小林立明さん(ジョンス・ホプキンス大学市民社会研究所・客員研究員)インタビューシリーズの第3回をお送りします。
第1回では、アメリカにおけるフィランソロピーや社会起業家を取り巻く状況について、そして第2回では、フィランソロピーの最前線において、どのような人材育成が行われているのかについて伺いました。
最終回となる第3回は、小林さんご自身が、どんな想いをもって非営利セクターに飛び込んだのか、そして、NPOやソーシャルベンチャーで働きたいと思う若者へ伝えたいことの2点についてじっくり伺いました。
■ 第2回:米国NPOセクターの人材育成のフロンティア(前編)
■ 第2回:米国NPOセクターの人材育成のフロンティア(後編)
写真:ETIC.オフィスにて、小林さんにお話を伺いました。
世の風潮に迷わされることなく、非営利セクターに飛び込んだ
石川:ぜひ、小林さんご自身についても、教えていただけませんか?NPLDの日本人第一号になるなど、リスクをとってフィランソロピー(慈善事業)のフロンティアを切り拓いている姿に、私達が学ぶことがたくさんあると思います。国際交流基金に就職した際、そして次のキャリアに移った背景に、どんな思考や意図があったのかをお聞かせください。
小林:当時を生きていないと、実感として理解することが難しいと思いますが、1990年という時代は、まだ、それほど国際化が進んでいませんでした。でも、私は国際的な仕事に携わりたかった。特に、文化に関わる仕事がしたかったんです。
でも、そういう希望にぴったりあう仕事がなかったのですね。海外から映画を輸入する仕事や、マスコミや商社という選択肢もあったのですが、非営利でそれをやりたいとなると、国際交流基金しか選択肢がなかったのです。だから、私にとってはある種の必然でしたし、ためらうことなく入りました。
石川:なぜそこで、非営利が魅力的にみえたのでしょうか。
小林:これもイメージしづらいと思いますけど、当時はバブル経済が崩壊する直前でした。みんながお金のことばかり考えていた時に、私はそういう風潮が嫌だったんです。土地・株の価格が異常に高騰し、みんながお金を使いまくり、お台場で毎晩踊り狂う、そんな状況ですね。
もう少し、人間の価値とか、心とか、市民社会みたいなものを考えたいと思っていました。当時の風潮は、絶対に長続きしないと思っていましたから。
多様な人々と仕事をする中で身につけた、変化を生み出すスキル
石川:周りの流れに巻き込まれることなく、自分の考えを確立しておられたのですね。国際交流基金に就職されて以降は、いかがでしたか?
小林:そうですね。全体を振り返ってみると、結果として、国際交流基金に入って学べなかったこともあります。
特に、ビジネスについて学べなかったというのは、私のキャリアにとっては非常に大きな損失だったかもしれません。でも、代わりといっては何ですが、本当に様々なセクターの方と対話や議論をする機会に恵まれました。
国際会議の事務局を担当すれば、セクターどころか、文化や言語を超えての調整があります。それはもう大変です。 また、映画、演劇、美術、本当にいろんな領域に関わる機会がありました。
日本研究については、社会科学、人文科学、歴史等のあらゆる分野を包括しています。一口に国際交流といっても、市民社会の育成から文化交流・安全保障までをカバーするわけです。また、シンポジウムなどを企画する際には、自分はパネリストにはなれないけれどもアジェンダ設定には関わります。事務方として、シンポジウムの内容を報告書にどうまとめていくかも考えます。短期集中でその分野について情報収集し、それをきちんとした形にまとめていく。そうやって磨いた裏方スキルは、今の私の財産になっていると思います。
石川: NPOで働いていると、その「裏方スキル」といいますか、事務局スキルのようなものが身につくという感覚があります。小林さんは、韓国や、ニューヨーク駐在の経験もあるそうですが、そういった経験がどのように今につながっていますか?
小林:全てが今につながっていますし、役に立っています。1990年代には、アジア太平洋における知的交流・市民交流、あるいは当時カンボジア・ラオス・ベトナム・ミャンマーといった、新しくASEANに入ってきた国の開発援助をどうするかというテーマについて、文化の観点から取り組みました。
そして、2000年以降は企画・評価部門に移りました。独立行政法人への移行プロセスにおいて、国際交流基金の機構改革とかもやりました。まぁ、外の人からすれば、地味な仕事に思えるかもしれません。
でも、結局そこで得た経験はものすごく大きかったのです。組織を改革するためには、ものすごい根回しをやっていかなきゃいけない。でも根回しをやっていくだけではダメで、ビジョンを持って、人に訴えて巻き込んでいく必要がある。そういうネゴシエーション・スキルは、今振り返って考えれば、その時に鍛えられましたね。
経済的には全く合理的ではないけれど、それでも実現したかったこと
石川:そんな充実した国際交流基金のお仕事を飛び出して、敢えてチャレンジングな道を選ばれた理由も、ぜひお聞かせください。
小林:そうですね。まず、日本社会で二十年間、一つの組織で働いて、そこをやめるということは、誰が考えても愚かな選択なんです。そんな人を、企業等が採用することは、普通ありません。そもそも生涯賃金を考えたときに、これから伸びるというところですし。経済的にはまったく合理的ではない選択ですね。
それでも私には、やっぱり自分のやりたいことがあった。それを実現するために組織が機会を提供してくれる限りは、組織に貢献しながら、そこに所属しているでしょう。もちろん「これはつまんないなぁ」と思うこともたくさんやりましたよ。
でもやっぱり、人生のどこかで、自分がやりたいと望むことと、社会に必要とされていることを、より深めていきたいというタイミングがくるわけです。そこで考えた時に、組織で続けていくよりも、自分のスキルを高めて、それを追求しながら社会に還元していく方法を追求していきたい。そう思って、今の道を選んだわけです。悪戦苦闘していますけど。
NPOやソーシャルベンチャーで働こうと考えている人へのメッセージ
石川:DRIVEの読者層は、NPOやソーシャルベンチャーで働くことに興味を持っている若手ビジネスパーソンが多いわけですが、彼らに向けて何かメッセージはありますか。
小林:私からは、ぜったいに、どんな職種でもいいからビジネスセクターに入って、あるいは行政でもいいのですが、最低5年は仕事をすべきだということを強調しておきたいと思います。それでも全然遅くありません。20代のうちに、自分が本当に何をしたいのかということを見つける。そして、どんなスキルであっても、そこで獲得できるスキルを身につけるべきです。そんなに焦らなくてもいいから、大学を卒業してすぐにNPOというよりは、ちょっと回り道をしましょう。
そのスキルは、あなたの仕事にも、NPO業界全体にとっても圧倒的なプラスになるはずです。 例えば、「俺、毎日何やっているんだろうな」と思いながら、泥臭く地道な営業をしている人がいるとしましょう。でも、モノを販売するためにプレゼンテーションしたり、スムーズに人間関係をつくれることって、すごく重要です。ファンドレイジングや、行政とやりとりする際に、そのスキルがどれほど役に立つことか。こういったスキルは、現状においては、NPOで働くよりは、企業で働いたほうが身につくのではないかと思います。
石川:そうですね、とてもわかります。僕もできれば5年くらい修行したかったです。それでも、その時学んだ仕事の作法や一定のスキルが、他者に貢献できる力の根源となっているように思います。
外側の環境だけではなく、自己の内側にも目を向ける
石川:お話を伺っていて、僕は小林さんのフロンティアスピリット、あるいはアントレプレナーシップ(起業家精神)、また、それが小林さんの深い動機とつながっているところに心惹かれます。世間の尺度ではなく、自分の価値観に忠実であるように思います。なぜ、それが可能なのでしょうか。
小林:私はやっぱり文学や芸術とか、アートの世界が好きなんです。それが自分の心の中心に、常にあります。それは実世界から見るとあまり役にたたないし、経済性はそれほどありません。でも、人の心は豊かになりますよね。私はそれが、人のクリエィティビティに深く関わっていると思うんです。その部分をキープしつづけたことが、たぶん普通の人とは違う発想で物事を見るきっかけを与えてくれたのかなと思います。
ちなみに、先ほどのペンシルバニア大学のNPLDで、リーダーシップ論を学んでいるときに知ったんですが、最近のアメリカのトップマネジメント層は、盛んに瞑想をしているそうです。
石川:メディテーションですか。
小林:瞑想をしたり、ヨガをやったり。それはなぜかっていうと、左脳じゃなくて右脳を使えって言われてるんですね。今までのビジネスは、とにかくあらゆるデータを素早く集めて分析し、最適解を求める。そこに向かって最適な資源を投入してきました。まさに左脳の世界なんですが、これはちょっと環境が変わったら崩れてしまう脆さももっているのです。
これだけ環境が変わってくると、常に余裕とか無駄を意図的に持って、目的と手段の合理性からはずれたところで物事を見ていないと、かえって生き残れない。このことをビジネスセクターのトップリーダー達は認識しはじめています。そのために自分をどう進化させるかを考えて、瞑想したりするわけですね。
石川:グーグルの”Search Inside Yourself”みたいな話もありますしね。社会起業家と呼ばれる人たちも、そういったところは直感的に実行しているように思います。彼らも、少ない資源で、大きな、そして変化が激しい社会課題に対応し、変化を生み出そうとしています。
結果として自分の外側に対して何をするか、つまり”doing”より、そもそもの自分のあり方、”being”を確かに持つことを、戦略の核としているような気がします。
小林:”doing“より”being“、いい言葉ですね。全くその通りだと思います。的確にまとめて下さってありがとうございました。
石川:小林さんのお話を伺っていると、まさに小林さんの、”being”が確固としてあって、今取り組まれているお仕事、つまり”doing”とのバランスがとれているように感じます。そういった人がもっと増えるといいなっていうのが、私達がDRIVEというメディアを運営している動機です。
小林:いいですね。そういう意味ではNPOはやりがいのある環境を提供してくれると思います。ただし、自己実現のためだけにNPOを使うべきではないということは、強調しておきたいと思います。NPOは、常に何かサポートを求めている他者がいて、彼らを支援するツールとして事業をしているのですから。
石川:おっしゃるとおりですね。そこでまた先ほどおっしゃっていた、「何の武器を持っているか」が問われるのだと思います。5年でしっかり貢献できるスキルを磨いて、それを持って活躍してください、というメッセージは、そこにつながっていると。
小林:そうですね。これで、僕が今日お話したかったことは全てです。
石川:ありがとうございました!また日本にお帰りの際は、ぜひお話を聞かせてください。
■ 第2回:米国NPOセクターの人材育成のフロンティア(前編)
■ 第2回:米国NPOセクターの人材育成のフロンティア(後編)
ジョンズ・ホプキンス大学市民社会研究所 国際フィランソロピー・フェロー/小林立明
1964年生まれ。東京大学教養学科相関社会科学専攻卒業。ペンシルヴァニア大学NPO/NGO指導者育成課程修士。独立行政法人国際交流基金において、アジア太平洋の知的交流・市民交流や事業の企画評価等に従事。在韓国日本大使館、ニューヨーク日本文化センター勤務等を経て、国際交流基金を退職。2012年9月よりジョンズ・ホプキンス大学市民社会研究所国際フィランソロピー・フェローとして、「フィランソロピーの新たなフロンティア領域における助成財団の役割」をテーマに調査・研究を行っている。フェイスブックページ「フィランソロピー・非営利・協働 情報ボックス」やブログ「フィランソロピーのフロンティア」を通じて、欧米の最新動向を発信中。
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