全国各地には、その地域だからこそ生まれた文化や歴史があります。高齢化や人口減少が進む中で、こういった「地域ならでは」のものは人知れず失われつつあるのかもしれません。そんな現状と向き合いながら、青森県八戸市(はちのへし)でゲストハウス「トセノイエ」、喫茶「ヘバナ」の運営などに取り組む鈴木美朝(すずき みのり)さんにお話を伺いました。
※この記事は、【特集「自分らしさ」×「ローカル」で、生き方のような仕事をつくる】の連載として、地域に特化した6ヶ月間の起業家育成・事業構想支援プログラム「ローカルベンチャーラボ」を受講したプログラム修了生の事業を紹介しています。
鈴木 美朝(すずき みのり)さん
八戸ゲストハウス「トセノイエ」・喫茶「ヘバナ」オーナー/ローカルベンチャーラボ第7期生
1995年青森県十和田市出身。地元の高校を卒業後、法政大学社会学部へ進学。在学中にはイタリアでのインターンシップやアメリカ留学を経験。国際見本市主催会社で営業、企画、ライター業務を経験後、2022年に八戸市へJターン。多様な価値観や文化に触れられる機会を創るべく、ゲストハウス「トセノイエ」を開業。2023年、33年間地元の方々に愛された「せんべい喫茶」の常連客を引き継ぎ、喫茶「ヘバナ」を開業。これまで46都道府県、22カ国・地域を旅した温泉・サーフィン好き。
田舎での生きづらさを感じたからこそのJターン起業
鈴木さんの出身地とほど近い八戸市にある、亡き曾祖母・トセさんの自宅を改修して2022年にオープンしたのが、ゲストハウス「トセノイエ」です。クラウドファンディングで資金を集め、7年間空き家となっていた家を「八戸の暮らしを体験できる宿」として生まれ変わらせました。
元々「地元で何かしたい」という想いをもっていた鈴木さんですが、留学経験もあり、英語を使ったり外国と関わったりする仕事がしたいと、大学卒業後は東京にある国際見本市の主催会社に就職します。ですがコロナ禍で仕事や生活がガラリと変わり、時間に余裕もできたことから、自分の本当にやりたいことを真剣に考えるようになりました。
「起業もアリだけど、社会人2年目でほとんど働いた経験もないし、スキルもないし難しいだろうなと思っていました。でも、青森県が企画しているオンラインでの女性起業家との交流イベントなどで話を聞くうちに、起業へと引っ張られていったんです。
ビジネスマッチングアプリで情報収集したり、Facebookグループに入ったり、当時はとにかくつながりをつくろうと動いていました。特に、親しい大学の先輩から英会話教室を開業したという体験談を聞いたことは後押しになりましたね。それまで創業は遠い存在でしたが、『意外とできるんだ』と、当初よりハードルが下がったように思います」
トセノイエ内の様子
その後、青森県が運営する創業プログラムなどへの参加を通じ、「ゲストハウスならできるかも」と開業に踏み切ります。
「衰退していく地元を見るのはつらかったし、私自身、田舎で息苦しさや生きづらさを感じていたので、それを変えたいという思いがありました。大学進学で東京に出たことで、狭い世界で生きていたんだなと気付いたんです。
それまでは大人に怒られずに生きることを第一に考えていたので、大学に入ったばかりの頃って、やりたいことが全然なかったんですよね。主体的に『何かをやりたい』という思いが芽生えるシーンが一つもなかった。地元でもいろいろな選択肢を示してくれる人や、チャレンジを応援してくれる大人がもし身近にいたら、もっと主体的に動けて大学生活のスタートダッシュも楽しめたのに、もったいなかったと思います。狭い世界観を打破して、地元で同じように悩んでいる子たちに道を示せたら、と思いながら活動しています」
留学や国内外を旅した経験が、ローカルな魅力を体感できる交流の場づくりに活きている
鈴木さんはゲストハウスの運営以外にも、朝の地域の社交場となっていたせんべい喫茶を承継した喫茶「ヘバナ」の営業、「南部藩都市開発ユニットDASUKEYO」での国際交流活動などを通じて、地域にさまざまな交流の場を生み出すような活動に取り組んでいます。
「『へばな』は青森県の方言で『またね』という意味です。『Have a nice day! (よい1日を!)』が『へばないすでい』に聞こえるという仲間の声を受けて喫茶『ヘバナ』と命名したんですが、後日『へばな』は八戸のある南部地方ではなく津軽地方でよく使われているものだと知りました(笑) 。『だすけよ』も青森の南部地方の方言で、『そうだよね!』という同意を示す言葉です」
大学在学中は、イタリアのヴェネツィア大学(Ca' Foscari University of Venice)で1ヶ月のインターンプログラムに参加した他、アメリカのウェストチェスター大学(West Chester University of Pennsylvania)に1年間交換留学するなど、海外で生活した経験や、国内外を旅した経験も豊富な鈴木さん。そんな鈴木さんにとって、ゲストハウスは国籍も育ってきた環境も違う、多様なバックグラウンドをもつ旅人たちと交流し、その土地の暮らしを知ることができる場所でした。八戸でもそんな場所をつくりたいという思いが、国際交流活動の企画や、せんべい喫茶の承継につながっています。
せんべい喫茶は地域の朝の社交場
「喫茶店をやりたいわけでも、高齢者福祉に関心があるというわけでもないんですが、せんべい喫茶はかつてにぎわいを見せていた『片町朝市』の面影を残す、すごく八戸らしい場所だと思うんです。
常連さんが朝からああだこうだと言い合う景色に元気をもらったり、生き字引のようなお客さんが何人もいたり。バリバリの南部弁を聞く機会もここ以外ではなかなかないんじゃないかな? ゲストハウスのお客さんも温かみがあると気に入ってくれて、ここに泊まることの価値にもつながっていきました。資本主義的な理論だけで考えて、『儲からないからやめよう』となくしてしまっていい場所ではないと思っています」
鈴木さんの熱意、常連さんが見つけてきた新店舗候補、集まってくれた20~30代の仲間と、引き継げるだけの条件が揃い、元々のせんべい喫茶が閉店となったわずか10日後の2023年12月、近くの総菜屋さんを間借りする形で喫茶「ヘバナ」がオープンしました。ところが開店から1ヶ月後、突如として退去を迫られることに。これを「場の価値を問い直す機会」ととらえ、「ヘバナ」の持続可能な運営を模索して、鈴木さんは試行錯誤を続けます。
ローカルだからこそ、広い世界に目を向ける場が必要
退去を迫られた約2ヶ月後の2024年3月、鈴木さんはクラウドファンディングで160万円超を集め、同年4月から新店舗での「ヘバナ」の営業をスタートさせました。新店舗ではせんべい喫茶時代の常連さんだけでなく、20~30代の若者や子育て家庭、外国人など、より多様な人々が集まる場所として、国際交流や子ども食堂を始めとするさまざまなイベントが実施されています。
「ヘバナ」での国際交流活動の様子
「中学生のときから英語が好きだったけど、地元ではALT(外国語指導助手)の先生くらいしか外国人と交流できる機会がありませんでした。英語が得意なつもりで東京の大学に進学したら、都会の同世代たちは高校から留学していたり、教育の地域格差を強く感じました。だからこそ、流しそうめんや餅つきといったイベントを通して、地域の子どもたちが自然と外国人と交流できるような場を継続的につくっていきたいです。
『南部藩都市開発ユニットDASUKEYO』を母体として非営利での国際交流事業に取り組んでいますが、助成金や補助金の有無に左右されてしまうという課題もあるので、最近は近隣の米軍基地向けに文化体験を届けるといった営利事業も検討しています。私に余力がないとできない事業でもあるので、自発性を大事にしつつ、人手をどう確保するかも考えていきたいです」
その土地の歴史や魅力を自分の世界観とかけ合わせて事業を描く、全国の仲間との出会い
鈴木さんが八戸での事業に取り組む中で、もっと全国で活動している人たちとつながりたいと参加したのが、半年間の起業家育成・事業構想支援プログラム「ローカルベンチャーラボ」(以下LVL)でした。
「当時はまだ『ヘバナ』は始めていませんでしたが、八戸の昔ながらの暮らしや人々の営みをどうデザインしていけるのか、事業のヒントを得たいと思って参加しました。濃いメンバーだったこともあり、サブゼミとして受講したエリアブランディングのゼミが特に印象に残っています。
群馬県の限界集落に移住して、その村の言い伝えなどの世界観を『ヤマノタミ』という舞台要素のあるコース料理で表現しようとしている古平賢志さん、福島県川内村(かわうちむら)の自然に魅了されて、『この香りをジンに込めたいんだ!』と『naturadistill(ナチュラディスティル)』という蒸留所を始めた大島草太さん……
土地の文脈や歴史、信仰を活かしながら自分の世界観と合わせた事業を描いていて、よくわからないけどおもしろいですよね。地域内には同じ境遇の仲間がいなかったので、そういう人たちとつながれただけで財産だなと思っています」
エリアブランディングメンター寺井元一さんと古平賢志さんの活動拠点・千葉県松戸市でもフィールドワークを開催。左から2番目が鈴木さん
メンターの方が運営する神奈川県茅ケ崎市のコワーキングスペース「チガラボ」(2024年3月末閉業)を訪問したり、同期生が事業を展開している東京の赤坂で一緒にスナックに行ったりと、LVLの期間が終わってからも交流は続いています。
未来の世代が可能性を広げられる地域を目指して
鈴木さんは事業を通して、関わる人それぞれが自分らしさを取り戻してほしいと語ります。
「地方では人の流動性が低くて、それが時に息苦しくなることもあるのですが、だからこそ昭和では当たり前だった人とのつながり、温かみを感じられるような喫茶店や町内会なども残っているんです。
東京の人たちが『地域のつながりがめっちゃすごいですね‼』と言ってくれるような、人情をダイレクトに感じられる場所であるのは強みだと思っています。八戸は、本来人間が喜びだと感じられる社会関係資本や文化資本を身近に感じられる場所です。それをいいなと思ってくれる人にもっと来てもらいたいです」
常に八戸の未来を見つめている鈴木さん。特に次世代への思いは強いようです。
「子どもたちが自分の可能性を広げられる土地にしたいという気持ちが一番の原動力です。今後は地域の中高生のインターンも受け入れたいですし、将来的には雇用を生み出せたらいいなと思っています。未来の世代のために可能性を示し続けられる人でありたいですし、そこはぶれないようにしたいです」
外国人や子育て世代、多様なメンバーでの田植え体験
最後に、これから地域に根付いた事業に挑戦したいという方に向けて、メッセージをいただきました。
「LVLのような場に参加して損することは何もありません。事務局の方々はLVLの終了後もずっとサポートしてくれて、ローカルリーダーズミーティングのような機会にもつないでくれますし、知り合えて本当によかったです。
地域の中だけだと、周りと見ている世界が全然違うように感じて苦しくなることもあるかもしれませんが、外のプログラムに参加すると『自分がやっていることは間違ってない!』と確認できたり、『全国規模で見たらめちゃめちゃいい企画だよ』と言ってもらえたり、励みになると思います。事業を一緒に考えてくれる人と出会えるかもしれませんし、有名な起業家の方の話も聞けます。自分の可能性を広げる機会なので、こういった機会があればぜひ参加してみてください!」
鈴木さんが受講されていた「ローカルベンチャーラボ」では、例年3月から4月に受講生を募集していますので、気になった方は公式サイトをご覧ください。
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