働きながらスキルや知識を再習得するという意味の「リスキリング」。副業の解禁やリモートワークの浸透を経て人材の流動化が進む近年では、地方でリスキリングを実践する人も少なくありません。
都内の中小企業向け経営コンサルティング会社でクリエイティブディレクターやデザイナーとして活躍しながら、茨城県の青木酒造で組織開発などに関わりスキルアップに取り組む小園勝之さんにお話を伺いました。
小園勝之(こぞの・かつゆき)さん
クリエイティブディレクター/デザイナー/アートディレクター
1982年愛知生まれ、宮崎育ち。ブランディングをはじめデザイン、取材・ライティング、組織開発や教育体制づくりなどの領域で活躍。マス向けの広告制作に12年携わったのち、都内のクリエイティブ・コンサルティング会社にディレクター・デザイナーとして従事。2021年に東京を離れ宮崎県へUターン。リモートワークで勤務を続けている。
地方企業に感じた外部からの視点の必要性
小園さんは20年近く働いていた東京から一昨年、地元である宮崎県に戻り、地方のおもしろさを再発見しながら生活する中で、九州以外の地方にも興味が湧いて、副業というかたちで地方と関わる選択肢が生まれました。
副業先として選んだのは茨城県古河市(こがし)で190年続く老舗の酒蔵。茨城県とは特に縁がなかったそうですが、どんな理由だったのでしょう。
「茨城県を含めて、首都圏では過疎化への危機感がそんなになかったり、地域の魅力が周辺同士で埋もれやすかったり、差別化されづらいといった課題があるのではないかなと感じていました。そんな仮説を実際に当事者として経験できる、そして茨城・古河という地域の可能性を発見できる貴重な機会でした。
また、僕はお酒が好きなのですが、九州は焼酎文化ということで『もっと日本酒を知りたい!』 という思いもありました」(小園さん)
副業人材が仕事を通じて地域と関わりを持つことは、関係人口の創出や地方企業の活性化の一手として地方創生の文脈でも注目されています。
受け入れ先となった青木酒造の専務・青木知佐さんは、副業人材の活用は、従業員が自社に自信を持つことにつながったと話します。
「副業人材の受け入れは初めてのことだったので、最初は本当にうちに応募がくるのか?と半信半疑でした。始めてみるとたくさんの応募をいただいて、従業員全員びっくりしました。“酒蔵のために力になりたい”という20代や30代の方々の存在を知ることができて、すごくうれしかったです」(青木さん)
顔合わせの食事会では、お酒好きの副業人材3人に日本酒が振る舞われた
スキルとノウハウを活かして活動領域を拡張
副業人材を活用する中小企業が活躍を期待している分野として最も多いのは「商品開発やサービス企画」次いで「営業や販路拡大」、「マーケティングやPR」となっています。※
※パーソルキャリア(東京都千代田区)「副業人材活用の実態と2023年のマーケット予測」に関する調査参照。
副業人材に与えられるミッションは単純作業ではなく、新規事業開発やWebマーケティングが多いので、実践的なスキルアップやリスキリングにつながります。
小園さんはご自身の広げたいスキルの領域についてこう話します。
「デザインやブランディングを専門としてやってきましたが、今回の副業ではそこに集中するのではなく、人材のマネジメントや組織編成、マーケティングに力を入れたいと思っていました。
以前に九州の焼酎の酒蔵でコンセプトづくりやブランディングをやっていた経験から、青木酒造さんでの副業に活かせることもあるのではないかと思いました」(小園さん)
「酒造りの繁忙期となってくる時期に副業人材の方をどのように起用するべきなのか、どんなことで力になってくれるのかという具体的なイメージができない中で、小園さんの焼酎蔵での経験はとても心強いものでした。お願いした業務としては、外からの視点で酒蔵の魅力を発見してほしい、というのがスタートでした」(青木さん)
青木酒造を代表する銘柄『御慶事』を手にする青木知佐さん
心がけたのは社員全員とのコミュニケーション
青木酒造で副業に取り組むのは小園さんと、戦略コンサルティングの経験者とプランニングや営業の経験者の3人です。事前に念入りに相談し役割分担や進め方を決めるようにしました。
「青木酒造さんとのコミュニケーションは週に1回、1時間程度のオンラインミーティングとチャットが基本です。現地に行くのは月に1度なので、限られた時間の中で仲間として受け入れてもらえるのかという不安はありました。
専務の青木知佐さんが事前に社員の皆さんに声掛けをしてくださっていたおかげで、すぐに打ち解けることでき、スムーズにコミュニケーションを取ることができました」(小園さん)。
青木酒造は190年以上続く家族経営の酒蔵です。今後のPR戦略や業務形態について外部からの視点を元に可視化することの必要性を感じていました。
小園さんを含めた副業人材チームはどのようにアプローチしていったのでしょうか。
「まずヒアリングに基づき課題感を洗い出しました。やはりPR戦略が中心になりそうだということで、社員さん3名と一緒にペルソナ設定のワークショップを行いました。青木酒造さんが目指している、若い世代や地域の人に愛される酒蔵になるためには、具体的にどういったターゲットにどんな施策が必要になるのか落とし込んでいくための作業です。
また、最初のヒアリングを通じて業務改善等の可能性も感じましたので、社員さんお一人お一人に、仕事内容や業務の中でのお困りごとなどを1時間くらいかけて細かくヒアリングをしました。次のステップとしてはそれを社員さん全員で共有して、誰がどんな業務をしているのかを可視化していくワークショップを実施。業務効率の最適化を話し合いながら行いました」(小園さん)
業務の可視化をするワークショップの様子
社長や専務だけでなく、社員全員にていねいにヒアリングを行い、それを全員で共有したことで、ひとりひとりが納得した目標の設定や業務形態の提案が実現したのだと、青木さんも振り返ります。
「これまでは個々の中にあったターゲットのイメージも、副業人材の3人が『それってこんな人じゃないですか?』と具体的な言葉で次々と表現してくれることで、打つ手もはっきりとしていきました。
ペルソナを設定するワークショップなどの存在は前から知っていましたが、家族だけで行うのは難しかったと思います。今後発生する業務についてもいつ誰がやるのが適切か、可視化を通じて整理することができました」
青木酒造の従業員の皆さん
自分にできることで、中小企業で幸せに働く人を増やしたい
ペルソナの設定後は、ファンになってもらうための施策として具体的な提案内容をまとめていきました。異なるステップやカテゴリーを想定し、提案した複数の施策の中から、青木さんと相談し実行段階に移すものを絞り込みます。
「最終的な施策内容は3つに絞り込みました。まずは、そのうちのひとつである酒蔵でのイベントを、今年の秋に開催すべく動いていきます。実行に向けて今後も継続的に関わっていく予定です」(小園さん)
これまでにも副業という形態でさまざまな中小企業に関わってきた小園さん。その原動力は何なのでしょうか。
「業務や評価制度を整えることで、少しでも会社やそこで働く人が幸せになればいいなと思います。
20代の頃、制作会社でデザイナーをしていたのですが、上司の突然の退職により実務上のトップというポジションを任されました。若手を育てながらプレイヤーとしての業務に追われ疲弊していく日々でした。言い訳になってしまいますが、人事やマネジメントについて学びたかったのに、そんな時間はまったくなくて。
当時の自分や今の部下たちのことを考えると、“がんばっているのになんかしんどい”という人をできるだけ減らしたいんです。働くって本来楽しいはずのものじゃないですか。
だから今回、青木酒造の皆さんと忙しいタイミングの中でも和気あいあいと進められたのはとても良かったなと思います」(小園さん)
青木酒造の副業人材として集まった3人(右・小園さん)
茨城県が第二のふるさとに?地方での副業を経て
今回小園さんが参加した茨城県での副業プロジェクト『iBARA KICK(イバラキック)』の実施は半年間。青木酒造での副業を経て、双方にどんな成果をもたらしたのでしょうか。
「酒蔵でイベントを開くことは、これまで考えてはいたけれども、なかなか踏み出せなかった一歩です。副業人材の方々によって新しい風が入ってきたと感じています」(青木さん)
「副業として企業に関わる魅力は、企業や自分自身のことを客観視できることだと思います。また、企業側のオーダーを冷静に分析し根本的な課題を発見する際には、外の人だからこそ気づくこともあるのではないでしょうか。他にも、ふだんあまり出会うことのないような副業人材の方との出会いなど、自己成長につながる種がたくさんあるなと感じています」(小園さん)
お住まいである宮崎県以外にも地域との関わりを持ちたいという思いを持っていた小園さんに、今回の副業を経て茨城県はご自身にとってどんな場所になったのかお聞きしました。
「今後もさらに関わる人や企業が増えていくと思いますので、この縁がつながっていけば、第二のふるさとになりうるんじゃないでしょうか(笑)。
こうやって、出会いの機会・多様性や、成長といった軸で地方に活躍のフィールドを広げていく流れが、今後活発化していくのだろうなと思います。地方の中小企業で楽しく働ける人の増加にもつながれば良いですね」
***
【取材を終えて】
青木酒造のご家族と副業人材の3人は顔合わせのタイミングで食事会を開き、お酒を交えて楽しいひとときを共有したのだそうです。外部の人材が介入するからこそ、社内に新しい風が吹き、課題の洗い出しや業務の改善についても前向きな雰囲気で進めることができるのかもしれません。
そういえば「『御慶事』というお酒をつくる杜氏(とうじ)さんは、楽しさが味に伝わるんだと言って、いつもみんなを笑わせてくれる」と小園さんが話してくれました。楽しく働くことが良い成果を生むことにつながるのは間違いなさそうです。この副業期間中、焼酎よりも日本酒をいっぱい飲んだと話す小園さん、とても幸せそうな笑顔が印象的でした。
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