さまざまな社会課題をビジネスを通じて解決・改善しようとする「ソーシャルビジネス」。従来は、医療・介護・教育・環境・貧困等々、多くの社会課題は政府や自治体などパブリックセクターが取り組むべきものとして考えられてきた。しかし近年では課題が多様化し、対応しきれない領域や、対応が十分ではない課題も見られる。そこで、セクターの枠を超え、ビジネスの手法を用いて課題解決を目指そうと注目されるようになったのがソーシャルビジネスだ。
ソーシャルビジネスは、利益だけでなく、人や社会・環境へどんなインパクトを与えることができたかという観点からも評価される。課題先進国と呼ばれる日本でも、ソーシャルビジネスは急速に拡大している。ETIC.でも2002年から社会起業家と呼ばれる方々の支援を続けてきた。
ソーシャルビジネスはどうやって稼ぐのか?
しかし、「ビジネス」となると、素朴な疑問も生じる。「どうやって稼ぐの?」「職員の人たちのお給料ってどうなってるの?」・・・などなど、主にビジネスモデルや事業戦略の実態について、謎は尽きない。ソーシャルビジネスであっても、一般的な企業と同じように職員がいて、事務所があり、当たり前だが日々たくさんの経費が発生する。
そんなソーシャルビジネスの実態をレポートするため、今回は、二人の社会起業家に話を聞いた。前半では、LGBTの子ども・若者を対象に教育・キャリア支援を行う認定NPO法人ReBit(リビット、以下ReBit)の藥師実芳さん(以下藥師さん)に。後半では東日本大震災後、岩手県陸前高田市を拠点に地域資源を活用した事業を展開するKUMIKI PROJECT株式会社(以下kumiki)の桑原憂貴さん(以下桑原さん)にお話を伺った。
>KUMIKI PROJECTについての記事はこちら。
「ありのままのオトナになれる社会」を目指して
ReBitは“LGBTを含めた全ての子どもが、ありのままの自分でオトナになれる社会”を目指す認定NPO法人。近年はReBitをはじめとする様々な普及活動により、かなり認知は進んでいるものの、未だLGBTに対する社会的認知は充分とは言えない。そういった影響で、LGBTの方々は、学校でいじめを受けたり、就職活動時や職場でハラスメントを受けたりするなど、様々な局面で辛い経験をすることが多い。その状況を打破し、少しでも多くの方々が「ありのまま」に生きていくための適切な情報と支援を多方面に届けるため、ReBitでは大きく3つの事業を展開している。
(1)教育事業
児童・生徒、教員向けの出張授業や教材作成など。学校での授業は、これまで約900回、約9万人の子ども・先生たちに提供している。(ReBitには約600名以上のボランティアの学生や20代が所属し、ボランティアメンバーが講師として学校で授業を担う。)詳細はこちら。
(2)キャリア事業
LGBTの就活生たち、ハローワークなどの就労支援者、企業、三方支援からなるキャリア事業。当事者への個別キャリア相談や企業向け研修の他、”RAINBOW CROSSING TOKYO”という毎年800名以上の訪れるキャリアフォーラムの企画運営などを行なっている。
(3)若手リーダー育成事業
各地域でLGBTの課題に取り組みたい方々や、多様な性に関する授業・研修講師として活動したい方を対象にした育成プログラム“diverseeds”の企画運営などを行なっている。
これらの活動は、どのような想いで、そしてどのようなビジネスモデルで行なっているのだろうか?藥師さんにお話を伺った。
今を、未来へつなげるための戦略
ー現在の主な収入源について教えていただけますか?
主な収益源はキャリア事業です。なかでも、企業向けの研修、コンサルティング、イベントへの企業スポンサーが多いです。その次に多いのが、助成金、そして教育事業の出張授業や教材の売り上げ、そしてみなさまからの寄付です。2018年度からは活動に共感いただいたみなさまに継続的に応援いただくための継続寄付制度「にじいろバトン」を開始しました。
ー企業との仕事は、どんな経緯で始まることが多いですか?営業の方などがいるのでしょうか?
2014年度のNEC社会起業塾生として応援をいただき、その際にNEC様と企業研修の開発へ多くの機会とアドバイスをいただきました。今では、年間100回程度企業様で研修をさせていただいていますが、こちらから営業をさせていただくことはほとんどなく、受講をいただいた方が他の企業様へご紹介いただくなどご縁をつないでくださっていて、心より感謝しています。
また、無料で公開している企業向け冊子等をご覧いただきお問い合わせをいただくこともあります。企業営業の担当者はおりますが、研修を売りたい!という営業はしておらず、「困っていることがある」というご連絡をいただき、企業様へお伺いしお話をお聞きし、必要に応じて研修やコンサルテーションをご提案させていただいています。
必要がなければお話だけで終わることも多々ありますが、団体を設立した当初はLGBTにご興味をもっていただける企業様はほとんどなかったからこそ、お話を聞いていただけることだけでもすごく嬉しく、それだけでもLGBTの人にとっても働きやすい職場づくりへの一歩だと思っています。
ー企業との仕事で苦労することや、課題はありますか?
強い想いで取り組んでいただく担当者様が多いからこそ、僭越ではございますが、「チーム」としてこの課題に取り組んでいると感じています。担当者様の想いがあっても、上長の理解が得られなかったりすることもありますが、そのような状況でも時間をかけながらも変えていっていただき、数年越しに研修ができた時などは互いに手を取り合って喜ぶこともあります。また、担当者様のニーズにより、新しい研修や商品が誕生することもしばしば。私自身社会人1年目に会社を退職しNPO法人を立ち上げたため、多くの企業担当者様にこの7年育てていただいたなと感謝しています。
ー今後、寄付を伸ばしていきたいのはなぜでしょうか?
私たちの活動は、全体で年間約3万人に研修や授業、イベントなどでリーチしています。また教材はこれまで4万部以上を提供しています。団体として、アクセスポイントや共感ポイントが多いこと、そしてLGBTは人口の約3〜10%とも言われ、その友人・家族を含めると「当事者性」をもつ人も多いと認識しています。毎月千円の寄付から始められる継続寄付制度を2018年度に開始し、1年間で130名の方に「にじいろバトンメンバー」になっていただきました。寄付で応援をいただくことは、お金をいただくという意味でもとてもありがたいですが、同時に次世代の子どもたちにこんなにも応援してくれるオトナがいるという可視化にもなるので、今後はさらに力を入れていければと考えています。
海外のLGBT関連の取り組みでも、半分以上が個人や法人の寄付で運営されている団体がしばしばあります。未来のこどもたちに寄付したいと言うLGBTの人たちやアライ(LGBTの理解者)の人たちは、日本にもきっと多くいるのではと感じております。一人ひとりの想いをいただき、継続的で安定的に子どもたちがありのままでオトナになれる社会を実現していければと思います。
ーこれからの課題はありますか?
今は、2020年のオリンピック・パラリンピックを控えて、LGBTに注目が集まっているため企業や行政からの問い合わせも増えています。ただ、今の状況は、新しい課題と認識されているからこそ注目されている、ボーナスタイムなのではないかと私たちは考えています。ですがこれからは、新進気鋭の課題ではなく、継続的に取り組む人権課題のひとつにしたいのです。
2018年から、LGBTだけでなく様々な課題に取り組むNPOと連携し、企業研修を企画する機会を増やしています。たとえば、がん経験者のつながりをつくるがんノートとがん×LGBT、介護について取り組むKAIGO LEADERSと介護×LGBTをテーマとした研修を行うなど、複数の課題を掛け合わせて職場内でダイバーシティ&インクルージョン の文化情勢を進めるための研修を行っています。
企業研修で得た収益は、若手リーダー育成事業や出張授業、教材の無償提供などの教育事業に当てています。今後も、そういった非収益事業は他事業の収益やご寄付でまかなっていきたいと考えています。
収益とミッションのバランス
ー収入確保とミッション性のバランスについてはどのように考えていますか?
両立できるポイントをいつも探している、というのが本音です。ミッションを追いながら、収益を両立できるポイントを常に探しています。事業の優先順位をつけるときは、収益性とミッション性が合うところがどのくらいあるかによって決めています。また、収益性がなくてもミッション達成のために実施すべき事業は、他事業の収益やご寄付・助成金で実施しています。
これまで、学校での教育やLGBT成人式という活動初期の事業から、就職支援、企業研修等々、様々なモデルを模索してきました。いろいろなチャレンジや試行錯誤を重ねながら、本当に届けたいセクターに対しての事業を手づくりしてきたように感じています。
例えば企業研修は、キャリア支援の一環として、就職活動先の企業の理解醸成が重要だという考えから始めました。人事や上司を通して社内を変えることが当初の目的でした。ただ、やっていくうちに、これは保護者研修にもなると気付いたのです。
それまでは、保護者にリーチするためには、学校のPTAという、なかなかアクセスをするのが難しいアプローチしかないと思っていました。しかし、企業研修を進める中で「うちの子どもが...」というご相談につながることもあり、企業に勤める方への啓発は、同時に、保護者啓発にもつながる場合があることに気付かされました。企業を通してアプローチすることで、財務的に安定した事業でありながら、なおかつこれまで届けられなかった保護者にもLGBTについての理解をもたらすことができます。ミッションとの関連性や、事業の深みや広がりを考えながら、そして七転八倒しながら、これまでモデルをつくってきたのだと思います。
ー大切にしている判断基準や、活動を決める上での優先順位はありますか?
収益性がなくても、何があっても、学校での啓発はやり続けると決めています。私たちの原点は、かつての自分たちのように「自分は大人になれないのでは」と不安に思う子どもたちに、あなたのままで生きていけると伝えることです。
2020年に改訂される学習指導要領には、LGBTについての記述は入りませんでした。その一方で、2018年から一部の中学教科書にLGBTが記載されました。団体名はBit(少しずつ)をRe(何度でも)の意味です。全国5万5千校の学校のすべてで子どもたちが安全に過ごし、自尊心を持ってオトナになれる社会の実現のために、“少しずつ”を何度でも進めることが大事だと考えています。このように広く学校に届け続けるためにも、継続的なご寄付や、他の事業での収益性の確保はとても大切であると考えています。
ーこれから挑戦していきたいことはありますか?
ReBitは設立した2009年から、最初の10年はLGBT、次の10年は“ちがい”をもった子ども、そして次の10年はすべての子どもがありのままでオトナになれる社会の実現に貢献しようと話してきました。
ひとつの属性への寛容性が広がったとしても、その人がもつ他の属性への寛容性も広まらなければ、その人自体が生きやすくなるわけではない。子どもの生きやすさをつくるには、ひとりひとりがちがうということへの寛容性自体を広げていく必要があるのではと考えています。その特性に、名前がつくものもつかないものもありますが、何かしらの“ちがい”によって生きづらさを抱える子どもがいることは確かです。だからこそ、ReBitはこれからは“ちがい”をもつすべての子どもがありのままでオトナになれる社会へ事業とミッションを広げ取り組みます。
“RAINBOW CROSSING TOKYO”というキャリアフォーラムも、2019年はLGBTだけでなく“ジェンダー”、“エスニシティ”、“障害”に課題を拡げたり、研修内容も先ほどの話のように他の課題に取り組む団体とコラボレーションした企画にしたりしています。
ReBitを学生団体として立ち上げたとき、私は20歳で、当時は「ビジョン」「ミッション」「事業」そしてもちろん「収益性」などの考え方は持っておらず、「これやるべきだよね、じゃあやろう!」という想いひとつで進めていました。しかし、会社を辞めてReBitをNPO法人にしようと決めたときに、“社会課題を解決する”ことにどう向き合うのか学びたく、社会起業塾に参加しました。そこで課題を伝えるためのメッセージング、アウトカムを最大化するための事業デザイン、収益モデルの考え方を学んだことで、今のReBitがあると思っています。
次の10年はLGBTも含めた、「“ちがい”をもつ子どもたちがありのままでオトナになれる社会」をつくりたいと、あらためて考えています。寛容性が世界92位という日本で、個々のちがいへの寛容性があがることは、マイノリティ性を持つ人だけではなくすべての子ども、そしてオトナの生きやすさにつながると考えています。
ーありがとうございました!
藥師さんは社会起業塾イニシアチブ(通称“社会起業塾”)のOBです。NEC、花王等大企業が参画しているのも特徴で、藥師さんのようにパートナー企業と協力して取り組みを行う事例も生まれています。現在年に1度の応募期間で締切は6/19(水)正午まで。ご興味のある方は公式サイトをチェックしてください。
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