社会起業家・ソーシャルビジネスというコトバ、DRIVEの読者の皆さんにはすでにお馴染みとなっていると思いますが、一般的な認知を勝ち取るまでにはまだ時間がかかりそうです。こういった取り組みが本当の意味で「社会を変える」を実現するには、やはり企業を始めとするビジネスセクターとの協働が欠かせません。
本連載は、「ビジネス×ソーシャル」の協働を成功させるポイントについて、学術的な研究を交えながら紹介していきます。第一回のキーワードは「越境学習」。これを起点に「なぜ社会起業にビジネスパーソンが参画するようになっているのか」、「ビジネスパーソンと社会起業家がうまく協働できるメカニズムは何か」を紐解き、より良い協働ヒントを探っていきます!
1.なぜビジネスセクターで「越境学習」が注目されるのか?その特徴は?
「越境学習」とは、ビジネスパーソン等が組織の枠を越えて、今までとは違う新しい視点を培うという学習スタイルです。なぜいま、この学習がビジネスシーンで注目されているのでしょうか。その背景には企業・個人にそれぞれのニーズがあります。
現在の世の中では、社会の変化はますます速く、そして大きな変化が起きるようになっています。それに伴い、これまで以上に将来の見通しが不透明な社会となっています。立教大学中原淳教授は、そのような状況において、企業では外部との協働を通じたイノベーションへのニーズがますます高まっていると述べます(中原 2012)。同時に、変化の激しい環境で企業が素早く対応するには、多様な価値観を持つ人材での組織作りが必要になります。そのため自社の人材が多様な価値観・情報に触れ、それを組織に活かすようになることが重要になっているのです。
他方、個人の視点について法政大学大学院石山恒貴教授は、現在のビジネス環境では、個人が自発的に組織を越えて学習機会を持ち、自律的にキャリアを構築することが重要であると述べます。(石山2015,2018)特に「人生100年時代」と言われているように、人間の寿命が企業よりも長くなる時代では、ますます個人が組織に依らないキャリアを創り上げていくことが求められます(グラットン2016)。
つまり、これからの社会環境に対応する方法として、企業としても、個人としても組織の枠を越えて学ぶこと、つまり越境学習がビジネスシーンで重要になっているのです。
では、このように注目を集めている越境学習にはどんな特徴があるのでしょうか。 上述の石山教授は越境学習の特徴について①複数の場をまたいで学習すること、②実践型の学習であること、の2点を上げています。
越境学習では、組織の内・外をまたいで、その間を行き来することで、今までの組織の価値観を見直す機会を得ます。しかし、そういった価値観を見直す機会は人から教えられることだけでは実現しません。自らの実践を通じて、試行錯誤することで初めて新しい視点を持つようになるのです。
このような組織の枠を越えて新しい視点を持つ越境人材が、いまビジネスシーンでは重視されています。そして、そのビジネスパーソンの越境先としての協働パートナーとして、社会起業家の存在が大きくなっています。以下ではその理由を紹介していきます。
2.ビジネスパーソンが社会起業へ越境するワケ――社会起業家の魅力とは?
越境学習がビジネスセクターで広がる中、社会起業家の取り組みは越境先として大きく注目されています。その理由は、社会起業家の取り組みにはビジネスセクターとは違った魅力があることにあります。
社会起業の魅力の一つは、社会起業家たちの「新しい社会を創る」というミッションにあります。仕組みの整ったビジネス環境では、ビジネスパーソンたちは限られた範囲での業務に従事することが多くなります。一方、社会起業では、これまでに無い社会の実現を目指すため、何か定まった仕組みがあるわけではありません。だからこそ、自分たちが本当に大切にしたいミッションは何か、常に見つめ続けるようになります。その熱くひたむきな想いにビジネスパーソンが触れた時、モノの見方が変わる経験となるのです。
もう一つは、社会起業に参画することが「社会の最前線」に立つ経験だということにあります。社会課題を解決し、新しい社会を創ろうとする挑戦は、未だ誰も成し遂げたことの無いもの。それだけに、社会起業の活動は世の中を「切り拓く」取り組みです。それは言い換えれば、常に社会の最前線に居続けることを意味します。このような経験は、仕組みが比較的できた領域で生産性・効率性を追求するビジネスセクターからはとても新鮮に映ります。
これらの特徴から、社会起業は、ビジネスセクターから見た時「独自の価値」を持った存在として魅力的に映るのです。
これらの理由から、越境を行うビジネスパーソンたちは、社会起業へ越境する時、とても特徴的な関わり方をするようになります。それは、社会起業家の取り組みに「外部の支援者」というよりも、「新しい仲間」として、活動にコミットメントする形で参画するという点です。具体的に筆者が携わってきた取り組みでは、ビジネスパーソンは、無償でありつつも、社会起業家と週1回程度の打合せを重ねながら決まった期限の中で目指す成果を創り上げるという関わり方で、一緒に事業を前に進めていくスタイルを取っています。
社会起業家の立てる熱いミッションや、社会の最前線に立つ経験から、ビジネスパーソンは社会を変えることを目指す仲間として「共に行動する」のです。
では、このようなビジネスパーソンと社会起業家の協働は、両者にとってどんな価値を生み出すのでしょうか?
3. ビジネス×ソーシャルの越境から何が生まれるか?
ビジネスパーソンが越境し、社会起業家と協働するとどんな価値があるのか。ビジネスパーソン・社会起業家、それぞれの視点から考えていきましょう。
まずビジネスパーソンの視点としては、自身の能力開発につながることが、大きな価値といえます。筆者はかつて、上述の石山教授との共同研究で「越境学習」を通じた能力開発を調査したところ、ビジネスパーソンが社会起業家と共に活動を実践すると、下記のような能力開発がされることが分かりました。
これらの能力は、ビジネスパーソンが企業の中でもリーダーシップとして求められる要素でもあります。つまり、ビジネスパーソンにとって社会起業への越境は大きな能力開発の実践となるのです。
他方、社会起業家にとって、ビジネスパーソンを新しい仲間に受け入れることは「新しい当たり前」を知るきっかけになります。前述の通り、ビジネスパーソンは社会起業へ越境する時、「外部からの支援」ではなく「新しい仲間」として活動を共にします。これは、社会起業家の組織に今までに無い新しい視点が入り込むことを意味します。組織内部に新しい視点が生まれると何が良いのか。その価値を、オックスフォード大学Associate Fellowのリチャード・パスカルらは「ポジティブ・ディビアンス」(positive deviance)という概念で説明します。(Pascale 2010)
ポジティブ・ディビアンスとは、直訳すると「ポジティブな逸脱者」という意味です。組織において、ある問題がなかなか解決できずに燻ぶり続けるという状況は珍しくありません。その状況では、問題発生の経緯・文脈が複雑に絡みあい、組織事情に詳しい人ほど様々なしがらみから問題解決に向かうことが出来なくなってしまうものです。そんな硬直した状況では、これまでの組織の風習やしがらみに縛られずに新しい視点を持つ(すなわち、組織の常識から「逸脱」した)メンバーが変化を起こす可能性を持っているのです。
社会起業家にとってビジネスパーソンという「逸脱者」を迎え入れることは、自分の組織でも、今までなかなか解決しきれなかった課題に変化を起こすきっかけを作ることができるのです。
このように社会起業家×ビジネスパーソンの協働は、両者にとって大きな価値を作ることが可能です。そして、この協働を通じた価値を両者が実感できると、そこから新しいイニシアティブを実現できるようになります。
筆者が携わった事例では、ギャップジャパンは認定NPO法人BAJ(Bridge Asia Japan)と協働で「衣服リサイクルプロジェクト」を全国展開し、自社の資産を活かした途上国支援の企画を実践しています。また、NTT西日本は、認定NPO法人Homedoorのシェアサイクリング事業「HUBchari」へ協力し、自社ビル3拠点においてシェアサイクリングサービスを開始しています。
これらの企画は、両者にとって協働に価値があることが良く分かり、お互いへの信頼関係ができた上でこそ実現できるものといえます。では、このような関係を作るにはどうすればよいのでしょうか。以下では、両者の協働の際、どんなポイントを意識しておくのがよいか、明らかにしていきます。
4.社会起業家とビジネスセクターが向き合う時のポイント
当然ながら、社会起業家とビジネスパーソンは、考え方や視点が異なるものです(だからこそ協働する価値があるといえます)。そのため、様々な点において違いを持つ両者が価値のある協働を実現するには留意すべきポイントがあります。
その最大のポイントは、常に目線を合わせる努力を怠らないことです。この点に関して、筆者と石山教授の共同研究では、ビジネスパーソンと社会起業家が活動を共にする時、どんなメカニズムで活動の成果が出るのかを分析しました。そこでは、両者のちがいを活かせる関係を創るために、お互いの違いにきちんと向き合い、統合する一連のプロセスが必要なことが明らかになりました。(石山 2018,詳細は下図)
このような多様性を活かしたチームワークを実現するにはどんなアクションが必要か。その工夫の1つとして筆者がオススメするのは「行動規範を通じたチームビルディング」です。各メンバーが行動する時の判断基準としての行動規範を示し、社会起業家から「自分たちはどんなチームでありたいか」「何を大切にして行動したいか」、という像を明確に伝えることで、ビジネスパーソンとの目線を合わせる基準を設けることが可能になります。
同時に、両者の良い協働のためには、当然ビジネスパーソン側の努力も必要になります。前述の通り、ビジネスパーソンが社会起業への越境を通じて新しい視点を持つようになるのは、実践を通じてこそです。言い換えれば、社会起業の活動を「お勉強先」と捉えては、自身の能力開発も、良い協働を実現することも難しくなってしまうことを念頭に置いておく必要があります。
5. 越境を通じて、ただ「つながる」以上の価値を創る
近年、ソーシャル×ビジネスのつながりは、これまで以上に増えています。これ自体はとても喜ばしいことだと思いますし、新しい考え方を世の中に広げようとする社会起業家にとって、幅広いネットワークを持ち、情報発信することはとても重要でもあります。しかし同時に、企業と社会起業家がただ“つながる”(知り合いになる)だけでは、質実のある協働を実現することは難しいとも感じます。
これまで論じてきたように、ソーシャルとビジネスの境界を越えるには、お互いがお互いの違いに向き合い、試行錯誤を通じて新しい視点を持つことが必要です。その実践の中から、ビジネスパーソン・社会起業家ともに、新しい視点を持つことの価値を知り、信頼関係を作り上げこれまでに無いイニシアティブを実現する。こういった努力のプロセスから、越境を通じてソーシャルセクターを盛り上げることができるのです。 では、社会起業家がビジネスパーソンを向き合うとき、彼らのビジョンや想い・価値観がどんな意味を持つのでしょうか。次回は、この点について「オーセンティック・リーダーシップ」をキーワードに考えていきます!
(この連載の第2回はこちらからお読みください)
大切なのは、「自分らしくあること」。社会課題を解決するためになぜ「オーセンティック・リーダーシップ」が重要なのか?【連載:「ビジネス×ソーシャル」の協働 第2回】
【参考文献】
・石山 恒貴(2013)『組織内専門人材のキャリアと学習』 生産性労働情報センター
・石山 恒貴(2018)『越境的学習のメカニズム―実践共同体を往還しキャリア構築するナレッジ・ブローカーの実像』 福村出版
・中原 淳(2012)『経営学習論:人材育成を科学する』東京大学出版会
・リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット(2016) 『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』 東洋経済新報社
・Richard Pascale, Jerry Sternin, Monique Sternin (2010) "The Power of Positive Deviance: How Unlikely Innovators Solve the World's Toughest Problems (Leadership Common Good)" Harvard Business Review Press
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