SDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」では、年齢・居住地・性別等に関係なく、あらゆる人が健康で豊かな暮らしを送ることを目的に、妊婦の死亡率の削減、エイズなどの伝染病の根絶、保健サービスの普及や人材育成等、様々なターゲットが設定されています。
NPO法人ETIC.(エティック)が運営する「Vision Hacker Awards 2021 for SDG 3」は、そんな国際保健・グローバルヘルス分野へ挑む、次世代リーダーを発掘・育成するアワードです。この特集では、ファイナリスト8名の方々にインタビューを行いました。
今回は、失明のない世界を目指す、大学発の医療系ベンチャー企業・株式会社OUI(ウイインク、以下OUI Inc.)の清水映輔さん(以下、会話文中敬称略)にお話を伺いました。
清水 映輔(しみず・えいすけ)/株式会社OUI 代表取締役
慶應義塾大学医学部卒。眼科専門医。医学博士(同大学にて取得)。専門はドライアイ。2016年にOUI Inc.を創業。国際医療支援活動の際に発展途上地域における眼科診療の問題点を発見し、その解決策としてSmart Eye Cameraを開発実用化。他にも動物モデルを使用した基礎研究も行う。
日本では100年前から使われている機器すらベトナムにはなかった。世界の眼科診療へのアクセスを確保せよ
――まずは事業に取り組むことを決めたきっかけを教えてください。
清水:OUI Inc.は眼科専門医として慶應義塾大学の医局に入っていた、普通部(中学校に相当)からの同級生3人で設立したのですが、事業のきっかけとなったのはベトナムでの医療協力プロジェクトです。当時は大学発ベンチャーが盛り上がっていた時期でした。一流の眼科医としてできる事業は何だろうと話していたときに、NPO法人ファイトフォービジョンの活動でベトナムに行く機会をいただきました。
現地では無償で白内障手術等が行われていたのですが、細隙灯(さいげきとう)顕微鏡という、先進国の日本の眼科で100年前から使われている、非常に重要な機器がありませんでした。内科で言えば、聴診器がない中で診療している状態です。現場ではペンライトで眼に光を当てて診ているのですが、電池も粗悪なものを使っていてすぐに切れてしまっていました。
ベトナムでの医療協力活動の様子
問題は他にもあって、低中所得国では眼科医の数が非常に少ないことです。
日本には1万5千人の眼科医がいて、人口10万人に対する眼科医数は約10人(※)ですが、ケニアは5,000万人に対して150人(人口10万対医師数0.3人)、マラウイに至っては1,800万人に対してわずか14人(人口10万対医師数0.08人)しか眼科医がいません。
しかもそのほとんどが都市部の富裕層向けに開業しているので、農村部には十分な眼科診療が届いていないのが現状です。医師ほどの専門性や知識をもたない人が、十分な医療器具のない中で手術も含めた医療行為を担っているという地域も多く、生まれてから眼科にかかったことがない人や、歳をとったら目が見えなくなるのが当たり前だと思っている人も少なくありません。
世界の失明と視覚障害の人口は22億人と言われていて、治療法を改善しない限り、今後30年間で失明人口は3,600万人(2017年)から1億1,500万人(2050年)に増加すると予測されています。
例えば白内障は加齢とともに誰もが100%罹患する疾患ですが、治療によって視力を回復させることが可能です。治療すればまた見えるようになるのに、医療にアクセスできないがために失明してしまう人がこれだけ増えるということは、個人の生活の質を考えても見逃せないことですし、経済的にも大きな損失を招きます。
こういった社会課題に直面したとき、眼科医として医療の届いていないところに医療を届けられるような事業をやりたいと、眼科医療機器Smart Eye Camera(以下SEC)の開発に取り組み始めました。
低中所得国でも普及しているスマホに着目。低コストでの画像診断が可能に
――白内障が全員に起きる疾患というのは知りませんでした。SECを活用することで、どんなことが可能になるのでしょうか?
清水:調べてみると、眼底(眼の内側半分)の診察ができるスマホアタッチメント型機器は他社でも開発されておりました。一方、前眼部を診察できる機器はほとんどありませんでした。これは、眼底カメラは検査技師も使えるのに対し、前眼部は医師が診るものというコンセンサスがあったからだと思います。
SECを使った診察の様子
SECは、スマホのカメラに取り付けることで眼科診察に適切なスリット状の光を作り出し、眼の画像を撮影することができる医療機器です。低中所得国でもスマホはかなり普及していて、ベトナムでもスマホのライトを使って診療する様子が見られました。そこで、スマホを活用して簡便な医療機器をつくれないかと考えました。
まずは眼科にかかるべき人をスクリーニングできれば十分なのですが、AIによる診断の精度は高く、その結果は論文にまとめて査読付きの海外医学雑誌にも投稿しています。3Dプリンタで制作することで、価格も日本で一般的に使われている機器の20分の1程度に抑えることができました。
眼科は画像診断なので、現地から画像を送ってもらえれば、都市部の医師が診断することができます。とにかく適切な画像を専門医に届けるという仕組みを作ることが重要です。画像は誰でも撮影できるようにして、診断は眼科医が担います。また、画像診断AIを開発中で、いずれAIを使用した診断補助ができると考えています。
治療まで行うことが目標なので、SECのインストラクターの育成や、患者の受け皿となる現地の眼科医ネットワークも同時に構築していくことが必要ですね。農村部からの患者が増えることで収入が増えれば現地の医師のモチベーションにもなりますし、きちんと継続可能なモデルを作ろうとしているところです。
大学発ベンチャーの強みを活かし、世界の失明人口半減を目指す
――開発した製品のエビデンスを自分達で検証・発表できるというのは、ドクターが事業の中心にいるからこそですね。
清水:SECが通常使われている細隙灯顕微鏡と同程度の精度で診断できるというエビデンスはもちろんどこにもなかったので、自分達で研究して証明するしかありません。
大学の研究成果をいち早く世に出すというのが大学発ベンチャーの目指すところなので、研究部門がしっかりしているというのは強みだと思います。
新薬開発がわかりやすい例ですが、研究の結果得られた新発見に関する特許や知財の権利取得の他、資金調達等のサポートが受けられるのも、大学発ベンチャーのメリットだと思います。ただ当時は黎明期だったので、自分たちで調べて進めていった部分もあります。
大学発ベンチャーの枠組みは、慶應義塾大学医学部眼科学教室の前教授である坪田一男先生が、慶應義塾大学医学部発ベンチャー協議会を作り、ここ5年程で整備されてきたと思います。
――最後に、事業を通じて実現したいビジョンを教えてください。
清水:OUI Inc.では、2025年までにSECを通じて3,600万人と言われる世界の失明人口を半分に減らすことをビジョンに掲げています。失明原因の半分は白内障であり、先ほどお話しした通り、白内障は適切な診断と治療で克服できる疾患です。この事業で構築しようとしている新たな眼科診断モデルが普及すれば、十分に実現可能な数字だと思います。
また、農村部の人々が診断を受けることでデータが溜まっていくので、これまでブラックボックス化していたものが見えるようになってきます。事業を始めるきっかけとなった、国際医療協力プロジェクトのような取組も、こういったデータに基づいて行えば、より戦略的なアプローチが可能になるはずです。
1人が失明することによる経済的損失は400万円とも言われています。世界の失明人口を半減させられれば、720兆円もの損失をなくすのと同じ効果が期待できます。SECの普及は、患者個人のQOL改善だけではなく、経済的にも世界的なインパクトがあると考えています。私達3人がOUI Inc.を創業したのは眼科医になって3年目のときでした。この事業を世界に広められれば、私たちのような若手の眼科医でも、世界を変えるようなパラダイムチェンジを起こせるんじゃないかと信じています。
現在は、日本医療研究開発機構や世界銀行グループの国際金融公社等の支援も受けながら、アフリカや東南アジアなど、各国で現地の医療機関と協働したパイロットプロジェクトを実施中です。
SECを紹介すると、現地の先生が100%「これいいね!」と言ってくれます。日本でも離島の先生に使ってもらっており、本当に喜んでもらえることが多いです。そういった先生方の声や、患者さんがよくなったという話を聞くと、道のりは険しいけど目指す方向は間違っていないんだと思えます。
――清水さん、ありがとうございました!
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