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シンガポールの社会的企業の今ー後編ー

2018.04.09 

熱く成長し続けるシンガポールの社会的企業。ソーシャルセクターでもアジアの中心になれるか?!

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前編のとおり、現在シンガポールでもソーシャルセクターの成長が進んでいます。急激な経済成長の裏に取り残された人々へ雇用を促進するような支援が、多くの社会的企業によって実現されつつあります。2005年には中間支援組織(raiSE)が設立され、経営に関するコンサルテーションも提供されています。業界全体での底上げをはかろうと動きが活発になっています。

 

後編ではこの中間支援組織のこれからの挑戦と、社会的企業の表彰制度を紹介し、どのような分野での取り組みが多いのか傾向について述べたいと思います。

 

raiSEの強みとこれからの挑戦

設立してから数年、20数名規模の大きくはないraiSEが、限られた人員で幅広い範囲の事業を賄うのには限界があります。事業には、助成金、随時行われるコンサルテーション、年間を通じてコンサルテーション+ビジネスコンテスト、若手向けのインターンシップなどがあり、非常に多様。

 

こうした広範囲の事業を効果的に実施していくのには、やはりネットワークの人材の活用が重要でしょう。理事にはグローバル企業や国内大手の企業のCEOが任命されており、そのネットワークの広さは、組織の強みなのではないかと思います。例えば、コンサルテーションの取り組みでは、アメリカの大手投資ファンドの「Blackstone」が事業戦略についてのワークショップを行ったり、Googleアジア太平洋地域CSR統括マネジャーなどを招いたパネルディスカッションを実施したりと、世界的に影響力のあるキーパーソンを巻き込んでいるところは大変興味深く、学ぶところが多くあると思います。社会的企業から見れば、こうした「深く広く強い」ネットワークを背景とした団体に期待することは大きくなるであろうし、raiSE自体への信頼も高くなるでしょう。様々な社会的企業がraiSEに集まってくることで、セクター内でのネットワークの広がりも考えられ、将来的には社会的企業同士の連携も期待できます。

 

設立からの3年目を向かえるraiSEですが、現状では社会的企業の認知度向上にはひときわ力を入れているように思えます。「Festival for Good」という社会的企業のPRイベントような主催イベントに加えて、現地メディアでの露出も増えつつあることからも、注力している姿勢がうかがえます。今後もこうした「露出度」を高めるための取り組みはますます進むでしょうし、SNS、HPなどをうまく活用しながら、オムニチャネルでのマーケティングを意識していくものと思われます。

一方、コンサルテーションの活動はワークショップ形式のものがほとんどで、これからの発展に期待が持てます。社会的企業の経営は、社会性と経済性の両立という難しい課題に挑戦し続けることになるので、中長期的に企業に寄り添ったコンサルティングがあるとよいのではないでしょうか。

今後は、強みのネットワークの広さを活かして、社会的企業に一般企業の社員を派遣し、経営課題を改善するような活動が生まれても面白いと思います。こうして、既存の事業と社会的企業の垣根を超え、人的交流が深まれば、新しい事業の可能性につながることもあると思います。是非、アジアの先端を目指しているシンガポールだからこそ、こうした柔軟な今までにない取り組みにチャレンジしてもらいたいものです。

 

結果を重視するraiSEの活動

raiSEの登場によりこれまであまり表に出ることがなかった社会的企業の成果の部分が報告されるように。こうして対外的に成果についての報告があると、社会からの活動の価値に対する理解が進むと思います。

なお、この2年間で次のような主な社会への成果とraiSEの活動成果が報告されています。

 

ーー社会への成果

・障がい者雇用創出:230人

・助成により社会的企業が実施した取り組みの受益者数:4000人

 

ーー活動成果

・トータル助成額:5.2MSGD

・年間コンサルテーション時間:600時間

 

その他の成果はraiSEの年次報告書に掲載されています。結果を出せるよう社会的企業の成長を支援する、こうした結果重視の姿勢がシンガポールの中間支援組織にもあるように感じられます。

raiSEの年次報告書(2016):成果や今後のチャレンジが記載。

raiSEの年次報告書(2016):成果や今後のチャレンジが記載。

なお、こうした社会的企業への貢献度や、社会へのインパクトを定量的に測定し、社会的に説明することは、社会的企業の活動の意義の理解につながります。このような取り組みは、社会的企業のひとつの団体がおこなうことは難しいものの、世論形成には必要なことなので、まさに中間支援組織だからこそできることだと思います。

 

 

次に、raiSEのプログラムの中でもおそらく認知度がもっとも高い活動、大統領府と共催の社会的企業賞について見ていきましょう。

 

大統領チャレンジ年間社会的企業賞

そもそも、2000年に慈善団体の認知度や活動内容に対する社会の理解を広げることを目的に、表彰制度が大統領府の旗振りのもと始まりました。しかし、前述のとおりシンガポールでのソーシャルセクターの変化に伴い、当時の大統領であったトニー・タン氏が、時代に即した表彰制を提唱。そして、2012年、慈善活動部門と社会的企業部門の2つに分けられ、社会的企業のほうが「大統領チャレンジ年間社会的企業賞」と名付けられました。2015年にraiSEの誕生とともに、raiSEがこの表彰制度の事務局を担当することになりました。なお、トニー・タン氏は大統領退任後も、この表彰制度の創設者として今もその影響力を発揮しています。

社会的企業賞には、年間大賞(創業2年以上)、スタートアップ賞(創業2年未満)、ユース大賞(35歳以下)、特別賞の4種類があります。受賞者は、賞金に加えてraiSEからのアドバイザリーの支援や、協賛企業からのサポートも受けることができます。また、審査委員には、シンガポール大手のコンサルティング会社の役員に加え、マイクロソフト(アジア太平洋エリア)のCSR役員やキンバリクラーク(アジア)の社長といった著名なグローバル企業も参加しています。また、シンガポール国立南洋大学やシンガポール経営大学の教授も審査委員として参加しており、事業性、社会性の両面でバランスよく審査ができる体制になっています。

2017年(直近)の結果はどのようなものだったのでしょうか。それぞれの、受賞者と主な受賞理由は、表②のとおりです。

 

表②【受賞者と主な受賞理由】

 

受賞者

授賞理由

賞金

年間大賞

「Bettr Barista's」バリスタ養成会社

障がい者や恵まれない女性を対象に、コーヒーバリスタとしての技術を教育。サプライチェーンも社会と環境に配慮。

50,000SGD

スタートアップ賞

「Homage」在宅介護サービス

幅広い看護師ネットワークを活用した手厚い在宅介護サービスの提供。単純な介護を超えて、生活の質の向上を追求するサービスを提供。

45,000SGD

「Jaga-Me」在宅介護サービス

介護者と高齢者家族のマッチングサイトおよび介護者派遣。オンラインプラットフォームを活用しており革新的。

若手企業賞

「Popejai」 タイレストラン

身体障がい者や生活困窮の若者たちを積極雇用し、公平な就業機会を提供している。

25,000SGD

特別賞

Soon HuatBakKutTeh バクテーレストラン

90%の社員が前科者。犯罪歴のある人材を再度社会復帰させるために、店舗でのマネジメントの訓練を提供。

1,000SGD

ADL Rehab 障がい者タクシー

障がい者向けの移動サービスを提供。社員に前科者を雇用しており、社会復帰のチャンスを提供。

(1SGD=約84円)

*出所:PRESIDENT’S CHALLENGE SOCIAL ENTERPRISE AWARDホームページより筆者作成

今回の受賞は、社会的弱者の「雇用促進・創出」を事業のテーマとしている企業が選ばれている傾向でした。やはり、シンガポールという限られたエリアで、自給自足はほぼ難しい中、雇用は非常に重要になってきます。端的に言えば、お金がないと生活ができない。障がい者、恵まれない女性、前科者が、職場を見つけるということはそんなに簡単ではありません。こうした背景を持つ人を積極的に採用したり、技術訓練をすることは、シンガポールが抱える問題への直接的なアプローチであり、大賞の受賞もうなづけます。

 

大賞を受賞した「Bettr Barista's」は、バリスタの職業訓練をするスクールでした。確かに、企業自体の規模がそこまで大きくはないので、輩出できるバリスタの数には限りがあるかもしれません。ただ、対外的に大統領はじめとする大企業から、「応援」されているということ自体が社会的に認知されるインパクトは大きいと思います。これにより、この活動に共感した第二、第三のフォロワーがでてくることが期待されますし、社会的な効果もじわじわと広がっていくと思います。

 

他にも、スタートアップ賞を受賞した「Jaga-Me」の創設者は、シンガポール国立大学を卒業したいわゆるエリートクラスの若手。さらに、オンラインマッチングという最近のトレンドを取り入れたサービスになっています。意識の高い若者が、大企業での就職ではなくソーシャルセクターを選択し、ICTを活用する。かつてより「スマート」な社会的企業の出現の兆しを感じます。同時に、今後はテクノロジーを活用した社会的企業がもっと出てくるのかなとも思います。

 

ただし、シンガポールの悩みである少子化に取り組む企業は表彰の対象ではなかったようです。確かに、少子化対策は、国家の奨励策(金銭的援助)など、政府主導の取り組みが積極的に打ち出されているので社会的企業のマーケットがあまりないのかもしれません。シンガポールでは、幼稚園・保育園の数は充実しており、家庭でのメイドの雇用が進んでいるので育児環境は物理的には整備されています。にもかかわらず、少子化が進んでいます。このような社会的背景を考察し、本質的な問題にアプローチするような社会的企業が今後出てくることを期待しています。

大賞を受賞した「Bettr Barista's」のパンフレット

大賞を受賞した「Bettr Barista's」のパンフレット

 

ーー最後に

欧米を中心に先進的な社会的企業が多く活躍しているイメージですが、いやいや、アジアにも社会的企業の「波」は確実に押し寄せているのです。これまで述べてきたように、シンガポールも着実にその成長が進んでいます。この数年で認知度が5倍にも増えたとされています(raiSE調べ)。また、raiSEのような中間支援組織が設立されること自体、ソーシャルセクターのマーケットの成長であり、ニーズの高まりでもあると思います。

 

筆者は3年ほどシンガポールで暮らしていましたが、やはりこの国の規模からいって正直社会的企業や中間支援組織があるといっても活動内容には大して期待はしていないところがありました。ましてや、金銭的な利益が優先される(なんでもお金)ような雰囲気の都市においてソーシャルなイメージは一切ありませんでした。日本は進んでいるな、とむしろ買いかぶっていました。

しかし、少しアンテナを張って調べてみると、前述したような面白い仕組みの支援(コンサル付きビジネスコンテスト)があったり、国家主体でグローバル企業を巻き込んだ表彰制度があったりと、実はシンガポールがソーシャルセクターに対して、意識が高かったことに気づきました。

むしろ、世界的に影響力のある企業を巻き込めるあたり、うまく立ち回っている気がします。

 

シンガポールが抱える課題は、日本と似ているところが多くありました。これからは、ボーダレスに同じような課題を抱える国や地域が出てくることでしょう。もしかすると、次はタイ、中国(沿岸部)なのかもしれません。アジアの社会的企業の先進国として、シンガポールと日本の経験を他のアジアの地域に展開できたらととても面白いと感じています。また、シンガポールと日本で、それぞれ人材交流をおこないネットワークを国際的に広げていくのも楽しそうです。いつか、近い将来に実現できたら素敵なアジアのネットワークができるのではと期待しています。シンガポールの中間支援組織が、日本の経験から学ぶことで、ソーシャルセクター(社会的企業の業界)でもアジアのリーダー的存在になれる可能性は高いと思います。

 

ドメスティックな課題を扱う社会的企業。実は、グローバルにつながることで新しい展開になるかもしれません。

それは、そんなに遠くない未来なのではないでしょうか。

raiSEについて詳しくはこちら https://www.raise.sg/

 

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望月愛子

フリーライター。 アラフォーでフリーランスライター&オンラインコンサルに転身。夫のアジア駐在に同行、出産、海外育児を経験し7年のブランクを経るも、滞在中の活動経験から帰国後はスタートアップや小規模企業向けにライティングコンテンツや企画支援サポートを提供中。ライティングでは相手の本音を引き出すインタビューを得意とする。学生時代から現在に至るまでアジア地域で生活するという貴重な機会に恵まれる。将来、日本とアジアをつなぐ活動を実現するのが目標。 タマサート大学短期留学、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修了。