スペイン・バスク自治区に、個人よりもチームで大きなビジョンを達成する起業家的人材 “チームアントレプレナー”を輩出し続けている「モンドラゴン・チーム・アカデミー Mondragon Team Academy (以下、MTA) 」という学びの場があることをご存知でしょうか。
2007年、モンドラゴン大学ビジネス学部内にチームアントレプレナーの育成・輩出をミッションとしたスタートアップとして誕生したMTA。その設立から10年を経たいま、実践を通してビジネスを学ぶことを望む学生が世界中から集う大学として、また学生と起業家の国際的なコミュニティとしてMTAは存在を確立しつつあります。
この秋、バスク地方を訪ねていたETIC.スタッフ山崎がMTAの卒業生であり日本とバスクをつなぐ25歳の若き起業家Jon Ander Musatadiさん(以下、Jonさん)に出会ったことから、MTAを知るための勉強会を開催する機会が生まれました。記事を通してその濃密な学びの時間のエッセンスを少しでもお伝えできれば幸いです!
▶︎ 2020年4月より、NPO法人ETIC.と世界8ヵ国で500名を超えるチームアントレプレナーを輩出するMTA JAPANがプロデュースするプロジェクト「774」がスタートします!詳細は「こちら」から(2020年3月加筆)。
スペイン・バスク発の起業家育成メソッドと日本の大学を繋ぐ、若き起業家
「はじめまして、Jon Ander Musatadiと申します。MTAを3年前に卒業しました。在学中、Learning Journey(以下、ラーニング・ジャーニー)制度で来日して以来、とても日本のことが好きになりました」
冒頭にそう語ってくれたJonさんは、卒業後すぐに起業し、現在はスペイン・バスクと日本を繋ぐというテーマで事業を進めています。
「1つは、私が過去にラーニング・ジャーニーで訪れて以来大好きになった広島、そして日本各地の産業とバスクのそれを繋いで事業連携を生み出していくこと、もう1つはMTAのメソッドを日本の教育現場の人々と共に広めていくという事業を始めています。例えば東洋大学・明治大学といった教育機関と進めています」
彼の言うラーニング・ジャーニーとは、学生が様々な国・地域へ旅をしてビジネスを起こしていく、MTAのカリキュラムの核になる試みのこと。在学1年目にフィンランド、2年目にシリコンバレー、3年目にインドと中国に長期滞在し、同級生や現地の人々と小さなビジネスをいくつも生み出しながら、その地域で起こっている社会のリアリティを体感していきます。
また、滞在費は自らの在学中のビジネスでの稼ぎから捻出することが義務づけられているのだとか。
「このラーニング・ジャーニーまでに頑張って稼いでおかないと、現地で本当に安いホステルにしか泊まれなくなる」と、MTAメンバーは苦笑します(後ほど改めて紹介しますが、MTAでは入学直後からチームで会社を設立し一定額稼ぐことが進学要件になっています)。
MTA誕生の背景には、ある一人の神父が抱いた地域が戦争から立ち直るためのビジョンがあった
Jonさんと共に勉強会に参加してくれたのは、同じくMTAの卒業生で韓国で MTAのプログラムを広めるべくMTA Korea の活動に邁進しているMaiderさん、同じくMTAで日本で言うところの3年生にあたる現役学生で、まさにこの翌週から中国に渡るラーニング・ジャーニーの真っ最中であるIntzaさん、Luciaさんです。 まずはJonさんから、モンドラゴン大学が生まれた経緯について、スペイン・バスクの歴史を踏まえて語られます。
「私たちはスペインのバスクという地方から来ています。ご存知かもしれませんが、スペインの北部に位置しフランスとの国境辺りにある自治区で、物理的にも孤立しがちな地域にあることから世界に開かれていく姿勢が求められるような環境にあります。初めて来日したバスク人がフランシスコ・ザビエルだということが象徴するように、世界に目を向けて旅をするというDNAが私たちにはあります」
第二次世界対戦を目前にした1936年7月、スペインでは内戦が勃発しました。その余波により深刻な経済危機に見舞われていたバスク・モンドラゴン教区に1941年に派遣された人物、ホセ・マリーア・アリスメンディアリエタ・マダリアーガ神父こそが、MTAの“The First Team coach”と位置付けられるモンドラゴン大学の前身・モンドラゴン工科学校を生み出した人物です。 貧困、飢え、亡命に苦しむ地域の姿、そして教育を受けられない子どもたちの多さを目の当たりにしたアリスメンディ神父は、この資源のない地域の再興のためには雇用と教育の機会が必要だと考え、1943年に20人の学生を集めすべての人々に門戸を開いたモンドラゴン工科学校若者を創設しました。
「アリスメンディ神父は、競争ではなく共に創り上げていく『共創』を大事にした人物でした。自分たちから仕事を創り、世界に働きかけていくことを重要とするコンセプトをモンドラゴンに持ち込んだのです。また、彼は教育が世界を変えていくうえで最も大事なツールのうちの1つなのではないかと考えていました」
1956年には、モンドラゴン工科学校でのコーチを担いながら後に労働者協同組合の先駆的な試みとして世界的注目を集めるようになる「モンドラゴン協同組合」を設立したアリスメンディ神父。
モンドラゴンに基盤をおく労働者協同組合の集合体であるこの企業は、彼の思想が色濃く反映された運営方針である「協同組合それぞれはその組合員によって所有され、権力は一人一票の原理に基づいている」というあり方が大きな特徴となっています。
きっかけは2007年の世界金融恐慌。未来を担う若者たちへの投資を決意
モンドラゴン協同組合の取り組みは世界中に広まり、現在では世界中に15のテクノロジーセンター、73,000人の従業員、268件の協同組合ビジネスが生まれています。
しかしながら2007年の世界金融危機の影響は免れず、非常に大きなダメージを受けたと言うモンドラゴン協同組合。世界情勢の変化を前に、今こそ変革が必要だと考えたモンドラゴンの人々は、未来を担う若者に投資する道を選びます。
「様々な国と混ざり合いながら若者たちが新しいビジネスをーーアリスメンディ神父が私たちに説いた『共創』、つまりチームで作っていくーーことができるようになるために、次の世代に投資をしていく構想を始めました。その時期、モンドラゴンの人々はTeam Academy Finlandという取り組みと出会ったのです」
Team Academy Finlandはフィンランドのユヴァスキラ大学における起業教育プログラムであり、チームごとに事業協同組合をつくり実際にビジネスを作るというアントレプレナーのチーム学習手法を採択しているプログラムです。このTeam Academy Finlandとモンドラゴン協同組合、そしてモンドラゴン大学がパートナーシップを組み誕生した取り組みこそがMTAでした。
チームアントレプレナーの育成の、3つの柱
ここからJonさんからMaiderさんにバトンが渡されます。
「MTAが大事にしている考え方としては、チームで協力し合いながら新しいものを作っていける若いアントレプレナーたちを育てていきましょうということ、そして国際的な視野と地域に寄り添っていく姿勢の両方を持ち、様々な地域と関わり合いながら世界に変化を生み出していく人を育てていくことです。MTA から生まれるビジネスについては、経済的にも社会的にも、人々の感情面にとっても、地球環境の持続性にとっても成功していくことをビジョンにしています」
続いてMaiderさんは、MTAでのチームアントレプレナーの育成には3つの柱があると語ります。
1つ目は、若いチェンジメーカーを育てることに注力すること
2つ目は、実際に自分でイニシアチブをとってアクションを起こしていく場をつくること(起業家的に自ら企てていくアプローチ、企業内起業家的に行っていく双方のスタンスが含まれる)
3つ目は、アントレプレナーたちがチームを組んで、お互いに学び合っていくためにビジネスを起こすこと。つまり、チームアントレプレナーとして、人として学び成長する手段としてビジネスを捉えていることです。
世界に広がりを見せ、大学教育そして社員教育にも取り入れられているMTAの学び。アジアでは中国や韓国へも
MTA には、以下の4つのプログラムが存在します。
1)LEINN:日本で言う学士課程(4年)。起業家精神の育成、リーダーの育成、イノベーションの創出を軸にしている、最も歴史のあるプログラム
2)TWINN:MTA の教育を成り立たせるための、コーチ養成の教育課程(1.5年)
3)MINN:実際に経験を積んだビジネスプロフェッショナルへの教育課程(1.5年)
4)CHANGE MAKER LABO:最近韓国などいくつかの地域の大学や企業内で実験的に始まった、6か月で MTAの学習コンセプトを経験する取り組み 設立から10年、現在卒業生は250人にのぼり、MTAは世界に広がりを見せています。
フラスコのアイコンが置かれている場所は、MTAが展開されている国・地域。紙飛行機のアイコンが置かれている場所は、ラーニング・ジャーニーが展開されている国・地域なのだそう。「来年は日本にも何かを置けるといいんですけど」とMaiderさんは続けます。 また、2015年には社会起業家を支援する世界的なネットワーク組織「ASHOKA(アショカ)」に、MTA共同創業者のホセ・マリ・ルザラガ氏がフェローとして選出されました。
「今後のビジョンとしては、この革新的でひょっとしたら突飛だと言われるかもしれない“尖った”教育“を、可能な限り多くの人たちに届けて行きたいということです。具体的には、2020年までに2万人の人たちがこの教育活動によって影響を受けられる状態を作っていきたいです」
学生ではなく、チームアントレプレナー。演習ではなく、すべて実践
いわゆる伝統的な教育手法と比較すると、MTAは「教育/学び」と「ビジネス/実社会」が重なっていくようなアプローチを取っていることが特徴だとMaiderさんは語ります。
「行動・実践を通して学んでいく形を非常に大事にしていて、LEINNのカリキュラムでは入学直後から1学年30名の学生が2チームに別れて会社を作りビジネスを始めることが必須で、一定額以上の稼ぎが進学の要件になります。 一般的な大学では、教授が学びのコンテンツを示してから演習、評価という流れになると思うのですが、MTAでは何をテーマとして選びどういったビジネスをするのかから全て学生が選んでいきます」
LEINNのカリキュラムでは、基礎教育的な過程、テクニカルな実務を学び終えると、次は実際に変化を起こしていくための実践へ、そしてスタートアップを高度なレベルで展開・広めていく最高ステージへと移行していきます。 「その際、自ら仕事を選び行動していく原動力になるのは情熱やモチベーションなので、この部分は非常に大事なものとして扱われます。科目への関心の代わりに、テーマへの情熱や夢を非常に求められる環境なのです」
MTAには“教える人”という意味での教授はおらず、代わりにコーチと呼ばれる人たちがチームアントレプレナーを支える存在として若者たちと関わり続けます。また、教室の代わりにオフィス、そして共にディスカッションして新しいものを生み出していくような場所が与えられます。
「これからのことは一切演習ではありません、すべて実践です」
ある意味厳しく、非常に自主性が問われる挑戦的な環境の中で学びが展開されていくのです。
MaiderさんがMTA に入学した初日には、「あなたはもう学生じゃない。チームアントレプレナーとしてここでは過ごしてもらいます」とコーチから伝えられたのだと語ります。
「学生扱いされることはなく、本当に初日からチームアントレプレナーとしての意識づけを強烈にされる場所がMTAなんです」
深刻な失業率が課題のスペインで、卒業後97%が希望の仕事に就くMTAという学びの場
「起業家として歩んでいく以上、学ぶだけではなく世界にどんな変化を生み出したいのかを常に意識せざるを得ない状況にあります」と語るのは、Maiderさん。
続いてJonさんは、以下のように語ります。
「教室の代わりにオフィスのような環境に入れられ、学ぶというより学び直していく学習過程に、これまでの学習スタイルを捨てて新しい状況に適応していくことが求められた数年間だったと思っています。
また、学生一人当たり4年間で総額約200万円の利益をビジネスを通してあげていくことが求められ、背負うものも大きい。やりたいことにチャレンジできる環境がありますが、それをチームで進めていく必要があり、その点が非常に難しく何人かは退学を選びます。そうした中で自分が望む自由な動きを機能させていくという難しさが個人的にはMTAでの学びだったと思っています」
MTAから生まれたビジネスの中には、コカ・コーラのような国際企業でも導入されている「SHEEDO」と呼ばれる綿花からできた普通紙(植樹の循環を生み出す)のプロジェクトなど、世界で注目されているものも多数生まれています。 またLEINN卒業後の学生たちは、97%が希望の仕事(その大半は自身で起業、スタートアップへの参画、または一般企業でのイノベーションや新規事業創出など社内起業家的なチャレンジ)に就きます。そしてJonさんのようにMTAコーチの資格を取得して、次世代の育成を志す人もいるそうです。
「失業率が非常に高く、若者が意味のある仕事を見つけるのが難しいといわれるスペインで、このような結果を出しているMTAはユニークな大学なのではと感じています。今生きている大人たちが未来をつくっていくことはできないですが、未来のことを“想定に入れながら”目の前の若者に向き合っていくことはできます。そういったことを大切にしているのが、MTAという学びの場です」
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スペイン・バスクのMTAメソッド、いかがでしたでしょうか。今後もさまざまな教育機関や民間企業と一緒にMTAを日本に広げていきたいと語るJonさん。ETIC.はそれを応援していきます。
今後もさらに日本の学び場と繋がり“共創”が生まれていくことを楽しみに、レポートを終えたいと思います。
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