…口の中でほろりと崩れる焼き菓子。
自然な甘さに思わず頬がほころび、ついつい、“もう一つ”と手が出る。
「そうだ。おいしい紅茶でも淹れよう。」お湯を沸かそうと立ち上がり、パッケージに添えられた美しいアートカードを何気なく眺める…。
…青い空と白い雲を背景に、まぶしい緑が映える。山の腹を沿うようにならぶ緑の棚田には、びっしりと稲が植えられている。そこに現れたのは静かな音で動く小さな車。新緑で埋め尽くされた山間の集落に、オレンジ色の車体が不思議なコントラストを映し出している。
…高層ビルの中、上層階の会議室からは活気のあるやり取りが聞こえる。テーブルを囲んでいるのはこのビルで働く社員と、支援を受けているNPOのスタッフ。日々の運営で直面している悩みを聞きながら、解決の糸口はどこにあるか、真剣な話し合いが続く。
これらはみな、“ソーシャルセクター”に筆者が日々触れる中で見てきた、あるいは利用してきた一コマである。
冒頭の例は、世田谷区内で活動するアーティストと、福祉作業所のコラボレーションにより生まれた焼き菓子HOROHORO。区内のパティシエから提供を受けたレシピを基に、福祉作業所のスタッフが焼き菓子を製造、障がい者のつくった絵を素材に区内在住のアーティストやデザイナーがパッケージのデザインを行うことで商品価値を高め、販売増につなげている例だ。
二つ目は、岡山県の山間部に位置する上山地区の例だ。一時は8000枚以上あったという棚田は、高度成長期の人口流出を経て耕作放棄地へと変化していった。そんな過疎・高齢化が進む集落ではいま、千年以上も守られてきた棚田を守りながら暮らすことを願い、超小型自動車「コムス」の活用をはじめ、日本最先端の社会実験が続く。
三つ目は、筆者がかつて勤務していたシンクタンクでの“プロボノ”支援の実例である。社員による投票で選ばれた3つのNPOやソーシャルビジネス事業者に対して、社員有志が半年間に亘り専門的な知見を提供する。キャッチフレーズは、「シンクタンクとの協働で、社会課題解決のスピードアップとインパクト拡大を」。現在もNPOと企業、社会と会社を繋ぐ実践が続けられている。
筆者は20年弱、“社会課題の解決を、民間の力で担う”ソーシャルセクターの実践に学び、多くの気づきを得てきた。
ソーシャルセクターの実践の多くは、「放っておけない」という誰かの衝動や、「なければ創ろう」という創意工夫から始まっている。自発性に裏打ちされたシンプルさがある一方で、その取り組みや担い手の立ち位置、熟度は多様である。だからこそ、一口にはくくれない面白さがある。
本連載では、筆者が感じている「ソーシャルセクターで生まれている実践」や「新たなチャレンジ」、「それを支える有形無形の営み」を、読者に届けたいと思う。
そして、ソーシャルセクターの実際を、自分なりの視点から捉え、皆さんにお示しすることで、筆者自身もソーシャルセクターの全体像をとらえなおす機会にしたい。
名付けて「ソーシャルセクター入門」。
この先も、社会課題が尽きることはないだろう。だからこそ、課題解決の一翼を担うソーシャルセクターには、常に新たな発想や“イノベーター”が登場する。
ソーシャルセクターは、現実社会のねじれやゆがみに敏感に反応する。いってみれば“社会のセンサー”のような役割を果たしている。その意味では日本の“今”と“これから”を考えるための、リアリティある学びと実践が詰まっている。
そんな、いつまでたっても発展途上、だからこそ社会にとって必要で、ユニークで目が離せないソーシャルセクターの面白さを、連載を通じて感じて頂ければ幸いである。
【連載「ソーシャルセクター入門」の記事】
>>ソーシャルセクター入門【第2話】〜アートで拓く、福祉の可能性
>>ソーシャルセクター入門【第3話】 “団地”発・イノベーション
【水谷 衣里さんが執筆した記事】
>>【転載記事】災害ボランティアに参加する前に知っておきたい4つのこと ~「派遣する側」と「派遣される側」の両方をやって感じたことから~ /西日本豪雨
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