「新生ETIC.はどうですか?」
最近メールや会議でご一緒した方によくご質問をいただきます。
2021年5月、当メディアを運営するNPO法人ETIC.(エティック)は、「自主経営組織への変革」、創業から代表を務めてきた宮城の退任を発表しました。
>> 組織変革、そして代表退任。ETIC.らしい進化の旅路へ──宮城治男×嘉村賢州
そこから早3ヶ月。たくさんの方から反響をいただきました。リーダー育成や社会起業家・ローカルベンチャーの支援などに取り組んできたエティックの次の一手に注目・期待してくださっている方もいれば、100名を超える(専従は約50名)スタッフを擁するエティックの組織変革から自組織のあり方を考える上でのヒントを得ようとしてくださっている方もいます。
エティックはどう変わったのでしょうか?
今回の記事では、組織変革チームの一員に手を挙げ、3年間にわたる変革に携わった番野智行(ソーシャルイノベーション事業部 事業統括/シニアコーディネーター)が、チームを代表して、「事業」「組織」そして「理事会」の3つの観点に分けて、変革の現在地をお伝えしたいと思います。
番野 智行
NPO法人ETIC.ソーシャルイノベーション事業部 事業統括/シニアコーディネーター
1977年京都府亀岡市生まれ。東京大学法学部卒業。2000年よりNPO法人ETIC.にて社会起業家支援に取り組む。2005年に異文化間マーケティングを専門とするコンサルティング会社に転職。同社取締役を経て、2010年にETIC.に再合流。創業期~成長期の社会起業家・NPOを対象とした資金面・非資金面の支援や、政府や企業向けのコンサルティング・人材育成などに携わる。より良い社会の実現に向けて、組織・個人がどう力を合わせることができるかがテーマ。プロコーチとしてリーダー育成や組織開発にも携わる。
戦略を持たないのが戦略??──事業の進め方はどう変わったか
「『組織全体で大きな目標と戦略を定め、それに従って各部門が事業を進めていく』という、多くの組織で一般的なこのスタイルを、エティックでは既に採用していません」
これは、5月に公表した組織体制・経営体制の変更についてのリリースの「(2)事業展開の戦略および方針」に記載されている文章です。
以前のエティックは、経営陣を中心に案件を組成し、それを現場のプロジェクトリーダーやスタッフが実行する構造が強かったです。しかし、メンバーが増え、事業領域が広がり、スピード感を求められる状況では、この方法は限界を迎えていました。
とはいえ、戦略もなく、どうやって事業を進めていくのか。この点について、前理事であり、経営陣の一人として事業を長年統括してきた山内幸治に聞いてみました。
事業統括ディレクターとして、常に事業開発の先陣に立ち続けてきた山内(中央)
「結論から言うと、戦略はあります。皆が自分の思いと繋がりながらやりたいようにやっていく、それが結果、巡り巡って社会にとってもエティックにとってもプラスになっていく――それが戦略です」
これを読んで納得された方もいると思います。一方で、NPOであれば、組織の目的と戦略を決めてそこに一丸となって向かうほうが良いのではないかと考える読者の方もいるのではないでしょうか。さらに突っ込んで聞いてみました。
「取り組む課題も個人のモチベーションも多様化する中で、『組織が決めたからやる』『全体の戦略に従ってやる』というよりも、『一人ひとりが何かをやっていきたい』という意思を開放していく方が、結果、世の中が変わっていくと思っています。エティックが大事にしている『起業家精神の最大化』とも重なります。事業を推進していく仲間もエティックの中だけで集める必要はなく、エティックの外で集めてもいいんです」
実現したい社会のあり方を定め、まずは組織内で体現していく。これが目的の実現に向けてエティックが新たに定めた戦略だと言えます。前回の記事で前代表理事の宮城が語っていたこととも符合します。
実際に、エティック内でのプロジェクトの誕生の仕方も変わってきています。筆者が所属するソーシャルイノベーション事業部においても、以前から基本的に経営陣の決裁を得ることはしていません(メンターとして助言を求めることはあります)。自分たちがやりたい、やるべきだと感じた事業を、外部とも協働しながら、機動的に立ち上げることができています。
一方でこの理念を実現するためには、お金のことも含めた経営とも向き合っていく必要があります。この点についてはどうでしょうか。
「予算も、目的の実現に向けて自分たちで判断を積み重ねていく方式に2020年度からシフトしています。事業部単位で採算を合わせることを基本の約束事にしています。一方で投資フェーズの案件も大切。財務情報は基本的にオープンになっているので、自分がやっていきたいのであれば、どこまで投資するかしないかを全社視点から考えて、皆に説明をし、理解を得れば進められます。予算があるから何をやってもいいとか、予算がないからやれないとかではないです」
実際に、2019年度に赤字を計上してしまった収支も、2020年度は大幅に改善することができました。新型コロナウイルスの影響を受けながらも、です。
事業面でも変化の兆しが生まれつつあるエティック。これまで事業を統括してきた山内は、その役割を手放した先に何を見ているのでしょうか。
「いまは入り口に立った状態です。守りの側面は上手く行きはじめているけれど、攻めの部分はこれから。組織を維持するための改革ではなく、未来を作っていくための改革なので、そういう意味でよりダイナミックにいろんな進化に繋がっていく手応えをみんなと感じていきたいですよね。2~3年はかかると思いますが」
実際に山内は、これまでと変わらず現場の最前線に出ながらも、ステークホルダーの皆様との協働をさらに推進する新しい仕掛けを準備しているところです。
事務局長職を廃止??──組織運営はどう変わったのか
「事務局長の業務を、自主経営を推進するいくつかのチームに分散させたのですが、既に自律的に動いてくれています。ここ数ヶ月、私自身が別の事業で忙しかったのですが、全然問題なく回っています」
そう語るのは、前事務局長の鈴木敦子。今回の組織変革で長年務めた理事と事務局長を退任しました。
前事務局長の鈴木(左)と、前代表理事の宮城(右)。1年半ぶりに対面で開催された全社ミーティングでの一コマ(2021年4月)
事務局機能は、6つのチームに分散され、事務局長職は廃止に。「自主経営推進」「エコシステム(広報を含む)」「組織づくり」「財務管理」「報酬・働き方」といった重要度の高いテーマを担う5つのチームが組成されました。従来からバックオフィス業務全般を担ってきた「経営管理部」の役割は守りの仕事に絞り込んでいます。
こうした運営方法は2021年の初めに先行してスタートしています。鈴木は実際にどう感じているのでしょうか。
「今までと圧倒的に違うのは、昔は忙しくて誰かに業務を任せても、『最終的な意思決定は(鈴木)敦子さんですよね』という無意識の合意が私にも相手にもあったことです。でも今は、状況や課題をきっちり捉えて、成果を出そうと動けるチームメンバーに託せている。自分がスパーンと抜けても、最善で進んでいる安心感があります」
なお、現在のチーム編成は「いま」のエティックの最適解であって、必要に応じて柔軟に再編していくことが前提です。現在も「リスクマネジメント」のチームを新たに立ち上げることが検討されています。
実際にどんな変化が起きているのか、「報酬」を例に挙げてみましょう。報酬制度のあり方や利益の分配方針について、これまでは経営陣の裁量が大きい状態でした。人事評価についても、担当マネージャーの報告に基づき経営陣が決定するという数十人規模の組織では一般的な方法でした。
「組織改革を始めて間もない頃に、報酬や評価について検討する有志のチームができて、全体の財務状況を見ながら、オープンな議論を始めました。まだ様々なチャレンジの途中ではありますが、報酬のあり方について、メンバーたち自身がオーナーシップを持ったのが大きな変化ですね。全体の財務状況を変えていかないと、大きく報酬は変わらないっていうことを、皆が自分ごととして理解したと思います」
自分たちの組織のルールや文化をトップに任せるのではなく、自分たちが参画して作っていく――今の社会にとって大切なことを、まず組織として実践するムードが育まれつつあります。
では、事務局長職を手放した鈴木はどうするのでしょうか?これから取り組みたいことについても聞いてみました。
「具体的に何をするかは考えていきたいんですが、『挑戦と応援』っていうキーワードを追いかけていることは全然変わっていなくて。エティックの外でも中でもやっぱり挑戦が育まれていくような土壌作りには貢献したい。私自身がここ数ヶ月忙しかったのですが、社内の皆から多くのサポートを得ることができて、エティック自身が他人を応援するっていうカルチャーを忌憚なく発揮できる構造になったと感じています」
今後の自分自身やエティックでの仕事を心から楽しみにしている。そんな鈴木の姿を組織内でよく見かけることも付け加えておきます。
次の代表理事は誰??──ETIC.らしい理事会のあり方へ
「宮城さんの後任は誰ですか?」
30年近く、エティックの顔として活動してきた創業者の宮城。次の代表理事は誰なのか、組織改革のリリース以降、多くの方から質問を受けます。予想を伝えてくださる方も少なくありません。昨年、宮城から社内向けに退任の意向が示された時、私も含めた多くのスタッフもこの問いが頭に浮かびました。
しかし、宮城からは「次の代表理事は誰かということではなく、新しい組織のあり方にふさわしい、理事や理事会のあり方を考えることが本質。少なくともこれまでのようなヒエラルキーのトップという位置づけではない」ということが告げられました。
エティックが実現したい目的や価値観との整合性も大事ですが、それだけでは不十分です。
法令を守り、ステークホルダーへの責任も果たす必要があります。契約書にサインをするのは誰なのかという実務面も考える必要があります。また、組織の経営の担い手は、自主経営会議を中心とした自治に移行します。
であれば理事や理事会が果たすべき役割とは何なのか。検討チームが立ち上がりました。
およそ1年にわたる検討の結果、新しい理事会の役割は「組織全体が目的の実現に向けて健全に運営されているかどうかを組織を代表して見守り、適宜必要な働きかけを行う役割」として定義されました。
また、誰かが固定的・長期的に理事の役割を担う形を想定せず、2年の任期制(再任は可能)も採用。
その上で、最初の役割を担う5名のメンバー(伊藤順平、坂本(田中)多恵、白鳥環、田村千佳、本木裕子)が選任され、8月20日付で新しい理事に就任しました。組織全体にある多様な声を反映できるよう、担当業務や年次なども考慮されています。
>> 【ETIC.からのお知らせ】理事会の役割変更および新理事体制のご案内
組織のトップとしての重責はないとはいえ、新しいガバナンスや組織運営のあり方の確立に向けた重要な役割の一つであることは間違いありません。どのような心境なのか、新しい理事を代表して2名の声を紹介します。
「ここ2~3年、有志のメンバーを中心に議論されてきた『組織』の話に、正直どこか当事者になれていませんでした。事業領域が広がり、メンバーの想いも多様化する中で『組織としてどうあるか』にあまり興味がわかなかったのです。
そんな中、宮城さんの退任や、体制変更が社内に伝えられました。これは『組織としてどうあるか』というよりも『個人としてどうあるか』が問われる挑戦だと感じるようになり、モヤモヤが晴れるような感覚でした。
『自主経営の見守り役』という役割は、一般的に『理事』という肩書からイメージされるものとは異なるもので、気負わず自然体で取り組みたいと思っています。2年間の任期が終わるとき、エティックがより皆のものになっていて、ご機嫌に働けていたらよいなと思います」(伊藤順平)
普段は地域における挑戦の現場づくりに取り組む伊藤。学生時代にエティックでインターンを経験したのち民間企業に就職、2015年に中途入社で再合流。
「組織変革はここ数年かけて推進してきましたが、代表理事の交代は考えたこともありませんでした。聞いたときには、とても驚きました。ただ同時に、不思議としっくりもきました。
始めは宮城さんの確信に満ちた決断を信じる気持ちでしたが、徐々にこれが自然な流れだと感じてきています。大きな変革の最中であることを、今、その渦中で実感しています。
今回、理事の制度も役割も、大きく変わりました。エティックらしい『理事』のあり方を見出していくべく、試行錯誤して、そのプロセスを分かち合いたいです。新しい理事は、これから多くの人が担うことを想定しているのも特色です。次期『やってみたい』と思われるものにしていきたいです」(本木裕子)
ソーシャルイノベーション事業部で社会起業家の支援に取り組む本木。民間企業やNPOを経て2015年に入社。起業家への肯定的な関わりが持ち味。
8月上旬の全社会議では、新しい理事全員が就任にあたっての心境を語ってくれました。多少の緊張感はあったものの、上の2人のコメント同様に良い意味で自然体で軽やかなものでした。
それは新しい理事の役割が軽いという意味ではありません。全員でエティックをつくっていくという文化が醸成されつつあることへの信頼があるからこそだと私は感じました。前代表理事の宮城は「代表理事なんて誰もやりたくないと思っていた」と語っていましたが、理事が重たい責任を一手に引き受けるというヒエラルキー構造を皆で転換できつつあるということでしょう。
完成された組織ではなく、進化・適応できる組織を目指して
組織改革を本格的にスタートしてから3年強、そして体制変更のリリースから3ヶ月。今回、理事を退任した2人、そして新しい理事2人の声を中心に、組織の現在地について筆を執る機会をいただきました。
一方で、この背景には書ききれないほどの議論と対話があり、組織全体が喜怒哀楽全ての感情を味わってきたことも記しておきます。
積み残しの課題もまだまだ多いのが現実です。ステークホルダーとの協働、人材配置の最適化、個人の能力開発、事業部間の連携促進、リモートワーク下での関係性構築と組織文化の醸成、新評価制度の導入と定着など、リストを見ると圧倒されます。
ただ、私自身、以前と異なる心境にあることに気づきます。
1つは、これまで組織変革チームとして抱え続けてきた仕事が、既に多くのスタッフによって自律的に進んでいること。タスクフォースに参加して手を動かす時間がない人も、当事者意識を持って、草の根レベルでの変化の担い手として協力してくれています。
加えて大きいのが、「学習と成長を重ねていけばよい」という心境に個人としても組織としてもシフトできつつあること。これは「ティール組織」の著者であるフレデリック・ラルーさんや、エティックの組織変革を伴走し続けてくださった嘉村賢州さんが繰り返し私たちに伝えてくれたことです。そして、エティックが大事にしている価値観でもあります。
組織としての痛みを経験したことで生まれた「間違いのない組織を作らねばならぬ」という重圧。このことが余計に組織運営を難しくしていたことが今になって分かります。そのことに気づき、手放すことができつつあるのは、組織にとってだけでなく、私自身にとっても大きな成長でした。
私の普段の仕事は、ソーシャルセクターの創業・成長支援や、企業・行政における社会価値創造の支援です。個人レベルでは思いと可能性を持った人がたくさんいるのに、組織の構造や関係性によってその発揮が阻害されているケースをたくさん見てきました。そしてエティックもそうでした。だから私は組織変革チームに手を挙げたのだと思います。
今後は、私たちのこの現在進行系の学びを、より多くの人たちと共有し、一緒に学びを深め、前進していくことを楽しみにしています。
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