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目薬ボトルをリサイクルして作ったサングラスで世界の目の健康を守りたい。会社に勤めながら社会起業家になった長岡里奈さん

2022.10.06 

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雇用形態の変化やライフスタイルの多様化、テクノロジーの発展などを背景に、自分の想いと仕事をつなげて事業を創るチャレンジが拡がりつつあります。

 

チャレンジのスタイルも、特別な才能や大きな覚悟をもった人の一世一代の大勝負だけではなく、一般の人たちが自分らしい方法で、自身や家族のウェルビーイングを大切にしながらアクションを起こす形が増えています。目指すゴールまでの過程も様々です。

 

自分らしいチャレンジで納得できる未来を創造できるように、今回、一歩先行く一人の方の挑戦をご紹介します。

 

ロート製薬株式会社の商品開発部で目薬商品のマーケティングを担当する長岡里奈さんです。長岡さんは、ロート製薬が2020年4月に始めた社内起業家支援プロジェクト「明日ニハ」を通じて、2021年4月、アイフォースリー合同会社を設立しました。事業内容は、目薬ボトルの廃プラスチックからリサイクルしたサングラスの企画製造販売。収益をもとに、インドの貧困層の失明を防止するための活動を展開しています。

 

26歳で会社員兼経営者となった長岡さんに、事業への想いや目指す未来などをお聞きしました。

 

聞き手 : 小泉愛子(「Action for Transition」運営メンバー)

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長岡里奈さん/ロート製薬株式会社 商品開発部 兼 アイフォースリー合同会社代表取締役

1996年生まれ。慶応義塾大学総合政策学部在学中、半年間休学しインドにてリサイクル石鹸をスラムに配る活動を行う。2018年に卒業後、ロート製薬株式会社に入社。商品開発部で主に目薬の商品企画・マーケティングに携わる。2020年よりロート製薬の社内ベンチャー制度「明日ニハ」1期生として活動開始し、2021年にアイフォースリー合同会社を設立。工場での廃棄プラスチックを削減するべく、また世界の失明をなくすべく、目薬の廃プラをリサイクルしたサングラス「eyeforthree(アイフォースリー)」の製造・販売を展開している。Youth Co:Lab (国連開発計画とシティ・ファウンデーション共催の「ソーシャル・イノベーション・チャレンジ日本大会2021」にてCVC賞を受賞。ビジネスプラン発表会LED関西2021ファイナリスト。

インドの貧困層に健康的な生活を手にしてほしい

 

――長岡さんは、ロート製薬の社内ベンチャー制度を活用して会社を設立されたんですね。

 

はい。社会課題と向き合う社員を応援する取り組みとして始まった「明日ニハ」の立ち上げに合わせてエントリーしました。その後、アイフォースリー合同会社を設立してから1年半が経ちます。

 

この社内ベンチャー制度では、社会課題を解決したい社員が、ロート製薬からリソースの提供を受けながら会社を作り、事業を進めることができます。

 

リソースは例えば一緒に事業を動かす仲間、社員が健康的な生活習慣を取り入れることでコインが貯まる健康社内通貨「ARUCO」を活用した資金、また国内外のネットワークなど。私は、大学時代から自分がやりたかった世界の目の健康を守る事業に挑戦していますが、とてもサポーティブな環境で取り組むことができてありがたいです。

 

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「明日ニハ」のパーカーを着てインタビューに答える長岡里奈さん

 

――長岡さんから見て今の状態はどう思いますか?やりたかったことの実現に近づけているか、時間の使い方は思っていた通りかなど教えてください。

 

アイフォースリーの事業が目指す一番のゴールは、インドをはじめベトナムやインドネシアの人々の目の健康に貢献することです。そういう意味ではまだ一歩目を踏み出したところです。

 

将来的には、特に貧困層の方々が健康的な生活を当たり前に送れる環境をつくりたいと思っているので本当にまだまだです。

「当たり前の健康」が国の環境によって手にできないことにショック

 

――なぜインドの人の目の健康に貢献したいと思ったのですか?

 

大学2年生の時、NGO(国際協力組織)のボランティア活動で初めてインドに行ったのですが、当時、インドでは5歳未満の死亡要因一位が下痢ということを知ったんです。日本では下痢で亡くなるなんて考えられないことだと思っていたので、自分にとって当たり前だった健康的な生活や健康状態が生まれた国の環境によっては手に入れることもできない事実に大きなショックを受けました。

 

――インドの子どもたちの死因を知ったことが大きな動機になっているのですね。

 

日本では当たり前だと思っていたことがインドではそうでないんだと思うことが多くて、いろいろ頭の中がパニックになって思わず感情的になって泣いてしまったんです。

 

NGOの活動では部族の子どもたちへの教育活動を行ったのですが、日本の文化を伝える活動でも体育の授業でも「自分は何もできなかった」と落ち込みました。

 

インド人の学生さんには、「泣いているだけで何もしないんだったら、結局偽善じゃないのかな」と指摘されました。帰国後は、そういったすべての事実や自分の気持ちを忘れて普段の生活に戻るのではないか、それは怖いしできないという思いがずっと残っていました。

大学を休学してリサイクル石鹸を貧困層の家庭に配る活動も

 

――大学卒業後は、インドの健康問題に課題を持ちながらも起業ではなく就職を選んだんですね。それはなぜですか?

 

もともと家族が海外好きだったこともあって、私は学生時代から海外での仕事や暮らしに興味がありました。

 

海外ではなく日本での就職を選んだのは、海外に出た時に日本人の強みを活かすことを考えると、日本の社会や経済とビジネスでつながった企業で、例えば名刺交換一つとっても日本独自の文化の習慣や意味を学ぶことは人としての信用性を高めるために大切だと思ったからです。就職先で海外を目指すことは、遠回りに見えても実は近道なのかもしれないと思いました。

 

ただ、インドの貧困層の課題を現場で感じたかったので、大学4年生の時に半年間休学してスラム街の人たちの話を聞く活動をしました。半年のうち数ヶ月はインド人が経営する調査会社で朝6時から夕方3時まで有給のインターンシップで働き、その後の時間を使ってスラム街に通いました。

 

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スラム街に暮らす人たちには怪訝な顔をされたり真剣にコミュニケーションをしてもらえなかったりしましたが、それでもとても親切にしてくれる家族と出会えたんです。その家族と一緒に過ごすうちにわかったのが、スラム街では洗濯用石鹸は持っていても顔や体を洗う石鹸を持っていない家庭が多いことでした。手や身体を石鹸で洗えないことで必然的に不衛生になりがちで、大腸菌などが原因で亡くなる子どもが多いことを知りました。

 

――肌を守る石鹸がないことで死に至る場合もあるんですね。

 

その事実を知った時、「石鹸が必要だ」と思ったんです。すぐに石鹸を作り始めたのですが、うまくいかなくて、インドのホテルにある石鹸を回収してリサイクル石鹸を作り、日本のクラウドファンディングで資金を集めながら日本の人たちやスラム街の子育て家庭に石鹸を届ける活動をしました。

 

クラウドファンディングは、日本人の方がリサイクル石鹸を2個買うとスラム街の子どもたちにも1個届けられるという内容で目標額は達成したのですが、日本からインドまでの送料がとても高くて経済的に持続させることができませんでした。

ロート製薬が作る、白内障の手術用の眼内レンズに着目

 

――ロート製薬に入社したのはなぜですか?

 

リサイクル石鹸の失敗からビジネスを学ぶ必要性を感じたことがきっかけです。海外でも事業展開しながら、人の生活に密接した消費財などを扱っている企業を探すなかで、ロート製薬に出会いました。

 

――アイフォースリーの事業の特徴について、目薬のボトルをリサイクルしてサングラスを作るという着想はどうやって生まれたのですか?

 

最初は子どもたちの下痢の課題を解決したいという思いが強くて、健康面、衛生面での課題解決にばかり目が向いていました。でも、ロート製薬で仕事をするうちに人の健康を守る上で目がとても大事なこと、また白内障が原因で失明してしまう人が少なくないことを知りました。

 

インド人の方々にも話を聞いた時に、実際、若年性の白内障になった子どもがいることもわかりました。その子は裕福な家庭だったので手術で治せたそうなのですが、失明まで進行する目の病気が多いことも知ったんです。

 

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そのなかで、白内障の手術で用いられる眼内レンズをロート製薬が作っていることもわかって驚きました。社内には白内障に詳しい人がたくさんいて、リソースも充実している、それなら目の健康を守る事業で人の健康に貢献できないかと考えました。

 

――なぜ目薬のボトルを商材にしようと考えたのでしょうか。

 

目薬の有効成分には紫外線で壊れてしまうものがあるのですが、紫外線からその成分を守るために、ボトルにはUV吸収剤が入った特別なプラスチックが使われています。

 

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アイフォースリーのサングラスと、ロート製薬で製造・販売している目薬(右)。

高品質なプラスチックが使われた目薬のボトルのUVカット機能をサングラスに活かした

 

目薬のボトルとして高品質であることが必須で、実は完成までの過程で廃棄されるボトルも多いんです。それなら捨てられるはずだったボトルのプラスチックに含まれるUVカット機能を活かしてサングラスを作りたいと思いました。サングラスをかけてもらうことで白内障の原因の一つである紫外線を防ぐ可能性も期待できるかもしれないと思ったんです。

日本でサングラスを販売し、利益をもとにインド人の目の健康に貢献する

 

――活動ではインドの貧困層の白内障や失明を防ぐことを目的にしていますが、なぜインドではなく日本で販売することを決めたのですか?

 

最初は日本でサングラスを作り、インドに届けることを考えましたが、送料など原価が高すぎて現実的ではありませんでした。そこで、日本のお客さんにまず買ってもらうことで利益を生み出し、インドやその他諸国の、貧困層の眼科健診や白内障の手術を行う団体に寄付するなど彼らの目の健康を守る活動にあてることにしました。

 

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ロート製薬のカラフルな容器の廃プラスチックで作ったサングラスフレームのサンプル

 

ゆくゆくはインドでサングラスを作り、貧困層の方々に直接届けたいと思っています。また、ロート製薬と交流のあるインドネシアとベトナムでも活動を拡げていきたいです。

自分の苦しい気持ちをまわりに言えなかった時期も

 

――会社を設立してからこれまでの間で大変だった時はありますか?

 

会社設立が決まった時は、まず出資額が自分よりも会社の方がはるかに大きかったので、「失敗したらどうしよう」というプレッシャーが大きかったです。

 

それにまだ入社して1年しか経っていなかったので本業の成果に大きく貢献できているわけでもなく、正直いっぱいいっぱいになっていました。アイフォースリーの事業も課題が大きくて未経験のことばかりでどうすればいいかわからず、辛い気持ちになったことも多かったです。

 

睡眠時間を削ってなんとか業務を進めようともしましたが、その反動で怒りっぽくなったり、気持ちが落ち込みやすくなったり、いいことはありませんでした。

 

まわりにも自分の苦しい気持ちを言えなくて、誰にも相談できない状態がしばらく続きました。

 

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――そんな辛い時期をどう乗り切ったのですか?

 

どうしようもなく辛いと思った時に、人事部や「明日ニハ」の事務局の方に思い切って相談しました。いろいろな意見をいただきながらチームのみなさんに正直に打ち明けようと決めて、時間的に余裕がなくて焦っていることや困っていることを話しました。

 

そうしたら、みなさん、私の話を受け止めてくれて、「困ったことがあったら言って」と協力を申し出てくれ、私の業務が圧迫しないように仕事の進め方ややボリュームなどを調整してくれました。そこで私自身気持ちがラクになれて、「自分の部署での役割やアイフォースリーでやりたいことがみなさんに認めてもらえている」「頑張っていいんだ」と思えました。まわりの方々の協力があって、今自分は仕事ができていると感じています。

 

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――まわりに相談することでピンチの状況を脱することができたのですね。

 

また、完璧を目指さないようにしました。たとえ漏れていると感じる業務があっても、「それは優先順位が低いんだ」と考えて、いい意味で諦めるようにしました。

 

これらは睡眠時間を確保しつつ、本業にもアイフォースリーの事業にもプラスに働く、持続可能な働き方をするにはどうすればいいか考えた結果出していった答えで、社会人として当たり前のことかもしれませんが、そういったことをこの1年半で学んだと思います。

チャレンジを応援してくれる人や団体に背中を押してもらって

 

――会社に勤めながら社会起業家になるという長岡さんの今の生き方は、大学2年生の時にインドの健康問題に衝撃を受けたことから始まりました。もし当時の自分に会えるとしたらどんなことを話したいですか?

 

まず、自分が課題と感じていることと、現地の人たちが一番課題だと感じていることは違うかもしれなということ。私はインドに行った時、課題だと感じたことに衝撃を受けたと同時にそのことに気づかされました。その課題感のギャップの原因は文化の違いによることも大きく課題解決にもつながるから、当時の自分には、「せっかく現地にいられるのだったらその違いを見つけて」と言いたいです。

 

今はコロナ禍の関係で現地には行けないので、白内障についてもインドの現状を自分で確かめることが難しい状況です。目が見えないことは、学校で満足に勉強ができない子どもが増えてしまう要因、また世界でも交通事故が多いと言われるインドの交通事故の原因になっている可能性が高いという確信は持っています。でも、できるなら、インドに行って、現地の人たちの声を聞いて課題についてもっと知識を深めたいです。

 

――最後に、長岡さんのように自分の想いを仕事にしたいという方に向けてアドバイスをお願いします。

 

私はすごく恵まれた環境で事業を推進できていますが、まわりの方から自分の想いに共感され、サポートしてもらっていることが大きな力になっていると実感しています。

 

廃プラスチックを使ったサングラスは、現時点では一度の生産量が少なく、まだ大きな利益につながりません。ただ、ロート製薬の社内でも、社員の方々が会社の課題でもあった高品質な廃プラスチックのリサイクル問題やインドの健康問題などに共感してくれているのを感じています。

 

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また、動くなかで自分が課題だと思っていること、やりたいことに挑戦している人たちを応援したいと思ってくれる企業や団体、行政、また個人の方がいることにも気づきました。

 

自分一人で「頑張らなければ」と意気込む必要はなくて、資金面や技術面などいろいろなリソースをつなげようとしてくれる方々に協力してもらうことで、自分の事業も可能性もどんどん広がっていくと思います。まずは調べることから始めて、協力してくれる人や制度と出会ってほしいです。

 

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撮影 : 大森秀明

 

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この記事は、越境的・創造的キャリアづくりを目指すトランジション・アクセラレーター「Action for Transition」(略称 : AFT)の連載記事です。AFTでは、一人ひとりが自分らしいチャレンジを継続できるようコーチングとコミュニティで応援しています。プロジェクトの関連記事はこちらからご覧ください。

 

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たかなし まき

愛媛県生まれ。松山東雲短期大学英文科を卒業後、企業勤務を経て上京。業界紙記者、海外ガイドブック編集、美容誌編集を経てフリーランスへ。子育て、働く女性をテーマに企画・取材・執筆する中、2011年、東日本大震災後に参画した「東京里帰りプロジェクト」広報チームをきっかけにNPO法人ETIC.の仕事に携わるように。現在はDRIVEキャリア事務局、DRIVE編集部を通して、社会をよりよくするために活動する方々をかげながら応援しつつフリーライターとしても活動中。いろいろな人と関わりながら新しい発見をすること、わくわくすること、伝えることが好き。