TOP > ローカルベンチャー > 子どもが帰りたい地域へ。TANABEESで空き家から目指す、和歌山県田辺市の「みんなのたまり場」

#ローカルベンチャー

子どもが帰りたい地域へ。TANABEESで空き家から目指す、和歌山県田辺市の「みんなのたまり場」

2025.12.01 

和歌山県田辺市の関係人口創出プログラム「TANABEES」がついに8月から動き出しました。田辺市で事業を行う「地域プレイヤー」は、地域外から訪れる関係人口としての参加者とチームを組んで活動します。

 

今回は、地域プレイヤーの田中裕子さんにインタビュー。田中さんは空き家を活用して、地域コミュニティの形成や地域課題の解決拠点にしようと考えています。それが「みんなのたまり場大作戦」プロジェクトです。

 

本インタビューは、「TANABEES」に参加する理由から今後の展望まで、田中さんの脳内を知り尽くす内容です。田辺に根付いた価値観を尊重しつつ、将来に向けて地域社会を組み替えていく計画を、たっぷりお届けします。

 

田中 裕子(たなか ひろこ)さん

寒川紙店(そうがわかみてん)代表

1990年田辺市生まれ。家は梅農家で、子供の頃は梅の仕事を手伝ったり、山や川で遊ぶわんぱく少女でした。学生時代は友人の影響でパティシエを目指し、製菓専門学校卒業後、田辺に帰ってきてケーキ屋でパティシエとして勤務。その後、文具屋(寒川紙店)をしていた母方の祖父の入院を機に業務を手伝いはじめ、今は配達メインで店頭販売をしています。派手な髪がトレードマークです!

 

Uターンしてから田辺市内で活動するまでの経緯

──田辺市を拠点に活動を始めたきっかけを教えてください。

 

私は高校を卒業するまで田辺市で過ごしました。小学生のときに友達の影響でパティシエを目指し始め、夢を叶えるために神戸に進学しました。専門学校で2年間学んでから田辺に帰ってきたUターン者です。

 

田辺に戻ってきてからはケーキ屋で製造や接客対応をしていましたが、体調を崩したことなどから、一度パティシエ職から遠ざかりました。その後、飲食店で勤めていたときに、母から「祖父が入院するから文具屋を手伝ってほしい」と言われました。これが、寒川紙店の事業に専念するきっかけです。

 

田中さんが働く寒川紙店の外観

 

現場に来てみると祖母は認知症の症状が出ており、祖父は入院中。社長である叔父が一人でてんてこ舞いしている厳しい状況でした。なんとかしようと、母と私の2人で手伝い始めたのが約7、8年前です。

 

私自身は、寒川紙店の事業である文具屋をやるつもりは全くありませんでしたが、母方の家業だったため手伝いを継続しています。社長が膝を壊して手術をした影響もあり、今年からはほぼメインで配達業務と店頭販売を回しているところです。

 

現在の文具屋の仕事も、パティシエ時代と同じく接客業の路線といえるかもしれません。現在も仕事を楽しく続けられている理由は、人が好きだからでしょうね。

 

「たなべ未来創造塾」が人との接点に焦点を当てるきっかけ

──田中さんは、田辺市が主催の地域課題をビジネスで解決する「たなべ未来創造塾(以下、未来塾)」を今年卒業されました。そこで得た気づきや学び、今の事業に活かされている点を教えてください。

 

これまで、出会うのは同じような業界の人やお客さんで、販売者としての関係性しかありませんでしたが、未来塾に入ってから初めて横のつながりができました。

 

 

たなべ未来創造塾での田中さん

 

街のために活動する比較的若い事業者がたくさんいる事実が、私には大きな衝撃でした。それまでは、顧客を新規獲得するより、継続して取引のある方とやり取りしているだけで、営業をほとんどしてこなかったんですよね。しかも、卸や配達がメインで、個人のお客さんはネット通販で買える時代ですから、店頭販売の実績は少ないのが現状です。一般向けの販売をしていないと思われていることも多いんですよ。

 

それに、祖父の時代は定価なんてありませんでした。販売価格がかなり高く設定されていたせいで、「寒川紙店さんってあの高いお店やろ」というマイナスイメージがついてしまい、一般客が離れてしまった節もあります。今では適切な価格で販売して、盛り返そうとしています。

 

今の活動に生きていると感じているのが、外へ出て行って街を知る行動が増えたことです。配達の合間にお店やカフェに寄ったり、イベントに一人で突撃したりしています。こんな風に行動派になったのは未来塾で、人との繋がりがなぜ大切なのかを意識できたからです。

 

──地域の挑戦で感じている、いちばん大きなハードルは何ですか?そのハードルをどう乗り越えようとしていますか?

 

田辺市内でも駅前などとは異なり、寒川紙店がある高雄地域はなんとなく街全体が静かです。学校やお店はあるものの、人々の関わりが少ないと感じます。それが、地域で活動する私にとって、最大のハードルですね。話せばみんな気さくなのに、誰かが一歩踏み込んで距離を縮めに行かないと、繋がりが生まれない状況です。

 

店舗のすぐ隣に、祖父母が使っていた家があります。今はもう空き家で、ここを「みんなのたまり場」にしようと、日々考えています。先日、初の試みとして、「高雄こども縁日」というお祭りを「みんたまハウス」で開催しました。高雄地域内外からたくさんの方がご来場され、周辺にはたくさんの方が住んでいる実感が持てたイベントでした。

 

2025年10月に「みんたまハウス」敷地内で開催した「高雄こども縁日」の様子

 

このハードルを乗り越えるためには、とにかく突撃あるのみ。最近では、近くの神社で行われる祭りの準備を、一人で手伝いに行きました。初めは周りに比べてかなり若いせいか距離を感じましたが、その後は町内会の人たちから声をかけられるようになっています。

 

未来塾のおかげで、お客さん以外との繋がりができ、その繋がりのおかげで地域との連携ができていきました。結果として、ビジネス的な視野が広がったと感じています。

 

「TANABEES」の第一印象は「私でいいんですか?」

──今回の「TANABEES」について、最初に話を聞いたときの印象や心境を教えてください。

 

最初にお話をいただいたときに素直に思ったのは「私でいいんですか?」でした。当時は店の存続に不安があり「新しい世界を見ないと」と感じていたところだったので、ちょうどいいタイミングで声をかけてもらいました。

 

私が一人で週6日店を動かしている寒川紙店には、人材不足という課題もあります。もし、「TANABEES」を通して県外の人にも関わってもらえるなら、新しい起爆剤になって面白いと考えました。

 

みんたまハウスでインタビューを受ける田中さん

 

今、「みんたまハウス」を使った、地域の人が集まる居場所作りをしようと考えています。老若男女が混ざり合うことで、地域の子どもたちが抱える格差や、親のネグレクトなどの問題の解決につながるといいなと思います。こうした問題は個人で助けるには限度があるため、地域全体で子供たちを見守る場が必要です。

 

昔は、町内会に入るのが当たり前で、誰もが盆踊りや地域のイベントに参加していました。ある意味、強制的に人と関わっていましたよね。一方で今は、子どもたちが遊んだり集まったりする場そのものがなくなり、人と関わらない選択ができる時代です。地域の輪から孤立してしまうリスクが高まったり、非常時に互いを知らず何も手を差し伸べられない状況が起こったりするかもしれません。

 

それに、田辺市の子どもたちが進学する場合、地域外に出て行くのが定石です。田辺に戻ろうか考えたとしても、住んでいた街での思い出が楽しくなかったとしたら、わざわざ帰る意味が薄れます。だから、子どもたちが高雄で過ごした時間が楽しかったと感じられたら、未来にプラスの要素が生み出せる種まきができると思います。

 

私も一度は県外に出てUターンしましたが、子どもの頃に過ごした田辺の記憶がずっと残っています。「みんたまハウス」が、役所や町内会館のような施設よりもハードルが低く、かつ、高雄地区での思い出を作れるような居場所になってほしいです。

 

「地域プレイヤー」と「コーディネーター」で二人三脚

──「地域プレイヤー」という役割を、自分なりにどう捉えていますか?

 

私自身が街を知り、寒川紙店として動くことで、周りも動き出せる、そんな働きかけができる存在が地域プレイヤーですかね。私も感化されて、また次にどう動くかを考えるようになりますから、いい循環が生まれそうです。自分がやりたいことを参加者に押し付けず、チームで、市役所や行政が把握できないような街の細かい困り事を知ることが、最初の正解だと思っています。

 

──これから参加者と関わることについて、どのような変化や可能性を感じていますか?

 

県外の、経験値が全然違う参加者たちと関わることになります。自分とは全然違う目線から急にアイデアが出てくることも楽しみにしています。期待したいのは、高雄地域を知らない参加者と価値観をぶつけ合って化学反応が生まれ、今までにないものと頭に浮かんでいたものが掛け合わさることですね。

 

「TANABEES」の研修初日に計画しているのは、参加者と一緒に「小学生の気持ちになって学校まで歩いてみよう」という活動です。子供目線で、通学路の道や店などを知り、理解を深めます。県外からの参加者がもつ固定観念がない感覚を吸収したいです。

 

──「TANABEES」には、ともに進めていくコーディネーターがいます。どんなことを期待していますか?

 

私は猪突猛進タイプで、ずっと没頭して行動できます。だから、コーディネーターの中山さんには、横で支えてもらいながら伴走してもらいたいです。以前、ミーティングでプロジェクトの本質を見失いそうになったところを、軌道修正していただいたことがあり、助けられていると感じています。

 

田中さんを担当するコーディネーター 中山耕太郎さん

 

チームで行動する際は、特定の参加者を持ち上げすぎるとプロジェクトのコンセプトがずれる危険性を意識したいです。だから中山さんには、「私が耐え切れなくなる前に支えてほしい」「暴走を警戒しつつブレーキをかける役割を担ってほしい」と伝えています。

 

中山さんには客観的で一歩引いた「ちょうどいいポジション」に収まっていてほしいです。参加者がただ楽しいだけで終わらず、地域を考える目的からブレないように回る役割を、コーディネーターに期待しています。中山さんは冷静な方なので適任です。

 

「TANABEES」で田辺の未来をのぞき見しませんか

──もし今回の取り組みがうまくいったら、自分や地域はどんな姿になっていると思いますか?

 

自分自身は、もっとこの地域を好きになっているでしょうね。私は高雄の住民ではなく、高雄の店に働きに来ている者です。街で挨拶され、老若男女関係なく相談されるくらい、信頼関係を作っていきたいです。

 

高雄地域の変化として望むのは、今よりも住民が増えること。今は災害への意識から山へ拠点を移す人が多い印象を持っていますが、20年後を考えると、高齢化が進んで、子どもたちが帰りたい街ではなくなっているかもしれません。だからこそ、今から整備や管理ができる体制にして、住民が住み続けられる状態を作ることが肝心です。

 

「ここむっちゃいいで」と、地域内の人が自慢できるスポットとして注目されたら最高です。「TANABEES」での成果が、未来の高雄地域を作る種まきになると期待しています。

 

──「TANABEES」に関心を持っている方々に、どんな言葉を伝えたいですか?

 

今の時代の謙虚さや人との境界線を超えて、がっつり関わりに来るといい経験になると思います。今やらないと1年後には全然違う世界になっているかもしれません。とにかく自分で掴みに行く姿勢が大切です。

 

仕事などで全ての時間が取れなくても、調整して「ここだけ」でも関わってみませんか。どんなことでも、少しでも興味があるなら、とりあえず1回、小さく行動するのは絶対おすすめです。子ども会やPTA、仕事のように、全てを自分が請け負わなくても大丈夫。何かに所属しているだけで、所属していないと知らないことが舞い込んでくる状況が、理想的ですよね。

 

田辺の人は距離が近い印象があり、巻き込みスキルと巻き込まれスキルが重要です。「TANABEES」をきっかけに、田辺に興味を深めてもらえたらとても喜ばしく思います。

 


 

挑戦したいことがたくさん浮かんでいる田中さん。高雄地域とそこにいる人が大好きで、だから未来につながる活動を形にしたい気持ちが、伝わってくるインタビューでした。

TANABEESを通じて、構想が現実になることが、今からとても楽しみです。

 


 

<関連リンク>

>> TANABEES Webサイト

>> TANABEES 公式LINE (※プログラム情報や説明会申込フォームをご案内します)

>> TANABEES 公式Instagram

 

<関連記事>

>> 関係人口が地域プレイヤーを輝かせる。和歌山県田辺市にUターンして始める「TANABEES」の挑戦──株式会社TODAY 山田かな子さん

>> 和歌山県田辺市で、化学反応が起こる!? TANABEESで地域プレイヤーが関係人口と切り拓く、農業と福祉の未来

 

この記事に付けられたタグ

関係人口
この記事を書いたユーザー
アバター画像

西原 ちあき

和歌山県白浜町在住のWebライター。SEO記事やインタビュー記事、SNSなど、幅広く執筆活動を行う。地域の営みや人の挑戦を、等身大の言葉で伝えるのが得意。ラジオパーソナリティとしても活動しており、声と言葉で、さまざまな事物の魅力を届けています。

Events!DRIVEオススメのイベント情報

イベント

東京都/Tokyo Innovation Base 1F

2025/11/30(日)

イベント

オンライン/Zoom

2025/12/17(水)