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孤独なリーダーたちをつなげて、社会を変える〜複雑化する社会課題に挑む「システムリーダーシップ」(1)

2022.02.01 

社会課題が複雑化している昨今、課題に対して単一のアプローチで取り組むだけでは構造的な変化に繋がらない現実があります。多くのNPOや社会的企業のリーダーたちは、それぞれが社会課題に取り組む一方、社会システム全体の変革にジレンマを抱えています。

 

「世界を変える偉大なNPOの条件」の共著者であるヘザー・マクラウド・グラント氏は、社会的インパクトの創出に成功しているNPOは、適応力あるリーダーシップを持ち、政府・個人・NPO・ビジネスなど多様なステークホルダーをつなげるネットワーク型の組織だといいます。つまりは、自組織という境界を超えて、単独では生み出せなかったインパクトを他者を通じて生み出し、社会システムそのものを変革していく存在と考えます。

 

今回、私たちNPO法人ETIC.(エティック)では、グラント氏をオンラインで招へいし、アメリカで実際に取り組まれているネットワーク型のNPOとそのインパクトについて学びました。「システムリーダーシップ」は後天的に身につけられるものとして、地域コミュニティで活動するリーダーたちを対象としたプログラム事例を紹介いただきました。

 

ヘザー氏プロフィール

ヘザー・マクラウド・グラント氏

Open Impact創設者であり、ベストセラー「世界を変える偉大なNPOの条件」の共著者。本書は、英エコノミスト誌でも年間ベスト本TOP10に選ばれた。2017年にOpen Impactを設立。25年以上に渡り社会変革に対するコンサルタントに従事し、社会的インパクト創出に向けたフィランソロピー戦略やアプローチ、リーダーシップに関するアドバイスを行っている。

ネットワークを通じて複数の組織が協働することで生まれる成果=コレクティブインパクト

 

グラント氏 : 「世界を変える偉大なNPOの条件」の出版後、私はインパクトの創出に成功しているNPOが、どのようにしてマルチセクターを動員し、インパクトの創出に寄与しているか研究してきました。

 

VUCAという表現がありますが、これは不安定(volatile)・不確実(uncertain)・複雑(complex)・曖昧(ambiguous)の頭文字をとった軍事用語です。近年では社会状況を表現する意味で、システム思考や戦略立案者たちにも使われるようになりました。

 

NPOが取り組む多くの問題は、VUCAを象徴するものと言えるでしょう。人々の生活がグローバルパンデミックや気候変動、世界経済を取り囲むサプライチェーンの混乱によって左右される現状は、すべてVUCA化した社会構造に起因しています。

 

複雑な問題に取り組む際、NPOのマネジメントを改善するだけではもはや不十分です。どうやって複雑な社会システムに介入し、より持続的な変化を追求できるか、同時に考える必要があります。

 

「群盲象を撫でる」ということわざがあるように、私たち一人一人が見ているのは社会全体の一部分でしかなく、全体を把握できている人は実際には存在しません。しかし人々が集合し個々の視点を持ち寄ることで、社会システム全体のより良い把握が可能となります互いの行動を協調させることで、より大きなインパクトを目指せるようになるのです。

 

複雑性

 

ネットワークと組織の違い

 

グラント氏 : ネットワークとは、人々や組織の集合体のことを指していて、緩やかな関係性に軸足を置いたものもあれば、より形式を重視したものもあります。いうならば、意図的に作られた意味のある関係性と定義できるでしょう。

 

そして、単体では達成しえなかったけれども、ネットワークを通じて複数の組織が協働することで生まれる成果のことを、コレクティブインパクトと言います。時として複数の団体を集め、より大きなインパクトを目指すためにプロセスそのものを指しても使われる言葉です。

 

ネットワークに関する研究はこの10年で劇的に増加しました。しかし、ネットワークが今後、組織に取って代わっていくということではありません。サービスや商品提供などは組織のほうが得意とする領域で、その特徴はより統制管理された運営にあるといえます。

 

組織とネットワークは互いに白黒はっきりしているものではなく、中央集権または分散型統治の連続性の中で変化するものと言えます。組織の中には統制された官僚的な組織から会員型を基本とするものもあります。複数の組織が共通の目的のもと協働するコレクティブインパクトのプロセスは、組織とネットワークを掛け合わせたハイブリッド型と言えるでしょう。

 

組織とネットワーク

 

大事なのは「人」。リーダーを育てることで、地域が急激に変化したNLNのケース

 

グラント氏 : 人と人との関係性という見えないものに立脚するネットワークの重要性は、財団などの資金提供者にとっては時としてわかりづらく、投資しづらい分野でもあります。

 

それでも、地域の複雑な社会課題に取り組むには、関係者のネットワークとリーダーシップが重要だということを検証するために行われたのが、カリフォルニア中部、セントラル・バリー・エリアで展開したニュー・リーダーシップ・ネットワーク(NLN)です。

 

リーダーたちの疲弊と孤立

 

カリフォルニア中部は、国内でも有数の農業地帯ですが、さまざまな社会問題を抱えるエリアでもあります。移民が多く国内でも高い貧困率が蔓延していたほか、農業による水質汚染や大気汚染も問題となっていました。

 

複雑な社会問題に取り組むための関係性や繋がりも、地域には欠如していました。団体やセクターを越えた横のつながりもなければ、既存の意思決定機関には地域の多様性を代弁するようなリーダーシップが存在しないなど、権力構造内に縦のつながりもなかったのです。

 

地域全体として、セクターを超えて関係者が行動をともにするような気配はなく、コラボレーションに向けた土壌が育っていない状況に絶望を感じていた人もいたかもしれません。現場のリーダーたち自身は、それぞれ心の支えとなるようなネットワークがないために孤独を感じ、自らの取り組みのインパクトが出ていないことについてフラストレーションを感じていました。

 

フレズノ

 

ネットワークづくりのためのプログラム

 

こうした状況に対して、NLNはリーダーたちが共通のゴールに向けて協働できるような関係性を築くための機会として提案されました。リーダーたちが、自らの経験を反芻、昇華し、再生するための時間と場所を与えるとともに、新たな仲間と出会うことで自らの活動の持続性とインパクトを増幅するためのツールとインフラを手にすることを目指したのです。

 

NLNでは30歳から50歳のミドルキャリアのリーダーたちを対象に、多様性あるコミュニティからセクター横断で参加者を募りました。6ヶ月間のプログラムでは、12人から15人のリーダーたちがグループを構成し、3回のリトリート(日常を離れてリフレッシュや内省をするプログラム)に参加します。各リトリートは3日間の集合研修ですが、参加者同士の協働プロジェクトの創出を後押しするため、マイクロ助成金の提供も行われました。

 

NLNの主催であるアーバイン財団が構想を始めた当初は、NPOのリーダーたちだけを対象として想定していました。しかしプログラムデザインのための事前リサーチを続ける中で、ビジネスや行政・政府などマルチセクターのリーダーたちが参画することが、各ステークホルダーが単独で努力し続ける状況を打破し、互いへの信頼と多様な関係性に立脚したネットワークの構築に重要と結論づいたのです。

 

NLNは、5年間にわたりフレズノで実施されたのちに、スタニスラウス群という隣接地域でも実施されました。いうならば、スキル向上のためのリーダーシップ研修とコレクティブインパクトのネットワークの構築を組み合わせたようなプログラムだったと言えるでしょう。

 

NLN

 

NLNプログラムからの学び

 

7年間にわたるセントラル・バリー・エリアでの実験から、何を学んだのでしょうか。最も重要な学びは、大事なのは「人」だということです。社会変革を目指すには、そのコミュニティに存在する人々や、彼らのマインドセット、態度、スキルについて把握し、彼らとどのようなシナジーが生み出せるか考えていく必要があります。

 

NLNから得た教訓に、「Who matters just as much as the what or the how(取り組みややり方と同じくらいに、『誰』が重要)」というものがあります。もし社会システムを変えたいなら、そのシステムに存在するリーダーたちを同じ空間に集め、関係性を構築し、互いへの信頼を生み出せるようにすることが重要です。

 

大事なのは「人」

 

また、コミュニティの変化には、関係性構築を加速させることが重要ということも学びました。最初の3年間で、6ヶ月間のプログラムを合計4回実施し、3年目に入る頃には同じ地域から50人以上のリーダーたちがこのプログラムの経験者となっていました。

 

社会変容を目指すプログラムでは、10年間かけて行う壮大な構想を志向するものもよくあります。しかしNLNでは、短期間で多くのリーダーを育てることで、地域が急激に変化するクリティカルマスの創出を目指しました

 

最後に重要な学びとして、リーダーたちが互いに信頼関係を構築するためには、彼らが時間と場所を捧げられるよう工夫することがあります。NLNで行ったリトリートでは、最初の3日間は参加者同士の関係づくりを行い、次の3日間はメンバーとともに他地域での取り組みについて学ぶフィールドビジットを実施、最後の3日間ではプログラム終了後も続くような協働関係づくりを意図した仕立てをしました。

 

時間と空間

 

各リトリートの内容は、I-We-Itと呼んでいるフレームワークを意識してデザインされました。「I」はリーダー自身の成長で、人を中心に据えたプログラムを検討するうえで非常に重要です。「We」はリーダーと他の人との関係性、つまりはネットワークを作るために必要な参加者間の強いつながりを指しています。「It」は、リーダーたち自身が組み込まれているシステムのことで、まさにリーダーたち自身が働きかけ、イノベーションを起こそうとしている社会のことを指します。

 

複数のレベル元画像

 

NLNプログラムで生まれたネットワークのその後

 

ではこのプログラムの終了後、何が起きたのでしょうか。終了後、プログラムの成果を、リーダーの成長(I)、ネットワークの成長(We)、イノベーションの創出と地域を牽引するより大きな協働の実現(It)という観点で追跡評価しました。

 

ネットワークの成長について、地域のリーダーたちの関係性の変化を示したものがあります(下図)。左側はフレズノで最初のプログラムが始まる前の関係性マップで、参加者にネットワークの中で知っている人の数を回答してもらい作成しました。4年後に、NLNに参加した関係者に同じ質問をして得られた回答から作ったのが右側のマップです。

 

NLNの参加者の信頼関係や情報の共有、イノベーションの土壌全てがこのマップに現れています。人間関係という目に見えないものをビジュアル化することで、資金提供者にNLNのようなアプローチに納得してもらうことにも一役買いました。

 

フレズノ1年目と4年目

 

イノベーションや協働の創出においては、フレズノとスタニスラウスで70以上のコラボレーションがこのネットワークを通じて発生しました。ここでいう協働とは、2人以上のメンバーが集まることで、単独では不可能だったインパクトのことを指しています。

 

フレズノで始まった協働事業では、「ヘルシー・ネイバーフッド・デザインセンター」と「チルドレンズ・ムーブメント」というコレクティブインパクトを志向したプロジェクトが生まれました。

 

スタニスラウスでは、移民一世の学生に対する支援プロジェクトが生まれました。移民一世の学生たちは、学業とキャリアをガイドしてくれるようなサポートが不十分なために、多くが中退してしまう傾向にあります。しかし、NLNに参加していた行政のソーシャルサービスや大学・地元の交通機関の関係者たちが、互いに知り合い問題について議論を始めたことで、移民一世の学生たちに対する新たな財政支援が実現したのです。

 

どうすれば…

 

以上、グラント氏による講義「システムチェンジとリーダーシップ」についてお届けしました。

 

後半の記事では、ネットワークの構築やアップデート、システムマップの検討など、具体的なノウハウを中心に行った質疑応答の内容をレポートいたします。ぜひこちらもお読みください。

>> リーダーたちのネットワークをつくり、それを維持するには?〜複雑化する社会課題に挑む「システムリーダーシップ」(2)

 

今回実施したプログラムの別のセッションのレポート記事はこちら

>> 成功する社会運動に共通する6つのアクションとは?―「世界を変える偉大なNPOの条件」の著者と学ぶ社会の変え方(1)

>> 日本で社会運動を成功させるには?―「世界を変える偉大なNPOの条件」の著者と学ぶ社会の変え方(2)

 

※本企画は、eBay Foundationが助成するGlobal Give: Rapid Responseプログラムの助成のもと実施されまました。この助成は、コロナ禍で社会課題解決に取り組む世界中のNPOを対象に、eBay Foundationが支援しています。

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NPOコレクティブインパクト
この記事を書いたユーザー
川島菜穂

川島菜穂

アメリカ、ドイツへの留学、インドネシアでの国際協力インターンシップの後、日本へ帰国。前職では、日本と外国の非営利セクターの若手プロフェッショナルを対象とした国際交流事業の企画実施に従事。多様なステークホルダー間の理解促進に貢献したいという思いのもと、2020年4月よりETIC.に参画。「異なる他者の対話」をテーマに、ファシリテーションやコーチングスキルを研鑽中。

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