青森県八戸市(はちのへし)で、観光とまちづくりを掛け合わせた事業を展開する株式会社バリューシフト代表取締役の外和信哉(そとわ しんや)さんは、この数年で県や地方自治体など、各方面からの委託事業が増えたことをこう振り返ります。
「NPO法人ETIC.(エティック)が1997年に始めた長期実践型インターンシップを経験して、大学を卒業した学生たちが、地方に移住したり、各地域でコーディネーターとして事業を牽引したりする姿がたくさん見られています。この何年かは青森県でもそんな若い人たちがバリューシフトに関わるようになり、彼らの活躍に気づく人が増えているんです。『青森県は外和さんだけじゃないんですね』と声をかけられることも多いです」
今回、外和さんには、バリューシフトでの人材との関わりや事業づくりについてお聞きしました。あわせて、コーディネーターとして所属しながら、地域の若い世代に向けた活動のために「一般社団法人わのまち」を立ち上げた木村優哉(きむら ゆうや)さんにもお話を伺い、地域コーディネーターとして、地域の人たちに合った好循環を生み出そうと取り組む、外和さんたちの挑戦をご紹介します。
外和 信哉(そとわ しんや)さん
株式会社バリューシフト代表取締役
1972年青森県八戸市出身。1990年、高校卒業と同時に上京。新聞奨学生での浪人後、早稲田大学社会科学部に在学。1996年、大学卒業後フリーランスとして映画宣伝、テレビ制作、広報誌編集、イベント運営などに従事。ツアーコンダクターとしても10年間で約400本のツアーを担当。海外35か国、日本全県訪問。2007年、大手旅行会社の訪日旅行の専門部署でツアー企画造成オペレーションなどオフィス業務全般を担う。2009年、母親の病気を契機に、八戸市にUターンする宿命を感じ、「自ら、地域で仕事を創り出す」活動を始める。NPO法人ETIC.地域イノベーター養成アカデミーなどの活動、地元起業家ネットワーク「八戸ビッグバレー」、旅行業の変革を目指す「旅行産業経営塾」、グロービス経営大学院など様々な活動を続け、2013年にUターンし、八戸市で株式会社バリューシフト創業。地域内外の多様なパートナーと連携プロジェクト(ツアー、フィールドワーク、イベントなど)を企画開発。2018年には「実践型インターンシップ」事業に参画。「学生の本気の挑戦を全力で支える」をテーマに掲げ、対話と内省を重視したプログラムを運営。その後は、地域エコシステムを共創していく起点となるコーディネート人財の育成に注力しながら、地域コーディネート機関×観光事業者として、持続可能な事業モデルを創造する挑戦を続けている。
聞き手 : 乗越貴子、たかなしまき(DRIVEキャリア)
バリューシフト入社を直談判し、自主的に新規事業開発・運営を推進──コーディネーター 木村優哉さん
青森県八戸市で生まれ育ち、地元の大学に進学した木村優哉さんは、自ら「バリューシフトに入社させてください」と、2018年に参画したメンバーです。
「バリューシフトへの入社を希望した理由は、地元の八戸エリアで始まる復興庁の『復興・創生インターン』の事業運営にバリューシフトが参画すると知ったからです。『復興・創生インターン』は、僕自身が大学時代に初めて大きな挑戦を実感できた、長期実践型インターンシップ『地域ベンチャー留学』の仕組みを活かした取り組みでした。
いつか地元でも広げたいと思っていたので、2017年に『東北オープンアカデミー(東日本大震災後の復興現場の人たちと都市部の人材が交流する期間限定プロジェクト)』を通して知り合った外和さんに、ぜひバリューシフトで『復興・創生インターン』のコーディネートを担当させてください、と直談判しました」
木村さんは、入社当初から「主体的に事業を動かしたい」と意欲的な姿勢を見せていました。3年間に及んだ『復興・創生インターン』の専任コーディネーターを務めた後は、初めて木村さん自身が企画立案し、獲得した青森県委託の人材育成事業を担うことに。
大学時代から抱いていた「学生と地域をつなぎたい」という想いをもとに、木村さんは事業運営を推進します。2022年には、10代のための居場所(秘密基地)をつくる「ユースセンター起業塾」に参画、事業運営の母体として一般社団法人わのまちを立ち上げ、代表理事に就任しました。
自治体や地域の人たちを前に、取り組みの話をする木村さん(中央)
入社間もなくから主体的な事業づくりにこだわる木村さんにとって、バリューシフトの代表である外和さんは、「常に見守りの姿勢で関わることを貫いている存在」と話します。
「外和さんは、各事業での予算管理、課題解決やリスク回避のための施策づくりなど、本当に困った時に相談するとサポートしてくれます。僕が目的を達成するために『どうすればできるか?』、問いを出しながら自分で気づけるように対話や働きかけをして、実践を後押ししてくれています。いつも自由にやらせてくれている印象が強く、厳しさを感じるとすれば、『自分で始めた事業は最後までやり切ることが当たり前』の姿勢でしょうか。
といっても、フィードバック自体も自分への思いが伝わってくるから、外和さんに厳しくされている感覚がないんです。僕は、自分でやりたいことをできているから最後までやり切るし、責任を持って活動しています」
現在、木村さんは、若い世代が地域に主体的に関わる機会づくりの準備を進めているそう。
「実家の家業が農家なんです。八戸にとって農業は大事な産業で、次世代が農業に関わりたいと思うプロジェクトを進めていきたいと思っています。また、今年度は環境省の地球環境基金に採択されていることもあり、地域の持続可能な環境づくりを若者の力や視点を活かしながら取り組んでいきたい。
10代のための居場所づくりもあわせて、若い世代の人たちが地域でやりたいこと、発信したいことができる仕組みを作りたいです。地域に新しい価値を創っていきたい。そのために、いまは地域との接点を増やしています」
良い影響を与え合う自律的な関係性が生み出される組織に
現在、バリューシフトに参画する若手コーディネーターは木村さんを含めて5人。全員が主体的に新規事業の立ち上げ・運営を推進しています。多様性を尊重した働き方で、中にはパラレルワーカーとして地域で活躍の場を広げている中核メンバーもいるそうです。
外和さん(前列右端)と木村さん(前列右から2番目)と、バリューシフトのメンバーや関係者たち
外和さんがバリューシフトで大切にしているのは、組織や事業の「起点」となる若手メンバーが地域とつながる基盤を整え、縁の下の力持ちとなって支えること。さらに、どうすればよりメンバーの「個」の力が活かされるかを思考しながら実践を繰り返しています。
「優秀な一人の人材だけが目立った活躍をするのではなく、お互いがちょうどよいバランスで依存し合い、自律的に良い影響を与え合う関係性が育まれる。バリューシフトは、そんな循環を生み出す組織でありたい」と、外和さんは話します。
「バリューシフトの働き方は、裁量労働制で、週2回のミーティング(オンラインと対面)以外は時間拘束の概念がありません。各コーディネーターが地域や組織の『起点』となって作りたい事業を実現することを重視しています。
空の青色と緑のコントラストが見事な八戸の景色
チームで足並み揃えてというより、多様な個性が活かされ合う『スイミー』のように、十人十色の事業が一つひとつ立ち上がり、それぞれがつながり、共創する。そんな形を持続させるにはどうすればいいのか、長年考え、形づくりを模索してきました。そうするうちに、自然と関わる人、新しい事業が増えているのが今の状態なんです」
地域の「起点」となる人の「個」を活かす3つのポイント
「コーディネーター起点の事業作りや地域づくり」。この理想を組織として形にするために、外和さんは3つのポイントを押さえた体制を重視しているそう。それは、①「待つ姿勢」、②「話を聞く姿勢」、③「観光とまちづくりの関係性」です。
①待つ姿勢
バリューシフトの「待つ姿勢」とは、若手コーディネーターからの提案や企画を熟成させて待つことを指します。特に新規事業作りでは、スピード感が重要視されがちだからこそ、外和さんは、コーディネーター自身の「なぜ事業化したいのか」が明確に言語化され、始動までの覚悟や準備が整うまで待つ姿勢を通すと言います。
「メンバーたちは『自律的に生きたい』との強い想いを持って仕事に取り組んでいます。例えば、木村くんは最初から自分でインターンシップ事業を担いたい、事業を作りたいと入社しました。そのため、事業基盤もゼロから、事業作りも企画提案からのスタートで、僕は、彼が経営者視点を身につけることを重視して、必要最低限の関わりを徹底しました。
いまは彼も家庭を持ち、父親にもなって、これからは時間の使い方など工夫が必要になってくると思います。実は難しい壁が目の前に立ちはだかっている状態でもありますが、引き続き、考えが熟成されるのを待つために、組織基盤を強化することが僕の役割だと思っています」
バリューシフトでは、地域の人たちが語り合う場もたくさん作っている
なぜ、外和さんがそこまで各コーディネーターに対して「待つ姿勢」を大切にしているのか、背景には外和さん自身の経験がありました。
「創業時代に4、5年くらいすべてを諦めそうになるほど辛い時期を耐えた経験があるんです。自分以外に初動を作る人がいない中、自分にすごく無理をさせてしまっていました。そのときの後悔と経験を活かして、バリューシフトのメンバーの初動などが主体的に動き出せるタイミングがくるまで、待てる体制を作り、彼らを支えたいと踏ん張っています」
国内最大規模の朝市として知られる八戸市の「館鼻岸壁漁港朝市」
②話を聞く姿勢
外和さんは「話を聞く姿勢」も重視しています。それは、これまで「腹を割って話す」関係性を目指し、できる限り想いを伝え合える対話の場作りに注力してきたため。特に影響を受けたのは『U理論』の考え方です。
『U理論』とは、時代の変化とともに複雑性が増し、解決がより難解化する社会課題に対して、個人・集団・組織レベルでイノベーションを可能にするための考え方などを示したもの。バリューシフトでは、若手のメンバーが地域コーディネーターとして、まずは町の中でいろいろな人とつながれるように、「挑戦したい」想いの醸成や言語化をサポートしています。
「若手メンバーがモヤッとしていることを抱えているとしたら、すぐに何とか解決しようとするのではなく、そのまま事業作りに活かせるエネルギーへと醸成されるまで、話を聞きながら待ちます。なぜなら、そのモヤモヤのエネルギーを放流して受けとめることも収益構造をつくる一つの生態系(エコシステム)になると思うからです」
外和さん(後列右端)と木村さん(後列左から2番目)たちと学生や若者たちとの取り組みも町に活気を産んでいる
③ 観光とまちづくりの関係性
「昔、観光業で仕事をしていた経験があって、以前から、まちづくりと観光はいずれ融合すると考えていました。融合しなければ、それぞれ自立することも難しい、そうも思っていたので、創業当時から観光×まちづくり会社として事業の柱を丁寧に作ってきました」
また、まちづくりの課題として、「一時的に町が大きく盛り上がるようなきっかけが起きても、住民全員が幸せとは限らないとも思っています」と外和さんは続けます。
「普段から観光の視点を入れつつ、どんなことで地域が本当の意味で元気になるのか、考え、実践を続けています。これからも、バリューシフトの若手メンバーが『個』を発揮しながら、じわじわと地域の人たちと一緒にまちづくりにつながる動きを重ね、仕組み化し、広げながら、観光×まちづくりを追求していきます」
海の幸に恵まれた青森県八戸は魚市場も大賑わい
各方面や県からの委託事業が増えている背景
「この1年、ローカリゼーション(地域の特性に合わせた事業の最適化)や環境省の地域循環共生圏、地域共生社会などについて、各方面からのヒアリングが増えているんです」
青森県や県内の自治体では、国からの委託事業が増加している一方で、まちづくりを仕掛ける企業と地域の人たちが自然に協力し合い、収益につながる事業づくりができる企業が不足しているのだそう。バリューシフトは、県が期待する事業を担える企業として、「外和さんだけではなく、いろいろなメンバーがいる」と関心を寄せられているようだと外和さんは話します。
「しかも、いまは彼らの可能性を感じられる事業づくりの機会が増えている状態なんです。彼らが望む『自律的に仕事をし、人生の舵を取る』生き方を実現するための機会や環境づくりが加速していると実感しています」
例えば、青森県の委託事業として、介護分野の委託事業を中心に、各自治体の地域共生社会コーディネーターを活かしながら地域共生社会づくりを推進する動きが広がっているとのこと。そのために中間支援機関主導で取り組みを担える企業として、バリューシフトに注目が集まる状態なのだそうです。
地域の人たちから出されたテーマには大事なポイントもたくさん
「バリューシフトの事業づくりで特徴的なのは、対話の場づくりです。方法は、それまでつながりのなかった各自治体の担当者をつなぎ、お互いが学び合い、支え合う関係性をつくり、必要な地域に施策を導入するというもの。目的を実現するためにまずお互いが言葉を交わし、向き合える場をつくります。こういった場作りは、コーディネーターとしての本来の役割なのだろうと手ごたえを感じながら関わっています」
自治体の職員同士が対話の良い環境を考え続けてくれる
コーディネーターとして対話の場をつくる。そんな外和さんたちの取り組み方について、各自治体から、「なぜ町に対話の場が必要なのか」を認識したうえで依頼を受けることも多くなっていると、外和さんは話します。
「地域が対話の場をつくることを信じてくれている、そんな関係性を感じることができています。八戸市に隣接する五戸町のまちづくりに、毎月1回の対話の場を取り入れてから5年目になりますが、自治体が5年間も協力し続けてくれることはすごく貴重なことなんです。
対話の場では年齢、立場関係なく同じテーブルを囲んで語り合う
理由として、対話の場を起点に、多様な動きが生まれていることの現れなのかなとも考えています。町にとって、バリューシフトは、対話の場を運営する一企業ではなく、町の未来を一緒につくるパートナー同士のような存在として思ってもらえているのを感じています。
特にうれしいのは、担当者同士の業務の引継ぎの際、しっかりとバリューシフトの対話の場づくりの良さや必要性を次の担当者の方に伝えてくれていることです。自治体側が、僕たちの対話の場づくりにとって良い環境を考え、整えてくれているんです。
僕たちがずっと対話の大切さを説明し続けた結果、自治体職員もその大切さを認識してくれて、成果にも少しずつ具体的に現れている。何よりも担当者たちが丁寧に支え続けてくれている。本当にうれしいし、すごいことだと思っています」
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3.11後に会社を辞め福島にUターン。妊婦と乳幼児の支援に奔走した「右腕」の12年





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「社会貢献活動の真価を引き出す:インパクト評価を戦略・文化・顧客関係に組み込む方法」 〜ETIC. / World in You 共催特別セッション
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2025/05/13(火)?2025/05/13(火)
