TOP > ワールドウォッチ > AIで仕事が無くなるときのために? BI/ベーシックインカムを巡る世界の議論まとめ

#ワールドウォッチ

AIで仕事が無くなるときのために? BI/ベーシックインカムを巡る世界の議論まとめ

2016.04.18 

最近「ベーシックインカム」が話題です。

全国民に最低限の生活を保証する一定額を支給するというこの仕組は、2015年末に「フィンランドがベーシックインカムを導入する」というニュースが大きく取り上げられたことで、大きな注目を集めました。

しかし一部誤報があり正確には「ベーシックインカムのパイロットプログラム実施を公約に掲げる政党が準備を進めている」というものでした。

フィンランド以外でもベーシックインカムの検討が進んでいます。オランダのユトレヒト市では、2016年1月にパイロットプログラムを開始しました。また、カナダのオンタリオ州では、2016年の州政府予算にパイロットプログラムの実施準備を盛り込んでいます。さらにスイスでも、今年6月にベーシックインカム導入可否を問う国民投票が行われます。

なぜいま「ベーシックインカム」なのか、世界の動向とその論点に迫ります。 フィンランド街並み

ベーシックインカムとは

1797年に社会思想家のトマス・ペインによって提唱された社会保障システムで、資産や労働の有無に関わらず「すべての個人に対して無条件に」支給されるもので、基礎所得保障、基本所得保障、国民配当などと呼ばれています。

ベーシックインカムのメリット・デメリット

ベーシックインカムを導入することのメリット・デメリットについては、様々な意見があります。

 

メリットについては、例えば、貧困対策、少子化対策、社会保障制度にかかる行政コストの削減、働き方の多様化(ワークライフバランスの充実)、地方活性化(家賃や物価の安い地方への移住促進≠都市一極集中の解消)、人々の自立促進(専業主婦、DV被害者などなんらかの事情で家族としてベネフィットを受けられない人)、ブラック企業の減少などが挙げられています。

 

デメリットについては、例えば、労働意欲の減少、財源、インフレなど環境変化への非対応、犯罪の増加などが挙げられています。 ベーシックインカムに似たような施策は多く存在します。例えば、バラマキと批判され、単発で終わってしまった日本の「定額給付金」もその1つと言えるでしょう。

 

また、カナダのマニトバ州ドーフィンでは、1974-79年の5年間ピエール・トルドー首相の下、カナダ連邦政府とマニトバ州政府が共同でベーシックインカムの試験導入を行っており、その取組みは「Mincome」と呼ばれています。2011年にその成果をまとめた最終レポートが発行されました。このマニドバの取組みは次回取り上げます。

世界の動向

ベーシックインカムの議論は長い歴史を持っており、「働かざるもの食うべからず」的な議論をはじめ、「労働意欲を削ぐ」など様々な議論が長年なされてきました。未だ世界でベーシックインカムが正式に導入されていないことを踏まえると、政治や世論を納得させる結論に至っていないことが伺えます。

ベーシックインカム導入の世界の動向まとめ

導入検討国/自治体状況内容
フィンランド2017年から2年間にわたってパイロットプログラムを実施予定約10万円/月を支給
オランダユトレヒト市2016年1月にパイロットプログラムを開始失業給付や生活保護を受給している一部の人々に毎月660ポンド(約12万円)を支給
カナダオンタリオ州法案の提出準備入り州民全員に対して、使途を問わない小切手を支給
スイススイスがベーシックインカム導入の可否を問う国民投票を6月末に実施約30万円/月を支給
ニュージーランド二大政党の一つのニュージーランド労働党が、次期選挙でBI導入を公約に掲げることを検討詳細は未定

フィンランドでのパイロットプログラム

フィンランドは高負担高福祉の国で学力も高く、経済的にも豊かなイメージがありますが、近年のフィンランドは、大手通信企業のノキアが破綻するなど経済が低迷しており、失業率は10%以上と過去最高となっています。また、若年層の失業率も22.7%と上昇傾向にあるのです。

 

フィンランドは、2017年から2年間にわたってパイロットプログラムを行い、ベーシックインカムの導入を検討するとしています。政府は毎月800ユーロ(約10万円)をすべての国民に支払い、年間コストは467億ユーロ(約6兆710億円)と試算しています。

 

フィンランド社会保険庁では、ベーシックインカム導入に向けて、1. 既存の社会保障を全てベーシックインカムに置き換えるモデル、2. 一部を置き換えるモデル、3. 所得が増えると給付が減るモデル、4. 社会貢献をした場合に追加給付するモデル、といくつかのモデルを検討しています。 そんな中、国レベルではなく、自治体レベルでベーシックインカムの試験導入をまさに2016年1月から開始した自治体があります。それが、オランダのユトレヒト市です。

ユトレヒト市でのパイロットプログラム

ユトレヒト市では「ベーシックインカムという名称は使わない」としています。

 

その理由は「働かなくても無償でお金が支給され、人々はただテレビを観て座っていればいい」といった労働意欲を削ぐイメージを払拭するためです。 パイロットプログラムでは、失業給付や生活保護を受給している一部の人々に毎月660ポンド(約12万円)を支払うこととしています。 毎月支給される660ポンド(約12万円)は毎月の生活を保証するもので、家計の収入にはなりません。よって、仕事をして家計の収入を追加することもできるのです。

 

すなわち、日本の生活保護のように「仕事をして収入を得ると生活保護が受給できなくなるので、働かない」といった「働いているほうが不利」な状況が起こりません。このパイロットプログラムの結果は、ユトレヒト大学の教授で経済学者によって分析されることになっています。

格差の是正と社会保障制度のリフォーム

なぜいま各国でベーシックインカムの実証実験が開始されているのでしょうか。

 

その背景には、テクノロジーの発展や企業のグローバル化による労働環境の変化と、それがもたらす格差、そして少子高齢化を迎えて立ちゆかなくなる社会保障制度のリフォームの必要性などがあります。

 

AI(人工知能)が人間の仕事を代替し、将来的には多くの仕事が消滅するともいわれています。世界で最も早く少子高齢化を迎え、格差がじわじわと広がりつつある日本。これからどのように制度設計を考えていくか、注目が集まります。

>>後編「1970年代のベーシックインカム社会実験、カナダ・マニトバ州の「ミンカム」の成功と失敗」はこちら

この記事を書いたユーザー
アバター画像

Erika Tannaka

岐阜県出身。シンクタンク研究員を経て、現在は外資系戦略コンサルティングファームリサーチャー。プロボノとして政策提言や課題調査などNPOの支援に携わる。