児童虐待死でもっとも多いのは、「生まれたその日」に亡くなる命。その割合は年間49人中11人(※1)。妊娠中から産後1年未満の妊産婦の死亡例、357例のうち3分の1近くの102例が自殺(※2)。この数字からあなたは何を思うでしょうか。一つひとつのケースを熟視していくと、浮かび上がってくるのは、貧困、DV、親からの虐待……。はたして母親は加害者か被害者か――。
妊娠にまつわる「困った」「どうしよう」に医療と福祉の専門家が寄り添う相談支援事業「にんしんSOS東京」で、孤立する母たちとつながり、必要な機関へと繋げるNPO法人ピッコラーレ。
「経営者のあたまのなか」第5弾では、「【にんしん】をきっかけに、誰もが孤立することなく、自由に幸せに生きることができる社会」を目指して活動をする、ピッコラーレの代表理事、中島かおりさんにお話を聞きました。
(※1)厚生労働省 平成28年度統計より
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000361196.pdf
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000348294.pdf
(※2) 国立研究開発法人 国立成育医療研究センター
https://www.ncchd.go.jp/press/2018/maternal-deaths.html
※本記事の掲載情報は、取材を実施した2020年06月15日現在のものです。
中島かおり
NPO法人ピッコラーレ/一般社団法人にんしんSOS東京・代表理事(2016年度 花王社会起業塾生)
第2子の出産をきっかけに助産師を目指し、その後病院や助産院で助産師として働く。 妊娠から出産、子育てを継続的に伴走する助産師でありたいと地域で活動する傍ら、 特定非営利活動法人ピッコラーレ(旧:一般社団法人にんしん SOS 東京)の運営に代表として携わる。 著書に『漂流女子』朝日新聞出版(2017年)がある。
社会のニーズが高まる中で、予算が2倍に。ビジョン実現のために事業をどう効果的に展開するか
――コロナ禍の影響は何か感じましたか?そして今、どんなことが頭の中を占めていますか?
ピッコラーレの妊娠葛藤相談窓口はもともとクラウドのコールセンターと相談記録システムを使用した、完全リモートワークだったので、コロナ禍でも体制を変えることなく通常通り相談を受けることができています。3月以降、相談件数が増え、相談してくださる方それぞれの状況は厳しくなっていると感じます。妊娠はすぐにはわからないことですし、コロナの影響は今後少し経ってから、出産ギリギリの相談として出てくるのかもしれません。
活動を始めた4年前と比べて、虐待死で最も多いのが生まれたその日に亡くなる命であることや、性教育が不足していることによって子どもたちがリスクにさらされてしまっていること、そして若年妊産婦が直面している課題が社会でも随分と認識されるようになりました。
ピッコラーレの取り組みがメディアに取り上げられることも増えて、寄付という応援を頂けるようになってきました。今年度は新しいプロジェクトが始まることもあり、予算も昨年度の2倍近くになる予定で、一緒に取り組むメンバーも増えています。これらの大切なリソースをビジョン実現のためにどう活用すべきか、相談者さんのすぐ隣にいる私たちだからこそできることは何なのか、今はそのことが頭の中の6割くらいを占めています。
若年の妊産婦のこと、そして産んでいい人とだめな人なんていないということ、そして妊娠で葛藤するのは何故なのか――そんな話がもっとできるようになり、彼らの存在を見ようとする人が少しずつでも増えていけば、社会の中に彼らの居場所が生まれ、これから1~2年で世の中はもっと変わっていくと希望を持っています。
やりたかったことが一つ実った。次の夢に向かうためにもセルフマネジメントが重要
――事業と組織が成長する中で、今、課題だと思うことは何ですか?
課題はセルフマネジメントですね。2015年のスタート時から昨年くらいまでは「こぼれ落ちている仕事は自分がやらなきゃいけない」という思い込みで、苦手な仕事も担当していたんです。でも、苦手だから時間もかかってしまうし、うまくできない中で、やりたいこともやろうとすると時間が足りなさすぎて休めません。ほんとうは、もっと仲間に頼ったり、一緒に考えてくれる人がほしいとSOSを出せばよかったなと思います。今はそのことに気づけたので、できない部分は得意な人にお任せして、自分は自分の強みを発揮することに集中しようと思えるようになりました。
若年妊産婦のための居場所事業「project HOME」(※3)が今年4月から本格的に始まったことはすごくうれしかったですね。3年前に最初の構想が生まれた時は時期尚早という感じだったんですけど、そのうちにピッコラーレのメンバーの中からも「必要だ」という声が聞こえるようになり、さらにこれまで連携してきた他の団体との繋がりの中でこのプロジェクトを動かしていくことが当たり前のような雰囲気になって、「ああ、ここまできたんだ」と感無量でした。
(※3)project HOMEは、行き先を失った妊産婦たちが安心、安全な産前産後を過ごすための居場所をつくる事業。認定NPO法人PIECESとの協働により、閉じられた場所ではなく、地域に開かれているのが特徴の一つ。今年3月からのクラウドファンディングで計640名、7,750,000円の応援を集め、2020年4月に豊島区の一戸建てにて第一号を開設した。
次の夢もあるんです。「project HOME」はその先の支援に繋がるまでの一時的な居場所支援がメインですが、将来は、短い間隔で複数の制度を使いながら渡り歩くのではなく、本人が望めば妊娠中から産後7、8年くらい、ずっと同じ場所で過ごすことも可能で、費用負担もほとんどない、そんなワンストップの居場所もつくりたい。この構想を練ったり、またゼロから事業を作るためにも、自分の時間の使い方、休息の取り方、セルフマネジメントについて考えることが必要だと思っています。
現場を持っているからこそ言えることがある。それを他者とつながりながら大きな声にしていきたい
――事業を前進させている今、どんなことを考えていますか?
相談してくれる妊婦さんたちに「もう大丈夫」、そう言える制度や社会の仕組みはまだありません。昨年、厚生労働省で、困難な問題を抱える女性への支援のあり方に関する検討会が開かれ、現在の制度だけでは課題があるため、新しい法律を作ることを検討する流れも出てきています。じつは 今年12月に白書を出す予定なんです。ピッコラーレには約5000人分の相談者さんのデータがあるので、今はそれを白書チームが分析しています。白書を通じてピッコラーレの現場で起きていることを、その検討の場に届けていくこともとても大事なことだと思っています。
また、昨年度、厚生労働省の職員の方々が私たちにも声をかけてくださり、丁寧に相談の現場の話を聞いてくれました。若年層に安心で安全な居場所がないこと。そのことによって副次的にいろいろな問題が起きていることについてお話しました。
制度を作る側の方々が、現場で起きていることに耳を傾け、国としてできることが何なのか、様々な角度から考えようという姿勢を感じます。今年度は、若年妊婦を支えるための一時的な居場所づくりが新規事業として予算化されているので、「project HOME」の実践がその新規事業の広がりに繋がればと思います。
今、この領域で活動しているいくつかの団体と横のつながりができ始めていて、一緒に情報発信をしたり要望をあげていく動きも出てきています。児童虐待やDVや貧困、性教育の不足や、そして若年妊娠といった様々な社会課題に取り組む皆さんとの連携を通じて、妊娠が困りごとになってしまう状況には、複雑で入り組んだ背景があることを多くの方に知ってほしい。
性教育一つとっても、大人になっていく子どもたちにとって大事だけれど、むしろ子どものまわりにいる大人たちにこそ必要です。性の健康や性の権利を守るために必要なことは何なのか、私たち大人が考えていないから、子どもたちにしわ寄せがいっています。
たとえばピッコラーレの窓口を通して子どもたちが性に関する知識を得たとしても、コンドームを買いに行ったり、ピルをもらいに行ったことで大人に怒られたり。自分とパートナーのこれからの人生を考え、健康を守ろうとする行動なのだから、むしろ褒められていいくらいだと思うけれど、社会が彼らの権利を奪っている。彼らのニーズに応えられない現状であることについて現場にいるからこそ言えることがあって、それを一緒に考えながら発信できるといいなと思っています。自分には関係ないと思っている方にも届くような大きな声にしていきたいです。
――複数の団体で同じ目的を達成していくために意識していることはありますか?
いろんなステークホルダーが対話することが大事な気がしています。
ピッコラーレには専門性も多様で様々なバックグラウンドを持つメンバーがいます。私たち自身が多様であることが、相談者さんをより多面的に捉えようとする姿勢に繋がっていると感じます。そして、私たちはハブとなって、相談者さんを様々な窓口、団体に繋いでいく、相談をきっかけに、相談者さんの周りに信頼できる繋がり先が複数生まれていくことを大切にしています。
project HOMEという事業を協働で動かしている、認定NPO法人PIECESさんはにんしんSOS東京の窓口を立ち上げたばかりの頃からの連携先です。一人の相談者さんのサポートのために他団体と協働することは、自分たちの支援は誰の何のためなのか、相談者さんの未来にどんな影響を与えているかを俯瞰するきっかけになります。さらに自分たちの団体の限界と、強みを知ることができ、協働により、その限界が拡がり、相談者さんのニーズに応えられるようになることを実感しています。
――一番悲しいのは制度があることでこぼれてしまう子がいることですよね。窓口に行ったけど受け付けてもらえなかった、機関に繋げたつもりだったのに対応が難しかったとなると、本人が自分自身に価値がないと思ってしまう恐れがあります。行政と団体が協力しあったなかで、本人たちが使い分けできるのはすごく希望を感じます。
そうですよね。この制度を利用できたとか、この局面を行政のサポートを使って乗り越えたという経験そのものが、本人をエンパワーメントするなぁと感じます。それに、自分の相談がきっかけでプロジェクトや制度が生まれたとなると「自分はここにいていいんだ。」思えて、大きな安心と自信になるかもしれないです。
いろいろな人と一緒に、誰もが幸せになれる社会を実現していきたい
団体が立ち上がるよりも前に出会ったシングルマザーの少女がいました。地域でサポートしている方から、紹介したい子がいると言われたのが彼女でした。出会った時はまだほんの16歳。4ヶ月の赤ちゃんを抱っこしながら、将来資格を取って仕事をしたいとか、毎日の子育てのことを話してくれました。うちにも何度かご飯を食べに来たり泊まったり、赤ちゃんを預かったり、緩やかに繋がって、そのうちに団体のピアサポーター第一号として、高校生で出産を決意した子の相談に乗ってくれたりもしました。
彼女が妊娠中に大人たちから言われた言葉、
「子どもが子どもを産むなんて」。
この言葉に込められているのは、批判と差別の感情ですよね。彼女とお腹の子を応援しようという気持ちは感じられなくて、一方で子どもは大切と言いながら、目の前にいる妊娠をしている少女にそんな言葉をわざわざかけるのは大人気ないし、なんて意地悪なんだろうなぁと。
妊娠、出産はひとりひとり違うし、相手があることで思い通りにはなりません。とても個人的なことである一方で、社会化されているし、誰の力も借りずに育った人はいないし、誰の手も借りずには子育てができる人もいません。
本当に必要なのは、若くして妊娠をした少女を咎めたり、意地悪をいうことではないですよね。10代で産もうと決めた子を全力でサポートできる社会、妊婦である少女とお腹の赤ちゃんの両方への温かな眼差しがうまれ、妊娠が困りごとにならない社会が理想だと思います。
――彼女たち自身も、社会をつくる一人になるということなんですね。では、最後に今後の展望を教えてください。
これまではビジョンを、一人ひとりの妊産婦を主語にしていましたが、2020年度はより広い意味で、当事者のその周りにいる人たちも包括するような社会の姿に向けたビジョンも描いて、向かっていけたらと思っています。
そう思えたのは、やはり中間支援の方や他の団体の方の影響が大きいですね。まず、設立まもない頃から中間支援の方たちが様々な形で団体の中に入ってくださったことでコレクティブインパクトのハードルが下がったし、多様な連携先のみなさんとの協働につながりました。
そうした外部の方がいることで、ピッコラーレのキャラクターや社会問題を見つめる角度を再認識できるなど、新しい視点を頂いています。いろんな角度から同じ問題を見ている団体が存在することが力になるし、相談者たちの選択肢を広げることにもつながっていると思っています。
これからもいろいろな人と協力しながら、社会を変えていく循環をつくっていきたいですね。そして思い描く社会へと一歩ずつ近づけていきたいです。
――ありがとうございました!
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