リスティング広告を活用した自殺対策を行い、新たな自殺リスク者へのアウトリーチを行っているNPO法人OVAの代表である伊藤次郎さんに、検索連動型広告を活用した新たな自殺対策のアプローチの中身や、それをどうやって生み出したのかをお聞きしました。
子どもの頃から非行やメンタルヘルスの問題に関心
小林 : まず、どのような経歴を経て、OVAの起業に至ったのかについてお聞かせ下さい。
伊藤 : 大学卒業後は、メンタルヘルスの支援をしている企業に勤務後、精神科で、うつ病で休職しているビジネスパーソンへの復職支援を行っていました。 震災を契機に、自分で事業がやりたいなと思って、相談事業を個人事業として行っていたなかで、たまたま若者の自殺が増加していることを知り、活動を始めて専念していくことになりました。
小林 : なぜ、メンタルヘルスというテーマを仕事にすることにしたのですか?
伊藤 : 物心ついたころから、人間の心、また非行やメンタルヘルスへの関心が強く、独学していました。メンタルヘルスの問題はこれから深刻化していくことを10代の頃から感じていました。大学4年次に渡邊奈々さんの『チェンジ・メーカー』を読んで「ビジネスの手法も用いて社会の問題を解決する」人達がいる事やその考え方に衝撃を受け、自分も将来そのような取組みをメンタルヘルスの分野でしたいと思うようになりました。
小林 : 大学卒業後すぐにメンタルヘルスの仕事を始めたのですか?
伊藤 : もともと、大学卒業後は警視庁に就職して非行の問題に取り組みたいと考えており、大学も法学部に進みました。ただ、受験が失敗した事と警察の組織に向いていないのでは、と考えるようになり、あきらめました。その後社会起業やメンタルヘルスへの関心が高まり、しばらく卒業後はフリーターになり、バイトをしながら産業カウンセリングの勉強をしていました。卒業から約10か月後、企業のメンタルヘルス対策を行う人事コンサルティング会社に就職しました。
自分にはできないと考えることは傲慢
小林 : OVAでは、リスティング広告*を活用し、今までにない自殺対策のアプローチを行っていますが、この事業アイデアをどのように生み出すことができたのかについて、お聞かせ下さい。
*検索連動型広告、検索エンジンで検索ワードに連動して表示される広告。
伊藤 : 2013年6月に自殺対策白書がでて、自殺対策を行っているライフリンクの清水康之さんが自殺は全体としては年間ベースでは減っているけど、若者の自殺はむしろ増加傾向にあり、深刻化している、さらなる対策が必要であるといったような事について、問題提起をしている動画を6月の末に視聴していました。 その時にどのような対策がありうるかを考えたのですが、瞬間的に彼らがもっているスマホにリーチすればいいと考えました。最初はSEO**でのアプローチを考えたのですが、SEOだと時間がかかってしまいます。
**検索エンジン最適化、検索結果で上位表示されるようにページを最適化すること。
そのため、お金はかかるけど、リスティング広告を打てばいいと思いつき、動画を見ながら、その場でもうひとつブラウザを開いてGoogleの検索履歴のボリュームを調べたら、十数万も「死にたい」というキーワードに関連して検索されている人がいるということを知りました。
その時「死にたい 助けて」という言葉が目に飛び込んできました。一体、どうしてこんな言葉を、現実やSNSなどで言わず、検索エンジンに打ち込むのだろう、と。 きっと耐え難い苦痛を抱え、誰にもそれを打ち明ける事ができず、ひとり苦しんで思わずスマホから打ち込んでしまったのだろう、とその姿をビジュアルに想像し、その苦痛や悲しみなどが伝わってきて、凄まじいショックをうけました。
「死にたい 助けて」の先に救いはない。その宛先なき叫びに、なんとか宛先をつくらなければいけないと、約2週間後の7月14日には活動を始めていました。 小林 : なぜ、そこまですぐに実行することができたのですか?
伊藤 : 一つはこの手法を行っている人が“いない”ことがすぐに確認できたことです。でも知ってしまった以上、他でもない、私がやらなければいけないと強く感じていました。
そもそも自殺の危機に今、ある人にかかわっていく事に恐怖がなかったかというと、それは嘘になります。一方、これらの手法がとてつもない人数にリーチが可能な事を直感的に理解できました。 そもそも、アイデアそのものに価値はなく、実行することに価値があると思っていますし、すぐに実行したいと思いました。
でも、リスティング広告は打ったこともないし、メンタルヘルスの問題を抱えた人の支援は経験あっても自殺念慮がある人に特化した支援の経験はない、当時結婚も考えており、リスクのある無償の活動をするわけで、この活動を“しない理由”は膨大に揃っていました。
ただ、リスティング広告を打つとか、サイトをつくるとかは、誰かがやっているわけで、調べればできる事です。サイトのコピーを書き、リスティングなどはその手法をネットで調べて、仕組みは3日でつくりました。極めて特殊な技能でない限り、「誰かがやっていることは、自分にもできる」と考えるようにしています。
問題にぶち当たったとき、「これはできない」「無理」と考えがちなのですが、私は「なぜできないと思いたいのか?」と自己分析します。常に問いは解決志向にし「できない」ではなく「どうすればできるか」だけを考え続けるようにしています。「自分にはできない」と考えること自体、傲慢だと考え、自分を律しています。できないと思えば、実行しない、傷つかないですむからです。自らの恐怖心・怠惰な心が一歩前に進むことを妨げている事を自分の心に発見するわけですが、
そういった自分の弱さと向き合い、自己超越していきたいという態度を基本的にもっています 何かアクションを起こそうと思うけれど、できない場合は、したい気持ちとしたくない気持ちを分析し、明確化していきます。するとなぜ不安や恐怖を感じているのがわかりますから対策を練ったり、認知を変えたりできる。人間、意識化されていない感情に“とらわれる”わけですが、それを意識化することでコントロール可能なものとなっていきます。こういった精神作業を一通り終えて活動を始めました。
小林 : 「できないと考えることが傲慢」というのは、普通とは逆でとても面白いですね。
伊藤 : できないと思った方が楽ですからね。
広めるべきは「手法」ではなく「思考」
伊藤 : リーチの手法としてリスティング広告にはこだわっているわけではありません。現在の時点で最も合理的に自殺ハイリスク者にリーチできると考えているから、使っています。
社会福祉の世界では「アウトリーチ」という言葉があります。それは相談機関にクライアントが来るのを待つのではなく、自ら行く、手を差し伸べるという意味ですが、これらにマーケティング的な思考は今まであまり組み込まれていなかったのではと思います。
私達は夜回り2.0の手法自体はオープンソース化して広めていきたいですが、支援が行き届いていない人たちにマーケティングやテクノロジーの力を用いてアウトリーチするという”考え方”がこの世界で当たり前になることを目指します。そういった抽象化された考え方によって、時代にあわせた具体的なアウトリーチの手法を次々と生み出すことが可能になるはずです。
小林 : 他の自殺対策の活動を行っている団体は、なぜこのようなアプローチをとっていないのですか?
伊藤 : 今までの相談窓口の告知などはポスター・ラジオ広告・ティッシュ配りなどのマスマーケティング、いわば「投網漁」のような手法だったと思います。それに対し、OVAは「一本釣り」を試みているわけですが、こういった考え方はやはり私が若くて、ビジネスについて独学してきたから出てきた発想なのかもしれません。
自殺対策だけではなく、特に対人援助職・福祉関係者全般において、ビジネスの考え方や手法から学ぼうという意識はまだ一般的ではないと感じます。また、自殺対策に関してはプレイヤーの年齢が全体的に高く、そういった事も関係していると思います。
自分がやるしかない
小林 : 自殺というテーマはリスクもあり非常に難しい部分が多いと思いますが、なぜここまで事業を実行することができているのですか?
伊藤 : パートナーの末木新先生や支援者の存在は大きいですが、もし、夜回り2.0の手法を誰かが世界でやっていたなら、もしかしたら私は全ての私財と時間を投じてまではできなかったとは正直、思います。
「誰もやっていないなら、自分がやるしかない」と思い、自分ができる範囲のことをやってきました。そして、活動を続ければ続けるほど確実に成果が出ている事や今後の大きなポテンシャルを確信していった事が大きいです。 自分のお金や労力や時間を、自分にリターンがない事に使っても、社会にずっと大きな価値を生み出すことができるということを実感しているからこそ、こういった事ができるのだと思います。
でも、こういった話をすると、周囲の人に不思議がられることが多いです。 そういうことをしている人がいることが不思議じゃなくて当たり前の社会にしたいんですよね。震災以降特に感じるのですが、他人やその痛みに無関心になっているのではないかと危機感を覚えていますね。
小林 : 「他人に痛みに無関心な社会を何とかしたい」という想いが一番強いんですね。
伊藤 : はい。きっと自分の幸福の追求には限りがなく、このような人生への態度は真に満たされた状態にならないと感じてきました。他者の痛みに無関心ではなく、支え合っていく事。むしろ自分の人生を通じて誰をどのように幸せにしたいと考えるのか、そこに希望を感じます。
小林 : OVAを立ち上げてからの苦労はありますか?
伊藤 : 苦労として活動に専念したので、当然お金の問題がありました。自分のお金も1年ちょっとで尽きて妻へ様々負担をかけています。それは私自身もつらいですね。それに、自殺リスクの高いような危機的な状況にある人に関わり続けるということは、自分自身も危機的な状況になるという事でもあります。強い忍耐力や信念が求められると思います。
また、私たちは時間を決めた電話相談ではなく、継続的なメール相談を行っています。非常に緊急性の高いメールはいつ来るかわかりません。よって休みなく対応をせざるを得ません。 よって複数人で対応するために、相談員を育てる必要がありますが、資格と臨床経験を有する相談員であっても、私たちの支援の手法は、傾聴だけでなく相談者の問題の見立てをして、現物の資源につないでいきますから、専門的なトレーニングもなくして、すぐにできませんし、雇うお金と人材を育てていくためのお金も十分ではありません。
そもそも相談者からお金はもらえないですし、支援にはリソースがかかるので、資金面の問題は深刻な課題です。 また自殺は社会的なスティグマ***や感情が強く、情報発信においても、また相談者をリアルの相談機関などにつなぐ際にも、活動のしづらさを様々な場面で感じます。直接的な支援だけではなく啓発もすすめていく必要があります。
***他者や社会に押しつけられた負の印象。
小林 : 今後のフェーズどのように行っていくのですか?
伊藤 : 去年は助成金を取得して相談員を増やすことができましたが、今後は行政と資金面や具体的な支援でどのように共同・連携しておこなっていけるのか、を具体的に考え実行していくフェーズにあると思います。 またOVAは未だ事務所もコワーキングスペースですし、団体の携帯もなく、個人携帯を利用しています。事業を効果的に展開していくには今の体制では限界を感じています。寄付集めなどにも力をいれていかないといけません。
他者の痛みに無関心ではない、関わり合いのある社会を作っていきたい!
小林 : 今後の展開についてお聞かせ下さい。
伊藤 : 今は、地域を限定したアウトリーチを行っていて、そのモデルを確立し、全国的に展開し、ゆくゆくは世界的にこれらの手法の展開をしていきたいと考えています。 (目の前のコーヒーを指さしながら)もしこのコーヒーを私たちがリーチ可能な人たちだと仮定したら、悔しいのは、今はまだこのカップの中のわずか一滴分くらいしかリーチすることができていないことです。リソースさえあれば、もっといろいろな事ができるはずだ、と。
でもこうしているうちも追い込まれて自殺していく人は世界に沢山いる。だから何とかしなければならないという気持ちに駆り立てられます。 ただ、それでも助成金や関係者の社会的信頼を徐々に獲得しており、OVAの活動は一歩ずつ進んでいることは実感していますので、今、自分ができる事を着実にやっていきます。
小林 : OVAの活動を通してどのような社会を作っていきたいか、ビジョンを教えて下さい。
伊藤 : 他者の痛みに無関心ではない、関わり合いのある社会を作っていきたいです。人間が人間を愛して支えあい、肯定し合って生きていける社会を作っていきたいです。
小林 : 「他者の痛みに無関心ではない、関わり合いのある社会」というのはとても素晴らしいですね。そのために、OVAの事業を通して、実際に関わりを作ることができているのは、大きな一歩ですね。 伊藤さん、貴重なお話ありがとうございました。
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