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地域とのつながりも育む「体験格差」解消 すべての子どもが希望を持てる社会へ―公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン

2024.02.02 

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公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン

・東日本大震災をきっかけに、経済的な困難を抱える子どもたちの学習活動に使える「スタディクーポン」を発行、経済的な背景による学習機会の格差解消に取り組む。

・学習機会の格差だけでなく、スポーツや芸術など、子どもたちの体験機会の格差を解消したい、という長年の思いから「子どもの体験奨学金事業ハロカル」を開始。

・「ハロカル」の思いに共感した全国各地の地域団体とともに、一人でも多くの子どもたちの「体験格差」解消と、子どもたちが安心して過ごせる地域のつながりづくりを目指す。

 

「みてね基金」は2020年4月に活動を開始して以来、子どもや家族の幸せのために活動している非営利団体を支援する取り組みを続けています。今回紹介するのは、2021年3月に「みてね基金」第二期 イノベーション助成で採択した非営利団体の一つ、「公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン」です。イノベーション助成によって実現したのは、貧困の世代間連鎖を断ち切るための子どもの「体験格差」を解消する新たなプロジェクト。活動に込めた思いや成果について、今井 悠介さんにお話を聞きました。

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「公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン」代表理事 今井 悠介さん

 

※こちらは、「みてね基金」掲載記事からの転載です。NPO法人ETIC.は、みてね基金に運営協力をしています。

子どもの貧困の新たな問題「体験格差」

 

突然ですが、「体験格差」という言葉を知っていますか?

 

「体験格差」とは、家庭の経済状況により生じている、学校外でのスポーツや文化・芸術活動にかけられる子どもの「体験機会」の格差のこと。近年の物価上昇やコロナ禍で進んだ家庭の孤立などで深刻さを増す「子どもの貧困問題」の新たなテーマとして注目されています。2023年7月には、全国の小学生・保護者2,097人を対象とした「子どもの『体験格差』実態調査」が発表されたことで話題になりました。

 

「みてね基金」第二期 イノベーション助成を活用し、日本でも初となる「体験格差」に関する大規模調査を実施したのが、「公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(以下、CFC)」。2011年の設立以来、経済的に苦しい環境下にある子どもたちを対象に、塾や予備校など学校外の学習活動に使える「スタディクーポン」を発行し、子どもたちの未来の可能性を広げる活動を続けてきました。

 

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文部科学省での「子どもの『体験格差』実態調査」の最終報告

 

東日本大震災がきっかけで発行「スタディクーポン」に10倍以上の応募殺到

 

同団体代表の今井 悠介さんの前職は、学習塾を運営する企業の会社員。仕事にはやりがいを感じる一方で、経済的な理由で塾に通えなくなる子どもたちがいる現実に直面したのだ、とふり返ります。

 

「営利活動では支援の手が回らない子どもたちのために、できることはないだろうか」という思いを募らせていた矢先に、東日本大震災が発生。「行動を起こすのは今しかない」と、前身の団体を引き継ぐ形でCFCを立ち上げ、東北の被災地で活動を始めました。

 

「『スタディクーポン』を必要とする子どもたちに配布することを告知すると、150枚の募集に対して1,700人が殺到したんです。やはり学習支援は絶対にやるべきだと確信すると同時に、これだけ学びを諦めたくない子どもがいるのに、全員の願いを叶えられないことへの悔しさを感じました」

 

以後、一人でも多くの子どもたちに支援が届くようにと、「スタディクーポン」の取り組みを東北以外のエリアにも拡大。CFCの活動を支える寄付を呼びかけるため、社会貢献活動を特集した雑誌記事に載った企業すべてに電話をかけたり、昔の恩師に寄付依頼の手紙を書いたりと、地道な働きかけを続けてきました。

 

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「スタディクーポン」の立ち上げ期、子どもたちの相談サポートを担う大学生ボランティアを募り、養成研修を実施

 

「スタディクーポン」によって実現したいこと それは「地域とのつながり」だと気づいた

 

また、団体発足以来、重視してきたのが調査報告の活動です。

 

自分たちの取り組みに足りない点はないのか、『こうあるべき』という理想にとらわれて、本当に求められているニーズの本質を見誤っていないのか。常に冷静に見つめるために、活動の成果を可視化する定期的な調査レポートを実施して公表してきました

 

調査から見えてきたのは、「スタディクーポン」の本質的な価値。それは単に学習機会を増やすというものだけでなく、「つながりの価値」だったと今井さんは語ります。

 

「子どもたちにクーポンの使い方の説明をしたり、学習を持続できるよう励ましたりするサポート活動を行う大学生ボランティアの存在が、子どもたちにとってとても大きい価値であることが分かったんです。自分の存在を認め、応援し、見守り続けてくれる親以外の大人を身近に発見できること。クーポンは、つながりのきっかけであり、手段にもなるのだという発見がありました」

 

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子どもたちと大学生ボランティアの交流

 

この気づきは、今井さんが社会に目を向ける転機となった、学生時代のある記憶とも結びついたのだと言います。

 

たまたま誘われて参加したNPO主催のキャンプの期間中、今井さんは過酷な生育環境からコミュニケーションに困難を抱える若者たちに出会いました。最初は笑顔をほとんど見せなかった人でも、農業体験などを通じて地域の大人たちから大切に扱われる時間を過ごすうちに、徐々に表情が和らぎ、前向きな言動が増えていく。そんな変化に立ち会った記憶と「スタディクーポン」の成果が結びつき、「地域で温かく見守る大人と出会えるきっかけを、もっと子どもたちに提供したい」という思いが、今井さんの中で膨らんでいったのだそうです。

 

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薪をくべる作業を通して地域の大人とコミュニケーション

 

ハロー、カルチャー&ローカル 子どもたちが地域と文化に出会う起点

 

「私自身の過去をふりかえってもそうでしたが、習い事や地域イベントへの参加など、さまざまな体験機会を通じて人生の選択肢は広がります。また、そうした体験機会を通じて、地域で見守ってくれる大人に出会い、安心して過ごせる環境の中で子どもたちは育つもの。学習機会の格差だけでなく、『体験格差』を解消することも、子どもたちの未来には重要な課題だという意識はずっと胸の中にありました」

 

企画書を練り、学習塾以外の習い事に特化したクーポンを提供するための支援を企業に呼びかける提案に5回ほどチャレンジしたものの、「食事や学習ならともかく、習い事の支援は必要ないのでは」となかなか理解を得られなかったという今井さん。10年近く温めてきた構想が、ついに「みてね基金」で実現したのだと笑顔を向けます。

 

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「ハロカル」事業で協働する地域コーディネーターの方々

 

長年積み上げてきた構想がついに形となった新しいプロジェクトの名前は、「子どもの体験奨学金事業ハロカル」。「ハロー、カルチャー。ハロー、ローカル」という意味が込められ、子どもたちがスポーツや芸術などの文化活動を通じて、地域の人と出会い、つながる機会を目指しています。その地域に根差して活動する個人・団体と連携しながら、体験機会を求める子どもたちとのマッチングを促進する取り組みです。

 

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「ハロカル」のお披露目イベント

 

「『ハロカル』がきっかけで近所のピアノ教室に通い始めた男の子のお母さんが、『大人たちとの関わり方が変わりました』と教えてくれたんです。過去に高圧的な指導者から叱られた経験から、大人に対する警戒心が強くなり、まともに挨拶を返すこともできなかったその男の子が、『君が好きな曲を弾いてみようよ』と自分の意思を尊重してくれる先生に出会い、週に1回習う時間を持てたことで、徐々に心を開いたのだそうです。今ではふいに声をかけられても、うまく言葉を返せるようになったと聞き、とても嬉しくなりました」

 

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大人から尊重される体験が子どもには大切

 

「地域の子どもたちの力になりたい」サポーターを発掘し、子どもたちにつなげる

 

発達障害があり、学校生活に馴染めなかった子どもが、「ハロカル」でつながったコーチが教えるアクティビティに通い始め、楽しくリフレッシュできる時間ができたという事例も。今井さんが子どもたちに届けたいのは、音楽や運動の技能の獲得によって人生の選択肢を広げるチャンスだけでなく、「地域の中で自分を見守ってくれる大人」とのつながりです。

 

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子どもたちに届けたいのは、アクティビティと「地域の中で自分を見守ってくれる大人」の存在

 

「『ハロカル』で最も大事に考えているのが、子どもたちのサポーターとなる体験機会の担い手の“発掘”です。地域でさまざまな習い事を提供する大人たちの中には、『困っている子どもたちの力になりたい』と考えている人が少なからずいますが、ネット検索ではなかなか見つかりません。その思いを表に引き出し、必要とする子どもたちにつなぐことが重要なんです。スポーツ用品店にチラシを置いてもらったり、公民館の教室案内を見にいったりと、地道に一人ひとり探し出しては私たちのコンセプトを説明し、共感していただける方と一緒に事業をつくっています」

 

2年前に東東京地区から試行が始まった「ハロカル」の取り組みは、岡山、沖縄、石巻と各地へと広がっています。「今後は地域が主体となってサポーターの発掘やマッチングを進められる仕組みを促進し、一人でも多くの子どもたちの『体験格差』解消と地域とのつながりづくりに貢献したい」と今井さん。

 

「調査や広報活動を通じて、『体験格差』の問題の認知を広げ、行動を起こすプレーヤーを増やすための働きかけにも、引き続き力を入れていきたいです。子どもたちが望む放課後の時間を安心して実現できるよう、地域で支える環境を社会全体でつくっていきましょう」

 

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「ハロカル」を全国に!日々邁進するCFCのみなさん

 

< 取材後記 >

 

日ごろから、自らに対して「健全な疑いの目」を持つ意識を大切にしているという今井さん。インタビュー中に語った「体験機会に恵まれる環境で育っていたとしても、その子が本当に望む体験を得られているとは限らない」という言葉にハッとしました。私も一人の子どもを持つ親として、目の前の子の心が満たされているのか、常にまっさらな目で見つめることを忘れないでいたいと思います。

 


 

団体名

公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン

申請事業名

貧困の世代間連鎖を断ち切るための子どもの「体験格差」解消・事業

 

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宮本恵理子

1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、出版社にて雑誌編集を経て、2009年末にフリーランスとして独立。主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。家族のための本づくりプロジェクト「家族製本」主宰。主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』など。