「働き方改革」「ポストAIの雇用」「人生100年時代のキャリア」など、「いかに来たる時代を見据え、かしこく質高く働くべきか」を巡る議論や情報が錯綜する昨今。「働くこと」と「生きること」を同等に捉える言説も散見するようになりました。働き方の選択肢はかつてないほどに広がっています。この記事を読んでいる方の中にも、フリーランスや副業など、新たな働き方を模索・実践されている方もいらっしゃるかもしれません。
一方で、心身に障がいを持つ人、シングルマザー、ニート・引きこもりを経験した人、児童養護施設出身の若者……こうした困難を抱えがちな人びとにも、この風は届いているのでしょうか?
困難を抱える人々の「働く」を支援する
ヒントになりそうな数字を見てみましょう。精神障がい者の就労率は、もっとも高い20代でも26.3%(出典:内閣府「平成25年版障害者白書」)。ほぼ4人に3人は職についていない計算です。シングルマザーの平均世帯収入は243万円(出典:厚労省「平成28年度全国ひとり親世帯等調査」)。就労率は8割を超えるものの、非正規雇用が4割を占めます。抱える困難によって事情は違えど、そもそも安定した雇用につくことさえままならないケースも少なくありません。
SDGsにも掲げられる包摂的な社会の実現に向け、困難を抱える若者の就労支援を行う団体が全国に存在します。例えば東京に本社を置く株式会社Kaien。行政の担当者をして「就職させるには最も難しい障がい」と言わしめた発達障がい者の就労支援事業に取り組み、発達障がいの強みと特性を活かして100%を超える就職率(事業所定員比)を実現しています。茨城県つくば市で活動するNPO法人つくばアグリチャレンジは、障がいのある人々と共に有機農業・養鶏を行うことにより、障がい者雇用と耕作放棄地、2つの問題を一気に解決しています。
社会的インパクトの桁を変える挑戦
2018年1月、Kaienやつくばアグリチャレンジを含む、多様な人びとの自立・就労支援に取り組む8団体のリーダー15人が、視察のためロンドンに旅立ちました。スタディツアーを主催したのは「インパクト・ラボ」。インパクト・ラボは、就労支援に注力しているJ.P.モルガン協賛のもと、NPO法人ETIC.が2015年に立ち上げたプログラムで、社会変革の担い手であるNPO等のリーダーが横断的に繋がり、共に学び実践するコミュニティとしても機能しています。2017年12月からは第2期が始まり、自立・就労支援分野で実績のある選ばれた8団体がそれぞれ1年半をかけて生み出す社会的インパクトの桁を変えることに挑んでいます。
「生み出すインパクトの桁を変える」と一口に言っても、その手法は多様にあります。参加8団体も、サポートするETIC.も、手探りで自団体の非連続な成長に向けた仮説を立て、とにかく実践してみる、いわば「インパクト拡大のための実験室」。1年半にわたるプログラムのキックオフとして、英国スタディツアーが企画されたのでした。
ソーシャルセクターの発達した英国
英国は、もともとNPO などソーシャルセクターの発展で世界に先駆ける先進国として語られます。2008 年の⾦融危機を乗り越え、とりわけ就労⽀援の領域でも、⺠間主導による課題解決の道を模索し、政府もそれを後押ししてきました。
特筆すべきは、現場で課題解決に取り組む団体だけでなく、それを支援する中間支援団体、財団、大企業など、「困難を抱えた人への自立・就労支援」を軸としたエコシステムが形成されている点です。今回の視察訪問にあたりインパクト・ラボがゴールとしたのは、その生態系がどう発展・機能しているのかを理解すること、そして、既存の活動や日本の環境などの前提をいったん取り払い、中長期でインパクトの桁を変えていくためのヒントや問いを探索すること、の2点でした。
実践家たちがイギリスで得た学びとは
ロンドンには5日間滞在し、計12団体を訪問しました。到着翌日、時差ボケが治らないうちから地下鉄や2階建てバスを乗り継いで3団体を訪れ、現地のリーダーたちの活動内容を聞いて意見交換を行い、夜は参加者間で学びや気づきを共有するという濃厚な滞在となりました。外部ゲストを招いての交流会などもあり、フリータイムのほとんどない過密なスケジュールにも関わらず、参加者たちは移動中も食事中も事業や社会システムについて議論をしており、運営スタッフを勇気づけてくれました。
参加者間で共有した学びを大きく3点にまとめます。
非営利組織と大企業のパートナーシップ
英国での学び(1):英国の非営利のリーダーたちは、自分たちが果たすべき社会的役割を「政府が取り組めないイノベーティブな支援モデルを生み出すこと」(政府の代替機能ではない)と捉え、そのことにプライドを持っている。大手企業の社会イシューへの当事者性・コミットメントも高く、彼らと非営利とのパートナーシップがより革新的な成果を生んでいる
訪問先の一つにTimewise Foundationという社会的企業があります。話を聞かせてくれたのは赤毛のチャーミングな創業者、Emma。彼女は、出産後に仕事を探したもののフレキシブルに働ける職場が見つからず途方に暮れた経験から、2005年にTimewise Foundationの前身となる団体Women like usを設立し、パートタイムやフレキシブルな働き方に特化した人材紹介サービスを始めました。英国では9割の人がフレキシブルな働き方を望んでいるという調査結果を背景に、自由度の高い雇用を用意すれば優秀な人材が集まり、価値を落とすことなく働いてくれる、と雇用する企業側のメリットも提示して高付加価値な雇用のマーケットを創出しています。人材と企業のマッチングにとどまらず、リサーチ&キャンペーンや企業へのコンサルティングを行うことで雇用主側の意識を変えることに成功しており、時短勤務のCEOや週3日勤務の銀行頭取というケースも出ているとのこと。
今や事業も成長し、社会企業として注目を浴びるTimewise Foundationですが、軌道に乗る前からJPモルガン・チェース財団が投資を行い、資金とプロボノを提供しています。投資する側と受ける側、お互いにリスクを取ってこのような革新的な動きを創っていくのは、行政にはなかなかできないことでしょう。実際にJPモルガン・チェース財団のフィランソロピーの責任者であるKamalは、以前は地方政府で雇用問題のコミッショナーとして従事していたのですが、よりイノベーティブでスピード感のある課題解決のために財団に転職してきたと話していました。
インパクト投資と成果測定の浸透
英国での学び(2):ある程度共通化された社会的成果の測定手法が就労支援業界に浸透しており、この測定結果がSIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)など政府や民間からの資金調達に直結している。そのため非営利団体には、「Impact Manager」など、生み出した成果を測定・管理する専任のポジションを置くインセンティブが存在している
訪問団体の一つ、Think Forwardは、卒業後にニート化が予想される高リスクの生徒に対し、学校にスーパーコーチを派遣することで早期・長期に介入し就学・就労のスキルを提供する非営利団体です。インパクト・マネジャーのKateとプログラム・ディレクターのBenという若手スタッフ2名が訪問に対応してくれました。「インパクト・マネジャー」は日本ではあまり馴染みのない肩書きですが、自組織が生み出したインパクトを測定・管理する役割で、英国では広く普及しています。これは英国の非営利セクターの成熟度を象徴するものの一つと言えるでしょう。
1997年に発足したブレア政権以来、英国政府は非営利公的セクターの改革に長期的に取り組んできました。組織形態の多様化、非営利組織の資金調達方法の拡大、非営利組織間の競争促進を可能にする制度改定を行い、それまで政府が担っていた公的サービスを幅広く民間に開放することで強固な市民社会を育てることを大きな政策課題として実行してきました。
こうした改革を背景に構築されたのが、ソーシャル・インパクト・ボンド(Social Impact Bond、以下「SIB」)と呼ばれる非営利組織の資金調達スキームです。簡単に言えば、社会課題への取り組みそのものではなく、”成果”に対して行政が報酬を支払うという考え方に基づき、民間の投資を呼び込み、成果が達成された場合に行政コストの削減部分から投資家へリターンを支払うという仕組みです。英国では2010年に始まり、日本でも2015〜16年の3自治体でのパイロット事業実施を経て、2017年以降主にヘルスケアの分野で神戸市・八王子市で本格導入が進められています。
■参照:「話題の「ソーシャルインパクトボンド」、各国の取り組み状況とみえてきた課題 ―ブルッキングス研究所レポートから(1)」
実は訪問したThink Forwardは、このSIB創設初期案件。2010年にインパクト投資とハンズオン支援を行う中間支援組織Impetus Trust(当時。現在はImpetus-Private Equity Foundation)によって設立されました。インパクト・マネジャーは、投資家や資金提供者に対する説明責任を果たすため膨大なデータから長期的な社会的インパクトを計測・抽出します。取り組みによる指標の違いはあれど、今回訪問したほぼすべての非営利団体がインパクト・レポートを作成しており、例えば「1ポンドの投資で5ポンドの成果」といった計測手法の普及を見ることができました。資金調達に直結するというインセンティブがあってこそと言えるでしょう。データは、投資家へ提示するためだけでなく、プログラム改善など自団体の振り返りのためにも積極的に活用されています。
特定の社会イシューを軸とした人材流動性の高さ
英国での学び(3):企業のCSR部門や財団には、政府や非営利団体で若者の就労・自立問題に取り組んでいた専門性の高い人材が配置されている。このように、特定の社会イシューを中心に据えて団体やセクターを横断するプロフェッショナルの、人材流動性の高さが感じられる
日本ではCSR部門にその会社の社員が人事異動で配属されるパターンが一般的ではないでしょうか。先述のJPモルガン・チェース財団の例に見られるように、英国では現場をサポートする財団や企業側にも、就労支援の分野で専門性の高い人材が配置されており、専門人材がセクターを超えて「就労支援」というイシューを軸に流動している例を多く見かけました。
訪問先の一つであるIBM UKは、教育・雇用、ヘルスケア、コミュニティの3分野でテクノロジーと専門性を用いた課題解決に当たっています。単発のCSR活動にとどまらず、本業を活かした形で様々なプレイヤーと連携して長期的な貢献を行っているのが特徴で、若者支援と自社の採用・人材育成の文脈を掛け合わせ、学校中退者や退役軍人へのインターンシップ、アプレンティスシップ(見習い制度)等のプログラムを豊富に提供するほか、中等〜高等教育6年間のエンジニア養成校P-tech(Pathways in Technology Early College High School)の創設・運営も行なっています。
訪問に対応してくれたCorporate Citizenship(いわゆるCSRにあたる)部門マネジャーのMarkは、22年間にわたりニートの若者支援を現場で行なっていたとのこと。また、若者向け教育・就労プログラムのエグゼクティブ・マネジャーは元教師だそうです。こうした現場をよく知る専門人材が大企業のいわばCSR部門に配置されているのには、驚きとともに、企業の社会イシューへのコミットメントの高さを感じました。
セクターを超えたコレクティブな動きが始まる
英国視察から帰国し、改めて⽇本の現場を捉え直したインパクト・ラボのメンバーたちは、英国と日本の社会的・政策的な環境の違いはあるものの、「自分たちが本当に⽬指したい就労⽀援のあり方とは」という大きな問いに直面しました。同時に、現状の延⻑線上ではない未来をどう描いていくのか? その未来は個々の団体が成⻑するだけでは実現が難しいのではないか? という問題意識も芽生えていたのです。
そうした問いをセクターを超えて共有するため、インパクト・ラボは、2018年3月23日、J.P.モルガン東京オフィスにて、「私たちが本当に目指したい就労支援の未来とは」をテーマにしたイベントを開催しました。英国視察を経てメンバー間で共有した問題意識を4つのアジェンダ(議題)に集約し、参加を呼びかけたところ、年度末の平日にもかかわらず、現場で課題解決に取り組む実践家たちや内閣府・経産省の担当者、大企業のCSR担当者など、様々なセクターで就労支援に関わる約60名もの人々が集まりました。
メンバーたちが共有した問題意識とは
イベントでは、冒頭でインパクト・ラボおよび英国スタディツアーの概要を説明した後、インパクト・ラボが来場者と議論をするために設定した1つ1つのアジェンダについて、メンバーから来場者に説明をしました。来場者は、プレゼンテーションを聞いた上でもっとも関心のあるアジェンダを選び、グループディスカッションの輪に入ります。では、実践家たちが来場者と議論を望んだ4つのアジェンダとはどんなものだったのでしょうか?
アジェンダ① 企業とNPOのパートナーシップが、新しい支援のモデルをつくる
先述のTimewise FoundationとJPモルガン・チェース財団による、フレキシブルな雇用市場を創出する取り組みに加え、もう一つ事例を挙げてみましょう。英国全国に展開する小売大手のMarks & Spencerは、ひとり親家庭の就労支援を行う慈善団体Gingerbreadと2005年よりパートナーシップを組んでいます。約3週間の店舗でのトレーニングの機会をシングルマザー向けに提供し、そのうち約50%が社員として雇用されます。Marks & Spencerは、CSRの大方針で中長期的にこの問題にコミットしており、これまでに本プログラムを通じて約800名を雇用。人材派遣会社を使うよりも費用対効果が高いと認識しているとのことでした。
アジェンダ② いまよりもっと多様な就労支援の出口をつくるには?
英国でも難民の受け入れが社会的に問題視されるなか、訪問したThe Entrepreneurial Refugee Networkは、難民が生計を立てるためのアプローチとして「起業」という選択肢に着目し、難民による起業・事業展開を1人ひとりに合わせて支援しています。難民を社会にポジティブな社会的・経済的インパクトを与えてくれる存在として捉え、より本人の専門性や特性を活かした形での「働く」をサポートする姿勢に多くのメンバーが刺激を受けました。
アジェンダ③ 就労支援・実践家の進化論
今後、日本でも非営利セクターに大きな資金が流入すると仮定したときに、それを効果的に使い、社会変革を促すようなインパクトに変えられる団体が果たして日本にどれくらいあるのだろうか?という当事者の問題意識から出てきたアジェンダです。
アジェンダ④ 就労支援における英日の指標活用状況の違いを考える
先述の通り、英国ではインパクト管理・測定が浸透しているだけでなく、”data”という単語を何度耳にしたか分からないくらい、定量データの測定・分析により自団体の取り組みをより効果的なものにするための努力が見られました。同時に、成果指標をより本質的で意義あるものにするためには、という問題意識も広く共有されていました。
エコシステム構築への小さな一歩
アジェンダごとに輪になって行なったディスカッションは大いに盛り上がり、70分では時間が足りないグループもあったほど。それまで自団体がいかに資金を調達して大きくなるかに目が向いていたリーダーが、資金の出し手側である企業や政策を作る行政からの参加者との議論を通じて、業界の進化のために自団体がハブの役割を担うという方向性もあるのだと気づかされたり、企業のCSR担当者から、インパクト・ラボは実践家のためのコミュニティだが、企業同士も横断的に繋がって知見を共有したい、企業版インパクト・ラボを作ってほしい……と新たな発想が生まれたり、会場のあちこちでクリエイティブな化学変化が起こっていたのです。
大きな問いへの答えはすぐには見つかりません。けれども、英国で見たように、セクターを超えて多様なプレイヤーがその問いを共有し、議論し、解を模索していく、その過程の蓄積が、少しずつエコシステムを育んでいくのではないでしょうか。
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