それほど遠くない昔。 地域には、おせっかいなオバちゃんがいた。 少し大柄で、口を開け「ガハガハ」と笑う。 手をグーにして、胸をたたきながら、「まかせときっ!」「大丈夫やっ!」と言うのが口癖。 しかし、今の社会にそんな人はもういない。
どんな子でも、「明日、こんなことしたいなぁ」と希望を持てる社会にしたい。
NPO法人D.Liveは、「子どもに自信を!」をキャッチフレーズに滋賀県の草津市を中心に活動をしている。
日本の子どもたちが自信を持てていない現状、小学生でも鬱になってしまう現代。 どんな子でも自分の未来に希望が持てる社会を創るため、教室運営や先生、保護者向けの研修をおこなっている。
別に大きな夢を持って欲しいわけじゃない。
「夢はプロ野球選手!」なんて言わなくてもいい。 ただ、どんな環境に置かれた子やどんな能力を持った子だったとしても、「明日、こんなことしたいなぁ」「こんなふうになりたいなぁ」と希望が持てる社会にしたい。
そのために、なにが出来るのか、どうすればいいのかを研究するため、そしてたくさんの人たちに子どもの現状を伝えるため、僕たち D.Liveでは、昨年(2015年・秋)に『子どもの自信白書』を刊行した。
僕は、この白書は、もういないオバちゃんのような存在だと思っている。 この記事では、この白書の紹介を通して子どもに寄り添う上で大きなヒントとなる1つの切り口を伝えていきたい。
いじめをする子は、自尊感情が低い?
僕たちが大切にしているのは、"自尊感情”だ。 もしかしたら、“自己肯定感”のほうが馴染みがあるかも知れない。 「自信」や「自尊心」と同じように思われるが、少しちがう。
自尊感情は、「自分が自分であって大丈夫という感覚」だと、40年以上も不登校の子と関わっているカウンセラーの高垣忠一郎先生(立命館大学名誉教授)は説明する。 自尊感情の大きな特徴は、相対的ではなく、絶対的だ。
「友達よりも勉強が出来るから僕はスゴイ」という条件付きの自信では決してない。 条件付きの自信は、もろくて崩れやすい。 自分よりも勉強出来る人がたくさんいれば、すぐに折れてしまう。 自尊感情は、絶対評価。 誰かと比べる必要はない。
次に間違いやすいのが、「高すぎる自尊感情は良くない」という思い込み。 「自己中心的になる」「人を見下すようになる」と言われる。 しかし、それも違う。 自尊感情は、絶対評価なので、他人など関係ないのだ。 いじめをおこなう子は、自尊感情が低い。 なぜか? “自分より下がいる”ということを自分自身で確かめないと不安になるから。 「お前は、俺より下なんだぞっ!」と、自分自身で思いたい。
「自分は大丈夫!」と、必死で思いたい。 だから、弱いもの、自分よりも下だと思う子をいじめる。
他国と比べ、自分に自信を持てない日本の子どもたち
東京都教育委員会が2008年度より5年間、自尊感情に関する研究をおこなった。 その研究に携わった(当時)慶應義塾大学 教授の伊藤美奈子先生は、「プロジェクトを始めたとき、ほとんどの先生が自尊感情の本当の意味を知らなかったのです」と話してくれた。
それくらい自尊感情というのは、まだまだ理解されていない。 本当の意味を伝えないと、いくら学校のスローガンで「自己肯定感の高い子を育てる」と決めても、なにも変わらない。 だからこそ、この冊子には自尊感情について詳しくまとめた。
白書に掲載した統計を見てもわかるように、日本の子は他国に比べても自分に自信を持てていない。 日本人の謙虚さを考慮したとしても、やはりこの数字はショッキングだ。
実際にベテランの先生に聞いても、「以前よりも子どもの意欲は落ちている感じがする」と言う。 しかし、自尊感情が下がることは、そこまで悪いことじゃない。 自尊感情は、揺れ動くものだ。 下記のグラフ(表2)を見て欲しい。
学年によって自尊感情は差がある。 イヤなことや辛いことがあれば自尊感情が下がることはある。 人の目を気にする思春期に下がるのも当然だ。 問題なのは、ずっと低い状態であり続けること。 低い状態から高い状態にあがっていかなくなるのが問題なのだ。
向き合うべきは子どもだけ? 親も低い自尊感情
「子どもの自尊感情が低いことが問題だ」とは、いろいろなところで言われる。
僕たちもなんとかして、「子どもの自尊感情が低い問題を解決したい!」と思っていた。 しかし、活動をしていると1つのことに気がついた。 保護者の自尊感情も低いのだ。 子どもと同じように低いのだ。
講演のとき、自尊感情についての説明をすると、 「私自身も自尊感情が低いです」とアンケートに書かれるかたがたくさんいる。 子育ては、孤独だ。 誰から褒められるわけでもない。 正解もない。 なにより、誰もが初めての体験。 右も左もわからない。 地域の希薄化によって、「まかせときっ!」と言ってくれるオバちゃんはいない。 草津市もマンションが増え、大阪や京都、その他の地域から引っ越して来る人が多くいる。
誰にも相談できず、一人で悩みを抱えながら子育てをしている。 「『ああ、このままいったら自分の子どもを殴りそう』と思ったことも正直あるよ」と、ママサークルのお母さんは話してくれた。 それくらい切羽詰まって子育てをしている人たちがたくさんいる。
オバちゃんは、決して「こうしなアカンで!」とは言わない。
オバちゃんがいた頃は、常に彼女が味方になってくれた。 「ああ、これは大丈夫やー」「ああ、うちの子もこんなんあったでー」と声をかけてくれる。 安心できる。「ああ、これでいいんだ」と。
「子育て本やセミナーに行くと苦しくなるんです」と、保護者からよく聞く。 詳しく聞いてみると、「出来ていないことを責められているように感じる」のだと言う。 出来ていない自分がイヤになってしまうのだそうだ。 オバちゃんは、決して「こうしなアカンで!」とは言わない。
子育てがうまく出来なくて悩んだとしても、「大丈夫やー。子どもなんてな、勝手に育つんや!うちの子なんてもう放置やで。放置。でもな、ちゃんと大きなったし大丈夫やー」と優しく声をかけてくれる。 その言葉にママは、救われる。 「自分で大丈夫なんだ」と思える。 これこそが、まさに自尊感情だ。
「あんたガンバってるやーん。大丈夫やで」
『子どもの自信白書』は、このオバちゃんのような存在だ。 正解なんてどこにも書いてない。 書いているのは、子どもがどんなことで悩んでいるか、自尊感情とはどういうものかの説明だけ。
子どものことがわかれば、不安は減る。 「〜しなければならない」に縛られるのは、とてもしんどい。 出来ない自分に嫌気がさし、落ち込む。 「大丈夫。子どもが自信持てないのは、こういう理由ですよ」と、原因や背景、子どものキモチが書かれている。 自尊感情がどういうものかわかれば、どうしたらいいか自分なりに考えることも出来る。
「どうして、あなたはそんなに出来ないのっ!」とガミガミ言う存在ではなく、「あんたガンバってるやーん。大丈夫やでー」と優しく声をかけてくれる存在。 白書がオバちゃんの代わりを完璧にこなせなくても、「大丈夫!」と、不安でたまらない人を安心させる効果はある。
「自分の子育てで大丈夫なんだと思えて、ホッとしました」 「何度も何度も読み返しています」という感想もいただいている。
白書は、たった1回だけ出会うセミナー講師ではない。 いつでもそばにいてくれて、困ったときに助けてくれる、ガハハハと口を開けて笑うオバちゃんだ。 子どもにとって土台になるのは自尊感情。 どれだけ勉強が出来ても、どれだけ運動が出来たとしても、自尊感情が低い子はもろい。崩れるときは一瞬だ。 自尊感情という側面で見てみると、発言や行動などで違う部分が気になってくる。
人をののしる発言が多い子を見ると、「ああ、この子は不安に感じているんだなぁ」と思う。 ただ単に叱るということがきっと減るだろう。 根本的な問題、原因にフォーカスすることができる。
自尊感情は、子どもに寄り添う上で大きなヒントになる。 保護者にとってのオバちゃんは、もういない。けれど、自尊感情を大切に出来れば、オバちゃんのように子どもに寄り添える人にあなたはなれる。 きっと。
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