「高卒プログラマー。海外勤務経由、経営陣への道」
高卒キャリアを支援する一般社団法人アスバシのサイトには、こんなキャリアステップが紹介されています。
右上には「野田、いきまーす」の小さな吹き出し。野田悠吏(ゆうり)さん(20歳)のことです。
「貧困に陥っている人を助けたいっていうのが私の人生目標」と、語る野田さん。
「自分に力がないと人を助けられない。だから、まずはITスキルを身に着けて貢献できるようになりたい。海外で働いていろいろな経験を積みたい」。
野田さんはなぜ、夢の実現のために高卒就職を選んだのでしょうか。実際選んでみてどう思っているのでしょうか。お話を伺いました。
インドネシア留学と逆カルチャーショック
海外で働きたい、と考えるようになったきっかけは、高校2年生で経験した1年間のインドネシア留学でした。
インドネシアは人口2億人の多民族国家。留学中は、イスラム教、キリスト教など異なる宗教を信仰する人が、一つの教室で学ぶ経験をしました。野田さんには、それがとても刺激的だったと言います。
「宗教によっては、お祈りや断食期間があったりして生活習慣が全然違うんですね。それでもみんな同じ教室の中で勉強して、テスト受けるんです。宗教は違うけれど、それはそれ、というか。『あなたは、あなただよね』っていう一人ひとりの考え方を受け入れる人たちに囲まれていたことで、自分の思いややりたい事を大事にできるようになったかなって思います」
インドネシア留学時代の野田さん。上段左から3番目
野田さんは上段右から2番目。馴染み過ぎて留学生感がありません・・
『あなたは、あなただよね』と個人の考え方を尊重されてきた野田さんにとって、ギャップを感じたのが、日本に戻ってからの高校生活でした。
野田さんが帰国したのは高校3年生の6月。クラスメイトは、受験勉強真っ最中です。野田さんの高校では、2年生のときに就職コースと進学コースに分かれます。野田さんは、進学コースに入っていました。
「現場を見てから仕事に必要なことを学びたい、と思っていたので、就職志望でした。でも先生から、『留学行くし、成績もいいから、とりあえず進学コースに入っておきなさい』って言われて。進学コースにいれば進学もできるし、就職もできるからって」
しかし、進学コースに在籍しながら就職を希望するのは野田さん一人。
「学校に『就職手伝ってください』って言ったら、私が挑戦してみたい分野とは全く違うところを紹介されて。私のやりたいことはそれではない、学校には頼らないって感じで。自分で就職活動を進めることにしました」
求めよ、さらば拓かれん
2018年9月、「Social Impact for 2020 and Beyond マンスリーギャザリング」が開かれました。挑戦を応援する文化を広めようと始まったイベントです。毎月、仕掛けたいプロジェクトを持つ「アジェンダオーナー」が登壇し、自身のプロジェクトを発表します。
このイベントに、高卒キャリアを支援する一般社団法人アスバシ、毛受芳高さん(49)が登壇するのを知った野田さん。新幹線でひとり、当時住んでいた島根から東京に向かいます。
高校時代。向かって右側が野田さん
野田さんが持参した手作り名刺には、“大卒進学に関して疑問をもっている現役高校3年生”というキャッチコピーが書かれていました。自分を覚えてもらうために書いたのだそう。
毛受さんは、野田さんの第一印象をこう語ります。「大学に進学できる学力のある高校生が、あえて就職を選ぶ時代がくる、と予言して高卒キャリア支援をやっていた。野田さんは、まさにそのイメージそのままでした」
キャッチコピーの書かれた手作り名刺を持つ高校時代の野田さん
こうして、毛受さんに相談にのってもらいながら、野田さんの就職活動は進みました。最終的に、毛受さんに教えてもらった愛知県のシステム開発会社、株式会社エスワイシステムにエントリー、内定します。
毛受さんは、野田さんの就職活動について、「求めよ、さらば拓かれん、じゃないですか」と言います。「彼女の明確なキャリアイメージが道を拓いたんです」。
キャリアイメージができるまで
野田さんの、明確なキャリアイメージ。それは、「貧困に陥っている人を助けたい。そのために、貢献できる力をつけて、海外で働く」ということ。
どのようにして、このキャリアイメージはつくられたのでしょうか?当時の就職活動の様子を野田さんはこう語ります。
「『野田さんは、何がやりたいの?』から始まり、『こんな企業あるけど、どう?』と紹介してもらったり、私の話を聞いてもらって『じゃあ、この道でいきましょう』と方向を決めたり。2週間に1回くらい毛受さんに面談してもらいました」
毛受さんが繰り返し言っていたのは、「選ぶのはあなただよ」ということ。就職だけではなく、NGOのインターンシップも選択肢に上がっていました。
「貧困問題の解決っていろいろやり方があるので。自分がどこに適しているか、どこに一番需要があるのか、分からなくて。最初は国際的な活動をやっているNPOやNGOに入ろうと思っていました」(野田さん)
そんな中で、若手人材育成を目的にした私塾に応募しますが、大学生ぐらいの年の意欲・能力ある人らも応募する塾のため、野田さんは落選してしまいます。毛受さんは、この経験が大きかった、と振り返ります。
「落ちたぞ、と。NGOインターンっちゅうのも、まだ、今の実力で、すぐに貢献できる状態じゃないぞっていうことも、彼女自身が経験で分かった。これが結構大事」(毛受さん)
毛受さん。車中から取材にご協力いただきました・・!
野田さんは、「武器を持たない人が支援現場に行っても逆に足を引っ張るだけかな、と。IT、教育、経営、環境問題・・・何を武器にすべきか迷っていたときに教えてもらったのが、エスワイシステムさんでした」と、話します。
株式会社エスワイシステムは、インドネシアにもグループ会社をもつシステム開発会社。インドネシア語を話せる野田さんにはぴったりの会社でした。
大卒と高卒の壁
野田さんが仕事の中で成長できるよう組まれたのが、冒頭の「高卒プログラマー。海外勤務経由、経営陣への道」のプロジェクトです。プログラマーとして研修を受けながら19歳で経営会議にも参加。2021年からはインドネシアに出向して現地でシステムエンジニア兼経営メンバーとして働いています。(コロナ禍のため現在帰国中)。
さらに、野田さんはプロボノでNPO法人アクセプト・インターナショナルにも参画。国際協力機関や大手企業のCSRとの共同セミナーや、社会人向けのイベント企画・運営などを、学生インターンの人たちと協力しながら活動しているそう。
順調に歩みを進めているように見える野田さんですが、プロボノで大卒の就職市場を知る中で、複雑な思いを抱えていました。
「いろんな企業の採用情報をみていると、高卒と大卒との格差は大きいと感じます。給与だけでなく、高卒でしかも普通科卒だとそもそも応募できる企業が少ないです。日本だとやっぱり大卒の方が優遇されるし、高学歴の方がいい会社に入れるっていう認識があるので。入った会社によっては見下されてしまう場合もある。そういう現状を知ってしまうと、高卒就職を選ぼうとしている子を、100%の力で応援できないなって最近思います」
SNSで、同級生の楽しそうな大学生活の写真を目にすると、「はぁ」とため息をつきたくなる、と野田さん。
「大卒がまだまだ有利な社会。だから、やりたい事がないんだったら、とりあえず大学に行っておきなさい」
これが、大学進学を勧める、多くの大人の言い分ではないでしょうか。果たして、この意見はどこまで正しいのでしょうか?
大卒に有利な社会、は本当か
毛受さんにこの問いをぶつけると、こう答えてくれました。
「大企業は、すぐに変化するのが難しいんですよ。大卒と高卒の間に差をつけてきた歴史があるから。今までの高卒入社の方との間に不公平感が生まれちゃう。でも、最近は大手企業も、変わる動きが出てきています」
大和ハウスや静岡銀行などの大手企業が、高卒社員を育て、将来の会社を引っ張る生え抜きの中核社員にしようとシフトを始めています。(※1)野田さんが入社した株式会社エスワイシステムも、高卒・大卒の差をつけないように制度を整えている会社です。高卒入社3年後にリーダーになり、大卒の部下をもってプロジェクトを進める社員も珍しくありません。
「重要なのは、給料の差をつくるのは学歴だけではないということです。業界や会社による差も大きい。入社後は実力差も。学力、適性、興味関心などを加味して、本人が選べる選択肢の中で考えたとき、進学より就職のほうが生涯賃金が高くなる場合がよくある」(毛受さん)
「どの会社に入るか」「どの業界を選ぶか」「自分の得意なことは何か」など、さまざまな切り口で生涯賃金を上げる選択があるにも関わらず、ことさら高卒か大卒かの選択のみで考えるのはナンセンスです。
「実は入社2、3年目は、楽しく過ごしている大学生達との差を感じやすく、自分の選んだ道に自信がもてなくなる時期」と、毛受さん。
「この時期を過ぎると、大学生も就活で苦しんだりするので、『高卒就職を選んでよかったかな』と思えてくる場合が多い」
入社3年目の野田さんは、まさにこのタイミングということですね。
さて、「給料の差をつくるのは学歴だけではない」。その通りだと思う一方、気になることが2つあります。
1つは、「高卒と大卒とで生涯賃金が7500万円違う」という労働政策研究・研修機構のデータ(※2)です。2017年に閣議決定された「新しい経済政策のパッケージ」では、このデータを根拠にして「最終学歴によって平均賃金に差があることは厳然たる事実」と書かれています。(※3)
個人で見ると「高卒就職の方が生涯賃金が高い」ケースもあるかもしれません。でも集団で見ると、大卒の方が給与が総じて給与が高いのではないでしょうか?
毛受さんは、「確かに、一般的にはその傾向は言えるでしょう。しかし、このデータは終身雇用制、男性優位社会という古い前提にした賃金調査によるもの。例えば、注釈まで読むと、60歳までフルタイムの正社員で働きつづけた場合の"男性”のデータとわかる」と指摘。
「なぜ、男性だけの生涯賃金のグラフを出すのでしょうか?女性は、出産等で辞めたり、産休・育休などで賃金テーブルから外れたりして、モデルには合わなくからです。実際、男女を合わせると、学歴による賃金格差は小さくなります。
また、最終学歴で賃金テーブルを分けていない会社(IT企業などに多い)は調査できていません。大卒で就職しても3割以上が3年以内に離職しますが、そうした方々の生涯賃金も、調査にうまく反映できません。働き方がますます多様化する現在、高卒・大卒の違いだけを強調し、大学進学すれば賃金が上がるかのように説明をするのはミスリードです」(毛受さん)
もう1つは、厚生労働省が発表している令和2年3月の新規学校卒業者の求人初任給調査結果(※4)。同じ業種で比較すると、どの業種も大卒の方が初任給が高くなっています。
同じ仕事をしても学歴によって初任給に差が出るのなら、やはり「大卒が有利」なのでしょうか?
毛受さんは「初任給の違いは、学歴ではなく年齢による違いが大きい」と、言います。
日本は、定期昇給(年齢や社歴などに応じて定期的に給与が上がること)がある会社が多いです。高卒と大卒の初任給を比べた場合、年齢差である4年分の定期昇給を加味する必要があります。
「23歳の時点で、大卒と高卒が同じ給料になっていたら、その会社は学歴による格差はない、と考えていい」と、毛受さん。
「まだこのような賃金テーブルになっていない企業も多い。でも、ここを改善すると前向きで成長性のある高校生が応募してくることに、企業が気づき始めた」
毛受さんは、高卒人材のことを、早く社会で活躍する人材という意味で“早活(そうかつ)人材”と呼んでいます。毛受さんが早活人材を紹介する会社は、23歳の高卒給与を、大卒と同じか、大卒以上にすることを促しているそう。
「高卒就職した場合、4年間分の働いた賃金+進学しなかった事で浮いた学費をあわせると約1,300万円を超える。23歳からの賃金格差がない企業では、むしろ高卒のほうが有利になりますよね。そうすれば高校生たちも、自分の置かれた状況や価値観で、高卒後に働くことを選択しやすくなります」
「19歳から22歳の4年間は、成果を問うよりすくすく育てることが大事」と、毛受さん。野田さんのように育成プロジェクトをつくり、機会を与えながら人材の成長を見守る姿勢が企業にも求められます。
一方、高卒社員が出世コースから外されていたり、学歴を理由に書類選考に通らなかったりする会社もあります。高校生が、高卒社員にも成長の機会をくれる会社を見抜くには、どうしたらよいのでしょうか?
「調査するんですよ、インターネットで。求人メディアで『大卒高卒不問』と書かれているものを探したり、高卒向けに出してる求人と、大卒向けに出している求人を見比べてみたり。アスバシが運営している@18(アットエイティーン)では、“早活人材”採用を取り入れている企業を紹介しているので、そちらを見てもらっても」
今、オンライン相談窓口もあけているそうなので、もし高卒就職に悩む高校生がいたら毛受さんにこちらから相談可能です。
本当にやりたいことは何?何でも挑戦して
同級生がうらやましい。自分の選んだ道は正しかったのか。どうしてこんなに仕事ができないのか。社会人になりたての頃は、誰でも悩みます。それは大卒であっても、高卒であっても。
大卒で3割、高卒で4割が入社3年以内に離職する時代です。(※5)あっちにぶつかったり、こっちにぶつかったりしながら、何度も立ち上がって人生のコマは進みます。毛受さんは、「早活プロキャリ研修」という高卒就職した社会人を支えるプログラムを、会社の枠を超えて提供しています。
野田さんは、「25歳でインタビューしてもらったら話せることが全然違うと思うんですけどね」と、はにかみながら話してくれました。でも、今だから聞ける声もある。高卒就職を考えている人に、野田さんのこんなリアルなエールを送って終わりにしたいと思います。
「自分が本当にやりたいことを考えないで、『これでいいや』って感じで入社すると、あとが辛いかもしれない。心が折れて早くに辞めてしまうと、次の転職も大変。でも、若いから何でも挑戦できるのが、高卒就職のいいところ。19歳で入って、大学生が入社するまで4年ある。この間に何でも挑戦してって思います」
※DRIVEキャリアでは、世界を変えるソーシャルセクターの求人を多数公開しています。詳しくは以下よりご覧ください。
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<参考資料>
※1 日経ビジネス『大和ハウスや静岡銀行 会社支える“エリート”に再び高卒に脚光』
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/special/00859/
※2 労働政策研究・研修機構『ユースフル労働統計2019』
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/kako/2020/documents/useful2020_21_p316-360.pdf
記事中の「新しい経済政策のパッケージ」で利用されているのは『ユースフル労働統計2016』
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/kako/2016/documents/useful2016_21_p286-330.pdf#page=5
※3 平成29年12月8日閣議決定 『新しい経済パッケージ』P9
https://www5.cao.go.jp/keizai1/package/20171208_package.pdf#page=9
※4 厚生労働省『令和2年3月 新規学校卒業者の求人初任給調査結果』P32
https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/content/contents/000609695.pdf#page=32
※5 厚生労働省『新規学卒者の離職状況』
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000137940.html
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