認定NPO法人キッズドア
・「認定NPO法人キッズドア」は、海外ルーツの子どもとその家族の困りごとを解決するために情報発信と居場所づくりをスタート。文化や価値観、学校や子どもとの関わり方のギャップ解消を支援している。
・海外から移住し、子育てをする家族は、日本と母国との文化や子育ての違いに戸惑い、困っても誰にも相談できないまま生活していることが多い。それは、子どもの孤独感や自己肯定感の低下、不就学など、解決が困難な社会課題を引き起こす要因にもなっている。
・もし身近に海外ルーツの家族がいたら、声をかけてみよう。できる範囲で手助けができたら、きっと喜んでくれる。
「認定NPO法人キッズドア」は、2007年、子どもの貧困を解決する活動を始めた草分け的存在です。「みてね基金」では、2021年、キッズドアを第二期イノベーション助成で採択。3年間、海外ルーツの子どもとその家族を支える事業の拡大を支援してきました。キッズドアが現在力を入れている活動や思い描く未来を、理事長の渡辺由美子さんにお聞きしました。
※こちらは、「みてね基金」掲載記事からの転載です。NPO法人ETIC.は、みてね基金に運営協力をしています。
キッズドア理事長・渡辺由美子さん
子より親が孤立、気づかれにくい苦労を知った
「海外ルーツの子ども(*1)」という言葉。最近、よく聞かれるようになりましたが、ご存じでしょうか。
親のどちらか、または両方が外国出身者という子どものことを言い、在留外国人数が約342万人と過去最高を更新(*2)する中で、こうした海外ルーツの子どもの生きづらさに関心が集まっています。
これまで様々な子ども支援を行ってきた「認定NPO法人キッズドア」が、そんな海外ルーツの子どもたちを支えることを決めたのは、東京都足立区で行っていた学習支援がきっかけでした。毎回、海外ルーツの子どもが数人ほど参加する中、渡辺さんたちは彼らが周囲に気づかれにくい壁に度々ぶつかり、とても苦労していることを知ったのです。
「海外ルーツの子どもの支援というと、子どもに日本語を教えることが多いのですが、実際、深刻なのは、親御さんたちの苦労が気づかれにくいことだとわかりました。子どもは学校生活で日本になじんでいき、日本社会での生き方を理解するようになりますが、親御さんたちは『何をどうすればいいかわからない』と困りごとを抱え込んでしまう状況にあります。しかも、その大半が相談できる相手がいないまま孤立しているのです」
親の困りごとは、「日本語がわからない」、「文化や価値観が大きく違う」、「日本の子育てが複雑」など多岐にわたります。わからないことが積み重なる中で、親たちは「違い」を注意されないように人との交流も消極的になるといった負の連鎖が連なるのだそうです。
「私が、1年間だけですがイギリスで子育てをしていたとき、まわりの人からとても助けられた経験があります。帰国後、キッズドアの活動を始めてからも、ずっと感謝の思いがあって、海外ルーツの子どもと家族の課題に気づいてから、なんとか支えたいと活動を始めました」
ご自身がイギリスで助けられた経験を背景に支援を続ける渡辺さん
日本では「遠足に手作り弁当」は当たり前でも…
渡辺さんは、いろいろな国の子どもたちが一緒に学び合う事業「サラダボウル」を立ち上げた後、「みてね基金」の助成をもとに海外ルーツの子どもとその家族を支援する活動を本格化。2022年から「子どもと家族のまるごと支援」として、ITを活用した情報発信と居場所づくりを始めました。
1つ目の情報発信では、ウェブサイト「ことこと」をオープン。日本の文化や習慣、小学校の行事など、日本の子育てに関係する情報をやさしい日本語・英語・中国語(簡体字)で発信しています。情報源は、学習支援の利用者や協働先の学校からリアルな声を集めたり、外国ルーツの子育て家庭の保護者に調査を行ったりしながら、分析・整理。情報量が想定よりも多く、苦労を重ねながら実践的な情報を揃えました。今後は、中学生・高校生にも対象を広げる予定です。
2つ目の居場所づくりでは、「キッズドア国際交流センター(Kidsdoor International Communication Center、KICC)」を東京都足立区に開設しました。ここでは、多様な文化・価値観の親子が気軽に参加できる交流イベントや講座などを開催しています。
「親御さんにとって特に大きな難関となるのが、子どもとの関わり方です。日本には、子育ての独特な“関わり文化”があって、多くの場面で親の丁寧な関わりが求められます。まず、小学校では学校からたくさんのお手紙が配布されることから始まって、学校行事によく呼ばれたり、遠足で手作りのお弁当を持たせる必要があったり。日本では当たり前でも、海外で育った方にはわからないことばかりです。私たちは、情報発信と居場所づくりを通して『こういうことが大事ですよ』と、関わり方のポイントを伝えています」
日本独自の文化を、やさしい日本語・英語・中国語で発信
キッズドア国際交流センター
親子間の情報ギャップから生じる家族の不仲を防ぐ
海外ルーツの家族によくある困りごとの一つに、学校で指定された持ち物を揃えることがあるそう。例えば、キッズドアのスタッフは家族からこんな話を聞いたと言います。
「算数の授業で使う三角定規を持参するように学校から言われたけれど、三角定規が何なのか、わからない」。
「日本は忘れ物に厳しいので、もし三角定規を持って行かなければ、子どもは先生から『どうして忘れたの?』と聞かれます。そうすると、子どもは困ってしまう。その困った状態が解決されないまま積み重なることで、彼らは生きづらさを感じるのだと思っています。世間では、『海外ルーツの子どもはなかなか学校になじめない』と言われ、学校に行けない『不就学』の子どもも増加傾向にあります。しかし、困ったまま周囲から置いていかれている実情も知られるといいですね。また、まわりに声をかけてくれる人がいれば、状況が好転することはよくあります」
周りに気づかれにくい課題としては、子どもと家族との情報ギャップがあり、それが原因で、親子の間に大きな溝が生まれることも多いそうです。
海外ルーツの保護者対象日本語講座「おやカフェ」、ウクライナ避難民の方も
ある日、キッズドアにアフリカ系の家族からこんな相談が寄せられました。「自分が作るアフリカ料理を子どもが食べてくれなくなった」と。さらに、「子どもが好きだと言うトンカツも何なのかわからない」とも。そこでスタッフがその家族と一緒にトンカツを作ると、「こういうことなんですね! お弁当のおかずにも入れられそう」と、とても喜んでくれたと言います。
「親子間の情報ギャップは、日本独特の受験でも溝を生みがちです。でも、わからなくてできないことで、親子の関係が悪くなるのはもったいないですよね。早い段階で解決したい」
キッズドアが開催する海外ルーツの家庭のためのイベントは、親子間の情報ギャップを埋め、共通の話題をつくる機会にもなっているようです。それは、親子の不和を防ぐ大切な支援なのだそう。
「親子で『楽しかったね』『あの人面白かったね』と共通の話題で盛り上がる、そんな時間がとても大事です。それに、自分たちが受け入れられる経験は大きな安心感と自信につながります。居場所に来てくれている子どもたちからは、『キッズドア大好き』とお手紙をもらうのですが、親御さんと一緒に手紙を書いてくれる姿を思い浮かべると、いいなあと思います」
海外ルーツの親子対象調理イベント、東北地方の料理を作り食べる
「お互いの違いを知ることは楽しい」子どもの成長にも好影響
現在、キッズドアでは、海外ルーツの子どもとその家族のための事業を全国展開していくため、一つひとつ準備を進めています。
まず、ウェブサイト「ことこと」では、子育て支援団体や子ども食堂と連携した周知活動を進めながら、無料の冊子を作成中です。全国5,000か所に配布予定で、冊子には中高生向けの記事も含まれるそう。これらの記事は、「ことこと」にも掲載されるなど、ウェブサイト、冊子ともに中高生向けの記事を充実させていく予定です。
「居場所については、親の支援をすればするほど子どもたちの状況が良くなると実感できていて、スタッフもやりがいを感じています。今後は、居場所の考え方や関わり方をパッケージ化するなど、まだ支援が届いていない地域へ届けていかなければ」
そんな渡辺さんが活動の先に見ているのは、「国内のすべての子どもたちが幸せに成長してくれる」未来です。
「今後、日本では海外ルーツの子どもが増えることが予想されます。少子化だから海外の人に来てもらう、ではなく、純粋にいろいろな国の方が日本に来て、多様な文化を知ったり、学び合ったりすることは楽しいことだと思うのです。今後、国内外のグローバル化が進む中で、子どもたちの良い成長にもつながると信じています」
外国ルーツの子ども向けのプログラミング教室
「明日の遠足、持ち物わかる?」と声をかけてみて
海外ルーツの子どもと家族のことが気にはなっていても、なかなか声をかけられない。そんな人も多いのではないでしょうか。こんな問いかけに、渡辺さんはこうアドバイスを送ります。
「できる範囲で手伝えばいいのです。『明日の遠足、何を持って行けばいいかわかる?』と声をかけてみてください。『わかります』と返ってきたら、『じゃあ、忘れないように持って行こうね』。『わからない』という返事だったら、『これとこれを持って行ってね』と教えてあげればいい。もちろん、できないことは『できない』と断って。考えすぎず、声をかけてみてください。きっと喜んでくれます。また、声をかけるときは何語で話せばいいか迷うかもしれませんが、よく使われるわかりやすい日本語がお勧めです。『大丈夫?』など。相手の方の日本語の上達にも繋がります」
かつてイギリスで子育てをしていたとき、周囲の人たちの親切のおかげで救われたと話す渡辺さんだからこそ説得力を感じさせる言葉です。さらに渡辺さんは、帰国後、助けられた経験を胸に多くの人や社会を巻き込み、子どもたちの幸せのために必要とされる活動を行ってきました。「なぜ、そんなにエネルギッシュなのでしょうか」。思わずこの質問が出たとき、渡辺さんは笑みを浮かべながら力強く語ってくれました。
「子どもが困っていたら助けてあげるのが大人でしょうって思っているんです。大人が子どものために考え、動くことは、当然のことでしょう? と。確かに、子どもたちを支援することは少し大変ではあります。でも、子どもが困っていて、もし親だけで支えられないのだったら、まわりの大人が助けましょうと思うのです。子どもを一緒に助ける仲間を集めるのが私の仕事なのだと、最近特に思います」
夏休みの中学生合宿
取材後記
海外ルーツの子どもが、親には言えない悩みを抱えていることに気づいたとき、渡辺さんたちは「大丈夫。自信を持っていいんだよ」と声をかけるそうです。「人がもっているものはすべてすばらしいし、大事なものだよ」と。人と人との違いは、「どちらもすてき」。取材中、渡辺さんが笑顔で伝えてくれた言葉の数々で、自分やまわりの人たちをより大切に感じることができました。(たかなし まき)
*1 海外ルーツの子どもと家族 : キッズドアでは、「親のどちらかまたは両方が外国出身者である子ども」と定義している。これには、外国籍の子ども、日本国籍(二重国籍)の子ども、無国籍の子ども、外国出身の保護者と共に暮らす子どもなどが含まれる。また、公立学校における日本語指導が必要な児童生徒数は約6万9千人。これは増加傾向にあり、12年前の約2倍となっている(「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」令和5年度調査結果)。
*2 在留外国人数 : 令和5年末時点の在留外国人数は、341万992人(前年末比10.9%増)で過去最高を更新した。
団体名
認定NPO法人キッズドア
助成事業名
海外にルーツのある子どもと家族のサポート事業
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