人の生き方が十人十色のように、起業の始まり、事業の作り方は人それぞれ異なります。最近は、その選択肢の一つとして、地域おこし協力隊の活動が以前にも増して注目を集めています。ご存知ですか?
2009年、総務省によって制度化された地域おこし協力隊の活動。導入地域が増えるにつれて(※)、若者と地域とのミスマッチングをはじめ苦評が出たのは事実。一方で、「将来、起業してほしい」と、本気で受け入れる地域が増えているのも事実です。
本人次第では、地域おこし協力隊の活動を通して、自分が思い描いていた事業を育てていくことも可能。それもあって、制度を活用して、「自分を試したい」、「地域で起業したい」という若者も依然として多いのです。
(※)平成27年度時点で実施自治体数は673、隊員数は2,625人。調査当初の平成21年と比べ、実施自治体数は約22倍、隊員数は約29倍増えた(総務省「制度概要」より)。
地域おこし協力隊として、コーディネーターに挑戦
地域おこし協力の仕事には、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこしの支援、住民の生活支援などがありますが、今回は大学生と中小企業をつなぐインターン事業について取り上げます。
このインターン事業、最大のメリットは、地域の中小企業とともに、新規事業開発に携われること。事業を通してでしか築けない、企業との関係性や人脈も含めて、もし何か自分の事業をつくりたいという想いのある人にとっては、修行の場として絶好の機会となるはずです。
その事例として、茨城県県北地域で、2014年10月の就任当時から、チームえぽっくとして活動する若松佑樹さんをご紹介します。若松さんは自身が生まれ育った茨城県に、2014年10月、地域おこし協力隊として移住しました。任期が終了する今年9月以降は独立して、インターンシップ事業に携わっていく予定です。
こうした地域おこし協力隊の活動を、今回、「起業や事業の修行の場」としてクローアップ。どんな仕事をしているのか、修行の場としてどんな苦労があるのかなど、若松さんの事例を通してご紹介します。
……が、まずはその前に!
茨城県。なぜ、そんなに自虐的!?
この記事を読む前に、まずのぞいてほしいのが、茨城県の公式ホームページ。下の方にいくと、「いばらきのPR」というコーナーに「のびしろ日本一。いばらき県」のコンテンツがあるのですが、ここで紹介されているPR動画が、自虐的で、純粋に笑えるのです。
これは、「47都道府県魅力度ランキング」(総合ブランド研究所/2016年10月発表)で4年連続47位だったことが背景としてあるようですが、人気がないのを(失礼!)逆手にとったPR戦略が潔い。
「茨城県は、なぜあんなに自虐的なんですか?」と若松さんに聞くと、「4年連続47位ですよ。だから、もう自虐になるしかないんじゃないですか。でも、気にしているのは一部の人だけですよ。誰も困っていない。山も海も田んぼもあって暮らしやすいし、食べるのには困らないから。地元人としてのプライドが高い。県民性は頑固です(笑)」
そんな茨城県について、「注目される地域にしたい」と若松さんは想いを語ります。日本だけでなく世界中から注目を集めるためのカギは、「地域に魅力的な人や組織がある」こと。その魅力で盛り上げることが夢だと。若松さんが、地域おこし協力隊の活動で出した答えです。
「地域おこし協力隊としての2年半は大きな試練だった」と話す若松さん。その試練とは何なのでしょうか。また、任期終了後も、まちづくりに関わることを決めたのはなぜでしょうか。
30歳までに地元で何かをしたい。地域おこし協力隊に応募
若松さんは、地元の高校を卒業してから上京しました。若松さんが生まれ育った町は、海も山も川もあって自然豊かで好きだったけれど、東京の大学へ進学します。
「東京で社会人経験を積んでから、30歳までには地元に戻る気でいました。30歳と決めたのは、社会人として企業で学び、何か事業を興すには良いタイミングという気がしたんです」
地域おこし協力隊の募集記事を知ったのは、若松さんが29歳のとき。活動する地域は茨城県。職種はインターンシップコーディネーター。「これだ」。若松さんは応募し、東京から茨城県へUターンをすることになります。
委嘱という雇用形態の自由さ
地域おこし協力隊の働き方についてですが、雇用形態は地域によって異なります。たとえば、常勤の一般職として雇用する場合もあり、非常勤の嘱託職員として契約する場合もあります。今回は、委嘱という形でした。
「雇用形態としては業務委託に近いです。メリットは、市に雇用される臨時社員や契約社員などは副業が原則禁止されていますが、雇用ではないので副業ができます。仕事をいろいろと広げることができると思いました。」
実際、現場に入ると、予想していた以上に自由だと感じたそう。
「自由の良さは、自分で考えて自分で試せることです。インターンシップの受け入れ先の確保や学生の面接の方法、選出なども任せられるので責任は大きいけれど、とてもやりがいがあります」
逆に不自由な点は、費用面。「県の予算なので。使える金額や範囲も決まっているから、裁量はあるので、慎重に考えながら、行政の方々と相談しながら使っています」
地域も自分自身もはじめての取り組み。迎えたのは暗中模索の日々
地域おこし協力隊の事業は、若松さんはもちろん、茨城県にとっても初めてのことでした。任期は最長3年ですが、若松さんは「ずっと試行錯誤ばかりしていました。インターンシップ事業として納得できる形が見えてきたのは2年目も終わる頃です」と語ります。
若松さんがコーディネーターとして果たすべき大きな役割は、新しい事業に挑戦したい企業や、特徴ある企業と学生をつなぎあわせること。言葉にするのは容易だけれど、インターンシップにも触れたことのない企業と、仕事経験がない学生をマッチングさせる。さらに、春休みや夏休みなど1か月ほどでわかりやすい「成果」を出すのは並大抵ではありません。
お互い、貴重な時間を割いていることもあって、できるだけミスマッチングがないように引き合わせる必要があります。若松さんは茨城県出身とはいえ、高校卒業後は地元から離れていて、どんな企業があるかもまったくわからない。それもあり、厳しい状況が続いたと言います。
最初のマッチングでは、行政側に該当する企業を挙げてもらい、その企業とは、インターンシップ導入を前提に打ち合わせすることから始まったそうです。しかし、実際に始めてみると、企業側の反応が鈍いことを目の当たりにします。
自らの地域を良くするために、他地域の先行事例を学ぶ
「企業の半分くらいは次も継続してくれると思ったんですが、現実は違っていました。アンケート結果では満足度がそれなりに高いのですが、『次もやりたいか』という質問に対しては『やらない』。アンケートでは『よかった』『楽しかった』と答えてくれてはいても、事業として、社員の手をわずらわせてまで継続する価値はない、という答えを出されたんです」と、若松さんは話します。
「これでは続かない」。
そう危機感を抱いた若松さんは、各地域でインターンシップ事業を展開する団体の勉強会や集まりに参加してまわります。「どんなやり方をしているか」について注意深く学び、さらに「どういった人材育成をしたいのか」「フォローアップはどうするか」など具体的にヒアリングを重ねていきます。現場でも悩み、考え、挑戦を重ねていきます。
「茨城県県北に合ったインターンシップ事業」を形に
若松さんは、失敗の原因と同時に、インターンシップコーディネーターとしての大事な仕事に気づいたそうです。それは何だったのでしょうか。
「一番の原因は、インターンをベースに考えていたことでした。インターン経験のない企業では、学生に対して期待値が低いまま終わってしまったり、逆に大きな期待に応えられなかったりする。そして、学生と企業にまかせきりにしていたことで、プロジェクトの方向性がズレていたことも。苦い経験をしました」
「そうではなく、インターンシップを活用して企業がどんなゴールを目指したいのか、そのために金銭的、時間的な投資をしてでも価値があるかどうかをまず企業と意志を固めることが大事だと気づいたんです。とても基本的ですが大事なことです」
企業と学生をコーディネートするだけはなく、必要な成果を出すためのリソースを調整するのがコーディネーターの仕事。
たとえば企業側には、学生だからバイトに任せるようなルーティンワークしかできないと思っていたり、逆に学生は自分たちにないすごいアイディアを持っているといった過大な期待がある場合があります。そこで、最初に似た業界の導入事例を示しつつ、学生のアイディアだけに任せず、会社側と立てた目標を達成するための仮説をつくるようになったとのこと。
すると、少しずつ「茨城県県北に合ったインターンシップ事業」が形になっていきます。現在、継続率は上がり、前回の受け入れ先は全て継続したそうです。
「バランスの見極めが大事ですが、学生にはアイデアのヒントや販売の場などを提案しながら、一緒に考えるようにしています。またマッチング後は、僕も現場に入って一緒に仕事をします。そのほうが僕も学生も勉強になると考えたからですが、実際、学生が仕事を覚えるのも圧倒的に速いことがわかりました」
企業に対しては、たとえば必要な知識や情報があるとしたら、若松さんが自ら文献を探したり、調べたりすることから始めて、人と人をつなぐことを重点に置いて活動しているそうです。
茨城県県北には、おもしろい企業が相当数ある
「最初はもっとうまくいくだろうと思っていたんですけどね」と笑う若松さん。「僕らは、まさにゼロベースから事業をつくったようなものでした。それこそ、おもしろそうな企業に飛び込み営業をしたり、メディアに取り上げられている会社に電話をしたり、商工会議所で紹介してもらったり。一度、インターンの受け入れ先になってくださった企業に聞いて、調べて、会いに行って。とにかく企業を探しまわりました」
地域でおもしろいことを仕掛けている企業、新しいことを仕掛けたいとチャンスをうかがっている企業を見つけ出す。骨が折れる仕事ではあるけれども、地域おこし協力隊として、コーディネーターとして、「おもしろい仕事」だと若松さんは表現します。
「茨城県県北にはおもしろい企業が相当数ある」と言えるのも、それだけの時間を、企業探しに費やしてきたという自負があるからなのでしょう。
「なぜなら、地場企業の場合、経営者にとっては地域が栄えるか、衰退するかは大きな問題です。もし衰退の一途をたどってしまったら、社員を路頭に迷わせてしまう恐れがある。それはあってはならないんです
何かしたいという中小企業の経営者さんは、『地域と一緒に発展したい』という意志が強く、そのための戦略を20年後、30年後と長い目で考えていらっしゃいます。地域に根差しながらも、ワールドワイドな視点で事業展開している経営者さんもいます。そんな企業とプロジェクトを組んで、学生も一緒になって、地域で事業を興していくのは僕の中での醍醐味です」
あんこうの宿と一緒に弁当開発
若松さんの中で、最も印象に残っている企業の1つに、あんこう宿のまるみつ旅館があります。まるみつ旅館とは、2014年、若松さんが地域おこし協力隊としての業務に初めて携わったとき以来の付き合い。当時、若松さんとの顔合わせ直後に新しく代表取締役に就任したという、武子能久さんの「いろいろと挑戦をしたいから代表になった」との言葉がとても印象に残ったそうです。その後も、何事にも積極的な武子さんとは、あんこう料理の薪ストーブ料理開発や弁当開発を一緒に行ってきました。
「あんこうは高額な商品。でも、代表はもっと気軽にお客さまに食べていただきたいという思いが強く、新しい商品開発に熱心です。あんこうの食べ方やさばき方を教える“あんこう道場”をはじめ啓発活動にもチャレンジし続けています。僕にとっても学生にとっても、大きな刺激になっています」
独立後は、茨城初の長期インターンシップに挑戦
若松さんの、地域おこし協力隊としての活動は今年9月で任期満了を迎えます。独立後の抱負について聞くと、「長期インターンシップをメインに展開したいですね」と答えてくれました。
「本気で事業を変えたり、新しいことにチャレンジしたりするにはどうしても半年はほしい。県北地域に新しいチャレンジの場をつくっていきたいです。
そして何より、企業がインターンを通して、学生のようなビジネス経験のない人を短期間で育成し、活用できる力がつけば、もっと人を活用しいろんなチャレンジを生み出していけると思います」
この想いが、任期終了後も事業継続を決めた理由です。
「おもしろい人がいっぱいいて、チャレンジできる環境が整っている。そういう地域って魅力的だと思うんです。そこへ、『おもしろそうだな』って思ってくれる人が自然と来てくれる。僕自身が思う、地域全体の理想像です」
この度、茨城県では若松さんの後任となるインターンシップコーディネーターを募集しています。若松さんがゼロベースからつくりあげたコーディネーターの事業の土台をどう活かし、学生と企業をどうマッチングさせていくか。その先の成果や任期後の未来は自分次第。
学生との面談では、1人につき2~4時間ほど時間をさいてじっくりと話を聴くという若松さん。経験から感じるコーディネーターに向いている人は、「トライアンドエラーができる人。僕がベースを整えたといってもまだまだなので、自分で開拓するつもりで試行錯誤できる人。そして、壁があっても逃げない人。好奇心が旺盛な人。人の話に興味を持って聴ける人」。向いていない人は、「飽きやすい人。人の話を聴くのがつらい人」。
向いている人の条件に思い当たる方、興味のある方はリンク ものぞいてみてください。
地域で若者が育つ仕組みをつくる。新しいキャリア教育を推進するコーディネーター募集中
そのほか、地域おこし協力隊の募集記事はこちらから。
あわせて読みたいオススメの記事
#スタートアップ
「全校生徒、革命児」。イノベーターを育てる私塾・MAKERS UNIVERSITY 1期生の起業は約20団体に(THE DEMODAYレポート)
#スタートアップ
#スタートアップ
#スタートアップ
「雲南ソーシャルチャレンジバレー構想」とは?マンスリーギャザリングレポート後編