発達障害のある子を対象にした音楽教室「ツナガリMusic Lab.」。音楽を通じて自己肯定感を高めることをミッションに、子どもに合わせたオーダーメイドのレッスンを行っています。
緊急事態宣言が発表された2020年4月から、対面レッスンをオンラインに切り替えたり、発達相談のプログラムをオンラインで提供したりと様々な新しい取り組みを矢継ぎ早に行ってきました。代表の武藤 紗貴子さんに、この間どのようなことを考えて動いてきたのか、お話を伺いました。
武藤 紗貴子/ツナガリMusic Lab.代表
国立音楽大学の音楽教育学科で、音楽(声楽・ピアノ)や教育、音楽療法について学ぶ。卒業後は、東京都特別支援学校で音楽教諭として4年間勤務。教職と並行し、一般社団法人ハルモニア・アンサンブルの団員として、演奏活動に積極的に取り組み、2014年には世界合唱シンポジウムに日本代表として参加。2016年秋 結婚を機に、教員を退職し神戸市へ移住。神戸ではABA(応用行動分析)の理論に基づく訪問療育企業にて、ABA行動セラピストとして勤務。2017年春 ツナガリMusic Lab.を設立。2019年度社会起業塾イニシアティブ卒塾生。
レッスン休講発表から、3週間弱で3つの新サービス
影響の始まりは、2020年2月末。約3ヶ月かけて準備してきたイベントが中止になりました。その後も、最大限に配慮をした上で対面レッスンを続けていましたが、4月に出された緊急事態宣言を受け、対面レッスンは全面中止に。
「その時考えたことは、今できることは何か、ということ。今まで“やりたいけど出来ていなかったこと”がたくさんあったので、そこに時間を使おうと思いました。逆境を楽しんでいこうとする性格なので、この時間はある意味チャンスだ、と」
“やりたいけど出来ていなかったこと”とは、保護者向けの発達相談や、発達障害児支援に用いられているABA(応用行動分析)講座の提供です。音楽から離れたプログラムを提供しようと思ったのはなぜでしょうか?
「以前から生徒さんや保護者の方から、『学校生活で困ってるんです』とか、『漢字の宿題が上手くいかず親子でイライラしてしまいます』などレッスン外での困りごとを相談いただくことがよくありました。そういう話を聞いていると、自己肯定感を高めるっていう仕組みは音楽レッスンの中だけではなく、学校や家庭など子どもを取り巻く沢山の大人と連携して進めていかないといけないなと、かねてから感じていました」
取材中の様子
武藤さんは、子ども向けにできること、保護者向けにできること、支援者向けにできること、の3本柱で「今できること」を考えます。4月11日にレッスンの休講を発表してから、4月18日にはオンライン音楽レッスンをスタート。その他のオンラインでの保護者向け発達相談や支援者向けABA(応用行動分析)講座もすべて4月中に実施しています。なぜ、そんなにスピード感をもって動くことが出来たのでしょうか?
「緊急事態宣言が出てレッスンができない状況になることは、前もって予測できていたので、事前に準備を進めていました。学校は一足先に臨時休校になっていたので、保護者の方に『学校に行けないことで困っていることなどありませんか?』とお話を伺い、力になれる関わり方を考えていました。今思えばけっこう、総当たり戦のような。やれる事は全部やるというスタイルだった気がします。幸い時間はたっぷりあったので、運営ミーティングの時間を増やして『次、何しようか』ということをメンバーで確認しながら進めていました」
ここで興味をそそられるのが、「子ども向けの対面音楽レッスン」をオンラインにできるのか?というところ。筆者の子どもは小学校低学年ですが、オンライン学習のためにパソコンの前に座っても、10分後には席を立っています。どんな工夫をされたのでしょうか?
「オンラインレッスンは、対面レッスンとは全く別物として考えていました。オンラインには、オンラインの良さがあります。例えば、カメラで映せるので、指導者の手元が良く見えるとか。『譜読みマスターになろう』と、小道具を作ってクイズ番組のように譜面を読むレッスンも取り入れたりしました。
逆に、先生とのピアノ連弾は音がずれてしまうのでオンラインには向かないんですね。対面レッスンの劣化版にならないように、コンテンツに気をつかっていました」
武藤さんは、生徒の子どもたちが集中を維持して楽しめるように、リアクションを大きくしたり、絵を見せたりして工夫していたそう。
オンラインレッスン中の様子
また、「オンラインレッスンセット」をパッケージでご自宅に郵送して、家にいても演奏の練習ができるように工夫していました。
たとえオンラインでも、子どもが一方的な聞き手にならない工夫がたくさん。緊急事態宣言中、子どもたちが家の中で楽しめるオンラインレッスンは、とても好評だったようです。
急速な事業変化と、メンバーの不安
予測不能なコロナ危機にも完璧に対応しているように見えますが、このころ、組織には小さなひずみが生まれていたそう。
「子どもの自己肯定感を高めていくために、音楽レッスンだけではなく、保護者や支援者の方に向けたサービスが必要だっていう認識は、メンバー全員そろっていたと思います。
ただ一方で、これまで音楽レッスンを提供していた先生たちと気持ちが離れていっているような違和感を感じていました。頭でわかっていても気持ちがついてこないような状態だったと思います」
武藤さんは、なぜ先生たちの気持ちが落ちてしまったのかを内省し、当時をこう振り返ります。
「レッスンという活躍の機会がなくなってしまったことで、やりがいを感じにくくなってしまっていたと思います。子どもたちに必要とされている感覚とか、自己効力感を感じる場面が、どうしても少なくなってしまった。コロナの不安もあったのだと思います」
武藤さんはこの機に、腰をすえて先生たちとがっつり話す時間をつくってみたのだそう。するとこれまで抱えていた不安な気持ちや伝えられなかった不満がバーッと出てきました。
「この時期、こういう劇的な出来事があったから、私も含めみんなの中にあったマイナスの感情をちゃんと外に出すことができたんだと思います。ある意味コロナが、組織の中の膿を出してくれました」
その後は、チームで何が大切なのかを再確認し、子どもたちのためにも"先生たちが活躍できる組織をつくっていく"という方針を再確認。労務や勤務、コロナ対策マニュアルなども整備し、組織の課題をひとつずつ解決していったそう。
「自分の感覚としては、お互いにとって居心地のいいチームが出来始めたのが、すごくよかったなと思っています」と、武藤さん。コロナをきっかけに、チームのつながりが強くなったのを感じました。
オンラインだから、生まれた“つながり”
つながりが強くなったのは、チームだけではありません。新しく始めたオンライン発達相談で、より家族のつながりが深まった話も伺いました。
「今までも発達相談を行ったことはあったんですが、対面やグループの形で行っていたんですね。すると、だいたいお母様がお一人で来られることが多かった。それがオンラインになったことで、お家にいながらご両親そろって講座を受けるケースが増えてきました。これはやってみて、理想的なことだなって気づいたんです。
子育ては、お母さんとお父さんで考えがぶつかる事や、見え方が夫婦間でズレているという事が出てきがちです。例えば、いつもお子様と一緒にいるお母さんは、お子様の特性や困り感を常に感じているんですけど、お父さんは『普通だよ、全然問題ないよ』という事がよくあって。そこに第三者として私が入っていくことで、互いのズレを否定することなく、『そういう考え方もありますよね』と円滑に進めていくことができるんです。
お子様の周りにいる大人が、みんなで足並みそろえることは、支援の面でもとても大切なポイントです。実際に、お子様にも変化が現れたこともあったので、オンライン発達相談はやってみて本当によかったな、と思っています」
ABA(応用行動分析)講座の説明スライド
他にも、支援者向けのオンラインABA(応用行動分析)講座に、広島の方からお申込みがあったりと、対面では成し得なかった、新たなつながりも生まれたそうです。
子どもたちの自己肯定感を増やすために、一番いいサービスを
最後に、武藤さんに今後の夢を聞いてみました。
「一連のオンラインサービスを始めてみて、対面レッスン以外の新たな気づきがたくさんあったな、と思っています。保護者の方が本当に求められていることは、音楽レッスン以外にもあるんじゃないか、この形が本当にベストなのかは、改めて考えていきたいです。
保護者の方のお子様への想いに耳を傾け、一番いいサービスを届けたい。子どもたちの自己肯定感を増やすためのアプローチを、共に考えてくれる仲間が必要だなと思っています」
インタビューを終えた私は、「ツナガリMusic Lab.」の教室名がとても腑に落ちました。先生同士のつながり、家族のつながり、音楽とのつながり。色んなつながりの中で、子どもが育っていく場所なのですね。この先何があっても、武藤さんなら一つひとつ着実に行動に移して、夢を叶えていくのだろうと思いました。お話を聞かせていただき、ありがとうございました。
武藤さんも参加していた「社会起業塾イニシアティブ」、2020年度もスタート。採択メンバー8団体はこちらから見られます。
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