地球温暖化が年々深刻化しています。新たなクリーンエネルギーの普及が、脱炭素社会の実現に向け急務となります。東京大学生産技術研究所の特任研究員である織田藍作さんは、クリーンエネルギーのひとつである水素エネルギーの量産に必要な材料を研究開発しています。持続可能な社会への想いと研究活動の事業化についてお話をうかがいました。
織田 藍作(おだ あいさく)さん
エンジニア/起業家/CATALAB代表/TOKYO STARTUP GATEWAY2023ファイナリスト
アメリカのボストン出身の26歳のハーフ。
【経歴・実績】
ブラウン大学で機械工学を専攻。卒業後は日産自動車に入社し、EVバッテリーパックの備品開発を2年行った。東京大学の工学系研究科 マテリアル工学専攻に進み、水素発生触媒材料の研究を始めた。
【趣味】
ランニングやテニス等のスポーツとジャズドラムが好き。
聞き手:栗原吏紗(NPO法人ETIC.)
効率性と量産を両立する水素エネルギーの材料の研究開発と化石燃料に頼らない社会の実現
―今取り組んでいる事業について教えてください。
2023年にCATALAB(カタラボ)という任意団体を立ち上げ、2024年10月を目標に法人設立を予定しています。東京大学生産技術研究所とともに、水素をエネルギーの基盤とした社会づくりに向け、その実現に必要になる「材料」を研究・開発しています。
水素エネルギーとは、水を電気分解し「酸素」と「水素」に分ける過程から取りだされた「水素ガス」を利用したエネルギーのことです。水素ガスは、直接燃焼したり、車両の燃料や鉄の精錬に利用したりと、幅広い活用が期待できます。また、水素エネルギーの利用は、燃焼や生産においてCO2をほとんど排出しないため、クリーンエネルギーとして注目されています。
水素エネルギーの活用のイメージ図
2022年に研究室にて、水を分解する際に必要な「触媒」の開発を進めています。現状ではコストパフォーマンスのよい触媒材料を50種類ほど特定。2024年に入ってからは、この材料の利用を拡大させるため、ビジネスモデルを検討し始めました。現状では、特許を取得して技術供与するか、サプライヤーとして触媒材料を提供するかなど、あらゆる事業モデルを検証しているところで、触媒の実用化を目指します。
将来的には、触媒材料を製品化(実用化)するだけでなく、量産も視野に入れています。耐久性などの実証評価で性能を証明し、製造プロセスにおける品質を検証したうえで、量産態勢を構築していきたいです。
TSG2023 決勝大会のプレゼンの様子
―水素製造触媒による環境に優しいエネルギーですが、他のエネルギー源にはない魅力や課題は何でしょうか。
水素エネルギーの魅力は、CO2を排出しない点だと思います。水素エネルギーを使用しても排出されるのは水のみです。
他にも、水素エネルギーは、他の再生可能エネルギーに比べて安定供給が可能です。一方、太陽光や風力発電は、日照条件や風量に影響を受けることが多く、安定供給に課題があります。また、リチウムイオン電池など貯蔵技術も、膨大な需要に対応するにはいたっていないのが現状です。
しかし、水素エネルギーは、天然ガスと同様に貯蔵や輸送が可能であるため、化石燃料のように使用したい時に供給でき、利便性や効率性も高いと言えます。
たしかに、水素エネルギーが普及すれば、安定供給とクリーンエネルギー社会の双方を実現できますが、コストと生産過程でのCO2排出という課題があります。
まず、水素エネルギーのコストが高い点。水の分解に使用する「触媒」が高額な貴金属を使用しているため、高額な材料単価が発生します。
次に、水素エネルギーの製造過程でのCO2排出。電気分解の過程で化石燃料による電力を使用している場合がほとんどなので、本質的にクリーンな水素エネルギーを生産するならば、ゼロエミッションとする仕組みが必要です。
CATALABでは、この2つの課題に取り組むために、まずは水素ガスの分解でのコストを下げるべく、身近で安価な材料から作られた「触媒」を研究開発しました。そして、夜間に使用されない再生可能エネルギーの電力を活用し電気分解するなど、ゼロエミッションを徹底した生産工程を提案します。水電解や発電に関する技術を革新させ「クリーン水素エネルギー」の供給を実現したいです。
―事業のアイデアを思いついたきっかけは?
もともと漠然とした「起業」への憧れや興味がありました。自分が持つ力を最大限に活かして、社会にインパクトを与えたいと考えたときに「起業」という手段にたどり着きました。
また、「化石燃料が不要な社会をつくりたい」と高校生のときから考えていて、この社会課題を解決したい思いは決まっていました。この考えにいたるまでには、祖父母が暮らす富山で見た火力発電プラントの風景が大きな影響を与えています。
明確な想いと課題(テーマ)を具現化するには、どのような「シーズ」がよいかを模索していました。その時に出会ったのが、水素エネルギーや水素ガスの触媒というシーズ。このシーズであれば、自分の思うインパクトが実現できると思いました。
きっかけとなった富山の火力発電プラントの比較の写真
キープレイヤーとのコミュニケーションを通じて最適なビジネスモデルのビジョンを描く
―事業化を進めていく上で課題に感じたことは何ですか。
最初から、事業アイディア(シーズ)である「触媒」の研究開発に焦点を当てていくことを決めていたので、開発する対象や方向性は決まっていました。開発を進める過程で、事業のアドバイザーでもある東京大学の八木先生には何度も相談しました。どのようなオプションがあるかなど、たくさんの提案や助言を頂いたと思います。
一方で、具体的になったシーズの実用化に向け、ビジネスモデルに関する仮説を立てながら検証している最中ですが、難しさを感じています。
エネルギー領域の市場では、既存の大手企業が主なプレイヤーです。一般的に、ビジネスモデルを検討する前提として、誰がキープレイヤーなのかを把握することは重要です。しかし、エネルギー領域では、外側からどのようにアプローチするのか、誰に話をすればよいのかわからない部分が多い。
何が起こっていてどのプレイヤーが進めているか、キープレイヤーとの丁寧なコミュニケーションをどのようにするのか、まだまだアプローチには課題があります。
大学でのプレゼンの様子
―ビジネスモデルを検討していくためにはどのようなコミュニケーションが必要でしょうか。
ビジネスプランを現実的なものにしていくために、水素エネルギーを取り巻くあらゆるマーケットを把握し、プレイヤーに会ってコミュニケーションする必要があると思っています。
プレイヤーは、大きく3つに分類できて、1つめが水電解システムを製造している大手OEM企業。2つめは、現状水素インフラを構築・提供している企業、そして、3つめが、水素エネルギー関連のスタートアップです。
このようなプレイヤーとのコミュニケーションを通じて、10年後、20年後のインフラへの共通認識を持ちたいと考えています。
また、水素エネルギーのエンドユーザーの視点に関する理解を深めることも、ビジネスモデルの検討には必要です。NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)などの公的機関からの協力を得ながら、大型の再生可能エネルギープロジェクトを導入した側に、実際の課題や効果をヒアリングします。
大学での研究開発を「本当に人がほしいもの」にするための地道な対話と挑戦
―アカデミア領域から事業化までの重要なポイントは何だと考えてアクションをしてきましたか?どのようなステップで事業化を進めていこうと考えているか教えてください。
事業化に向けた具体的なアクションには、コミュニケーションとリソース確保があると思います。
まず、コミュニケーションですが、水素エネルギーの場合、BtoBのビジネスになるので、将来の顧客となりうる現状のプレイヤーが何を求めているか、明らかにして行くアクションが必要だと思います。
大学において研究開発しているものが「本当に人がほしいものなのか」という視点を持ってマーケット調査やキープレイヤーへのヒアリングをすることは重要です。作った側が効率がよいと思っても、使う側(ユーザ)が本質的に求めているものとは限らないことがあるためです。
2つ目は、費用の確保や調達です。水素エネルギーの開発や量産を進めるにあたって、特許の取得や実験装置の設置など、費用が多くかかります。また、ソフトウエアのように簡易的に修正できないので、想定と違うことが発生してしまうと追加費用が必要です。資金を有効活用するために、事前に投資対効果やビジネス化した場合の収益性の見通しなど、緻密なプラン策定が求められます。
3つ目は人材の活用です。ビジネスプランや予算計画など、さまざまな検討を一人で実施するのには、難しさを感じます。水素エネルギーの事業化について魅力を感じてもらい、一緒に手伝ってもらえる人を集めることが必要ですが、簡単ではありません。人を巻き込むスキルをあげることが、事業化にとっての重要な課題です。
幸い、研究開発を進めている東京大学には、世界トップクラスの専門家(エキスパート)が多くいます。今後は、領域の異なる専門家やそのネットワークを活用しつつ、事業化に向けて様々な人を巻き込んでいければと思います。
失敗しても次のステップで乗り越えて化石燃料のない社会を実現したい
―課題にぶつかって自信を無くしたり、逆境に陥った時はどのように克服していますか。
まさに研究活動は、失敗し克服しまた挑戦するというプロセスそのものです。そのため、事業化の過程で課題にぶち当たっても、「経験」としては慣れているので乗り越え方も自分の中で整理できています。
研究では、実験を繰り返して仮説を検証します。分析を重ねて準備した実験がうまくいかなかったり、勢いで実行した仮説がうまくいったり、予期せぬ結果になることが研究活動です。こうしたプロセスは「起業」にも似ているのではないでしょうか。
研究活動では、失敗を乗り越えるため、クリアな仮説を複数用意します。1つの実験がうまくいかない場合は、次の実験に変えます。クリアな計画に基づき、どんどん進めます。
たしかに、用意した仮説がうまくいかないと落ち込みます。しかし、ダメでも次を試すためのステップを複数用意しておけば”落ち込みすぎない”で済みます。失敗しても「できない方法」が分かったのであり、次の挑戦を用意してあるから大丈夫だと思えます。
ただ、トライアンドエラーには慣れているものの、辛くなることもあります。そういう時は、家族との時間をもったり、ジョギングしたりリフレッシュします。加えて、落ち込んでいる要因をあまり考えすぎないようにして感情をコントロールし、次のステップに踏み出します。
研究室で触媒の実験をしている織田さん
―事業を通じて実現したいビジョンや創りたい世界を教えて下さい。
一言で伝えるならば「化石燃料を必要としない社会の実現」になります。地球温暖化の課題が、長く提唱されてきたにもかかわらず変化が見られないのは、どこか遠い存在で実感がないからでしょう。しかし、私自身の経験からは、祖父母の暮らす富山の火力発電のイメージがあり、煙突から出る煙を見たときに感じた印象が強く心に残っています。
水素エネルギーの事業化を通じて誰もが自分のエネルギー使用に「誇り」を持てるようにしたい思いがあります。なにかを汚しながら生活していくのではなくて、クリーンなエネルギーによって生活していると思える社会を目指したいです。自分たちの子どもの世代にも同じように、生活がクリーンなエネルギーによって成り立っていると感じてほしいと思います。
地球にダメージを与えながら自分の生活をおくるのではなく、共生している実感を得られる社会をつくるために事業化を進めていきます。
技術の優位性よりも、ビジョンへの共感で人を巻き込むコミュニケーションの大切さを学んだ
ーTSGに参加されて良かったと思う点はなんでしょうか。
起業家やスタートアップに求められるコミュニケーション方法を得ることができたと思います。TSGのプレゼンテーションでも実践したことですが、事業を説明する際には技術面からではなく、ビジョンを伝えることを優先しました。ビジョンに共感できるように想いや世界観を伝えることは、参加するまで意識していなかったので、新しい視点を得ました。
また、TSGでは資金や人材などのリソースへのアプローチ方法についても学ぶことができました。起業のステップは大まかには把握していましたが、大規模な資金が必要だったり、人を巻き込むプレッシャーが怖かったりと、実現するイメージが具体的にできないでいました。特に、人を巻き込むのは他人の人生を背負うことと、責任重大に感じていました。
しかし、TSGに参加したことで、「ビジョン」に共感できる人を集めて実現に向けて全力で取り組むことこそが「責任」であり、人生を全てを背負うことでないという理解につながりました。
TSG2023 決勝大会の様子
―これからTSGにエントリーする方・起業に挑戦する方へ応援メッセージをお願いします。
TSGは、私にとって最初の一歩であり、最も重要な出来事でした。いくら自分の頭の中で「すごいもの・アイデア」があったとしても、自分ひとりで考えているだけでは進んでいきません。TSGに応募するなどなにか一歩を踏み出すことで大きく変わるので、なるべく外へ1日でも早く発信すると良いと思います。
TSGでは新しいリソースとの出会いがあったり、新しい視点を得ることができたりと、これまでの自分だけでは得られないものがあります。参加したからといって、起業しなければならないという制約があるわけではなく、そこから起業(事業化)に向けて始まっていくものであり、気軽に参加できると思います。TSGに参加したあとも、次のステップはどうしたらよいか検証しながら進めていけます。
考えているだけはもうやめて、TSGに参加して最初の一歩を踏み出してほしいと思います。
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>> 「TSG2023」Starting Dayは一体どんな場なのか。起業家の卵たちの声から探る【参加者の舞台裏編】
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