみたことで『自費で1万円でも受診してみたい』といった生の声を聞くことができ、これまでとは違うタイプの検査が求められている手応えを感じることができました」

イオンモール和歌山での体験会の様子
数珠つなぎで得られた反響。副業起業ならではのメリットとデメリットとは
和歌山でのリサーチ結果を基に、「NCTプラットフォーム事業」の構想でビジネスモデル特許を取得し、クラウドファンディングにも初挑戦した山上さん。集まった資金でNCTのPRを行ったほか、その後も医療系の展示会への出展や、ファッションビル「心斎橋PARCO」での2カ月間にわたるポップアップ展示、京都の大宮交通公園でのNCTの実証実験など、さまざまな場で数珠つなぎに反響を得ながら活動を続けてきました。

NCTプラットフォーム事業のイメージ
一方、順調なように思える道のりのなか、苦労や失敗も重ねてきたと山上さんは語ります。
「思いが先行しがちなので、チームづくりで失敗もしています。会社を設立したときに集まってくれたメンバーがいたのですが、お恥ずかしながら報酬をお支払いできる状態ではなかったので一旦解散して、2年目は一人でやれることを中心にやってきました。その際、見切り発車でも、事前に契約書などの締結は、お互いを守るために本当に大事なんだなと学びました。
心斎橋PARCOでのポップアップ展示のときも、平日は私も会社勤務があるので店頭に立ってくださる方を集めるのには苦労しました。ただそのときにモチベーション高く取り組んでくださったメンバーが残ってくれて、案件ベースにはなりますが、チームメンバーとしてサポートしてくれる体制ができてきたんです」
そうした苦労もあった反面、副業起業という選択については、ポジティブな体感を語ってくださいました。
「自社プロダクトがある事業ではありませんし、売上の目途が立っていたわけではないので、私は副業として起業しましたが、会社を辞めて収入源がなくなったら、逆に自分のやりたいこと、成し遂げたいことができなくなっていたかもしれません。
自分の事業に使える時間は就業後や週末になるので、プライベートな時間を捻出するのが難しい面もありますが、個人としてのリスクを最小化しつつ自分の好きなことに挑戦するには、副業での起業もアリなのではと思います。いろいろな出会いに支えられて、今に至っています。
今、自身の目の前に広がる世界は、会社の外に踏み出したから見えたものだと思います。LVLでの学びや気づき、そしてプログラムの最後の際に、『ここからが始まり』とおっしゃっていた当時のメンターの言葉があるからこそ続けられているものです。LVLの存在に、心から感謝しています」
NCTが流行語になるくらい浸透させたい。考えすぎるよりも動いてみることを大切に
2026年3月には創業3周年記念企画として、京都市内にて「femtech& WAKEWAKE project」というイベントも計画中です。女性の「活躍と健康」をテーマに、乳がん検査受診の意識調査に協力してくれている高校の先生や、乳がんの啓発活動をされている方などを登壇者に迎えてのパネルディスカッションや、フェムテック関連商品の物販、チャリティーオークションなどが予定されています。
「初めての試みなので、絶賛試行錯誤中です。チャリティーオークションっていうのも、医療系のイベントとしてはちょっと変わってますよね(笑)。
思いをもってフェムテック製品を作っている人たちを応援したい、訳あり商品を分け合おうという思いを込めて、イベント名に『WAKEWAKE』とつけています。当日は社名にちなんで、運営含めちょうど100人集められたらと思っています。会場のQUESTIONは、NCTについて初めてピッチした場所でもあるので、感慨深いですね」

100を支えるプロジェクトチームのみなさんと
最後にあらためて、事業にかける思いや、これから地域に根ざした事業を検討している方へのメッセージを伺いました。
「社名の『100(ワンダブルオー)』には、『人生100年時代』と言われるようになったけど、本当にそうですか? 定期的にメンテナンス(検査)をしないと、道半ばで人生設計を見直さなければならなくなってしまうかもしれませんよ、というアンチテーゼ的な意味を込めています。がん検診を身近なものにすることで、『こんなはずじゃなかった』と後悔する人をゼロにしたいですね。
そのためにもNCTが流行語大賞になるくらい浸透させていきたいですが、まだまだだなと。これからもいろいろな地域でNCTの周知に向けてPR活動をしていきたいと思います。
また、私と同じように、自分も何か社会課題の解決ができないかとモヤモヤしている人がいたら、現地に会いに行ったり現物を見たりすることをおすすめします。LVLの修了生も全国各地にいらっしゃいますし、肌感をつかむことで解像度が上がってくると思います。考えるより動くことが一番大切です」
山上さんが受講されていた「ローカルベンチャーラボ」では、例年3月から4月に受講生を募集していますので、気になった方は公式サイトをご覧ください。
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