「1日8時間、週5日働く」。
これが「普通」ではないと気づいたのは、長男の出産後です。
筆者は、それまでは夜間や土日まで働くワーカホリックなタイプでした。しかし、子育てがはじまってからは、保育園からの急な呼び出しがしょっちゅうあり、平日の日中でさえ思うように働くのが困難に。
自分がその立場になってから世の中を見渡してみると、育児だけではなく、介護や心身の不調など、様々な理由で働く場を得られない方が多くいることに気が付きました。
個人の状況に合わせて、もっと柔軟に働ける社会になったらいいのに……そんなことを感じていた時に知ったのが、今回ご紹介する株式会社RASHISA(ラシサ)の岡本さんの取り組みです。
岡本さんが運営するのは、文字起こしなどの仕事を企業から受託し、在宅ワーカーさんにお願いするRASHISAワークスというサービス。この在宅ワーカーさんとして優先的に採用しているのが、子どもの頃に受けた虐待の後遺症により心身の不調を抱え、働きづらさを感じている「虐待サバイバー」の方とのこと。
インタビューでは主に、岡本さんがどんな仕組みで虐待サバイバーの方が働きやすい環境を作っているのかについて伺いました。
「多様な働き方」に関心がある方には、その実現へ向けて、多くの気づきが得られるのではないかと思います。
Photo by 唐 瑞鸿(MSPG Studio)
岡本翔(おかもとしょう)/株式会社RASHISA代表取締役
大学生時代に就活支援事業を立ち上げるべく、福岡で株式会社RASHISAを創業。学生と企業のマッチング事業を行う。2018年に上京。翌年、就活サービスをリリース。同年2019年に同サービスを事業譲渡した後、2019年12月から「虐待問題×ビジネス」の領域で事業を創っている。現在は虐待の後遺症で悩む虐待サバイバーのためのクラウドソーシング事業を運営。
「虐待を受けていたかもしれない人は全て受け入れる」採用方針
――RASHISA(ラシサ)ワークスは、どんな事業なのでしょうか?
企業から在宅ワーク可能なお仕事を受託し、在宅ワーカーの方々にそのお仕事をお渡ししてディレクションを行い、成果物を企業に納品するといったビジネスモデルです。
お仕事の半分はインタビュー音源などの文字起こしで、あとは動画の編集チェックや経理業務のサポートなども受けています。
在籍している在宅ワーカーさんは150名ほど。そのうち35%が、虐待による後遺症で、いわゆる一般的な働き方である「週5日勤務」や「出社」に難しさを感じている方です。具体的には、対人恐怖症であったり、鬱であったりといった、何らかの困難を抱えています。
残りの65%のワーカーさんも、発達障害があったり、人間関係構築に苦手意識を持っていたりといった、生きづらさや働きづらさを感じている方が多いです。その他だと、育児中のため、在宅で時間の融通が聞く仕事がいいということで在籍している方も。
特に困難は抱えてないけれど、単純に私たちの理念に共感してくださって登録してくださる方もいますね。
ディレクターが企業との間に入り、チーム体制で業務にあたっているので、もしワーカーさんが急に心身の調子が悪くなっても、他の方がカバーしてちゃんと納品まで進められます。
――どうやってワーカーさんを採用しているのでしょうか?
口コミでワーカーさんの輪が広がっていっています。すでに働いている方がご兄弟を紹介してくださったりといったことも。
登録していただく時には、「あなたは虐待を受けたことがありますか」という質問をさせてもらっています。
回答は「はい」「いいえ」、そして「もしかしたら当てはまるかも」という3つを用意しています。ご本人が小さかった時のことだったりすると、それが虐待だとはっきり認識するのが難しい場合もあるので、あえて「もしかしたら」を入れています。
そして、虐待を受けていた・受けていたかもしれない方は、どんな方でも受け入れてきました。ワーカーとしての登録をお断りすることは、いまのところなかったです。
ワーカーさんの中には、「これまでほとんどパソコンを触ったことがありません」という方もいらっしゃいました。
そんな方にも、弊社から無償でパソコンを貸し出し、スタッフがサポートしながら使い方を教えて伴走することで、ちゃんと稼げるようになっています。
匿名参加OKのDiscordを活用。働く人が心理的安全性を感じられる仕組み
――他にも働くことに困難を抱えている方をサポートする仕組みはありますか?
虐待を受けていた方は、自己肯定感が低い方が多いです。幼少期に親に認められなかった経験が影響してると思いますが、大人になってもなかなか自分に自信が持てなかったり、自分の考えを主張できなかったりします。
そこで、心理的安全性を保ったコミュニケーションの場として、うちではDiscord(ディスコード)というサービスを使っています。
――Discordって、あのゲーマー向けのボイスチャットサービスですか?
はい。ワーカーさん同士のコミュニティ形成のために、Discordを活用しています。匿名参加が基本で、仕事の悩みを相談したり、ふと寂しくなった時に雑談したり、という形で使ってもらっています。スタッフがコミュニティマネージャー的に入っているので、荒れることもありません。
Discordはテキストだけではなく、いま流行りのクラブハウスのようにリアルタイムで音声でも交流できるのが利点ですね。いわゆる「もくもく会」のように、ワーカーさん達が一緒に作業したり、という使い方もしています。
お仕事の紹介や業務連絡は、別途Chatwork(チャットワーク)というサービスを使っています。こちらは本名など、Discordとは別の名前で使っている方が多いです。
――仕事で匿名掲示板的にDiscordを活用しているって初めて聞きました。それに参加できるだけでも、登録する意味がありますね。
ほかに取り入れている仕組みとしては、社内的に「カルテ」と呼んでいるものがあります。これは、ワーカーさん一人ひとりから、目標やスキルなどに関する聞き取りを行って記載するシートです。
業務のことだけではなく、「こんな時は体調を崩しやすい」「朝早く起きられるようにしたい」といった、個人的な目標や生活・心身の状況に関しても話を聞いています。スタッフが常に気づいたことを書き込んで、ワーカーさんに伴走しています。
また、自己肯定感を高めるためには、アウトプットではなくプロセスを褒める、ということが大切だと思っています。ワーカーさんが新しいことにチャレンジしてくれたら、「ありがとうございます」と伝える。納期前にお仕事をリタイアしちゃったとしても、絶対に次のお仕事をもう一回お願いする。とにかくワーカーさんを信じて任せるようにしています。
自己肯定感が低いと挑戦するのが難しくなるので、私たちは「どんどん挑戦しよう、失敗しても大丈夫」という環境を作りたいんです。
RASHISAには、虐待を受けた当事者や機能不全家庭で育っているスタッフが多いので、自分たちの感覚を元にして、書籍で調べたり、就労移行支援事業を手掛ける企業さんからお話を伺ったりしながら、なんとかこういった仕組みを作っているところです。
ワーカーさんからは、「こんなに安心して仕事ができるのは初めて」「ここで自分を取り戻した」といった声をいただいけていて、とても嬉しいです。
今後は、専門家の方と連携して、病状が重いワーカーさんを医療機関に紹介したりといったこともしていきたいです。
ビジネスの力で虐待問題を解決したい。岡本さんの原体験とは
――いち民間企業で、ここまで生きづらさ・働きづらさに困難を抱える方に寄り添っているのはめずらしいですね。岡本さんがこの事業を続けている理由は何でしょうか?
1つは、自分自身も辛い家庭環境で子ども時代を過ごしたという原体験です。一緒に暮らしていた親族から理不尽な命令をされることが多く、いつも家にいる時は、恐怖や「消えてしまいたい」という思いを感じていました。
もうひとつは、私の弟や妹も同じように厳しい環境で育ったということです。弟は今も児童養護施設にいます。
去年、たまたま知り合った経営者の方から、弟が暮らす児童養護施設で講演をされたということを聞きました。もう7、8年会えずに、近況も知らない弟の話をその方から聞き、号泣してしまいました。弟は前向きに生きているようで、私も頑張ろうと嬉しい気持ちになりました。
児童養護施設出身の人は、高校や大学を中退したり、仕事もすぐに辞めてしまったり、というケースが多いと聞きます。その気持ちは私もすごくよく分かります。
もし将来、私の弟や妹が社会で働くことに難しさを感じたら、ぜひうちのサービスを頼ってほしいですね。
「収入」と「社会との接続の場」をつくる
――他に、これから実現したいことはありますか?
RASHISAのこれからの展望は、3段階で考えています。
第1フェーズは、いまの事業をより発展させて、虐待の後遺症を持っている方の仕事に関する課題のケアをしていくこと。行政やNPO、医療機関と提携して、虐待サバイバーの方を幅広く、しっかりとサポートできる体制を整えていきたいです。
第2フェーズは、虐待サバイバーの方の生活にまつわる課題解決。弊社で働いた与信を活用して、親に連帯保証人を頼めなくて困っていた人が家を借りられたり、お金を借りられたりといったことができるようにしていきたいです。
第3フェーズは、いまのRASHISAワークス事業でつくった資金で、虐待を未然に防ぐための事業を始めることです。虐待は、子育て、パートナーシップ、性教育など、複雑な課題が絡み合っています。それらを解決をする事業を作っていきたいと考えています。
いまは私たちの事業もまだまだ儲かっているとは言い難いんですが、「できるところから始めよう」という思いで、利益の1%を毎月、児童養護施設の支援をしているNPO法人チャイボラさんに寄付しています。
これからもRASHISAワークスを通じて、虐待で辛い思いをした方やその後遺症に苦しんでいる方に、「収入」と「社会との接続の場」をつくっていきたいです。
――岡本さん、ありがとうございました!
取材を終えて――「居場所」としての働く場
生きづらさ・働きづらさを抱える方々に、心理的安全性が高い働く場を提供している岡本さん。RASHISAは、働く場というよりも、ワーカーさんたちにとって「居場所」のような存在になっているのではないかと感じました。
RASHISAほどではないにせよ、多くの方にとって働く場は、「お金を得る場所」以上の意味を持っています。現状、何かしらの制約ができて一度働く場を離れたら、また同じようなにところに戻るのは難しいとよく言われています。そのまま社会との接点を失ってしまう方も多いのではないでしょうか。
岡本さんのような取り組みが広がり、各自の心身の状況や生き方に合わせた働き方の選択肢が増えていけばいいですね。
岡本さんは、私たちNPO法人ETIC.(エティック)が運営する「MAKERS UNIVERSITY」という若手起業家・イノベーターのための学校の卒業生です。岡本さんのような社会を変える事業のアイデアがある方は、こちらもぜひチェックしていただければと思います。
ちなみに本記事は、RASHISAワークスで文字起こししていただいた原稿を元に作成しました。早くて丁寧な仕上がりでした!(正規の料金で依頼しています)
【関連リンク】
ワーカーとして働きたい方:RASHISAワークス登録フォーム
お仕事をお願いしたい企業の方:RASHISAワークス
RASHISAのオウンドメディア:social port
この特集の他の記事はこちら
あわせて読みたいオススメの記事
#スタートアップ
#スタートアップ
#スタートアップ
#スタートアップ
「雲南ソーシャルチャレンジバレー構想」とは?マンスリーギャザリングレポート後編