「カタログから商品を選ぶ感覚でした。この中から応募先を選ぶのが当たり前で、『選べていない』っていう自覚はなかったです」
高校卒の就職を経験した大学生の瀬川玄悟(せがわげんご)さん(26)は、当時の就職活動をそう振り返ります。
高校卒の就職活動には、1人1社制のルールがあります。選考開始時の応募先を1人1社に制限する決まりです。インターネットを使うことはほぼなく、大多数の生徒が高校に届いた求人票の中から選びます。生徒の応募先を校内でコントロールすることで、就職しやすくなるメリットがある一方、ミスマッチや高い離職率の原因にもなっているとみられ、見直しが検討されています。
高校卒業後に就職する進路を選んだ若者たちは、このルールをどう見ているのでしょうか?そして、今、どんなキャリアを歩んでいるのでしょうか?当事者の声を取材しました。
1度働いてから、21歳で短大に進学
瀬川さんが高卒で入社したのは、地元のJA(農協)でした。「食や農業に関心があったので、食育の活動がしたいなって思いまして」。
瀬川さんが配属されたのは金融の部署。支店の貯金窓口で来店者の応対をしたり、地元の農家さんのもとを定期的に訪れ、資金繰りの相談などを行う仕事です。金融の仕事がメインで、食育の活動が出来たのはほんの少しだったと言います。
JAに勤務していた頃
「でも、それが良い意味で社会勉強になりました。地元の農家さんと関わるなかで、いろんなお話を聞くことができて、それが大学進学のきっかけになったんです」
どんな話が聞けたのでしょうか。
「農村で暮らす人たちって、都会でバリバリ働く人たちのようなライフスタイルじゃないんです。たくさん稼いで、高い家に住んで、海外旅行に行くようなキラキラした生活じゃないかもしれないけど、そこの地域で暮らしていた人たちには、人と人とがつながれる生活があるなって感じていました。都会の孤独死問題に心を痛めていたのもあり、どういう暮らしが幸せなんだろうって考えるうちに、地域社会についてもっと勉強したいと思うようになりました」
その頃、JAに勤めて3年が経とうとしていました。瀬川さんは、国際文化と日本の地域の両方について学ぶことが出来る短大への進学を決意します。
なぜ短大か。4年生大学の受験は、社会人枠が与えられるのは23歳以降。当時21歳だった瀬川さんが4年生大学に入学するには、現役の高校生たちと共に受験する必要がありました。働きながら一般受験するのはハードルが高いので、まずは社会人入試のある短大に進学し、そこから4年生大学へ編入する道を選んだと言います。
「会社辞めて進学するって言ったら、家族にも友だちにも驚かれました。『会社辞めてどうするの?』『進学してどうするの?』『今から?』って」
決して簡単ではない受験の道や、周囲からの驚きの反応。それらにも揺るがず、瀬川さんを突き動かしたものの一つに、高卒という学歴がもたらす選択肢の狭さがありました。
「リアルな話、同じように高卒で就職した同級生は、わりとお給料が低い単純作業の仕事をしている人が多かったんです。『転職したい』って言いながらずっと同じところに勤めていたり、非正規雇用で別の会社に転職してもすぐ辞めてしまったり。
転職しようとしても、世の中には、大卒の条件でしか応募できない求人もたくさんあります。高卒では、会社に入るにしても、新しいことをするにしても、選択そのものがかなり絞られていると感じました。18歳で進学するって選択ができないと、そこで人生決まっちゃうって感じになっているのは問題だと思いますね」
瀬川さんはその後、短大に進み、計画どおり編入試験で兵庫県立大学へ入学します。
大学生の頃
「18歳で人生決まる」は本当か
「18歳で進学の選択ができないと、そこで人生決まっちゃう」。それは、本当なのでしょうか。
2021年1月、高卒就職のサポートを行う株式会社アッテミーが、インターンのサービス紹介のため、高校生を交えたオンライン座談会を開催しました。起業した高校生や、プログラミングを学んで実際に会社の仕事を手伝っている高校生が、スライドを自身で作ってプレゼンしてくれました。
「今の高校生ってこんなに優秀なの?」
と、参加者から次々と感嘆の声が寄せられます。大卒の新入社員と比較してもまるで遜色ない彼ら。進学せずに働きたいという子もいました。選択肢が狭まってしまう問題の原因は、本当に「進学を選ばないこと」なのでしょうか。
「たしかに、高卒でも、実力があればいろんな会社に転職していけるし、起業することも出来なくはないです。あまり悲観的になる必要はないと思うんですけど、そういう道を知っているかどうか、というのは大きいと思います。
あと、自分で選べることは良いですが、それが出来るのは育った環境が大きいと思うんです。たとえ幅広い選択肢があったとしても、自分で選ぶことが出来る人と出来ない人がいるっていうのは感じていますね」(瀬川さん)
瀬川さんは、仕事を辞めて進学する、と決めたとき、周囲に何を言われても「もう決めちゃったからねぇ。決まっちゃった事は仕方ない」と思っていたそうです。「自分が決断できるようになったのは、自己肯定感を高くもてたのが要因として大きい」と振り返ります。
「基本的に、親は放任主義だったので、私の決断に介入することはありませんでした。あと、わりと小さい時から、隣の親戚だったりとか、親の知り合いだったりに可愛がられていたことで幼少期に自己肯定感が育ったのかな、と思います」
社会に出てから進学orストレートに進学。どちらがいい?
こうして選んだ先に訪れた大学生活。高校卒業後に大学に進学するのと、一回社会に出てから進学するのと、どちらが良いと感じているかも聞いてみました。
「どちらにも良いところがあると思うんですけど、社会に出てから進学する1番のメリットは、勉強に対する見方が変わったことですね。3年間の社会人生活で、世の中の動きに関心が生まれましたし、社会にはいろんな人がいるってことを感じることができました。広い目を持った状態で大学に入れるのは、学問を進めていく中で貴重な経験だったと思います。
デメリットは、年齢の違いによる同級生との心の距離かな、と。ほとんどの人が18歳で入学してくる中、私は23歳で入学したので。同級生なのに敬語を使われたりもしましたし、友だちとの距離が縮まらない感じは、どうしてもありました」
文部科学省の学校基本調査によると、2020年、日本の大学・短大の進学率は58.5%となり過去最高を記録。専門学校の進学率も24%にのぼります。高校卒業後、一度働いてから若いうちに大学に進学する、という選択は、日本ではまだまだマイノリティです。
「人から『こうしなさい』と言われたものを選んだり、薦められたものを『ここでいいかなぁ』と深く考えずに選んだりすることも楽なので、一つのやり方だと思います。でも、自分で選んだ、という感覚は責任に変わるというか。私も、自分で選んだことじゃなければ間違いなく勉強は続かなったな、と思います」
大学を卒業したとき
選択肢はたくさんあると知ってほしい
自分で選ぶから、自分の人生に責任がもてる。責任をもてるから、大変なことも踏ん張れる。踏ん張れるから、成長できる。突き詰めると、「選べない」という状況にあることが、大きなハンデ(ハンディキャップ)なのかなと感じている、と瀬川さん。
「大学3年生の時、大卒就職向けの求人サイトに登録していたんですけど、あれってスカウト機能があるじゃないですか。企業から届いたメールに対して『これやりたくないなぁ、これもやりたくないなぁ』って思っている時に、『あれ、大卒は仕事を選べるんだ』って気づいて。
高卒就職は、高校に届いた求人票の中からしか選べないじゃないですか。しかも、1人1社しか受けられないし、校内選抜もある。自分の希望したところを確実に受けられるわけじゃないんです。大卒の就職活動は、受かるかどうかは別としても受験先を自由に選べるし、選考のスタートラインには立つことができるんだって気がついて」
そのことをきっかけに、教育格差に興味を持った瀬川さん。自分で選べるようになるには、学力のような数値化できる要素のほかにも、子どもの頃に自己肯定感が育っていることなどが重要ですが、生まれ育った家庭環境によってそこにも格差があります。
「教育格差の是正に取り組みたい」と、瀬川さんは、今、小学校の教師になることを目指して大学院で学んでいます。「初等教育の段階からすでに存在している格差を是正し、子どもの選択肢や可能性を広げたい」という志を語ってくれました。JAに就職した18歳から8年。自分の感じた課題に対し、一つひとつ行動を重ねてきた彼が、今の高校生に向けて次のようにメッセージをくれました。
「高校生には、いろんな選択肢があるよっていうのを本当に知ってほしくて。今、自分が『これしかないな』と考えていても、さらに多くの選択肢は絶対あるし、人生は長く続いていきます。今思っていることと、3年後、5年後に思っていることは絶対違う。成長すると選べる選択肢は増えてくるので、将来に期待を持ってほしいな、と思います」
※瀬川さんが話されたキャリアトークの内容が、高卒就職をサポートしてている株式会社アッテミーのYouTubeからご覧いただけます。ぜひご覧ください!
【CAREER TALK 】https://youtu.be/1MccTsV3M8s
【Off Talk 】https://youtu.be/PEkyZKJJxD8
【Q+ 】https://youtu.be/dihtdf7Nbbw
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