今では「当たり前」にあるサービスも、それを最初に始めた人がいます。24時間365日の在宅ケアを提供する「ケア・センター やわらぎ」の石川治江さんはそんな創り手の一人。障がいをもつ友人のお手伝いをした体験から、在宅ケアのサービスを立ち上げられた石川さん。
「介護はプロに、家族は愛を」を合言葉に、介護をプロが提供する「サービス」に切り分け、いまの介護保険制度のモデルとなる仕組みを創りだしました。 サービスを生み出すだけでなく、社会に変革をもたらした経営者の一人として、また、かものはしプロジェクトの村田氏やフローレンスの駒崎氏をはじめ多くの社会起業家からは母と慕われる石川さんも、最初は小さなアクションから始まっていました。ここでは石川さんが、世の中にないサービスを創るに至った原点とその変遷に少し触れてみたいとおもいます。
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「アメリカン・エキスプレス・サービス・アカデミー」で社会起業家に講義する石川さん
まったく無縁だった世界に、偶然に出会ってしまった
もともと外資系の非営利組織IWS国際羊毛事務局(当時。現在、ザ・ウールマーク・カンパニー・ピーティーワイ・リミテッド)に秘書として勤め、ビジネスの世界にどっぷりはまっていた石川さん。出産を経たあとは自ら飲食業を営み、持ち前の商売気質をいかんなく発揮してきた彼女にとって、介護福祉も障がい者支援もまったく無縁の世界でした。
石川さんが最初にこの問題に出会ったのは、友人に誘われてたまたま訪問した障がいを持つ方が暮らす施設でのこと。その施設ではさまざまな行動が規制されていて、自由などはまったくなく、強いカルチャーショックを受けます。そして、その施設にいた車いすの高橋さんと知り合います。
知り合って間もなく、高橋さんは故郷のお母様が危篤である知らせを受けます。しかし当時の国鉄(現在のJR)は、車いすで乗車する場合は2日前までに申請しなければならないという規定がありました。結局、高橋さんはお母様の最期を看取ることはできませんでした。
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健常者向けのセミナーでは車いすや白杖頼りの移動がいかに困難か体験する場面も
多くのサラリーマンが毎日の通勤に、学生が通学に、休日には家族や友人と連れ立って利用する電車に、障がいをもっている人は自由に乗ることができなかったのです。当時はエレベーターも設置されていませんでした。
「なんにも悪いことをしていないのに、数分先の駅までの距離を「すみません、すみません」を何十回と言わないとたどり着けない。やっと着いたと思ったら、行く手を阻む狭い改札。力のある男性4人ぐらいに担いでもらわないと駅から出ることすらできない。」
この現実に憤り、石川さんは仲間とともに駅へのエレベーター設置を要求する運動を始めました。
ひとりの夢をみんなの夢にする
東京都の立川駅で実現したのは1997年。合計で5基のエレベーターが設置されるまでに、16年の歳月がかかりました。その長い長い運動を実現させた石川さんは、こう語ります。
友達や家族に会いに出かける、そのために電車に乗って移動する、そんな当たり前のことができないことにおかしいって言ったら、同じことを思った人たちがたくさんいた。ひとりの夢をみんなの夢にしただけなんです。この運動は全国にも波及しました。この問題に気づくきっかけをくれた友人・高橋さんと言っていたことは、“障がいを持った人も地域で生きることができる社会をつくろう”でした。
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障がいのあるなしに関わらずやりたいことができるようにする網の目が福祉
新しいものを創るということは、「仕組み」をつくるということ
エレベーター設置運動をしていくなかで、障がい者のなかには施設を出て生活をしたい人が多いことを知り、石川さんは障がい者の生活を支えるボランティア活動も開始します。一人の障がい者を24時間サポートするには30人~40人の人手が必要。とにかく人手集めの毎日が続きます。活動をはじめて8年目、安定した人手を確保するにはボランティアでは限界があること、そして在宅ケアは継続的に保証されなければならないという想いから、1987年「ケア・センター やわらぎ」を立ち上げ、有償サービスへの切り替えを決断します。
当時、日本には家族以外の人が24時間365日、障がいを持った方のケアをしてくれるサービスはありませんでした。また、支援される側(障がい者)と支援する側(介護者)との間に立ち、金銭を発生させる仕組みも珍しく、すべてが“無い無い”づくしで始まった挑戦だと石川さんは語ります。
「前例がないサービスをどう仕組みにするのか、どう価値を伝えていくのか、相当に苦労したけど、要は社会実験をしていたんですよね。どこもだれもやっていないから、成功するかどうかはわからない。だけど前例がないから、現場の工夫も、お客さんからの苦情も、職員からのクレームもすべてが学び。貴重な機会だったのです。」
ケア・センターやわらぎで始まった「障がいを持つ人が地域で暮らす」ための社会実験は、それまでの介護の常識を変えていきました。
「ひと口に介護といってもニーズも家族形態も人それぞれ。だけど有償サービスでやる以上、私たちはプロですからどんなニーズにも応えなければいけません。最初は徹底して自分たちがやっていることを文字化しました。受付からアセスメント、プランの作成からモニタリング、ケアの再調整、ありとあらゆる場面で記録する様式を作ってきました。」
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やわらぎの活動でつくられたマニュアルや様式は30種類以上あります。この記録たちは、今ある介護保険制度のベースにもなっています
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石川さんがプロデュースを手掛けた認知症予防ダンスで盛り上がるみなさん(やわらぎのブログより)
見える・触れるサービスをつくる
2011年から石川さんは、アメリカン・エキスプレスの社会貢献プログラム「アメリカン・エキスプレス・サービス・アカデミー」の監修に就任、これまで200名以上もの社会起業家に「サービスとは何か」を教えてきました。
「あなたたちのやっていることは、見えますか? 触れられますか?
『モノ』を作って売っている人も、お客さんは何を買っていると思っていますか?
わたしは介護を「見えないもの」と決めた。だから見えるように文字にしたんです。」
困っている人がいるにもかかわらず支えるサービスがない、仕組みがない、そう思って活動を始めたものの、なぜかうまくいかない。自分たちのやっている価値が伝わらない。事業を始めたばかりのころは、こんな壁にちょくちょくぶつかるという起業家が少なくありません。
「想いばかり語ってないで、何をやっているのか“見える化”すること。自分たちのやっていることをひとつひとつ分解してみる。俯瞰してみる。再構築しながら他者に語りかける。
自分たちは何のためにやっているのか、文字も大事だけれど1枚の写真でもいい。とにかく目に見えるものをつくること。そうして常に足元を振り返らないと、簡単に自分たちを見失います。ちょっと業績が上がると、いろんなところからラブコールがくるから振り回されてしまうんですよね。」
そう言って笑顔で一人の起業家を見つめる。わざとドキッとする言葉を発してユーモアを交えるのも石川治江流。じつは絵画やアート、文芸などリベラルな面も持っており、俳句もたしなんでいる。
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ダメだしをしているはずなのになぜか笑いが起きてしまう
「俳句のお師匠さんから、『最後の一滴に出てきたものが一番いいんだ』と教わりました。頭を絞って、絞って…『もう出ない!』となったその先に絞り出した最後の一滴が一番いいんだって。だから、脳みそを雑巾だと思って徹底的に絞りきることね!」
いつでもどこでも前のめりで、そして底抜けに明るい。さすが16年もエレベーター運動を続けた人である。そんな石川さんも今年は70歳を迎えるというから驚きを隠せない。われわれがその勢いに追いつけるのは、いったいいつになるのでしょうか。
【お知らせ】石川治江さん監修プログラム「アメリカン・エキスプレス・サービス・アカデミー」は受講者を募集中しています。 詳しくはこちらから。 アメリカン・エキスプレス・サービス・アカデミー2018年度受講生募集中
※参考文献:『介護はプロに、家族は愛を。』(著・石川治江 いきいきブックス)
※本記事は2016年6月、7月に開催された「アメリカン・エキスプレス・サービス・アカデミー2016」の講義内容より一部編集をしております。
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NPO法人ケア・センターやわらぎ 代表理事 社会福祉法人にんじんの会 理事長 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科 客員教授/石川 治江
1947年、東京都にて生れる。福祉の世界に入る以前は、外資系企業の秘書をはじめ、居酒屋、喫茶店、手紬工房などさまざまな職種を経験した。あるとき、車椅子で国鉄に乗車するためには2日前から申請が必要という事実を知り、エレベーター設置運動に取り組み始める。1978年、生活支援ボランティア組織を発足し、1987年には継続して長い間行える在宅ケアの仕組みを構築するために、全国初24時間365日の在宅福祉サービスを提供するケア・センター「やわらぎ」を設立した。1999年にNPO法人化、代表理事を務め現在に至る。その他にも1998年社会福祉法人「にんじんの会」を設立。従来の福祉のコンセプトである「困っている人を助ける福祉」を「当たり前に暮らすための仕組みづくり」へ変革するべく活動をしている。
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