前編に続き、バングラデシュで社会課題の解決に取り組む社会起業家たちを紹介します。
変化するということ
変化というものは、案外それが起きているときには感じないものだ。またその変化が及ぼす影響は、途中では計り知れないことが多い。 たとえば山麓でしみ出している地下水や湧き水を見て、誰がこの一滴一滴の水が、大河となって大地を潤し、生きとし生けるものを育み、海へ流れていくことを想像できるであろう。
私たちは河口に立ってはじめて、その変化の大きさに思いを馳せることができる。 社会の変化も、似たようなところがあるのかもしれない。最初の変化は小さい。それが名も無い無数の人々の小さな変化とつながることで、大きな社会の変化が生まれてくる。
変化の途中にあっては見えなかったことも、振り返ってみるとその変化の大きさに驚かされる。 たとえば、バングラデシュで起きている著しい変化の一つに通信インフラの普及がある。
バングラデシュでは、今や1億人を超える携帯電話の加入者がおり、成人した国民であれば貧富を問わず携帯電話やスマートフォンを持つ。その先鞭をつけたのは、バングラデシュではじめて携帯電話サービスを導入したグラミンフォンという会社である。イクバル・カディールという稀世の起業家によって始められた。
イクバル・カディール (出典:www.ted.com)
すべての人が電話でつながるという夢
ニューヨークで投資業務を行っていた彼は、あるとき、子どものころの苦い体験を思い出した。独立戦争で農村に疎開していた彼は、母親に頼まれて8マイル(約13キロ)先にあった薬局に薬を買いに行った。しかし、半日かけてたどり着いた薬局は休みであった――なんて無駄な労力だったのだろう! 電話一本あれば無駄が省けたのに! そのことを思い出しながら、彼は一つのアイデアにいたる。
「つながることは、生産性そのものである(Connectivity is Productivity)」と。非効率な生産性が貧困を生んでいる要因の一つであれば、「つながること」は貧困を解消する強力な武器になるのではないか。彼は100人に一人しか固定電話がない時代に、バングラデシュのすべての人が電話でつながる夢を描く。そして当時先進国で普及し始めた携帯電話に注目し、この事業立ち上げを決意する。今からおよそ20年前の1997年のことだ。 その後のイクバルの奮闘努力のサクセス・ストーリーは、「グラミンフォンという奇跡(英治出版)」に詳しいので、ここでは触れない。大切なことは、当時、バングラデシュのような最貧国に携帯電話が普及するとは、ほとんどの人が信じなかったことだ。
しかし、遠くにいる友人や恋人と話したい、親や子どもと話したい、商談をしたいといった人々の「つながりたい」というニーズを捉え、携帯電話は大きく普及した。この事例に勇気づけられて、アフリカの国々など他国にもこのモデルは広がる。
「つながることは、生産性そのものである」という彼の理念は、人々の生活の変化を超えて、社会を変えることになったのだ。 もうひとつ大切なことは、この変化を支えた技術の発展である。それは革新的な技術が発明されたということだけではない。大量に安く生産するための生産技術や、それを可能にした技術改良やデザイン、大量の契約者情報を管理するシステムなど大小の発展の積み重ねだ。今のバングラデシュの通信インフラの発展は、そうした無名の人々による無数の研鑽や努力のおかげで成り立っている。
一つの変化が次の変化を生み出す
一つの変化が、新しい変化を促す。バングラデシュでは、この携帯インフラを土台にして、インターネットが急速に普及した。高速データ通信ができる第二世代通信システム(2G)や第三世代通信システム(3G)が使えるようになると、人々はこぞってサービスを購入した。
2011年には500万人しかいなかったインターネットのユーザが、2013年には一気に4000万人を超えるようになったのである。 また、携帯電話を使ってお金のやりとりができるモバイル・ファイナンスが開始されるようになり、利用者がうなぎのぼりに増えている。
バングラデシュでは、銀行口座を持つ人が2割に満たない。銀行口座を維持するための費用が掛かるうえに、そもそも農村に銀行の支店やATMがない。農村から都会にいる息子や娘に仕送りするのは、大変な手間と時間を要することであった。
モバイル・ファイナンスは、携帯電話で登録さえすれば、全国10万以上ある代理店においてお金を送ったり、受け取ったりすることができる。預金口座としても使え、金利もつく。2012年から開始されたこのサービスは、現在2,500万人以上の利用者と月間1,500億円を超える利用額にまで成長している。
モバイル・ファイナンス最大手bKashの広告看板
通信インフラと資金決済サービスの普及は、これにとどまらず新しいサービスを生み出すようになった。インターネットを使った医療サービス、大学授業の遠隔教育、農民の相談を受けるコールセンターなど、有料無料のさまざまなアイデアが試され、ダッカではインターネットや携帯アプリで注文できるランチの宅配サービスも人気を博している。
さすがのイクバルも、ここまでの変化を見通していたわけではなかったろうが、その種は大きく育ち、枝分かれし、豊かな果実を実らせるようになった。
無数の小さな変化で社会は変わる
こうした大きな変化は他にもある。ソーラー発電により無電化地帯の電化が進み、昨日まで電気の通ってなかったところに、電灯がつき、テレビが入り、人々は次に冷蔵庫が欲しいという。核家族化と少子化が進み、若い家族のライフスタイルは変わり、消費マインドも変わってきている。
都市への人口の流入により人手不足となった農村では、農業の機械化が必要になっている。 あらゆる分野で起きている小さな変化が、今、バングラデシュという国を大きく変えようとしているのだ。
「チェンジメーカー」という言葉が広がって久しいが、社会の変化はひとりの個人やひとつの企業や団体で起きるわけではない。それを支え、また後押しする無数の人々の起こす変化で成り立っている。私たちの未来も、知らないところでバングラデシュと関わり、またバングラデシュの未来も日本とつながっているのかもしれない。
自分の仕事や家庭を思い、将来を夢見るとき、それがまた社会の変化につながるかもしれないと考えることは、おもしろいではないか。
最後に
多くの課題が山積みにされているバングラデシュにいると、社会はいつまでたっても変わらないのではないかと無力感におそわれる。小さな力で何ができるのだろうかと。しかし、社会を変えていく力を持っているのは間違いなく私たち一人ひとりなのである。
それは必ずしも大きな「夢」を持つことではない。家族や友人を幸せにしたい、ふるさとを大切にしたい、困っている人を助けたいといった、ささやかな「夢」の一つひとつが社会を変えていく。きれいごとではなく、自分の生きる支えとして、このことを信じていきたい。
関連リンク
Cocoro Limited/鈴木ゆかり
2013年1月に、日本人によりバングラデシュで設立したソーシャル・エンタープライズ。バングラデシュの社会課題にビジネスを通じて解決しようとする日本の企業や社会起業家を支援する活動を行う。主な事業は調査、コンサルティングと現地進出支援で、さまざまな情報発信も積極的に行っている。現在、JICAバングラデシュ事務所の進める「企業家のための社会開発プラットフォーム」の運営委託を受け活動中。 ホームページ:www.cocorobd.com
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