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日本の若者は「謙虚に図々しくあれ」。大学院とNPOの二足のわらじ生活を送る研究者・安家叶子さんのキャリア観

2023.03.16 

子どもの頃からの「動物が好き」という思いを広げ、アフリカ・ジンバブエでは野生動物の生態調査に参加した安家叶子(あけ・かなこ)さんは、現在、博士課程で動物の生態行動学の研究に取り組む大学院生です。

 

安家さんは、2024年3月の博士号取得後、新しい道を開拓することを決めました。より動物たちに貢献するため、気候変動の専門家として国内外シンクタンクや国際NPOの仕事を横断させるキャリアへと舵を切ったのです。

 

この記事は、海外を飛び出した経験を活かし、世にまだないファーストキャリア創りを応援するトランジション・アクセラレーター(略称 : AFT)「トランジション・ラボ(セカイ越境編)」の記事です。このプログラムに参加した安家さんは、なぜ、新しいキャリアを自ら創ることを選択したのか、今の挑戦を追います。

 

聞き手 : 小泉愛子・川端元維(「Action for Transition」運営メンバー)

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安家叶子(あけ・かなこ)さん

 

野生動物を4WD車で追いかける研究者の姿に「かっこいい!」

 

「安家という名字ですが、安全な家にいることはほとんどなくて、よく海外に行ったりしています(笑)」

 

インタビュアーが自己紹介をお願いすると、安家さんは自身をこう表現してくれました。現在、大学院とNPOの二足のわらじを履いた生活を送っています。

 

大学院では週4日~5日、動物の行動学を研究し、環境保全系のNPOでは週2日ほど、野生動物の国際取引やワシントン条約に関する活動を行っているそう。

 

研究だけではなく、保全活動にも取り組むようになった理由を、「海外での経験が大きかった」と安家さんは話します。それは、2019年、修士研究のために「トビタテ!留学JAPAN」を活用して参加した、アフリカ南部ジンバブエ共和国での野生動物の生態調査でした。

 

安家さんが以前から「大好き」で、研究対象でもある、アフリカに生息するイヌ科の動物「リカオン」。その第一人者がジンバブエにいると知り、「行かせてほしい」と積極的にアプローチしたことで現地入りが実現したのです。

 

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安家さんは、取材のためにリカオンの置きものを持ってきてくれた

 

「昔から動物が好きで、野生動物に憧れていました。研究者がサバンナで4WD車を走らせながら野生動物を追いかける姿をテレビ番組で見て、『かっこいい!』と思ってから、その気持ちのままここまできました。

 

子どもの頃に好きだった犬と同じイヌ科で、社会性が高くて、サバンナにいて、という共通項からリカオンを研究するようになったのですが、すっかり『沼って』しまいました(笑)。

 

リカオンはみんなで子育てをするんです。仲間の子どもに対して、ご飯も細かくかみ砕いてあげたりするんですよ。面白い動物です」

研究だけでなく保全活動にも力を入れる理由

 

安家さんがジンバブエに滞在した期間は7ヶ月。その間、現地の研究者や動物たちと触れ合ううちに、「研究を続けるうえで保全活動が欠かせない」ことを知ったといいます。

 

「現地では研究者による環境教育が活発で、保全活動も当たり前。特にリカオンは、アフリカでも絶滅危惧種に近い哺乳類で、保全活動が日常的に行われていました。

 

私も、調査をする中で『研究を続けたければまずは保全活動を』と体感していったんです。最初は、『土日くらい休ませてほしい』と気持ちに余裕をなくしたときもあったのですが……」

 

安家さんが保全活動の必要性を肌で感じたのは、ある違和感からでした。自然公園での調査で、安家さんは、野生動物の死骸が“落ちている”光景を毎日のように目にしていたのです。広い敷地の中、高速で走る車と野生動物が衝突して動物が死んでしまう、いわゆる「ロードキル」が日常化していました。

 

「『なんとかしなければ』という思いがふつふつと湧いてきて、地域の政府関係者や警察と一緒に、ドライバーに動物への注意を促す標識を立てることにしました。例えば、キリンの出没が多いところにはキリンの絵を描いた標識を道路に置くのです。当時、標識はお金になる金属が使われていることで盗難が相次ぎ、1本も残っていなかったので、頑丈な標識を立てようとしていました」

 

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しかし、最初は、文化や常識の違いもあって、ロードキルに対する安家さんの危機感が現地の人には理解されず、いくら標識の必要性を訴えようとしても話すら聞いてもらえない状態でした。しかたなく、1ヵ月くらいの間、リカオンを追うのをやめ、いかに車がスピードを出しているかを自分で測定し、データ化して資料にまとめ、警察などに説明していったそうです。

 

「道路に100m間隔でゴミ袋を置いて、その間を車がどのくらいのスピードで走るかストップウォッチで測り、エクセルで計算しながらデータ化しました。棒グラフなどでわかりやすく表現はしたのですが、見ようともしてくれなくて。また、最初の頃、私は車を見てばかりだったので、『何をするためにジンバブエまで来たんだろう』と思っていましたね(笑)。

 

それでも終盤には、コンクリートで標識を作る過程を警察やボランティアの方が手伝ってくれるようになりました。標識を立てるまでには時間がかかりましたが、うれしかったです」

「信じていた科学の力が社会に通じない」

 

ジンバブエに来てから7ヶ月の滞在中に、現地の人を巻き込みながら、標識を立てるなど保全活動と研究を両立させるという成果を手にした安家さん。こうした体当たりの経験は、安家さんの中にある思いが生れるきっかけにもなりました。

 

「明日の食べ物がどうなるかすらわからない現地の人たちに、どうすれば保全活動の必要性をわかってもらえるのか苦心しました。科学的なアプローチよりも感情や話術のほうに効果があることも体感して。自分が信じていた科学の力が社会ではまったく通じないことを痛感しました。ショックでした」

 

「科学と社会のギャップを埋めたい、科学と社会をつなげる人材になりたい」。この決意がその後の安家さんをより積極的に動かしていきます。

 

帰国後は、博士課程への進学とともに、国際自然保護連合(IUCN)の加盟団体である現在の環境保全系NPOに所属し、科学を広める活動を始めました。活動中には、海外在住の関係者たちとオンラインで話す機会に恵まれ、ビジネスとNPOを横断するキャリアに心動かされた安家さん。そのときに感じた可能性から、科学と他分野を行き来することで研究を深めていく手法を目指すようになります。

ハイキャリアな国際人たちの苦労を知って

 

安家さんは、昨年の冬には、カナダのモントリオールで開催された「生物多様性条約(CBD)第15回締約国会議(COP15)」に日本のユース(国際規定で35歳以下)代表として参加しています。

 

「普段はお会いできないビジネスセクターや国際NGOの方とたくさんお話ができました。そこで、みなさんが会議に参加するまでのプロセスでいろいろ苦労されていたことを知りました。大変な思いをした分、『若者の思いを後押ししたい』という方が本当に多かったです。私が質問をするとすぐに答えてくれたり、丁寧に対応してくれたり、みなさんの思いを強く感じました」

 

そんな環境のなか、企業がNPOに対してリスペクトを表している姿も身近に感じたといいます。「NPOなら、いろいろなセクターと利害関係に縛られずつながれるかもしれない」と可能性を感じたことが、今年9月から始まる一般社団法人ジャパン・クライメート・アライアンス(JCA)の研修プログラムに応募する決め手となりました。JCAでは、国際的なネットワークを活かして、日本やアジアの気候変動の解決のために行動する人と団体を支援しています。

 

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取材中、小泉からの質問に真剣に答えてくれる安家さん(左)

 

「私は科学の面白さを知っているし、科学を活かすことにも興味があります。興味関心のあるキーワードから視野を広げつつ研究を深めたいと思ったとき、つながったのが気候変動だったのです。これまでの生物多様性の研究、さらにリカオンへの貢献にも可能性を感じました」

 

安家さんは、今後、2024年3月に博士課程を修了する予定です。さらに、同年9月からJCAの研修プログラムに参加した後は国際NPOに出向し、また生物多様性や気候変動の専門家として国内外シンクタンクでの仕事をスタート。現在のNPOの仕事も継続するそうです。そんな安家さんに、未来の自分について聞くと、こんな言葉が返ってきました。

 

「JCAの研修プログラムで私が一番身につけたいのは、NPOで稼ぐ力です。日本ではまだNPOはボランタリーのイメージが強く、NPOで働いていると話すと『大変だね』と言われます。

 

一方、欧米では大手企業と大手NPOは同等に見られていて、もちろん文化の違いはありますが、日本もその方向へ変えていく必要があると思っています。

 

JCAでは、NPOの雇用についてしっかりと学びたいし、所属しているNPOや日本で活動する団体に還元できるようになりたいと思っています」

自分が決めたキャリアへの迷い

 

今後のキャリアにとても意欲的な安家さん。そこから感じられるのは、「順調」「完璧」という印象なのかもしれません。しかし、一時期には、未来のキャリアが描けず、悩んでいたときもあったそうです。

 

2022年夏頃、AFTの「トランジション・ラボ(セカイ越境編)」へ参加を決めたとき、安家さん自身、自分のキャリアへの自信をなくしかけていました。コロナ禍によって動きたくても動き出せず、もがく自分を経験していました。また、まわりとは違うキャリアに挑戦しようとすることへの不安も募らせていました。そんなとき、情報収集する中で見つけたのが、「トランジション・ラボ(セカイ越境編)」だったと安家さんはいいます。

 

「私が選んだキャリアもネットで検索してみると他には出てこなくて、『これでいいのだろうか』と自分の選択に迷いが生まれるときもありました。

 

でも、『トランジション・ラボ』のプログラムに参加して、『私は相談相手がほしかったんだ』と気づきました。メンタリングやいろいろな方とのつながり、また、自分が何をして、今どう思っているのか、今後どうしたいのかを定期的に確認できることで自分の成長も感じられました」

「謙虚に図々しくあれ」

 

ここまで自身の強さも弱さも話してくれた安家さん。丁寧に言葉を選びながら、目の前の人にまっすぐ向き合おうとする姿勢を感じさせます。その誠実さの源ともいえるような、安家さんには信じている思いがありました。それは、「人生は楽しい」。

 

「私が中学生の頃、年子の兄が自分で命を絶ちました。当時は動物のことを勉強したいという夢も諦めなければならない時期もありましたが、今でも、兄の選択は間違っていると思っています。『生きていたら絶対にいいことはある』と自分の人生で証明していきたいんです。『こんなに楽しいよ』って。心の底から思っています。

 

お金が稼ぎたくて仕事をするわけではありません。自分が楽しみたいし、まわりの人が幸せであってほしいんです」

 

こう語った後、安家さんは、「トランジション・ラボ(セカイ越境編)」への参加を考えている人へこんなメッセージを送ってくれました。

 

「私は、『謙虚に図々しくあれ』と伝えたいです。世界でも日本の方は消極的だと感じています。COP15に参加したときも、私が日本や海外の方に質問して得た答えを、『なんて言っていましたか?』と日本の方が聞いてくることがありました。自分で質問すれば私も聞けなかった話が聞けるかもしれないのに、ともったいなく思いました。

 

自分らしいキャリアを築いた大人の方々は、忙しいけれど、『いろいろな人とコラボレーションしたい』『誰かの力になりたい』という思いをもっています。だから、若い人たちには、謙虚に、図々しく、まず話を聞きに行ってほしいです。

 

どんなに立派そうに見える方でも、悩みを抱えているんだと思います。そのなかで差し伸べてくれる手はたくさんあります。その一つが、『トランジション・ラボ(セカイ越境編)』だとも思っています。ぜひ活用してほしいし、私も今後、またチャンスがあればぜひ参加したいです」

 

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安家さん(左)とインタビュアーの小泉。川端は留学先のイギリスからオンラインで取材に参加した

 

***

 

>> 越境的・創造的キャリアの挑戦者たちにインタビューした記事はこちら

トランジション・アクセラレーター「Action for Transition」(AFT)

 

この記事を書いたユーザー
たかなし まき

たかなし まき

1971年愛媛県生まれ。松山東雲短期大学英文科卒業後、地元の企業に就職。その後上京し、業界新聞社、編集プロダクション、美容出版社を経てフリーランスへ。いろいろな人と関わりながら新しい発見をすること、わくわくすること、伝えることが好き。

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