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#ワールドウォッチ

はじめに ~ドイツ・EUの移民制度とソーシャルファームから見る、包摂された社会のつくりかた(1)

2017.10.25 

「多様な価値観や特性を持つ人達が尊重し合いながら共存している社会は、どのように作られていくのか。」

ドイツに移住し、移民として生活している視点を交えながら、ドイツを主としたヨーロッパにおけるソーシャルインクルージョン(*)のための取り組みや仕組みなどを、移民制度やソーシャルファームに焦点を当て、数回にわたってお伝えしていきたい。(第二回第三回第四回はこちら)

(*)ソーシャルインクルージョン/社会的包括:「全ての人々を孤独や孤立、排除や摩擦から援護し、健康で文化的な生活の実現につなげるよう、社会の構成員として包み支え合う」という理念(障害保健福祉研究情報システムより抜粋)

自己紹介

私がドイツに移住をしたのは2年ほど前。

結婚に伴い、夫(日本人)がドイツの研究機関で働いているため、そこに合流するために旧東ドイツにあたるドイツ北東部のザクセン=アンハルト州の州都、マクデブルクにやってきた。

 

 

もともと日本では総合商社で勤務の後、NPO法人ETICにコーディネーター/事務局として参画、その後都内の社会福祉法人が運営する障がいのある方々のための就労継続支援施設に立ち上げメンバーとして参画してきた。このような経験を通じて、

 

 「様々な価値観や特性を持っている人達が、互いの存在を尊重し合いながら生きている社会は、どうやったら作ることができるのだろう?」

「社会的に排除されてきた、もしくはされがちな人達がうまく混ざり合っている社会をどうやったら築けるのだろう?」  

という小さい頃から持っていた問いに対して、自分自身がどのように働きかけていけるのかを考え続けてきた。

ドイツに住み始めたのは結婚という偶然のきっかけだった。しばらく生活をしてみて思うことは、日本よりも圧倒的に様々な人種・国籍・文化背景を持つ人たちが混ざり合って生活をしているということである。そしてそのための仕組みや制度が日本に比べてかなり整っている。

シリアなどからの難民もここ数年で100万人以上受け入れており、それに対応するための政策やプロジェクトに、政府、自治体、民間問わず様々な形で取り組んでいる。一方日本の2016年の難民認定者数は28人。

ドイツに住んでみて、改めて日本は島国で、その地理的環境もあってかなり閉鎖的だと実感している。その閉鎖性が文化的な強みになっている部分もある。とはいえ、これから日本人が海外に出ていく機会も、日本の中で様々な価値観や文化的な背景を持つ人達と関わる機会も、さらに増えていくだろう。そうなると、

・自分の当たり前が世界ではいかに当たり前ではないかを実感し、それを面白いと思えるか。

・多様な価値や人に触れる経験を通じて、日本のこと、自分のことを客観的に振り返ることができるか。

・世の中には色々な価値観や考え方、物の見方があるのだと、頭ではなく心から実感できるか。

といったことが大事になってくる。自分自身の中で人や物の捉え方の幅が広がることが、自らを自由にし、豊かに生きることに繋がっていく。そしてそういう人が増えていくことによって、どこか生きづらさを抱えている人の多い現在の日本の社会も、多様性を受容することのできる、より成熟した豊かなものになっていくのではないかと考えている。

これからお伝えしていくヨーロッパの仕組みや取り組みが、そういった社会を築いていくためのヒントになればと願っている。

第一回ではソーシャルインクルージョンにまつわるトピックとして、「ドイツの移民制度」と「ソーシャルファーム」について自身のエピソードと共に概要をお伝えし、次回以降より詳しい内容をお伝えしていきたい。

「ドイツ国籍を取得しないか?」〜ドイツの移民政策・制度について

まず私がドイツに移住してきた頃のエピソードを通じて、ドイツの移民制度について少しご紹介したい。

ドイツに来てすぐにビザの申請や住民登録、税務署への届け出や銀行口座の開設など諸々の手続きを行った。まず驚いたのが、市役所に外国人専用の外国人局というものがあり、マクデブルクでは市役所とは別に、外国人局専用の建物が設置されていることだ。

 

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折しも私が移住した年は、シリア内戦の影響でドイツの受け入れた難民が100万人に達した年でもあり、外国人局はかなり混雑していた。私がビザの申請をしている横では、英語もドイツ語も全く分からずにコミュニケーションに困っている中東系の方がいるなど、大分混乱している様子だった。

しかし外国人の受け入れ体制という点では、日本と比べて比較にならないくらい整っていると感じた。例えばドイツ政府が主催している、移民のための語学コースやドイツ文化・歴史・政治・習慣などを学ぶオリエンテーションのクラスがある。また海外の国の学位をドイツのものと比較し認定するための機関があったりもする。私もこの語学とオリエンテーションのコースに半年間通った。また、1年以上かかったが、日本の大学で取った心理学の学位をドイツの学位と同等であると認定してもらうことができた。

ドイツの抱えている社会問題は、少子高齢化など日本と似通っている部分も多く、外国人の受け入れ体制を整えているのは、その対策でもあると言える。難民の受け入れに関しても、ドイツ憲法で政治的迫害を受けた難民を保護する義務を規定しているという理由だけでなく、将来の労働力不足への投資と捉えられているという。

また、EU全体の取り組みとして、2012年にEUブルーカードが導入されている。これにより、EU/EEA以外の国の高度な資格(自然科学、情報処理、医師など)を持つ外国人に対し、ビザ発給手続きや在留許可制度において様々な緩和措置が実施されている。大学卒業者については具体的な就職の可能性を提示できなくても、求職活動のためのビザを申請できるようになり、このビザが発給されると、ドイツでの求職活動のために最長6ヶ月まで滞在が認められる。ほかにも起業家、大学生、職業研修生などを対象としたさらなる緩和措置もあるそうだ。*(1)

ちなみに、夫は科学研究者としてこのEUブルーカードを取得しており、現在ドイツの永住権も保有しているが、2人で外国人局に行った際に、窓口の担当者からパンフレットを渡され、「ドイツ国籍を取得しないか」という勧誘を受けて驚いたことがある。移民・難民政策に関しては、現在欧米諸国で議論となっており賛否両論があるが、ドイツの受け身ではない積極的な問題への取り組み方を実感させられた一場面だった。

 

多種多様な人たちが同じ立場で共に働く場所〜ソーシャルファームとはなにか?

移民や難民に対する施策について見てきたが、外国人のみならず、障がい者の存在も社会から排除されがちだったり不利な立場に置かれがちな存在として挙げられる。障がい者を含めた労働市場において不利がある人々を雇用するためのビジネスが、ソーシャルファームである。

 

ソーシャルファームは、ソーシャルエンタープライズ(社会的企業:社会問題の解決を目的として収益事業に取り組む事業体)の一種であるが、その中でも障がい者や労働市場で不利な立場にある人達を雇用することに目的を置きながらも、一般市場で活動をする企業を指す。

歴史をたどると、1970年頃にイタリアのトリエステという街の精神病院で、退院患者が地域に住んで就職しようとしたものの、偏見や差別から雇用する企業がなく、病院職員と患者が一緒になって仕事をする企業を作っていったのがはじまりである。1980年代に、ヨーロッパ各地に広がり、1990年にはSocial Firms Europe CEFECというヨーロッパにおけるネットワークが形成された。CEFECが定めたソーシャルファームの条件は下記の通り。

・障害者など労働市場において不利があるその他の人々を雇用するためにつくられたビジネスである。

・マーケット指向の商品とサービスを用いて社会的指名を追求するためのビジネスである。(収入の50%以上は商取引によるものであること)

・従業員の多く(少なくとも30%)は、障害者または労働市場において不利のあるその他の人々である。

・すべての労働者は、生産能力にかかわらず、仕事に相当する市場賃金または給料を支払われる。

・仕事の機会は、不利のある従業員と不利のない従業員の間で等しくなければならない。全ての従業員が、同じ雇用の権利と義務をもっている。

(*(2)「わが国のソーシャルファームを発展させるための考察」寺島彰 より抜粋)

 

ヨーロッパ各国でその法体制、制度、取り組み方はそれぞれ異なり、系統的なデータはないようだが、2011年の国際シンポジウムで提示された数としては、ヨーロッパでソーシャルファームと呼ばれる企業は4,000程度で非雇用者数は約10万人、うち約42,000人が障がい者と言われている。実際にはより多くの事業体があると考えられている。

日本にはソーシャルファームという公的な制度はないが、ソーシャルファームに近い事業体や支援制度はある。たとえば障害者総合支援法に基づく福祉的就労支援として、就労移行支援事業と就労継続支援事業(A型、B型)がある。

またそれ以外にも障害者雇用促進法に基づいて、一般企業における障がい者雇用率を定めている。もし企業が従業員の一定割合を障がいのある従業員としない場合には、その不足数に応じて反則金を払うことになっており、その反則金を助成金として給付することで、障がい者雇用を促進している。また特例子会社制度なども障がい者雇用のための取り組みの一貫である。

このように見ると日本も障がい者の就労のための制度上の支援は整っていると言えるが、私自身が就労継続支援事業B型で職員として働いた経験及び福祉業界の中にいて感じたことは、障がい者と呼ばれる人達が健常者と呼ばれる人達と隔離されがちであるということ、また健常者とは比較にならないくらい、働いて自立していくことのハードルが高いということである。

 

一般就労に関して言えば、法律で定められているから雇う、もしくは雇う余裕はないのでとりあえず反則金を払って済ませようとする企業が大半であるのが現状であろう。また就労継続支援事業の利用者であっても、自立して生きていけるような給料がもらえるようなところはほとんどないと言っていい。平成27年度の就労継続支援事業A型の一人当たりの平均工賃(給料)は月額67,795円、B型は平均月額15,033円だ。

私が職員として働いていた就労継続支援B型の事業所は、比較的生産性の低い障がい者を対象としているが、そこに来ていた利用者の多くは、働きたいという強い希望を持っていた。また人によっては十分に一般の企業で働ける能力があった。障がいのある人達は保護や管理するべき対象として見られがちだが、その人たちの多くは働く場を求めていた。保護や管理ではなく、自立できるすべを求めていた。

ただ、今の日本では決まった枠組み通りに動けないことが、一般企業で働く可能性を限りなく低くする。また障がい者への偏見や差別も根強い。

働くことは、ただ単に生活のためにお金を稼ぐだけではなく、他者や社会と繋がり、自分の能力を活かして誰かの役に立っていると感じられること、必要だと思われることでもあり、それは人が生きていく上でとても重要なものだ。そして、それは障がいがあろうがなかろうが同じであろう。

ソーシャルファームは、労働市場において不利な人達を雇用しながら、仕事の機会を平等に与え、マーケット志向の商品とサービスを用いて社会的使命を追求していくビジネスである。現在、福祉の観点からだけではなく、社会保障費の削減や少子化における労働力確保という経済的な観点からも注目されている。

だが、ソーシャルファームの最も重要なポイントは、健常者と障がい者もしくは社会的弱者と呼ばれる人達が、同じ立場で共に働く場所である、ということにあると思う。今の福祉制度では、健常者と障がい者があまりにも分離されてしまっている。健常者が障がい者を管理するという意識も強い。突然の事故で身体に障害を持つことや、うつ病などの精神障害を発症することなどは、生きている限り誰にでも起こりうることである。つまり障害があることとない事は実は紙一重であるにも関わらず、身近にそういった人がいない限りそのことに触れる機会や知る機会がほとんどない。それが差別や偏見に繋がっていく。「もし自分がその立場になったら、何を望むのだろう。」そういった想像力や障害についての知識をもっと多くの人が持つことができれば、障がいがあろうとなかろうともっと生きやすい世の中になるのではないか。障がいがない人でも、何のために自分が働いているのか、自分の仕事に何の意味があるのか、仕事に意義を見出せないまま何となく働いている人は多い。障がいのある人達と同じ立場で働くことで今まで知らなかったことを知り、当たり前だと思っていたことが当たり前でないと気づく。仕事を通じて社会と繋がり、誰かの役に立っている、誰かの幸せにつながっている、そう考えられる仕事を皆ができれば、社会はより良くなっていくはず。それを実現することのできる仕組みの一つとして、ソーシャルファームを捉えることができる。

ヨーロッパでは、このような取り組みを国を越えて連携しながら進めていることも多い。国を越えたメンバーが集まって草の根のプロジェクトの設計をしていたり、EUの助成金がヨーロッパの国々の人のネットワークを深める取り組みに対して支払われるなど、草の根の活動から全体の仕組みに至るまで、EUの理念が浸透している様子が見受けられる。こういったヨーロッパのソーシャルインクルージョンへの取り組みから日本が学べることは多い。

次回以降ヨーロッパのソーシャルファームのネットワークCEFECと具体的なソーシャルファームの取り組みについてご紹介していく。また主にドイツにおける移民制度の歴史や取り組みについてもご紹介していきたい。

 

【連載「ドイツ・EUの移民制度とソーシャルファームから見る、包摂された社会のつくりかた」】

>>第2回:ドイツでの移民・難民の受け入れ体制と仕組み

>>第3回:ドイツにおける移民・難民受け入れの歴史

>>第4回:移民・難民支援のプロジェクトスタディ

 

【引用文献】

*(1)ドイツ連邦共和国大使館・総領事館 HP

http://www.japan.diplo.de/Vertretung/japan/ja/03-Themen/034-kultur-und-bildung/berufliche-bildung-und-weiterbildung/blue-card.html

*(2) わが国のソーシャルファームを発展させるための考察 寺島彰

http://id.nii.ac.jp/1223/00000432/ (浦和大学レポジトリ)

【参考文献】

障害保健福祉研究情報システム(DINF)

http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/glossary/Social_Firm.html

国際シンポジウム ソーシャルファームを中心とした欧州と日本の連携

https://www.jpf.go.jp/j/project/intel/archive/information/1107/dl/1106_JapanFnd-F.pdf

Social Firms Europe CEFEC

http://socialfirmseurope.org/

内閣府 「平成28年版 障害者白書(全体版)」

http://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/h28hakusho/zenbun/index.html

厚生労働省 「平成27年度工賃(賃金)実績について」

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000151206.pdf

 

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春日梓

大学で心理学を学びながら国際交流サークルの活動に従事。卒業後、総合商社の食料本部や、NPO法人ETIC.の事務局・コーディネーター、都内の社会福祉法人の就労継続支援施設などで勤務。2015年よりドイツに在住。