【編集部から】春日梓さんによるドイツのソーシャル・インクルージョンレポート連載第二回をお届けします。(第一回、第三回、第四回はこちら)
今回は移民・難民の支援や受け入れをテーマに、春日さん自身が体験したドイツの移民・難民受け入れ体制や仕組みを書いていただきました。
ドイツはEU諸国の中でも突出して移民・難民の受け入れが多い国です。それはどうしてでしょうか?
人道的な理由で、というのがメルケル首相のオフィシャルな見解ですが、雇用の担い手としてという側面もあるでしょう。そして、WW2での苦い経験を踏まえての対応であることもおそらく、あるでしょう。ともかく難民の大規模な受け入れは大きなチャレンジです。言語も文化も違う100万人以上もの人たちを受け入れ、住居を用意し、語学教育と就労支援を、税金を使って行う。いまの日本にそんなことができるでしょうか。そしてそんな時代は来るのでしょうか。多様な人たちと共に生きていくダイバーシティという理念への、ドイツの国としての本気の取り組みをレポートします。
この記事を書いた春日 梓さんのプロフィール
大学で心理学を学びながら国際交流サークルの活動に従事。卒業後、総合商社の食料本部や、NPO法人ETIC.の事務局・コーディネーター、都内の社会福祉法人の就労継続支援施設などで勤務。2015年よりドイツに在住。
ドイツの移民支援制度
第二回では、ドイツの移民や難民に対する支援制度についてお伝えしていく。
ドイツでは連邦内務省(Bundesministerium des Innern)の直下に連邦移民・難民庁(Bundesamt für Migration und Flüchtlinge)が設けられている。この連邦移民・難民庁のホームページを見ると、ドイツで暮らしていく上で実際に必要な様々な情報や相談先の情報が、外国人にも分かりやすく記されている。
例えばビザの申請、住居探しや仕事探し、学校教育やドイツ語プログラム、健康保険や銀行、ドイツの政治や制度、文化施設や消費者保護の説明などである。言語はドイツ語、英語、トルコ語、ロシア語のいずれかが選択できる。サービスセンターも設けられており、一般的な質問がある場合には気軽に電話やメールが出来るようにもなっている。またWillkommen in Deutschland(ドイツへようこそ)という文字がトップページに出てくる。
いわゆる国の行政機関である省庁がこのようなサイトを作成しているところに、ドイツの移民受け入れへの姿勢が見てとれる。日本の入国管理局に当たるところがこういったサイトを作成していることが、日本から来た身としては驚きだった。
語学習得支援制度について
ドイツでは2015年から2016年の間に難民支援のための15,000ほどのプロジェクトが開始されたと言われている。その多くは難民の語学習得を支援するものだった。 語学習得は新たな土地で生活していくためには、欠かせないものである。私自身もドイツに到着してすぐにドイツ語を学ぶことに集中した。その際に経験した移民・難民のための語学習得のための制度の一つをお伝えしていきたい。
【Integrationskurs(社会統合コース)】
ドイツに来てすぐに外国人局でIntegrationskurs(社会統合コース)と呼ばれるコースに受講希望を出した。これはドイツ連邦政府が主催している移民のためのコースで、ドイツ語のコースとオリエンテーションのコースで構成されている。
基本的なコースは合計で660時間。コースの費用は1時間あたり1.95€(2017年11月現在)で、最終試験に受かるなどの条件を満たせば合計額の半額が戻ってくるという仕組みだった。つまり660時間のレッスンを643.5€で受けることができる。2005年に施行された移民法(Zuwanderungsgesetz)により、例外はあるもののドイツでの滞在許可を取得した外国人はこのコースに通う義務が課せられている。義務がない場合も希望をすれば受講できる。ちなみに生活保護受給者や生活状況が厳しい人は無料でコースを受けることができ、学校までの交通費も支払われる。また働いている人も受講できるように夜間のコースなども設置されている。
私がこのコースに申込みをした時期は大量の難民を受け入れていた時期でもあり、初めに授業の申込みをしようとしたVolkshochschule(市民の大学:市または州によって運営されている成人を対象とした非営利の生涯教育機関)では、受講まで半年待ちと言われる状態であった。外国人局でもらったコースを請け負っている学校のリストを頼りに聞いて回り、民間の語学学校でコースを受けることになった。
多種多様な人と関わる授業の場
授業は毎日8時~12時までの週5日。夏休みやクリスマス休暇等も含めながら、約6カ月間基本的に平日は毎日授業だった。授業ははじめからすべてドイツ語で行われた。私が参加したクラスは15人程度で、シリア人とイラク人の中東勢が半数以上、ヨーロッパからはポーランド人、ギリシャ人、ハンガリー人、アゼルバイジャン人、ブルガリア人、アジアからはインド人と日本人(私)だった。
年齢は10代~50代まで様々。中東勢の多くは難民としてドイツに来た人達のようだった。イラクから来た40代の女性は、イラクで教育を受けたことがなく、生まれて初めて文字を習ったと言っていた。40代で生まれて初めて習うのがドイツ語とは、気が遠くなるような大変さだ。EU圏の人達は仕事を探してドイツに来た人達が多く、ドイツで生活保護を受けていたり、働いたり求職活動をしながら授業に通っている人もいた。
授業はドイツでの日常的な場面に対応できるような、実践的な内容を踏まえた授業になっていた。基本的にテキストに沿って進められていったが、そのテキストの中身も面白い。テーマや場面が、病院や役所、交通標識やルール、ごみの分別など、日常生活に役に立つものを主に使用しており、ドイツ語を学びつつドイツの習慣やルールを学べるようになっていた。またテキストに出てくる人達がドイツ人とベトナム人の夫婦だったり、聞き取りの練習用のインタビューがアフガニスタンからドイツに来た人の話だったり、多様性を意識した作りになっていた。
また授業の進め方も興味深い。毎朝先生が新聞を持ってきて、その日のニュースの話題から始める。まずドイツの立場や観点を紹介した後、あなたの国はどう?というような形で、各人に聞いていくことが多く、自然と授業の中でそれぞれの国について話したり聞いたりすることができるような進め方だった。先生が一方的に教える形ではないところがドイツらしい。印象的だったのは、1970年代や80年代にあなたの国では何があった?と聞かれた際、中東勢はみな「あの時はあの戦争で、あの時はあの戦争で・・」とすべて戦争で振り返っていたことだ。
多様な文化と歴史を学ぶ
オリエンテーションコースでは、ドイツの法律や制度、権利と義務、歴史や文化、政治、生活習慣、地理、重要な価値観(平等な権利、寛容、信仰の自由 等)などを学んだ。この中で印象的だったのは、第二次世界大戦でのナチスに関する内容を歴史の項目の中で大きく取り上げていたことだ。ドイツでは高校生の頃から授業の中でかなりの時間を割いてナチスに関して洞察し議論すると聞く。私が通った他の語学学校でも、ナチスに関するレクチャーがあった。語学学校という他国からの人達が集まる場でさえも、こういったトピックを扱っていく。自分達の国が犯した罪と正面から向き合い、それを忘れず繰り返さない様に徹底した歴史教育を行っていく姿勢は、見習うべきだと感じた。
この社会統合コースを通して、報道の中でしか知らなかった難民の人達と直接関わることが出来た。日本では多くの人が難民という言葉からは、よく分からないけれど「怖い」「貧しい」「かわいそう」などといったイメージを持っている印象を受ける。彼らと知り合い話をしていく中で感じた事は、単純に一人一人違った個性を持つ普通の人達であるということ。もちろん彼らの置かれている状況は普通ではない。でも話していれば、小さな子供達のいる優しいお父さんだったり、サッカーの好きな大学生だったり、通訳になりたいと夢見る若い女性だったりする。今でも友人として交流のある二十代前半のシリア人のクラスメートが、今までに一度だけ難民としてシリアからドイツに来るまでのことを詳細に話してくれたことがある。もう思い出したくもないと後日言っていたが、本当にそれは映画でも見ているかのような大変な話だった。聞き終わった後に「大変だったね。」と言うと、「でも誰でも人生の中で大変なことがあるものだから。」と笑いながら言っていたのが印象的だった。
この社会統合コースではドイツ語やドイツ文化を学ぶだけではなく、今まで関わったことのなかった文化圏や立場の人達と関わることができた。ドイツに来てここまでたくさんの国の人達と関わることになろうとは思ってもみなかった。自分自身が外国人だから自然に周りに外国籍の人が集まるということもあるのだろうが、それだけドイツに様々な国から人が来ており、その人達が関わり合う環境があるとも言える。
日本の学位をドイツで承認してもらうには?
ヨーロッパにはヨーロッパ言語共通参照枠(CEFR)と呼ばれる外国語の学習者の習得状況を示す際に用いられるガイドラインがあり、A1、A2、B1、B2、C1、C2と6レベルに分かれている。
A1は「学習を始めたばかりの者・初学者」、C2は「母語話者と遜色のない熟練者」と、習得度合いによってレベル分けがされており、レベルごとに試験がある。リスニング、作文、読解、口頭試験の4つの項目で構成されている。
仕事を得るためにはB2以上(医者など一部の職業はC1以上)、大学への進学にはC1相当以上が必要と言われており、移民・難民の多くはこのレベルを目指して勉強することが多い。私自身も当初はドイツで何かしらソーシャルワークに関わる仕事なり活動をしたいと考えていたため、まずはB2レベルの習得を目指した。
またドイツでは、資格や学位などが仕事を探す上でとても重要となる。行きつけのベトナム料理屋のオーナーと世間話をしていた際、オーナーの夫がカリタス(caritas)というキリスト教の団体(次段落で詳述します)で働くソーシャルワーカーで、移民の支援等をしているという。さっそく繋いでもらい、相談に行った。そこで、他国の学位をドイツの学位と同等だと承認してもらうための制度があることを知り、申請を手伝ってもらうことにした。
この制度は内容によって申請先が異なるようだが、主にKultusminister Konferenz(各州文部大臣会議)という、州による学校制度や教育政策の違いを調整する機関(ドイツは州ごとに文部省が設置され、教育政策を立案・実施している)の中にある、ZAB(外国教育センター職業資格及び高等教育学位審査・評価部)というところが審査をしている。ちなみに、この必要申請書類が記されているWEBサイトは日本語を含む120カ国以上の言語が選択できるようになっている。
日本の大学で取得した心理学の学士の申請を行ったが、高校の成績なども含めた多くの書類の提出が必要だった。追加で書類を提出するなどのやり取りを含め、結果が出るまでに1年以上の期間がかかった。知り合いのルーマニア人の保育士は、2年以上待った結果、承認されなかったと言っていた。心理学はドイツの中で学ぶことのハードルが高い分野になっており、ソーシャルワーカーからは承認されるのは難しいだろうと言われていたが、何とか無事に承認をもらうことが出来た。
また日本で働きながら通信講座で2年ほど福祉の大学に通い、国家試験を受けて社会福祉士を取得したが、こちらはマクデブルクのあるザクセン=アンハルト州の労働・社会福祉・社会統合省(Ministerium für Arbeit,Soziales und Integration des Landes Sachsen-Anahlt)に申請をしたが、結果承認されなかった。
就業支援の仕組み
このように、他国での資格や学位を自国でのそれと比べ、承認していく制度を整えているところに、特に専門性のある移民を受け入れていこうとするドイツの国としての姿勢が感じられる。
ちなみに申請を手伝ってくれたソーシャルワーカー自身もベトナムからの移民で、ドイツの大学でソーシャルワークを学び、長年ドイツでソーシャルワークに携わっている方だった。移民の気持ちは移民してきた人の方が分かるからいいんだよ、と言われたのが印象的だった。
ドイツは社会保障が行き届いていることで有名だが、カリタスや赤十字を含めた6つの大きな団体が社会福祉事業の中で大きな役割を果たしている。特にカリタスのようなキリスト教系の団体は、国と契約を締結し、国からは教会税の分配を受け、団体は社会福祉事業を行うという仕組みが出来ている。ちなみにカリタスがドイツ全土で雇用している人数は60万人以上。赤十字も約40万人とかなりの規模になっている。
心理学の学位の承認が出た時点で、ソーシャルワーカーが次に繋げてくれたのが、社団法人職業教育協会(Institut für Berufspädagogik e.V.)だ。心理学の大学院を目指すか、ソーシャルワークの学校に通ってドイツのソーシャルワーカーの資格を取るか、すぐに仕事を探し始めるか、はたまた他の選択肢にするかを決めかねていたが、この協会の担当者が、その決定のための情報収集を手伝ってくれた。
この社団法人職業教育協会は、主に海外から来た大学教育を受けた人を対象として、職業的な語学教育とコミュニケーション、起業や事業継承の相談、職業的な情報提供などを行っている団体である。ちなみにプロジェクトの期限内であればどれだけ相談しても無料。夫は米国で医師免許を取得しているが、この協会が運営する医師のためのドイツ語語学コースに半年間ほぼ毎日通い、医師用の試験対策や試験合格後の医師免許の書き換えのお手伝いなどもしてもらう予定だが、これらもすべて無料だ。
前述のカリタスのソーシャルワーカーの支援も、この職業教育協会の支援も、IQ Netzwerk Sachsen-Anhaltと呼ばれるネットワークのプロジェクトの一貫として行われている。これは移民の背景を持つ人が労働市場に入り溶け込んでいくことで、労働市場の社会的統合を持続的により良いものにしていくことを目的とした州のネットワークで、先述のカリタスによって運営されている。このネットワークは、国(連邦労働社会省)やEUの基金(EU社会福祉基金)からの支援を受けており、日本の文科省にあたる連邦教育・研究省(Bundesministerium für Bildung und Forschung)や連邦雇用庁(Bundesagentur für Arbeit)とも連携をしている。
国を挙げて社会統合に取り組むドイツ
移民・難民の社会統合を支援するためのプロジェクトに、ドイツが国を挙げて取り組んでいることを、支援される立場から実感した。
移民、特に難民の受け入れに関しては、現在も大きな議論の争点となっている。長期的また多面的に見ていかなければいけない部分も多く、良い悪いなどと簡単に判断することのできない難しいテーマでもある。
ただ現状として、すでにドイツ国内に移民の背景を持つ人は2016年の時点で1,860万人おり、人口の約4人に1人に届きそうな割合だ。国を挙げて移民・難民の社会統合の政策・制度を進めることは、これからのドイツにとっては必要不可欠なことであると言える。難民の受け入れに関しても言えることだが、このようなドイツの国を挙げての取り組み方からは、「できるか」「できないか」ではなく、「やる」という意志を感じる。それはそのための基盤が国民の中にあるということでもあるのだろう。それらがどの様に育まれてきたものなのか、探ってみたいと思う。
第三回ではドイツの移民・難民受け入れの歴史や現状、難民支援のプロジェクトなどについてお伝えしていきたい。
【連載「ドイツ・EUの移民制度とソーシャルファームから見る、包摂された社会のつくりかた」】
>>第1回:はじめに
【参考】
・“Bundesamt für Migration und Flüchtlinge”,
・”New study shows consistent German public opinion on refugees”
・”Germany's Ongoing Project to Welcome Its Refugees “
・”Institut für Berufspädagogik e.V.“
・”Statistisches Bundesamt : Migration&Integration”
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