私たちNPO法人ETIC.(エティック)では、「世界を変える偉大なNPOの条件」の共著者であるヘザー・マクラウド・グラント氏をオンラインで招へいし勉強会を開催しました。
本書では、社会的インパクトの創出に成功しているNPOは、適応力あるリーダーシップを持ち、政府・個人・NPO・ビジネスなど多様なステークホルダーをつなげるネットワーク型の組織だといいます。
自組織という境界を超えて、単独では生み出せなかったインパクトを他者を通じて生み出すためのネットワークは、どのように生み出すことができるのでしょうか。
前半の記事では、地域の課題解決に向けたリーダーたちのネットワークづくりと、リーダーシップ向上のために行われた事例についてお届けしました。
>> 孤独なリーダーたちをつなげて、社会を変える〜複雑化する社会課題に挑む「システムリーダーシップ」(1)
この記事では、ネットワークの構築やアップデート、システムマップの検討など、具体的なノウハウを中心に行った質疑応答の内容をレポートいたします。
ヘザー・マクラウド・グラント氏
Open Impact創設者であり、ベストセラー「世界を変える偉大なNPOの条件」の共著者。本書は、英エコノミスト誌でも年間ベスト本TOP10に選ばれた。2017年にOpen Impactを設立。25年以上に渡り社会変革に対するコンサルタントに従事し、社会的インパクト創出に向けたフィランソロピー戦略やアプローチ、リーダーシップに関するアドバイスを行っている。
ネットワークのアップデートと最適化
グラント氏の講義資料より
参加者 : ネットワークの中には、目的に貢献していないと感じるものもあります。時としてネットワークを再生したり、解散または再構築する必要があると思いますが、一度ネットワークをスタートするとそれも難しいです。
グラント氏 : 組織と同じように、ネットワークにもライフサイクルというのがあります。アメリカでも会員型組織の中には時とともに硬化し、官僚的・事務的になってきて効果を失ったネットワークも多くあります。
組織とネットワークを考えるとき、どのようにネットワークを再生しフレッシュに維持するか常に考える必要があります。外部のファシリテーターを呼んだり、データを収集してアセスメントをすることは、自分たちの存在意義を問うような会話を促すことを手助けします。もしもネットワークに真の目的もエネルギーも残っておらず、インパクトも出ていない状況なら、なぜこのネットワークが存在しているのかを自分たちに問い直さなくてはいけないでしょう。
10年から15年前と比べて、ソーシャルメディアやオンラインネットワークなど、ネットワークツールは非常に増えました。これらは社会課題のネットワークとは異なりますが、良くも悪くも、世界全体がより繋がった状態にあり、言い換えればネットワークが多すぎることのリスクさえあると思います。
私自身多くのネットワークの会議に参加してきた中で、必要なことがまとまらないで終わるという状況を多く見てきました。このバランスをどのように取っていくのか。組織の中にチーフネットワークオフィサーのような役職があると、ネットワークに取り組み続けることもできると思います。
参加者 : ネットワークに必要なリソースには、資金や人材などがあります。ネットワークにおける資金調達や活用はどのように管理されるべきでしょうか?
グラント氏 : ネットワーク内にかかるお金の扱いは方針がとても難しいし、常に平等に分配されるということはありません。これこそが真の課題であり、多くの資金提供者にとって理解が難しい点でもあります。
そのために、寄付者や助成者に対しては、なぜこのネットワークという方法がインパクトに直結するのか、なぜ投資する価値があるのかということを説明していくことが重要です。それにより、1団体ではできなかったような資金調達を達成することができます。
ネットワークにおいても、一定の共有されたガバナンスシステムやネットワーク戦略、財務のマネジメントなどは必要です。それによりネットワークが公平性を維持し、不要な争いを避けることができます。ネットワークにより大きなお金を調達することができれば、パイを争奪するのではなく、そこからパイをより大きくすることが可能となっていきます。
参加者 : 協働のフレームワークを他の事例から取り入れる(レプリケーションする)場合でも、トレーナーのような人がいないと、実践の中でうまく使われないのではないでしょうか?実践の成功にはどのような仕組みが必要でしょうか?
グラント氏 : ナレッジ共有という観点では、地域でともに取り組むトレーナーやコンサルタントがいることが重要です。また、協働についての年次集会などの場は、レプリケーションのためのワークショップや取り組みの調整、共通のゴール・測定方法の設定やデータプラットフォームなどを学べる機会となります。
成功したプログラムでも、レプリケーションが他の全ての地域で成功するものとは限りません。3割ぐらいのケースは成功して、3割は概ねの成果、残りの3割はあまりうまくいかなかったというのがよくあるパターンです。レプリケーションの成功には、システム思考ができるリーダーがいることと、スタートアップフェーズを乗り切る資金があることが重要です。
参加者 : 関係者が多岐に渡る際、例えば「子どもの幸せ」といったような抽象度の高いものについては合意はできるが、「産後うつ」といった具体的なものには合意が難しいことがよくあります。抽象と具体のバランスはどのくらいとったらいいのでしょうか?またバックボーン(事務局を担うコーディネート組織)の役割として、自治体との連携が重要ですが、時として自治体の方ばかり向きすぎると民間NPOからは距離を置かれるような事例もあります。八方美人になりすぎず、立ち位置のバランスを取るにはどうしたら良いでしょうか。
グラント氏 : 抽象度が高すぎると確かに組織化が難しいし、具体的すぎると多くの人をエンゲージするのが難しいというジレンマはあります。重要なのは、一つの大きなゴールのもとに、異なるサブゴールを具体的に設定することです。
行政との付き合い方に関する関係者の温度感の違いは、問題のセンシティブさによるでしょう。アメリカの場合、銃規制や移民規制などの問題に関して、保守的な州とは取引したがらない組織もあります。応援団を失うことなく、自分たちのアジェンダを追求することが重要だと思います。
システムチェンジの鍵は関係性
グラント氏の講義資料より
参加者 : 起業家育成のプログラム実施に携わっていますが、時としてプログラム参加者の成果を、生まれるプロジェクトの質で判断する傾向があります。人々の関係性という視点が抜けていることに気がつきました。
グラント氏 : 私自身も30年間NPOに関わってきたキャリアの中で、資金調達者に対して結果を示すことが重要であるとよく理解しているつもりです。先ほどお話ししたNLNでは外部の評価者を雇うこともできましたが、評価のアプローチそのものもイノベーティブな方法を取ることにしました。つまりは、リーダーシップ開発そのものが数値化できるものではないので、創造的かつ革新的な方法で、リーダーたちの関係性や成長そのものを示すことにしたのです。
新たなアプローチを取ることで、今度は新たな資金を調達して他地域でのプログラム転用も可能となりました。多くの財団や助成者は、測定できないものをなぜ助成するんだ?とすら思っていることがあります。関係性を評価するというのは「ソフト」アプローチかもしれませんが、関係性はインパクトに直結しています。このフィードバックループを見える化することが重要です。
時間やお金を通して信頼を築き、地域に存在する問題に関して共通の認識が得られて初めて、革新的なアイディアは生まれます。人々がシステムについて異なる考えや視点を言葉にし始めた時、それが交わるポイントで創造性は生まれるのです。異なるアイディアが集まり組み合わさった時に初めて、「なるほど!」と思う瞬間はやってきます。こうした体験は、自分自身のレンズ(見方)を通してだけではできないことでしょう。
参加者 : NLNではマイクロ助成金を出していたということですが、どのくらい小さかったのでしょうか?
グラント氏 : NLNのマイクロ助成金は5,000ドル以下(約5,600万円)でした。フレズノでのパイロットプログラムでは、4年間の総予算が120~130万ドル(約1.5億円)で、スタニスラウスでも同じくらいでした。その中の一部を、マイクログラントとして当てた形となります。
イノベーションを始めるのに、必ずしも多くのお金は必要ではありません。例えば、ファシリテーター謝礼や会議費、飲食費など、地域のディスカッションイベントを開催するのに必要な分を提供すれば十分です。大きなお金は不要で、少ない資金で物事を十分前進させることができます。
スタニスラウスのNLNから生まれた事例では、たった5,000ドルで始まったパイロットプロジェクトが、移民一世の大学生を支援するために150,000ドルが投入されるという結果につながりました。多くの移民一世たちは、低所得と貧困によりバスに乗るお金すらありませんでしたが、地域の交通機関を巻き込むことで、無料のバス乗車券を提供することに成功したのです。たった少しのお金で、システム全体の中に眠っているより大きな資本を呼び覚ますことができます。
参加者 : 2015年にプログラムは終わったとのことですが、その後のモニタリングや評価はどのようにしたのでしょうか?
グラント氏 : 助成元のアーバイン財団の体制変更により、財団からの継続的な支援はストップしてしまいました。フレズノでは、地域内にバックボーン組織として機能する団体がなかったために、地域内の「主宰」がおらずネットワーク継続はあまり成功したと言えません。
こうした経験をもとに、スタニスラウスでは最初からあえて、地域内のコミュニティ財団を主宰組織としておきました。彼らによる助成は今も続いていて、小さいスケールでのネットワーク会合は今も継続しています。最初の4年と同じほどの資金ではないですが、ネットワークを続けるには十分です。スタニスラウスでは、バックボーン組織があったからこそ参集を続けることができました。
参加者 : システムリーダーを育てていくとき、組織のリーダーだけが研修に参加したりするだけでは、組織はなかなか変わっていきません。メンバー自身もシステムリーダーになっていく必要があると思います。いかにして他のメンバーをシステムリーダーに変えていけるのでしょうか?
グラント氏 : NLNに選ばれたリーダーたちも、多くは組織のリーダーでした。しかし、目的は組織そのものを超えて、自分たちが存在している社会システム全体像を見るということにありました。
そのため参加者には、この研修で学んだことを自分たちの組織に持ち帰り、チームのメンバーたちと実践することを奨励しました。例えばNLNのメンバーとは、地域にある問題のシステムマッピングを行い、それぞれの立場から見えている景色を共有することで、介入ポイントや革新的なソリューションは何かを考えました。このレベルの議論を自分たちの組織のメンバーとできるかどうか、ぜひその実践についてイメージを持つことを薦めました。
素晴らしいNPOのリーダーの素質は、他のメンバーに全体像(大きな絵)を見せられるかにあります。人事や会計などの担当であれ、彼らを戦略的な議論に巻き込むこと、そしてこのような議論ができるように他の人のスキルを育ててチームを作っていくことが重要です。
参加者 : システムマップを作ってみたいと思うのですが、どこから始めたらいいのかわかりません。マッピングは、コンセプトやイシュー、ステークホルダーごとにやればいいのでしょうか?
グラント氏 : システム思考の比喩に「森」と「木」があります。「森」を見るとは全体像の中にパターンを見出すことであり、「木」を見るというのはより詳細な事象に着眼することを言います。
マッピングの焦点は、イシューでも、アクターでも、パワーダイナミクスでも、いろいろなやり方があります。大事なのは、マッピングの目的が全体像(大きな絵)を見ることにあり、その中にどのようなフィードバックループが起きているかを認識することにあります。ある一定の行動が他のところでどんな影響を及ぼしているのか、その関係性をみるよう意識することが重要です。
日本のシステムチェンジに寄せて
グラント氏 : 社会起業家・NPOのリーダーであることは、決して簡単な道のりではありません。しかしみなさんの活動は、今までにかつてないほどに意義深いものとなっています。私にとっても日本のソーシャルセクターについて知る機会となり有意義な経験でした。みなさんのお役に立てる日がまた来ることを願っています。
終わりに(編集後記)
日本でも近年、事業成果に直結する要素として、チームやネットワーク内の関係性が重視され始めています。一方で、人々のネットワークを作る活動にはなかなか予算がつかないのが現状です。
今回のイベントでは、人々のネットワークは意図的に作れること、またそれにより変化した地域内の関係性は、マッピングすることで具体的に示せるということがわかりました。日本国内にもすでに多くのネットワークが存在していますが、関係性そのものをマッピングし、メンバー関係がもたらすインパクトを示すことで、資金提供者を含むより多くの人に今後その重要性を感じてもらえるようになることが期待されます。
システムは、より多くの人が集まりそれぞれが見ている視点を共有することで、その全体像をよりよく把握することが可能となります。今回の経験を通じて、日本のソーシャルリーダーたちが多様な視点を互いに持ち寄り、革新的なアイディアを生み出していくうえでの一助となることを願います。
今回のイベントレポート記事の前半はこちら
>> 孤独なリーダーたちをつなげて、社会を変える〜複雑化する社会課題に挑む「システムリーダーシップ」(1)
今回実施したプログラムの別のセッションのレポート記事はこちら
>> 成功する社会運動に共通する6つのアクションとは?―「世界を変える偉大なNPOの条件」の著者と学ぶ社会の変え方(1)
>> 日本で社会運動を成功させるには?―「世界を変える偉大なNPOの条件」の著者と学ぶ社会の変え方(2)
※本企画は、eBay Foundationが助成するGlobal Give: Rapid Responseプログラムの助成のもと実施されまました。この助成は、コロナ禍で社会課題解決に取り組む世界中のNPOを対象に、eBay Foundationが支援しています。
あわせて読みたいオススメの記事
世界と日本で生まれている新しいお金の潮流とは?常識にとらわれない「財団」のチャレンジ
イベント
知る・想う・つながることで社会が変わる ―さまざまな角度から見える「こどもの学びの格差」、 コレクティブインパクトに向けた「四方」よしとは―
東京都/PwC Japan合同会社 セミナールーム (東京都千代田区大手町1-2-1 Otemachi One タワー18階)
2024/10/29(火)