コロナ禍で生まれた「脱都市」志向は、逆に人を呼び込みたい地方にとってはチャンスにもなり得ます。本シリーズでは、そんな状況下、地域おこしの最前線で働く地方自治体職員、および行政と協働する民間団体の方々の「あたまのなか」に迫ります。
第7弾は、ローカルベンチャー協議会の幹事自治体のひとつ、宮城県石巻市。9年前の東日本大震災を契機として、アーティストやクリエイターを含む、それまで地域にいなかったタイプの移住起業者や「なぞベン」たち(その意味は本文をご覧ください)が集積しつつあることで注目を集めています。地域振興課の小島裕之さん、境辰也さん、そして中間支援組織コンソーシアム・ハグクミ代表の松村豪太さんにお話を伺いました。(文中敬称略)
小島裕之(おじま・ひろゆき)/石巻市復興政策部復興政策課兼地域振興課
2002年、石巻市と合併前の旧河南町役場に入職。主にこれまで教育委員会の学校教育・学校管理に関わる分野を担当。産業部では企業誘致の経験も。2020年7月より現職。
境辰也(さかい・たつや)/石巻市復興政策部東京オリンピック・パラリンピック推進室兼地域振興課
2012年入庁。子育て支援関連の部署を経て総務部へ。議会関係、大学との連携に関する業務などに携わる。2017年9月、現在の復興政策部東京オリンピック・パラリンピック推進室。2020年5月より現職。
松村豪太(まつむら・ごうた)/コンソーシアム・ハグクミ代表、一般社団法人ISHINOMAKI2.0代表理事
石巻市出身、東北大学大学院修了。スポーツNPO職員として勤務した後、東日本大震災を機に故郷のまちづくりを考える一般社団法人ISHINOMAKI2.0を設立、多彩な活動を展開。2016年度より市内3団体と共にコンソーシアム・ハグクミを結成。行政と連携し、移住者サポート窓口の「まちのコンシェルジュ」をはじめ、起業支援プログラムや関係人口づくりのイベントなどの運営を担っている。
移住定住促進の鍵はオープンでクリエイティブなコミュニティづくり
――地域振興課のミッションと、ご担当業務を教えてください。
小島:地域振興課の仕事は、移住定住促進、公共交通施策、国際交流、姉妹都市事業、ふるさと納税など多岐にわたります。その中で、私たちは移住定住をメインに担当しています。
境:移住定住は本来様々な分野にまたがるもので、雇用や子育てなども関係してきますが、地域振興課では、移住相談窓口の運営、地域おこし協力隊の活用、起業に関心ある方の支援、それらに付随する情報発信などを行っており、実働部隊である中間支援組織のコンソーシアム・ハグクミさんとともに実施しています。
松村:コンソーシアムは、石巻市がローカルベンチャー推進事業へ参画するにあたり市内の4団体(ISHINOMAKI2.0、巻組、イトナブ、石巻観光協会)で組織されたものです。具体的な事業としては、まちのコンシェルジュ(移住支援)、野生のススメ(起業支援)、とりあえずやってみよう大学(東京からの関係人口づくり)、石巻2025会議(定住に向けた交流事業)などのほか、地域おこし協力隊の採用・フォローも支援しています。
▲コンソーシアム・ハグクミが運営する「石巻、くらし方ガイド」 http://ishinomaki-iju.com/
小島:ローカルベンチャー事業開始からの4年間で、40人弱の方がコンシェルジュ経由で石巻に移住しました。この実績をさらに積み重ねていきたいですね。なお、地域おこし協力隊は現在5名で、農業、水産業、まちづくり、震災伝承など様々なジャンルで活躍しています。
境:石巻市の人口は、震災前16万以上だったのが現在は約14万。毎年約2千人減っている計算となり、強い危機感があります。ただ、数に表れる部分以外に、石巻に来た新しいタイプの人たちから刺激を受けて、地元の住民、地場の事業者の間に化学反応のようなものが起きることもある。そういう動きを大事にしていく必要も感じています。
――新しいタイプの人たちというと、石巻には典型的な移住起業者以外にも「なぞベン」と呼ばれる人たちがいますね。シェアハウスに住んで、畑仕事しながらアーティストとして活動しているとか。
松村:「なぞのベンチャー」たちですね。複数の仕事をかけもちしたりして、一見どうやって生計を立てているのかわからないけれど、とにかく楽しそうに幸せそうに暮らしている。そういう人たちが周囲の関心を集め、さらに人を呼び込む力になっています。
境:なぞベンたちの存在は石巻の強みであり、魅力のひとつだと思います。応援したいし、さらに増やしていきたい。
※「なぞベン」についてはこちらの記事もご覧ください。
>> 挑戦の動機は「謎」でもいい。「とりあえずやってみよう」から育まれる石巻の多彩なベンチャーたち
小島:地域振興課に異動してハグクミと関わるようになってからまだ2か月ですが、日々ハグクミの企画力、機動力に圧倒させられています。なぞベンの方々も彼らのこの魅力に魅せられて移住していただいたんでしょうね。ただ、なぞベンの存在がまだまだ地元で知られていないのが残念です。なぞベンはじめ新しく来た人たちの活動を見てもよく分からず、「何それ?」という人たちもたくさんいる。今後は地元の事業者の巻き込み・協働なども含めて、もっと地域に「馴染んで」いくような仕掛けを考えたいですね。
境:2005年に7自治体が合併して誕生した今の石巻市は、面積が広いぶん情報が届きにくい部分があるのは否めません。また、元の町村単位の地元意識が強く、市街地中心部で面白い動きが生まれていても、一歩引いたところから眺めている感覚はあるかもしれない。私たちももっと伝えようという努力をしないと。
▲市内のコワーキングスペースIRORIで打合せ中の小島さん・境さん・松村さん
松村:地方社会における「コミュニティ」は大事なものでありながら、一方で同調圧力や排他性などマイナス面もあります。でも、外から来た人を拒絶するようなコミュニティはいずれ衰退必至です。だからこそ私たちコンソーシアムは、なぞベンの増殖も含めてオープンでクリエイティブなまちをつくりたい。本気で移住を促進するなら自由闊達に意見交換し、どんどん行動に移せる環境が必要だということを、石巻市には明確に伝えたうえで、この業務にあたらせてもらっています。
コロナだからこそ情報発信。新規移住者獲得と同時に定住のための施策も
――石巻ではコロナ禍の影響はどうでしょうか。
小島:経済的には、もちろん飲食・観光・宿泊業を中心に打撃を受けました。7月に市内で感染者が判明したこともあり、厳しい状況は続いています。ただ、その中でも新しい試みは生まれていて、たとえばコンソーシアムの1社であるイトナブさんは石巻圏の飲食店のテイクアウトマップをいち早く立ち上げてくれました。地域振興課では毎週水曜日をテイクアウトデーと決めて地元飲食店を応援しています。
境:役所の執務環境でいうと、さほど変化はありません。テレワークはなく、基本的に今までどおりの体制で勤務しています。ただ、出張が減ってオンライン会議が激増しましたね。オリパラは延期になりましたが、準備は続いています。聖火リレーが石巻を通過予定ですし、チュニジアのホストタウン事業もあります。移住定住事業については、石巻でも東京でも人を集めたイベントができなくなり、オンラインで試行していますが、効果についてはまだ検証中です。
松村:一方、全面オンラインになったことで、むしろアクセスしやすくなった層が一定数いることは確かですね。また、石巻のローカルベンチャーたちももちろんコロナ禍の影響は受けていますが、もともと地方での起業は家賃も安いし仕入れコストも安いという意味で相対的にリスクが少ない。売上が減ったらワカメ漁を手伝うといったことも可能です。(都会のように)どうしようもない状態にはなりにくいのではないでしょうか。
――あらためて地方移住に関心を持つ層が増えています。これからどんな手を打っていきますか?
境:母数として、石巻と接点を持つ人をなるべく増やしていきたいですね。石巻には東京はじめ市外と関わりの深い人たちも多いので、そこにアプローチしつつ、一人でも多く石巻を見て知ってもらう方法を考えたいです。
小島:全国の人に石巻の魅力を伝えるツールといえば、コンソーシアムの移住コンシェルジュが発信しているYoutube動画はすごく面白いですよね。
「石巻まちのコンシェルジュ」公式チャネルはこちら:
https://www.youtube.com/channel/UCUtPNeKXY77LBMGEBaLFuIQ
松村:移住コンシェルジュは個人と向き合う業務ですから、コロナ禍による移動制限の影響が大きいんです。それでもなんとかこちらから発信しようと、スタッフ自身が提案して始めました。例えば敢えてコテコテのテロップなど流行のフォーマットに乗っかって、移住先としての石巻の魅力を洒落的に紹介しています。行政がやるのは難しいことを民間で楽しくやれる例と言えますね。
境:同じ宮城県の気仙沼市、南三陸町、女川町、東松島市と石巻市がタッグを組んで、三陸沿岸地域全体で移住やチャレンジを応援する「三陸情熱界隈」という事業も始まりました。
小島:石巻は仙台経由で東京から2時間半と交通の便が比較的よく、一定の人口規模があるので生活に不便はありません。一方で自然が豊かで海の幸も豊富。とても住みやすいところです。引き続きコンソーシアムと連携し、ローカルベンチャー協議会を通して全国の先進自治体の例も参考にしながら、効果的な施策を考えていきたいと思います。
――ありがとうございました。
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>> 行政のあたまのなか。コロナ禍と最前線で向き合う自治体職員の考え、アクションに迫る!
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