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対立を乗り越えて、共に新しい未来を生み出すプロセスの処方箋~『それでも対話をはじめよう』実践ワークショップより~

2024.06.21 

あなたにはいつも意見が合わない、苦手な相手はいますか?敵対関係にある人と話をせざるを得ない場面は?わかり合うことは難しいと諦めたことは?

 

対話に関する本は世の中に山ほどあります。ここ数年、最も売れているビジネス書は伝え方に関するものがほとんど。その理由として、特にコロナ禍以降は、人々のコミュニケーション様式も変わり、会話や人間関係に「不安」や「葛藤」を持つ人が増えているからではないでしょうか。

 

私自身もコロナ禍では、人間関係に深く悩みました。感染という見えない恐怖と、見通しのつかない不安の中で発せられた「言葉」や「態度」が、意図しない誤解を生み出し、複雑に絡み合ってしまったことも。こじれた関係性にも、怒っている相手にもどこから手を付けたらよいかわからなくなりました。こういう時に紛争解決のプロは何をするのだろう。何度もそんなことを思い返していました。

 

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アダム・カヘンさんは、対話の分野で国際的に高く評価されているファシリテーターであり、民族対立や医療問題、気候変動など、複雑な社会課題に取り組み成果をもたらしてきたファシリテーター。彼が取り組む対話の手法は、異なる価値観や背景を持つ人々との対話を促し、深い理解と共感を生み出す手法で知られています。

 

長年にわたり、アダム・カヘンさんは「オープンに話し、聞く」という対話の原点と、個人やグループがもつメンタルモデル(※)に注目し、対立や敵対関係を超えて、新しい未来を築くプロセスを実践してきました。その独自のアプローチは、個人や組織の成長はもちろん、紛争後の地域コミュニティの再建、新しい国づくりの手助けにもなっています。

 

今回、アダム・カヘンさんの対話の源泉とされる書籍『それでも、対話をはじめよう。──対立する人たちと共に問題に取り組み、未来をつくりだす方法』の実践ワークショップが開催されました。

 

これまで『敵とのコラボレーション』や、『共に変容するファシリテーション』など、アダムさんの著書を多く翻訳され、組織変容やシステム思考の普及にも取り組む、チェンジ・エージェントの小田理一郎さんのファシリテーションで「オープンに話し、聞く」を実際に体験しながら、対立の乗り越えかたや、新しい未来を生み出していくプロセスを知るという内容です。本記事では、その様子をお伝えします。

(※注:メンタルモデル=誰もが自覚なしに持っている価値観、思い込み。 生活におけるあらゆる行動や思考の起点にもなっているものの見方)

 

37年続いた内戦で20万人が虐殺されたグアテマラでの事例

ワークショップの冒頭では、実際にアダムさんが1998年から南アフリカで取り組んだ「ビジョン・グアテマラ」というプロジェクトを事例に、4つの対話のモードについてのレクチャーがありました。

 

当時のグアテマラは、37年間も続いた内戦から抜け出し、先住民も含む多様な人々が大きな痛みを抱えた中で、お互いの利害が対立し、行き詰っている状況でした。

当時のグアテマラの状況を解説するチェンジ・エージェントの小田理一郎さん

当時のグアテマラの状況を解説するチェンジ・エージェントの小田理一郎さん

 

内戦で対立していたのは、アメリカ寄りの軍事政権を進める政府軍と、前の政権でソ連の後ろ盾を受けたゲリラ軍でした 。両者の対立の裏で深刻な影響を受けたのは、その土地に住んでいた先住民の人たち。彼らは昔から土地の権利を認められておらず政府からも抑圧されていました。彼らが土地の自由化を訴えると、 政府からはソ連寄りだと見なされてしまい、先住民たちは政府軍による虐殺の対象になってしまいました。グアテマラの当時の人口は700万人で、その半分以上が先住民です。政府軍とゲリラ軍との戦いと人種差別が絡み合い、20万人が虐殺され100万人が強制移住を余儀なくされました。

 

こうした悲劇が起きたこの土地で、これからの国づくりをどうするかというテーマで、政府の役人から学者、活動家、先住民、ジャーナリストなど幅広いステークホルダーが未来を築くために集まり、「ビジョン・グアテマラ」というプロジェクトがスタートしました。アダムさんは、その対話のファシリテーター・チームの一員として参加したのです。

 

話し方と聞き方には4つのモードがある。

対話のモード (1)

 

参加者たちは当初、左下のダウンローディング(儀礼的な会話)の状態にありました。20万人が犠牲になった内戦では家族や友人を亡くした人もおり、恨みつらみがあってもおかしくない状況でした。当然、お互いに口を利こうとはしません。

そこでファシリテーターたちは、これまであまり関係がなかった二人組で散歩をしながら、お互いの話を聞くことを提案しました。そこでインディオの先住民の人たちが奪われた土地や文化がとても神聖なものであったことを知ったり、あるいは殺されてしまった活動家のお姉さんの思い出 を聞いたりしているうちに、「ここでは率直に話 をしてもいいんだ」という心理的安全な場がつくられていきます。

 

しかし、いざ全体に戻って話し合いを始めようとすると、またもやお互いに対する恨みつらみを語るばかりで、未来に向けた対話にはなりませんでした。そこで、ある若者が変化を起こします。

 

「ここにいる人たちは過去におきた出来事への悲しみや批判ばかりで、未来をつくろうという意思も感じられない。いったい何のために集まっているんだ。こんな話し合いでビジョンなんてつくれるわけがない」と彼は投げかけました。この若者の一言で場のムードが一気に変わり「われわれはそれぞれのコミュニティを代表してここにいる、だからこそ率直に話すべきだ」というモードになり、それぞれの立場の意見が出てくるようになりました。

 

そのバラバラの意見をどうまとめていくか。それは共通理解を確立する、つまり意見は違っても相手の言っていることがわかるという状態になることが大事になります。

 

若者の投げかけのあと、元政府軍の長官が、なぜ自分は大勢の犠牲を生んだ軍の暴走を止められなかったのかについて、語りだしました。も許してもらおうとは思っていないと前置きしつつも、誰もが聞くに耐えられない内容を打ち明けました。しかし、その場にいた当時、平和大臣であったラクエル・セラヤさんが「誰も、女性や子どもを虐殺する方法を学ぶために軍に入るわけではないですよね。あなたがしたことはとても許されることではないけれど、そのことだけはわかっています」と伝えます。

 

また、あるグループでは人道支援NGOの活動家、ロナルド・ オチャエタさんが遺体を検死する場面でのストーリーを語ります。ある時オチャエタさんは、ブルーシートに包まれた大量の遺体のなかにとても細かい骨を見つけます。「軍は人を殺した後、ハンマーか何かで骨を砕くものですか?」と法医に尋ねたところ「いいえ、ちゃんとした人間の骨です。あなたが見ているのは胎児のものですよ」とおっしゃったそうです。その後、オチャエタさんは言葉が出ず、場にも沈黙の時間が流れます。

 

そこで、その場の全員が次のような思いを共有しました。私たちはそれぞれの立場がある。その立場で何が起きていたかをちゃんと共有する。その上で、私たちが共通で持つべき責任は何か。それは「二度とこんな悲劇を繰り返しちゃいけない」ということ。そのための国づくりであり、ビジョンを一緒につくるために私たちが集まったのだと、チームが存在する理由を感じ取ったのです。

 

わかり合えないところから、全体性を生み出すプロセスを体感する

この事例が身近なものではないにせよ、似たようなことは私たちの周りでも起きているのではないかと思います。たとえば家族や職場、地域社会でも、お互いにそれぞれに言い分があり、そこから頑として動かない。停滞した場、硬直化した関係はあちこちに存在しています。

 

そこをどう抜け出していくのか。このワークショップでは、ある参加者が抱える悩みをケースとして、4つのモードの対話を実践してみました。

 

会社経営をしているAさん。いつも職場が散らかっていて掃除がされていない。雑然とした中での仕事は生産性も落ちてしまう。スタッフに意識させるために清掃のチェックリストをつくるなどの仕組みも取り入れてみましたが、まったく効果がない。職場をキレイな状態に保つにはどうしたらよいかという悩み。まずはAさんの訴えを、行儀よく聞く(ダウンローディング)モードから始まりました。

 

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熱弁している社長に対し、誰も反応しません。聞いているようで、まったく聞いていない状態。

 

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次は二人組になり、この問題に対して意見をぶつけ合う討論モードに移ります。お互いに正面で向き合い、持論をぶつけ合う時間です。意見は言いっぱなしでOK。

続いて、お互いに横並びに座るように姿勢を変え、今度は好奇心をもって相手の意見を聞く体験をします。なぜそう思うのか?その意見になった背景は?など、共感をもって耳を傾けてみる。その後、グループになり、気づいたことや感じたことを話し合います。

 

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最後に全体でひとつの円になり、感じたことや気づいたことを共有します。それぞれのモードで対話をやってみて、気持ちにどんな変化があったか。オフィスの掃除を徹底したい社長の思いに対して、どんな気持ちを抱いたかを率直に場に出します。

 

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社長の意見の背景にあるものを感じとった人、スタッフが何に対して抵抗しているのかを考えた人もいました。不思議なことに、別々のグループでまったく同じ意見が交わされていたことに気づきます。偶然その場に居合わせた参加者は初対面です。仕事も背景も立場もまったく違う人たちが、別々のところで同じ内容の対話をしていた……この場に全体性がもたらされた瞬間でした。

 

このモードに入ると、お互いの根底にある「よりよくしたい」という思いから、率直に話す・聞くことができるため、意見の対立はたいした問題ではなくなります。

 

ぶつかることを恐れず、いま私ができることから

今回は「オフィス環境の乱れ」という、誰もが想像しやすい問題をテーマに対話が進みましたが、私たちが抱える問題はそれだけではありません。気候変動、環境破壊のような時間軸が長期に渡る問題もあれば、虐待や貧困、いじめなど複雑性の高い問題も存在します。

 

アダム・カヘンさんは、多様なステークホルダー たちが、心からオープンに話し、聞き合うことでそれぞれの利害や立場を超え、自分たちを含む大きなシステムが、健全な方向に向かうことをサポートしました。彼が実践を重ねてきたファシリテートの手法は、とても容易ではありません。

 

 

私自身もこれまで手ごわい相手に心から向き合う勇気が持てていたのか、はなはだ疑問です。怒っている相手には行儀のよい態度で話を聞き「どうしたらいいかわからない」と距離をとる。これが相手もまた自分も傷つけない手段だと思っていました。しかし、その在り方は「聞いてもらえなかった」「受け止めてもらえなかった」という気持ちを再生産させるだけで、より問題を根深くさせることに気づきました。

 

アダム・カヘンさんの著書にはこんなことが書かれていました。

 

オープンに話すということが、進んで自分の内面を相手にさらけだすことだとしたら、オープンに聞くということは、相手から出てくる新しい何かに対して、進んで自分自身をさらけだすということだ。

 

(アダム・カヘン著 小田理一郎 訳(2023)『それでも、対話をはじめよう。~対立する人たちと共に問題に取り組み、未来をつくりだす方法』英治出版、第9章より)

 

 

本書では成功事例だけでなく、アダム・カヘンさんが対話に失敗した事例、苦労をした体験、居心地が悪かった場面のことも書かれています。そのため遠い国の話ではなく、非常にリアルに感じ取れると思います。もしあなたが行き詰まっている問題を抱えているなら「話す」「聞く」ことからはじめられるかもしれません。

 

<ご紹介した書籍の情報>

『それでも、対話をはじめよう──対立する人たちと共に問題に取り組み、 未来をつくりだす方法』(著者:アダム・カヘン / 訳・解説:小田 理一郎 / 2023年 英治出版)

 

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野田 香織

1974年兵庫県生まれ。短大卒業後、印刷会社でグラフィックデザインの仕事に携わり、不動産広告やCIなどを担当。2006年からマドレボニータに参画、人生賭けて挑みたいテーマを見つける。2009年にNPO法人ETIC.に参画。社会起業塾、アメリカン・エキスプレス・アカデミーなど起業支援のプログラム運営の後、求人サイト「DRIVEキャリア」のコーディネーターに。個人のキャリア相談の他、さまざまな組織の採用、人事の相談にも乗っている。